【11】ダイレクトリンク
目の前には黒い煌めき。
コンソールも何も見えず、ただただ広がる宇宙空間。
俺は一瞬息を止めた。外へ放り出されたのかと思ったからだ。
だってそうだろう。今まで見えていたコックピット内の機器が姿を消し、その代わりに遮るもののない宇宙空間が惜しげもなく眼前に展開されているのだ。
だが、次の瞬間に、放り出されていたらこんな悠長なことを考えていられるはずもないことにも気がついた。
「……セ、レナ?」
「はい」
恐る恐る発してみた名前は、不可思議に自分の中に反響している気がする。そして、俺の呼び声に反応した戦闘機の声もまた、自分の中に反響した気がした。
「これは……どういうこと?」
やはり、自分の声帯から発声しているにも関わらず、どこか声が遠い。
「ダイレクトリンクです。操作桿の内部にあるリンクポイントから、ヒイラギの神経系統に戦闘機の指令系統がダイレクトリンクしています」
「ええと、セレナと繋がっているということ」
その表現の別の意味に思い至って、思わず段々と声が小さくなるが、セレナは当然のように「はい」と返してきた。
「アームは左右に五本、足部分は全方向に八本出せます。アーム部分は手を伸ばし、指を動かす要領で操作できます。足の部分は体重移動によって適切な位置を判断します」
「お、おう」
こちらの逡巡等お構いなしだ。
セレナは機械なのだから当然なのだが、ついついこの声に見合う少女を想像してしまい、自分の脳内には清楚な黒髪少女が近未来的な服を纏って説明している姿が存在していた。これが間違いだ。
良い大人がこれではいけないと、気を取り直してミントガム、もといダリアがくっついている部分を見据えた。
おそらく接触すればガムがこちらも襲ってくるだろう。機体を近づけ過ぎるとダリアと同じような状況に陥ってしまう。
「アームとかは、切り離せるのか? その、放棄っての?」
「できます」
ならば、このアームを使ってミントガムを押さえ、ダリア……というかルビー機を引っこ抜き、まとわりつくだろうガムとともにアームを捨てるしかない。
手を開いたり閉じたりしてみると、目に見えない自分の手の代わりにアームがワキワキと見たことのある動きをした。
視界はおそらくセレナの外についているセンサーだかカメラだかとリンクしているのだろう。なんにせよ視界も良好だ。
俺は何度かアームを動かしてみてから、足を動かし、ミントガムを覆うような形に八本の足を広げて自機を固定した。
「よし」
ミントガムは動く気配がない。
「ダリアに繋いでくれ」
「承知しました」
セレナの返答の直後、身体の中でダリアの声が響く。
「ヒイラギ……」
震える声はダリアが恐怖を感じているってことだろうと、勝手に判断した。
怖いんじゃないか。ロストだとか、数だとか、そんなことを言っていても、やっぱり怖いんじゃないか。
「今、取ってやるから。後は自力で逃げろよ」
「……うん」
ダリアは何か言いたげに、一瞬の間を開けてからそう言った。
「よし」
俺は、意を決してアームをミントガムへと向けた。
俺の手の動きに合わせてアームが広がる。ミントガムは触ってみると、意外と柔らかく、まるで掛け持ちの居酒屋バイトでこねくり回しているピザ生地みたいな感触だった。とりあえず力任せに掴むと、ミントガムのほうからアームを取り込もうと絡み付いてくる。
アームを通じて、まるで手の先にタコでも絡みついたかのような奇妙な感触を感じ、ぞわぞわと肩を震わせたが、俺は勢いよくそのガムを引っ張った。反対のアームでルビー機の尾翼部分を掴み、反対側へと引っこ抜く。掴んでいた部分が小さかったからか引っこ抜いた後はルビー機は俺の手、というかアームからもすっぽ抜けて後方へと飛んで行ってしまった。
「あ、……まあ、大丈夫だろ」
何せ自動運転。勝手に水平になって勝手に飛ぶんだろう。
それよりもこちらを何とかしなければ。俺は右のアームに絡みつくミントガムを見て、なるべく遠くへ手を伸ばすようにした。こうすれば機体からアームにくっついたガム部分を遠ざけることができる。
それはじりじりとこちらへと移動しているようで、今では肘位までたこあしのような感触がある。それでも大部分を掴んでいるから、一気に取りつかれていないのだろう。
「よし、セレナ切り離してくれ」
「その前に、リンクを切った方が」
「本体掴んでるっぽいんだよ。離したらだめでしょ。良いからアームを切り離して」
俺は、ただただこのアームをを早く切り離したかった。
手の中にはピザ生地、肘辺りまではまるでタコ足のような感触があったにも関わらず、その可能性に思い当りもしなかったのだ。
アーム越しに感触を感じているのだから。
アームを切り離すと言うことは。
「承知しました。切り離します」
嫌な音がした。
直後に感じたのは激痛。
俺は自分が叫んでいるのかすらもわからなかった。
ただただ痛みに身体の中から溢れ出る何かを、溢れるままにさせるしかなかったのだ。
「切り離しました。ヒイラギ。自動運転を命じて下さい」
「いっ……ア……」
息ができない。何度も何度も呼吸をしようと口を開けるが、一向に苦しさは抜けてはくれない。
「ヒイラギ。自動運転を命じて下さい」
いつの間にか機体を固定していた足は本艦から離れ、視界の中でテラが遠ざかっていった。俺はそれをぼんやりと見ながら口を開けたつもりだが、俺の声はセレナには届かなかったのだろう。セレナは同じセリフを繰り返している。
「ファイヤーファイター2 セレナ。パイロットの異常を確認。連絡モードに切り替えます。心拍数上昇、血圧上昇、呼吸異常、意識レベル低下」
そのセリフをどこか他人のことのように聞いていた。
そして連絡モードとやらになったおかげか、一瞬で痛みが消え去る。
視界にはぼんやりとコックピットが見えた気がした。
「ヒイラギ!」
「ヒイラギ!」
二つの声が同時に聞こえる。ムクさんとダリアだ。
「意識レベル低下。心拍異常」
そして俺の世界は、段々とおぼろげになっていった。




