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【13】借金が、増えました

 ムクさんが出て行ってから数時間は眠っていただろうか。

 俺は小さな電子音で目を覚ました。ベッドに付けられている小さなモニタには、昼時を数時間回った時間が表示されている。


 起きれないほどじゃない。



 


 まだどことなく疲れの残る身体を引きずるように、俺は食堂へとのろのろと歩いていた。

 色彩の乏しい宇宙船の中で、自分だけが目の覚めるような青を纏っていることが、自分がこの中で異質な存在であることを主張しているようで気が滅入る。

 ムクさんの言葉を何度も頭の中で繰り返してみたが、それはSF映画等にありがちな未来人の設定に合致する気がして、過去の映画監督たちが予知能力だか予測能力だかに長けていたのではと感心するところでそれ以上の答えを見つけられないでいる。



 おそらく、この時代に生きる者たちの「生命」への意識の低さ。

 若しくは「生きる」ことへの執着のなさ。

 喜怒哀楽がないわけではない。ダリアは戦闘機が飛ぶ時には喜んでいたし、ムクさんは昨日確実に俺に対して怒っていたのだろう。心配もしてくれていたようだ。

 だとすれば彼らはなぜこれほどまでに「生命」ってものを数で数えたがるのだろう。感情もむしろ「情」すら持ち合わせているのに。



 ごくわずかな機械音を伴って食堂の扉が開いた。

 一瞬周りの人の目がこちらを向いた気がしたが、おそらく俺の着ている繋ぎの色が目新しいからだろう。

 教わった通りにケースと水を取って、窓の近くのテーブルを選んで腰かけた。

 水は飲むが、どうしてもこのケースの中身を喜んで食べる気がしない。



「……生きるってことに対して、感情が希薄なのかな」



 窓の外は深く煌めく宇宙空間。

 反射する室内では、同じような色合いの繋ぎを来た人間が談笑しながらタブレットを、ガムを、水を口にしている。



「食事って、もっと、こう」



 指先でタブレットをいじっていると、ふいにテーブルが揺れた気がした。

 振動もとを見ると、ムクさんと、ムクさんよりも暗いグレーの繋ぎを着た男が立っていた。

 繋ぎの色が違うのは珍しい。



「ヒイラギ。先ほどぶりだな。調子は?」



 ムクさんはそう言って俺の前の席に自分の水とケースを置いた。



「もう、だいぶ良いよ。それより、ええと」


「ああ。彼はリオン。保安部のサブチーフだ」



 リオンと呼ばれた男は、東洋人の見た目をしていた。黒髪を短く切りそろえ、ムクさんほどではないががっしりとした体つきをしている。

 俺自身はごくごく普通の体格をしているのだが、やけに自分が貧相な気がして思わず背筋を伸ばしてみたりした。



「リオンだ。お前のことは聞いている。今日はこれを渡しに来た」


「これ?」



 渡されたのは一枚のカードだった。



「ええと……」



 思わずムクさんを見ると、小さく首を傾げてから合点がいったという顔をしてリオンに何かを耳打ちした。



「デットカードを知らない?」


「……らしいです」



 二人のやりとりからすると、このカードは未来人の中ではなかなかに有名なカードらしい。



「デットカード? レッドカードじゃなくて?」



 思わずつぶやいたが、ムクさんは「別に赤くないだろ」とにべもない。

 予想はしていたが、この世界にはサッカーもなさそうだ。



「デットカード。いわゆる借金記録用のカードだ。一定の借金額がある人物に対して発行され、これを通して返済をしてもらう。君の借金は」


「まって、待って! 借金って……その、乗船料は仕事をして払うよ。何その借金って、あれか、アーム!」



 慌てて言った俺に、ムクさんの大きな手が伸びてきた。

 一瞬殴られるのかと目を細めたが、代わりにその肉厚の手が俺の肩にぽんと、案外優しく着地する。



「生命維持装置に集中治療室の利用代金」


「あ……」



 そうだ、どうやら俺は瀕死と判断されるほど、体力ケージがゼロに近かったのだ。それを回復してくれたのならば、それもまた頷ける。



「アームは消耗品だから、経費で落ちた」



 リオンが重低音の声でそう言った。



「維持装置は落ちないの!? そっちこそ、経費必要でしょ。保安要員さんたちの健康管理に!」


「そもそも装置を使ったのは記録によれば13年ぶりだ」



 リオンが面倒臭そうにそう言って、デットカードとやらを俺の胸に押し付ける。思わず受け取ってしまったそれを見ると、透明のカードの中でグリーンの数字が表示されている。



「初めて続きの男として有名だぞ、ヒイラギ」



 良い笑顔でそう言うムクさんの手を払いのけて、俺はその数字に見入っていた。

 確か当初の乗船料金は3000ポイントかそこらだったはず。だが今表示されているのは。



「ろ……ろくじゅうまん、ぽいんと」



 思わずつぶやいた俺の肩には再びぽんと重みが乗った。次いでもう一つ。

 のろのろと顔を上げると、リオンもムクさんと同じように俺の空いている方の肩に手を置いている。



「それにな、服務規程違反で、調査委員会に出頭命令が出てるから」


「え……その、怒られるとは思ってたけど。その怖い委員会名って」



 リオンの言葉に慄きながら救いを求めるようにムクさんを見ると、ムクさんは緩く首を振っていた。



「ちょっとまって、俺すっごい刑とか受けちゃうんじゃないの!? もしかして死刑とか! 嫌だよ!?」


「死刑なんてあるわけないだろ。古代じゃないんだから」



 リオンがそう言って有無を言わせぬと言った感じで、今度は肩に置いた手に力を込めた。



「い、痛い! 痛いって」


「さあ、行くぞ」


「今からなの!? 傾向とか対策とか!」



 俺の嘆きをむくつけきマッチョ達は筋肉で吸収して、俺の両脇を固めた。

 周りの人々は、無遠慮に俺たちを見ている。

 その人の中に、ダリアの姿を見た気がした。




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