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【12】家族



 目を覚ましたのは、グレー一色の部屋だった。

 何度か瞬きをしていると、すぐに小さな機械音がして、視界にムクさんの顔が入り込む。



「……指を見て」



 そう言ってムクさんは立派な指を一本立てた。ゆっくりと左右に動いていく指を視線だけで追うと、ムクさんは長く細い息を吐いた。



「無茶を、したな」



 ふっと眼もとに笑みが浮かぶが、すぐにそれは引き締められ、ムクさんは眉を寄せた。



「……生体エネルギーには限度がある。待機と警戒フライトでほとんどの人間はぐったりだ。それが、勝手に飛行距離を伸ばし、挙句の果てにアーム操作。通常は外付けのエネルギーユニット3本は必要な活動だ」



 どうやら俺はセレナを動かすためにエネルギーを供給し続けて、結局のところ燃料切れになったと言うことらしい。



「セレナが最新にバージョンアップされていてよかったな。非常連絡モードに帰艦機能が搭載されていなかったら、今頃はまだ外を漂っていたかもしれない。そうなってたら確実に生命活動は終了していたぞ」


「え……?」



 かすれた声は俺の声だろうか。



「え? じゃない。セレナの帰艦直後にコックピットを開けたら、ヒイラギは血圧の異常低下で意識レベルは300。痛みにもいっさい無反応。深昏睡状態だったんだ。とりあえず維持装置に放り込んだけど……気分は? 吐き気は無いか? 頭痛は?」


 ゆるく首を振ると、頭の奥の方が重たい気がするが、痛みと言うほどではなかった。

 その通りに告げると、ムクさんは持っていたタブレットを操作してから、何かを取り出し、俺の首筋に当てる。

 炭酸飲料の蓋を開けたような音がしたと思っていると、ふっと頭の奥が軽くなった。



「頭痛薬、的な」


「ああ。どうだ?」


「うん……その……サンキュ」



 どうにも照れくさくて少し視線をさまよわせる。そのまま身を起こそうとしたが、腕にも腹にも背中にも力が入らない。

 転がるようにうつぶせになって、なんとか上半身を持ち上げて、ずるずるとヘッドボードへと上体を預けた。



「今日一日は安静にな。とりあえず深刻な後遺症なんかは無いはずだが、気分が悪かったりしたら言ってくれ」



 淡々とムクさんはそう言ってタブレットを小脇に抱える。



「……あの、……ダリアは?」



 どう考えても怒っている様子だ。そりゃそうだろう、命令違反とやらに加えて、セレナに搭載されていたアームを捨ててきてしまったのだ。



「無事だ」



 それだけ聞ければ、とりあえずは万々歳だ。

 アームとやらのおとがめは受ける覚悟はある。



「そか。よかった。……あの、いろいろ、ごめん」



 俺がそう言うと、ムクさんはきゅっと眉を寄せた後、盛大に肩を落とす。



「本当に……なんであんなことをした? 下手したら2機ともロストだ。ダリアだけでなくヒイラギもロストだったんだぞ」



 言いたいことはわかる。二機よりは一機、二人よりは一人。でも、それだけでは割り切れないこともあるだろうと、俺は口の中でそんなセリフが空回りするのを感じていた。



「助けたかったからだ。ムクさんはダリアを助けたくなかった?」


「もちろん助けたいさ。でも、未確認の物体に向かって行くのは無謀でしかないし、その結果二機ともロストの可能性が少しでもある以上」


「そうじゃなくて」



 思わず少しばかり大きな声が出た。



「そうじゃなくてさ。単に、顔を知って親切にしてもらったらさ……。それに、助かる可能性があるのに挑戦しないってのもさ。その、可能性とかってのがわからないわけじゃないんだけど。俺は」



 ぐっと一瞬だけ息が詰まる。



「割り切れないよ」



 ムクさんはなにも言わなかった。



「もし、二機ともロストになる可能性が100パーセントだって言われたら……諦めたかもしれないけど、それでもきっとずっと気になってる。助けに行かなかったことを気に病む気がする」



 ムクさんがじっと俺を見ている気がする。でも、俺の視線は上掛けのしわの上を滑るだけで、持ち上げられることは無かった。

 間違っているはずはない。

 ムクさんだってダリアを助けたい、そう言っていた。

 でも、何かが根本的にずれている気がしていた。



「……俺にはわからん。二機ロストの可能性がある以上、一機は帰るべきだと今でも思う。ダリアが助かり、ヒイラギも無事だったことは結果として良いと言うだけだ。マイナス2よりマイナス1」


「マイナスが俺だってんなら、見捨てられるのは納得がいく」


「なぜだ。マイナスに人が誰であるかは関係ないだろ」


「俺は、見知らぬ人間だろ。ダリアはあんたらと同じクルーじゃないか」



 こうして会話をしているのに、ムクさんがひどく遠い。



「それを言うなら、ヒイラギも約22時間ほど前にクルーに」


「そうじゃない! ダリアとは長く一緒にいたんだろ。嫌いじゃないんだろ」



 ムクさんは緩く首をかしげた。



「ダリアとは、連邦標準時間で言うところの十八年と五カ月ほど前からの知り合いだ」



 十八年以上前からの、知り合い。

 それは



「……家族、なのか。まさか、ダリアはムクさんの」


「家族? その単語は知らないが……ダリアと俺は、同じ男女の間で造られた生命体だ」



 生命体。

 その言葉がひどく冷たく突き刺さる。




 おかしさの理由の一つが、だるい身体の中で渦を巻いているようだった。




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