俺はファンタジー派なんだ
目が覚めると異世界だと良いな。ヨーロッパ風の町並みと、美しく着飾った娘達。
頑強な塀に囲まれた王城になんかトリップして、美しい神官だかなんだかに「召還しましたよ」とか言われて。
異世界はなんやかんやで窮地に立たされてるけど、現代知識でチートして、勇者と呼ばれてハーレム。
オレの部屋にはそんな小説が山ほどある。
勇者でなくたって良いんだ。田舎で暮らしながらハーレムもいい。
魔王とかに生まれ変わって美しいダークエルフがハーレムを築くのでもいい。
ハーレムならば何でもいい……けど、戦ったりはちょっと勘弁してほしい。
ハーレム。
ハーレム。
って……そう思っていたのに。何これ。何なのこれ。まじでちょっとクレームつけたいんですけど。
俺の頭の中は無意味な言葉で埋め尽くされていた。
時折もれてしまう小さなうめき声が、無機質なグレーの床だか壁だか天井だかに吸い込まれて行く。
俺が座っているこのかたいベンチもグレー。
なんとか立ち歩けるくらいの狭い空間には、ひたすらグレーに埋め尽くされている。部屋には小さなテーブルのようなものもついていて、そのテーブルの上の部分の壁にはデカいモニターが埋め込まれていた。今は中央に半透明の球体が浮かんでいる映像が映し出されているだけだ。
タッチパネルかと思い手を伸ばしてみたが、ただ壁と同じ固さを持った何かが指先を押し返しただけだった。
ちなみに左を向くとまるい窓。外は真っ暗だ。遠くの方で何かがきらめいている気はするが、それが何かは分からない。
一つだけさっきから頭の中で「もしかしてこれじゃないですか」「これなんじゃないですか」という選択肢みたいなものが点滅している気がするが、そもそも現物を見た事が無いから。
「宇宙だとか言われても分かりませんよ?」
俺は誰に聞かせるでも無く、そう言った。
右を見ると壁と同じ色のドアがある。ライトのようなものが右上から左下に向かって対角線を描くように埋め込まれているが、いまは淡く白い光を放っているだけだ。
目を覚ましてすぐにドアを開けてみようとしたが、なにせこのドア、取っ手がない。
周囲を見回しても開閉ボタンらしきものは見当たらない。
センサーかと思ってドアに近づいたり離れたりを繰り返したが、これもダメ。
「開けごまー」とかも行ってみたけど反応なし。
一体ここは何処なんだ。
窓を覗いても、ただただ真っ暗。場所が分かるわけも無く、例え何か宇宙っぽいものが見えても、それを手がかりに場所がつかめるわけでもなく。
さらにさらに分かったとしても、どうやって何をするのかは、もうそれこそ宇宙の彼方ににしか答えの無いなぞなぞだった。俺には分からん。
いい加減アレコレといじるのもあきらめてベンチに座っているってのが、今の俺の状況だった。
よくよく自分を見下ろしてみると、壁と同じような色のつなぎを着ていた。
胸の当たりに何かのエンブレムがついていて、右腕の当たりには「08」というナンバーが縫い込まれている。
こういう衣装には覚えがある。
「SFでしょ。知ってる。知ってる。スターウォー○とか……その、ス○ーウォーズとか」
一つしか出てこない。だって、俺、ファンタジー派なんだもん。
SFなんて知らねえよ。
トリップするなら異世界だろ。ファンタジー世界だろ。空気を読んでくれよ、頼むから。
俺はそのためにファンタジー知識を備えたんだ。なんかあっちで偉そうに語れるように経済の仕組みとか、簡単な応急処置とかの本も読んでた。トリップの準備は万端だったんだ。
なのに。
「聞いてないぜ……」
俺の声が再びむなしくグレーの壁に吸い込まれたとき、ピッと音が鳴り、扉のライトがグリーンに輝く。
そして、ドアは次の瞬間跡形も無く消え去った。
開くとか閉じるとかの問題ではない。ドアは消えるものなのだ。
「さすが……」
ここは、おそらく未来。……未来なのだ。
俺の現代知識なんか、きっとクソの役にも立たない。
俺の希望を返してくれ。あの本を読んだ時間を返してくれ。
俺はドアの変わりに開いた長方形のスペースから現れた人影をみて、今日一番のため息をついた。
さようなら俺のハーレム。
ドアから入ってきたのは、上腕二頭筋とか胸筋をぴくぴく動かすのが好きそうな、まじマッチョな大男だった。