最後の病
映画予告のようにサラリと流れる感じで。
物語全体の流れの前半をダイジェストに執筆。戦闘シーンとかはあまり手が加わっていません。
主題はニヒリズム。 になるはずだった。
影響を受けたSF作品多数。冲方丁や藤真千歳やヒラコーなど。あれ?
世界は誰かしらによって征服されるべきだ。
その日、ネット上にアップロードされた動画は一日でビリオン回視聴された。
上記のセリフから始まるわずか5分の犯行声明は、実に端的に彼らの目的を世界に知らしめていた。
世界征服という極めて明快な目的を。
時に世界は21世紀半ば。私のような軍人は技術者とニアイコールとなり、泥臭いイメージは戦争という言葉から消えた。
むろん、機械化、電子化が進んでいない地域がいまだ世界の大半を占めるが、先進国家群や彼らに委託されたPMCがそこでおこなう戦争は十分に機械化された戦争、否、殲争だった。
21世紀も20年が過ぎようかしないか、という頃、【United Nations】UNから一部国家群が主導する【United Leaders】ULが成立した。世界は賢明なUL国家群による限りある資源の再分配を受け入れた。受け入れざるを得なかった。ULは反応炉並の出力と、きわめて安定した運用が可能な【姫路式祝福炉】を搭載した機動兵器を装備したからだ。市場と資源地帯はULに抑えられ、祝福炉を持たない国家は屈服を余儀なくされた。【祝福された世界統一】と年表にのる出来事だ。この時20億程度が支配を拒絶、あるいは祝福を受ける流れに取り残されて地球地域から退去していったが、些細な犠牲である。20憶の躯は大地に、海に帰り、確実な食糧生産のための堆肥となり、残る50億のために貢献したのだから。
私は彼らがその身をもって祝福した大地からとれる食料を食べ、いまだに祝福を拒む反動勢力から栄えある人類社会を守護する役目をULから任じられていた。
もっとも、それは声明が発せられるまでのことだったが。
「人類は20憶人と、自由を手放すことによって安定した社会を築いた。ここではULが調停するために市民生活は脅かされることなく、地球市民はULに与えられたroleを全うすることで飢えや病からも守られる」
Sir.ドゥンケルはそう語った。彼は細身で華奢だ。野原に咲く一輪のスミレのような。
「だが、実情は身分社会に他ならない。貴族は生まれながらに貴族。農民は死ぬまで農民。役人の子は愚鈍でも役人。硬直した社会からはすでに腐臭が漂っている。それを陰で規定する【nobody knows】。NKは秘密警察としてゲシュタポやシュタージ相当の監視を世界中に敷いている。むろん、ULは単一政府ではない。が、反体制的なデモや暴動が起きるとUL内部での発言力が低下することもあり、世界中が息苦しいことになってしまっている」
ドゥンケルの声は常にフラットだ。事実を淡々と述べていく。
「とはいえ我々【騎士階級 / role : knight】もその恩恵にあずかっている。暴動が起きない限り、働かなくても三食添い寝付きだ。否定する材料はない」
むしろ肯定すべきだ。ドゥンケルは言外に告げる。
「だがあえて反旗を翻す理由は何か…現世的利益を捨てて、下賤の民の自由と幸福を主張する…冗談ではない。私はたまたま先代、父が機動兵器奏者であったというだけで今の位置にいるが、それを手放す必要がどこにある。偶然…結構。利用させてもらうよ。では何故か」
やはりフラットな声だ。アバターとしてこの場に集う20名の奏者も同様のことを思っているだろう。
「人類にはそれが必要だからだ。技術の発展はそのためにこそあった。それは生物の本能を掻き立てるものだ。一瞬のカタルシスに人間は興奮と感動を覚える。私はそれが見たい。やりたい」
平坦な声音に、ほんの少しの興奮が、混じらない。機械のような声で、人間の本能を語るその姿勢は狂気的だ。
「闘争を」
私は【21奏家】の一門、極東【鶴結家】当主、【鶴結ヅヰ】。第13位のマイスターで、極東六家門が三席。機動兵器は【倉敷重工】新標準機【秋水】ベースの【椿姫】。あだ名は【シュープリス】。由来はパーソナルマークの【断頭台上で花弁が落ちる椿】から。スタイルは中距離機動砲撃戦。
私たち21奏家は騎士階級序列第1位、ドゥンケル・ミッターマイヤ伯をマスターに、その日から戦争をはじめた。
最初の週の戦闘そのものはたいしたことがない。ULはその正面戦力の大半を騎士階級に頼っており、抵抗すること能わず次々とUL国家群の基地は破壊されていった。
あっけない、とは第7位、倉敷重工当主でもある【倉敷アカネ】の言だ。
開戦5日目で主要なUL国家軍基地は壊滅。政府組織も崩壊。残党狩りも衛星軌道上からの捜索が続けられており、ひと月ももたないだろうというのが大方の予想だ。
そして、残ったのは機動兵器21体。残ってしまったのは世界を支配することのできる力。
そしてドゥンケルが平坦な声音で望んだのは激しい【闘争】。
ここからが本番になると、すべてのマイスターが理解していた。
まず何をすべきか。
集団を組むことだ。
機動兵器は無限に動けても、無限に戦えるわけではない。装甲は摩耗し、弾丸は射耗し、人間は消耗する。メンテができるのは先端企業のみ。私の場合は製造元でメンテも任せてある倉敷重工につくべきだろう。
倉敷は極東岡山に拠点を置く企業だ。21奏家には私と倉敷アカネが参加しているほか、極東政府やユーラシアに標準機を供給している。企業間では世界シェアトップのH&Tと対立する西欧アーガス社と組んでおり、アーガスは第3位デュヴェル・モルトガットら4名を擁する大勢力だ。
というわけで比島の平定を終え、倉重九州工場へと帰還したのが3時間前。ただ政府施設を破壊するだけのはずが、配備されていないはずの標準機が現れて手間がかかった。すこし損傷したので整備が必要だ。私の【椿姫】の整備はいつもここで行われる。倉崎アカネの【椛】は本社工場で行われるため、ここはほぼ私専用となっている。新標準機の整備は標準機の3倍ともいわれ、各機にアセンブリも異なっており、専属整備士が必要なのだ。
「鶴結さん」
整備にかかる重機の駆動音が響くハンガーで、私を呼ぶ少女の声がする。
倉重本社で私を担当している如月嬢だ。まだ19歳ではあるが、毎度【椿姫】のための予算を本社のハダカデバネズミからぶんどってくる才媛。
「経営責任者、倉崎アカネ様があなたとの会談をご所望です。よろしければご同行いただきたいのですが」
語頭に経営責任者とつけたのは、奏者としての倉崎アカネと区別するためだ。内容はおそらく、これから起きる新標準機同士、ひいては企業同士の戦争について。
「行きましょう」
「こちらです」
如月嬢の香水の香りが風に乗って鼻孔をくすぐる。
椿の香りだ。
≪お久しぶりね、鶴結ヅヰ≫
倉崎アカネ、経営と奏者の両職を兼ねる女傑。先代経営者にして【紅葉】奏者、倉崎泰ゼンの一人娘。旧式であった【紅葉】を自身で【椛】に改修し第7位の座をつかみ取った実力者。
奏者としては21奏家で中レベル。
≪私たち倉敷はアーガスとの提携を確定させたわ。ロックマート閥とも関係改善を急ぎ、H&T閥との抗争に備えている≫
アーガス閥、ロックマート閥を併せても、H&Tのシェアには敵わない。ここでH&Tを打倒すれば、戦後にシェアを伸ばせるというもの。
ロックマートはそのあとで打ち倒せばよい。
≪スイステクノ、明石工房にも打診はしているけれど、色の良い返事は期待できないわね≫
スイステクノ社は第11位、シュロス・エッゲンベルクの【サミクラウス】を擁するスイスの企業。小規模だが、エネルギー兵器のリーディングカンパニー。明石工房は第4位、極東子爵の明石禅と【飛龍】がおり、姫路式祝福炉に関しては開発元であり、他と隔絶する技術差がある。ともに小規模だが、優れた技術力を持つ。これまでは中立を示してきたが、これからはジョーカーとなる存在。手にした陣営が有利となる。
≪あなたはうちにつく、ということでいいのかしら…≫
「ああ。椿姫を運用できるのはここだけだしな」
≪とはいえ裏切らない保証もなし、ね≫
「それは誰でも言える。現に私たちはULを裏切った」
≪ええ。残党が昨日、千葉シティの研究所を襲撃しに来たわ。豚のえさにしたけど≫
はにかんだ声でアカネが見せた映像は、豚小屋に縛られて放り込まれた特殊部隊員の断末魔だった。裁くものがいないことをいいことに、好き放題である。
≪極東における秘密警察情報網は外注されて倉敷が保有しています。極東において私たちは絶対なの≫
私が裏切った場合は、豚小屋ではすまないだろうな。
「ならば忠義の証に、干将成の首はどうだ」
干将成、第14位、H&T社の【岳飛】を駆る奏者。南京を中心に活動している。長刀を用いた接近戦が主体の奏者だ
≪いいわ。でも一之瀬宗重と伏見影ロウも干将を狙うかもしれない。東名との争いは避けて頂戴≫
東名製造は極東首都、千葉シティに本社を置く企業。軽量高機動機体を得意としており、ロックマート閥。
≪一之瀬も伏見もロックマートへの手土産に干将を狙う可能性が高いわ。かくいう私もあなたが行かなければ干将を落としに行っていたところよ≫
干将成。第14位ではあるが、実力は下のほう。
央土唯一のマイスターであり、UL国家群にありながら自国製祝福炉搭載機動兵器を有していない央土が政治力でもってマイスターの列に並べている。
「【パンサー】ベースだろう…【秋水】の敵ではないし、東名の【神通】【矢矧】でも楽勝で撃墜可能だ」
H&T標準機【パンサー】。祝福炉は新標準機【クーガー】の7割性能であるが、世界で一番普及している機動兵器だ。パンサー系は量産性に優れる代わりに拡張性に劣る。干将がコンピューターの性能に左右される射撃でなく、自身の感がものをいう接近戦重視なのもここに理由がある。
≪いい結果を期待しているわ≫
翌朝。
朝風に揺れるカーテンの隙間から、倉重の管制塔が見える。
廊下を挟んだキッチンからはベーコンが焼ける香りが届く。
はて、我が家の住人は誰だったか。
髪を後ろで一つに束ねた如月嬢は、あたかも自分がこの家の主婦であるかのようにフライパンでベーコンを炒めていた。白磁の皿にはレタスとトマト。
青磁のツボにはミルクが入っているのだろう。たしか彼女はコーヒーが苦手だった。
「まもなく出来上がりますね」
彼女は私が起きたことに気づいて、振り返らずに声をかける。
まるで新妻だ。
彼女の朝食はいたってシンプルだ。
私が朝は軽く済ますタイプだと熟知しているからだ。
私が歯を磨く間に彼女は皿洗いを済ませ、私の制服まで用意していた。よくできた妻だ。
はたしていったいいつ、私は結婚をしたのだ。
制服からはULのマークをはぎ取ってある。
騎士階級はUL最高評議会直轄であるが、反旗を翻すにあたって外したのだ。
跡地には私のエンブレムである【断頭台上で花弁が落ちる椿】。縫い付けようとは思っていたが、昨日は何もせずに施錠して寝てしまったからきっと彼女がやったのだろう。
はたして私は彼女にこの家の鍵を渡していただろうか。
「君はなぜここに…」
「ルームサービスよ」
即答。なるほど、倉重のハニートラップ要員か。
しかし困ったことにハニトラを仕掛けられるまでもなく私は倉重につくつもりだったのだが。もしかすると極東政府残党や東名製造あたりのハニトラかもしれない。疑いだすときりがないから捨て置くが、ここは倉重の情報網を信じよう。あの経営責任者が有力な手駒たり得る私につけたのだ。背後に何かいるなら採用するまい。
私は如月嬢の運転するバイクの後部座席にまたがり、倉重へ向かう。我が家からはバイクで10分ほどの距離。いつもは倉重お抱えの黒塗りクラウンが送迎に来るが、今日は来ていないようだ。きっと用意周到な彼女が追い返したのだろう。彼女がやることはいつも確実だ。任せておけば間違いない。それが今のところ私の不利益になったことは一度もない。
ロッカールームまではさすがの彼女も入ってはこなかった。この基地には私の【椿姫】しかないためロッカールームには私以外の来訪者はない。清掃係だけだ。彼女を連れ込むなら絶好の場所。きっと彼女も抵抗はしないだろう。だが今日はこれから一仕事だ。ドゥンケルほどではないが、フラットなメンタルのほうが戦いやすい。
サーバーからスポーツドリンクをタンブラーに注ぎ、飲み干す。少しこぼれた水滴はダスターで掃いておく。今日、私は初めてマイスターを殺す。世界はマイスター同士の戦闘を今日初めて経験するその余波はどこまで響くか未知数だ。胸が昂ぶる。よくない兆候だ。テンションが上がりすぎている。干将に後れを取ることはあり得ないが、万全を期したい。この戦いが私の試金石だ。
「ホクスポクスフィジポス、ホクスポクス以下省略」
自身にまじないをかける。心なしか楽になる。
≪This is tower. Supplice , report in.≫
「Tsubaki here, ready for jump」
≪Good, runway is clear.≫
「Copy, 椿姫、出撃する」
≪Godspeed≫
オペレーターには如月嬢ではなく槍丘嬢、23歳。
九州工場のチーフオペレーターで、私の出撃はだいたい彼女が管制する。
「Show me Enemy’s data. And area data」
≪Didn’t you bring it here…≫
「No I have, But I need the latest one」
≪I see. Wait a seconds, Ok, this is the real-time report of battlefield.≫
「ありがとう」
事前情報ではわからなかったが、戦場となる南京は現在晴れ。しかし前線が近くに来ている。戦闘後半頃には雨が降りそうだ。
住民の避難の兆候はなし。地上部隊の展開も未確認。ただし郊外で歩兵団の演習が行われている模様。
衛星視点に切り替える。歩兵団は予定通りの布陣をしている模様。しかし、対機動兵器ミサイルを大量に持っている。これは対機動兵器戦の演習か、あるいは私を食らうつもりか。
「Operator, look this field. Too many AMMs. What happening…」
≪Maybe trap. Bite and Kill them all.≫
「All right Mam.」
食い荒らせ、とはよく言ってくれる。
たしかに、【Anti-Mobil doll Missile/対機動兵器噴進誘導弾】は標準機と一般兵にとっては脅威だ。だが、新標準機と騎士階級にあるマイスターにとってはパーティー会場におけるクラッカー程度の賑やかしだ。
≪5minutes before, to alive battle-field. Ready for battle.≫
「already done. I can fly, I can kill, I can destroy.」
≪show me your disaster. Rock on role…≫
「lock on doll, take on role, yeah Rock on roll. I make cemetery」
敵を捕捉、撃破する。
想定よりも敵はしぶとい。腐ってもマイスターだ。雑兵のようにはいかない。
長刀は無慈悲にビル群を粉砕し、上空に上がれば遠距離支援砲撃が来る。重慶祝福巨人公司の多脚自走砲部隊だろう。四足や八足が確認されており、風防付超高密度貫通弾を容赦なく打ち込んでくる。これに当たれば新標準機とはいえ無傷では済まない。これらは新標準機を自作できなかった央土が、代わりに用意した代物だ。一発なら回避は可能だが、周囲を囲まれているとあっては避けにくい。そして散発的なAMMの攻撃が目障りだ。
地表に引きずりおろされた私だが、焦りはしていない。ビル群を盾に適度な距離を保って干将を撃つ。多脚自走砲がいればそれも行きがけの駄賃に落とす。多脚自走砲は安定性こそ高いが、立体高速移動には不向きだ。
「なめるな」
干将がビルを突き崩して吶喊してくる。
崩落するビルから多くのビジネスマンが地表へ落下していくのを【椿姫】のセンサがとらえる。
そのうちのひと塊をブースターでトーストしながら突進線上から逃れる。地下鉄へと避難する市民を踏みつぶしながらブーストし、干将の背後をとる。
だが干将もマイスターだ。
長刀を持たない左手でナイフを投擲。姿勢を低くして避ける。
避けきれず頭部のアンテナ類の一部に損傷。かまわず右背後にバックジャンプ。
右手の36ミリは旋回中の【岳飛】の右側面を削る。
【岳飛】が左手を手刀に接近。IRセンサが叫ぶ。あれは高熱で溶断させる類の兵器だと。
上空へ跳躍、自走砲の支援砲撃を見切る、態勢を動かし弾道回避、36ミリの火箭、跳躍用意姿勢の干将、着弾、頭部破壊、左腕部損傷、胸部破壊、機能停止、私は弾道を避けて急降下、【岳飛】のブースターユニットに砲撃、爆発四散。
「Break down」
振り返ることなく対砲兵レーダーで計測した多脚自走砲を狙撃、撃破、周囲に脅威目標なし。
≪Good job, everyone in ovation. How about dinner tonight with me…Mr. ACE…≫
「Nice. フレンチなんてどうだろう」
≪楽しみにしているわ。Be careful the way to home.≫
「all right. RTB」
フットバーを蹴り、【椿姫】を転進させる。
ビル群を抜けて郊外へ。戦場へ遅刻した多脚自走砲部隊は道すがら破壊していくが深追いはしない。
相変わらずAMMは飛んでくるが対処はしない。対歩兵戦は気が遠くなるほど面倒くさいのだ。
南京から3分、自走砲は追撃をやめて撤退していった。
早期警戒レーダーはクリア、そろそろ高度を上げよう。
その時煌めく一瞬の光奔、レーザーだ。目視はできないが、センサが補完しているため弾道を読める。
上からの撃ちおろし、この射線は機動兵器以外ありえない…
≪hello, This is 【矢矧】,the mobile-doll belonging Tohmei-Factory battle depart. How are you…≫
「Fine fuck you.」
≪相変わらずだな、鶴結ヅヰ青年。大湊掃討以来か。会えてうれしいぞ。だがレーダーの破損に気づかないとは年を取ったな…そろそろ引退すべきじゃないのか…≫
「冗談を。気にするまでもないとレーダーも判断したのだろうさ」
≪ぬかせ。私が上機嫌でなかったら、今頃ハニカム構造だぞ…その硬くて軽いハニカム頭で私たちが来た意味をよく考えたらどうだ。私の言葉も空隙にのまれて対舷に流れて行ってしまうから無駄だろうがな≫
私たち。たしかに東名製造所属、マイスター第21位、【矢矧】奏者の伏見影ロウはそういった。第18位、【神通】の一之瀬宗茂もいるのか。早期警戒レーダーは何も映さない。エラーメッセージすらでないとは、あとで整備担当者を絞めなければならない。
≪シュープリス、久しいな。私とは昨年の演習以来か≫
「そうだな、ボイルド」
【矢矧】【神通】、ランクこそ低いが、それは東名製造の影響力が低いせいで、一之瀬と伏見の実力は上の下、といったところ。タイマンならともかく、2対1では決して勝ち目はない。
【矢矧】伏見影ロウ、スタイルは近接砲撃戦。回避困難なレーザーと、変幻自在のマチェットを引っ提げて手数で挑んでくる。干将のように距離を取らせてくれるようなヘマはしない。大艦巨砲主義が信条の東名らしいハイエネルギーレーザーは一撃で装甲を溶かし、ハイサイクルレーザーはセンサを確実に殺しに来る。奏者の腕もあり、一度組み付かれたら勝機はない。あと口が悪い。精神も削られていく。
【神通】一之瀬宗茂、あだ名はボイルド。なかなか沸騰しない無口な男だが、砲口は饒舌。隙あればハンドカノンを雨霰と撃ちこんでくる。私と同じ中距離射撃型で、150ミリ砲が主兵装。防御も堅く、生半可な射撃では傷一つつかない。対して150ミリはシールドを貫通して機動兵器を破壊する。いわば動く砦だ。
≪干将を撃破したようね。私たちの獲物だというのに≫
「ボーナスステージだ。早い者勝ちだろう」
≪ハイエナが。干将程度の雑魚は早ければ来週にも狩り尽くされる。強者には勝てないから急いで雑魚を狙いに来たのだろう≫
「何とでも言え。こんな時代だ、貴様も落としていいんだぞ」
≪よせ、二人とも。東名と倉敷の対立はロックマートとアーガスの協調路線にひびを入れることになるぞ≫
≪命拾いしたな、小僧≫
「帰りにちびってボイルドの手を煩わすんじゃないぞ、レガシー」
冷汗が引いていく。
頭部センサ類の一部が破損した現状で彼女らとの戦闘は自殺行為だ。
「オペレーター、聞こえるか…」
通信のメイン系が死んでいる。先のハイサイクルレーザーに焼かれたようだ。バイタル系に切り替える。
≪【椿姫】現状は?≫
「【矢矧】【神通】と遭遇。交戦はなし、だが頭部センサ類が死んだ」
耐熱仕様に換え、メイン系からバイタル系へと自動で切り替えるシステムを入れなければならない。同様の不備は探せばまだあるだろう。新標準機との戦闘にも耐えられるように【椿姫】をアップグレードしなければならない。
「今回の戦闘は多くの教訓を得た。ミーティングで詳しく話す」
「ローデンバッハ・グランクリュが討たれた…【オーヴァチュェ】を、だれが…」
干将撃破、東名の二名との邂逅より4日後、ベルギカ社唯一の奏者、ローデンバッハが撃破されたという話を私は自宅で聞いた。私の寝室の隣にいつの間にやら住み込んでいた如月嬢は続ける。
「オーヴァチュェは大破。しかし貴族趣味者はおめおめと恥も外聞もなく生き延びています。下手人は【オーグルヴィ】。ノースカロライナ社の標準機【k3t23】ベースの狙撃型、と推測されます。奏者は不明。マイスターではないことはわかっていますが、どこの支援を受けているかは不明です。武装は弾体から重慶祝福巨人公司。この間も南京で遭遇しましたね」
「ベルギカ社はこれに対する報復を表明。H&Tと共同戦線で【イレギュラー】を処断する、と」
メンツのために動かざるを得ないのが大組織の宿命だ。
「イレギュラーが出現した場所は…」
「アナトリアです」
騎士階級第10位、H&T新標準機【パンサー】ベースの【INOX】の奏者、シメイ。中近距離戦に対応するバランス系。拠点をナポリにおき、【地中海の女王】と呼ばれる。
「アララト山にてイレギュラーと【INOX】が開戦しました」
アーガスとロックマートの提携に関する両社会議の席をアバターで傍聴中、私はその知らせを如月嬢から聞いた。
会議はサンフランシスコにて開催され、関係4社の奏者6名が集まった。
第3位、アーガス社、デュヴェル・モルトガット【スーパーブラディオン】
第5位、アーガス社、ケストリッツァー【バベル】
第7位、倉崎重工、倉崎アカネ【椛】
第9位、ロックマート社、アイランド・プリモ【ブラックウィドゥ】
第15位、ロックマート社、ブーングース【ヘルキャット】
第21位、東名製造、伏見影ロウ【矢矧】
そうそうたる実力者たちである。この6人だけで旧冷戦時の米ソの正面戦力を撃破可能だ。
特にケストリッツァーとブーングースはマイスター最年長と最年少。オールドワン、ヤングエースとあだ名される。
ケストリッツァーの【バベル】はアーガス社標準機【Ck5】をベースとし、4つの武器腕を備える火力偏重型。瞬間火力は全兵装解放時の【神通】さえ凌駕する。
ブーングースの【ヘルキャット】は新標準機【Product22】をベースにした高機動機体。多彩な武装を器用に扱い、とびぬけた才能がある。
そんなブーングースを圧倒できる実力者がデュヴェル・モルトガット。新標準機【Ck6】ベ3ースの【スーパーブラディオン】は【ヘルキャット】以上の高速を発揮し、高感度センサでも捕捉困難。速度偏重のため戦闘力は僅少だが、ランスによる一撃離脱戦が信条。因果を逆転しない限り回避は不可能。
アイランド・プリモは【Product22】との社内コンペに敗退した【Prottype23】を改修した【ブラックウィドゥ】を駆る奏者。ステルス性能を意識した設計で、高感度センサによる捕捉が困難。そのうえで高機動性を生かした背後からの奇襲を好む。武器は短刀など接近戦指向。
【椛】は私と同じ新標準機【秋水】をベースに倉崎自慢のブースター技術の粋を集めた機体。奏者としての実力では劣るが、ヘルキャットを超える瞬発性が自慢だ。倉崎アカネ自身がこれを設計した。
「イレギュラーに関しては【INOX】が排除するだろう。関心を持つべきはこの会議だ。アーガス閥のほうが戦力的に優勢だ。こちらの主導で協定は結ばれるだろう。しかし内容いかんによってはロックマートがH&Tにつきかねない。オールドワンならそのようなヘマはしないだろうが、アーガス社の次期当主は国際感覚のないぼんくらという噂がある」
「履歴を読む限りではケンブリッジ卒とありますが…」
「あのお国だ。そのくらいの詐称は呼吸同然にやるだろう。最悪なシナリオとしては、我欲に忠実な重役の一人が現当主を排し、ぼんくらを傀儡にすることだろうな。協定が破滅しかねない」
「もしそうなった場合は、その重役さんにちょっとお願いすればよろしいのでは…幸い、私のお友達が王国におりまして、何名かのお茶目なおじいさまの噂話を小耳にはさんでおります。それにあなたなら協定が棄却されて支離裂滅な闘争となっても防衛戦のみにしぼれば無敵ですよ…」
「そんなことをしたら私は明け方にでも寝ているところを暗殺されてしまうだろう。倉重を裏切って生き残れるとは思えないな」
裏切れるタイミングとしては倉崎アカネが死んだときだろう。
「ところで君のお友達のことは我らがご主人様はご存じなのか…」
「あくまで、私のプライベートな関係です。もちろん、ご主人様もいくらかは感づいてらっしゃるでしょうけど」
泳がされているのか、共同しているのかはわからないが、如月嬢の得体がしれないのはいまに始まったことではない。いったいなぜ、彼女が王国に知己を得ているのかも不明だ。疑い始めたらきりがない。
彼女のモバイルが震えた。
「速報です。シメイが返り討ちにあったようです」
次の瞬間、アバターで参加していた会議からロックアウトされる。
その知らせは瞬く間に騎士階級、企業に伝わった。
自信過剰な貴族趣味の誇大妄想壁のローデンバッハならともかく、沈着で堅実なシメイまでもイレギュラーの凶刃に斃れるとあって、支配者層はどこがイレギュラーを支援しているのかを疑い始めた。町工場レベルでマイスターを擁立できるのは姫路式祝福炉の開発元、明石工房程度だ。それほどの技術力があるにもかかわらず、これまで企業たちに見過ごされていたなどあり得ない。企業か、国家の残党が支援しているはずだった。
≪鶴結、聞こえているかしら…≫
「どうしました…」
通信だ。倉崎アカネがサンフランシスコからかけてきた。いつもより早口である。
≪イレギュラー【オーグルヴィ】を落とします。極東領域は【神通】に任せ、スエズに進出してください。現地にてアイランド・プリモ並びにケストリッツァーと合流、アララトにて【オーグルヴィ】及び【オーグルヴィ】を討ちに来るであろうH&T機を食います≫
「【ブラックウィドゥ】【バベル】が…サンフランシスコにいるほかの機は…」
≪H&T本社を攻めます。ウェスト・フレテレンや小裂ユタ華もこちらに合流、6機でかかります。一之瀬宗茂がインドシナのシンハーを、ヒューグ・アーガスがデリリウム・トレメンスを抑えるので心配せず【イレギュラー】とH&Tを討ちなさい。そのあとはミュンヘンへ急行、H&T本社撃破の支援を≫
H&T閥のマイスターはあと3名。しかし標準機を多数配備している可能性もある。マイスター以外の新標準機奏者もH&Tで育成されている。また、動きを見せないミッターマイヤ社のドゥンケルたちの動向にも気を配らなければならない。
そして、いざとなれば【ブラックウィドゥ】も敵になりえる。【バベル】ですら確実に味方だとは言えない。
「ではスエズに」
≪ええ、スエズに≫
そういって通信は途切れた。
「如月嬢、出立の用意を」
「もう済んでおります」
さすがだ。
移動は祝福炉を搭載した輸送機によって行われる。空力を完全無視した奇特な形状で、空飛ぶ長方形といった姿である。
機動兵器は仰向けになって収容される。空中投下も可能であるが、トリムの変動が激しいので誰もやりたがらない。実際、ミッターマイヤ社のテストでは乱気流に揉まれて墜落した輸送機が都市部に落下し、数百名が死傷したという事件もあった。
「よし、あげろ」
倉重の整備士たちが慎重に位置を合わせて輸送機に積み込む。整流覆が左右から【椿姫】を覆い隠す。
「機側でのチェックに移ります。現在のところ遅延はありません」
「ありがとう」
作業長は輸送機のタラップへ駆けていく。私は踵を返して管制塔へ。飛行経路のブリーフィングがあるのだ。
ブリーフィングは手短に終わる。
昔は長い時間をかけて非生産的な現状確認と責任逃れを会議と呼んだらしいが、少なくとも私の周りでそのような無駄はない。
会議、ディスカッション、打ち合わせ、ブリーフィング。このようなものが開催される場合、出席者はその議題については当然事前学習を済ませている。全員が共通理解を得て、その上でアイデアを出し合うため無駄は省かれる。共通理解を欠いた集まりは会議ではなく教育というべきだろう。私はそのような無駄を好まないし、無駄を残して生きていける時代ではないのだ。とうの昔から、まだ極東が日本国憲法のもとにあった末期から、無駄は道楽であった。
事前の行動計画を一部改訂して速やかに決定された輸送プラン。央土と比島の間を抜けて昭南上空を通り示威、無補給でインド洋まで一気に超える。祝福炉があれば世界一周も造作ないことだ。
「比島東方の台風にもよりますが、予定では明朝0500離陸、現地時間0600にスエズ着です」
インドシナに巣食うシンハーの【スコータイ】は密林での奇襲を得意とし、高高度を飛ぶ輸送機には手出しができない。同時に低空から【神通】が襲撃するため、いっそうこちらに手出しはできないはずだ。しかし東名との打ち合わせは行われていないため、インドシナに【神通】がいつ布陣するか、正確な時期は不明である。明日朝、としかわからない。また、
多脚自走砲がいるかもしれない。
「もし地対空長距離狙撃を受けても、昭南沖には揚陸艦が待機している。艦載機で補助ブースターを輸送機に空中で取り付けて飛行可能。シュミュレーターでの成功率は84パーセント」
次に輸送機を使用するときに備え、補助機のパイロットにはぜひ訓練に励んでもらいたい。84パーセントも本番で失敗すれば0パーと変わらない
そもそも高高度を飛行中の巨大機に無理矢理空中でドッキング、かつブースターで強引に飛行を維持するという三文SF作家ですら書かないような奇術だ。落ちたらその時企画者を呪えばいい。護衛無人戦闘機隊は道中の直衛だけでなく、揚陸艦にも待機している。ハイレーザー照射を受けた場合は彼らが盾になって時間を稼ぐというのが本命の作戦だ。その隙に揚陸艦から対機動兵器大型ミサイル(Anti Mobildoll Huge Missile)が発射され、敵性狙撃プラットフォームを完全に消却する。
かくして輸送機は飛び立ち、多脚自走砲が明後日の方角に打ち上げる砲弾を尻目に予定通りの進路を飛行、予定通りの時刻にスエズにたどり着いた。
このフライトの裏では倉重監査部虚数課と呼ばれる特殊部隊が破壊工作を行った、という噂が流れている。もともと予算不足とそれに伴う訓練日数の不足から練度が低かったH&Tインドシナ支社は、電測系を虚数課に改竄されたことにより致命的な命中精度の低下を受けてしまった。近接信管の作動はなし。すべて輸送機から3000メートル以上離れて炸裂した。レーダーが正常に作動しない兵器は、エキセントリックな文鎮とかわりない。
事前に策定されたフライトプランを全うし、スエズにたどり着いた私はいまだ機上にある2名の奏者を待つ間、街へ出ることにした。これも事前に如月嬢が策定したプラン通りだ。私は関知していないが、彼女の行動計画に従えば間違いはないと確信している。
たとえそれがデートにしか見えなくても、だ。
だが、一般的に想像されるデートとは相反し、彼女はバザールを素通りし、海岸に背を向けて人通りの少ない小路へ入る。そしてクレオパトラやカエサルの時代より前からあったとしか思えないほど古びた戸を叩いた。如月嬢のたおやかな腕でも簡単に壊せそうな戸だ。
室内は薄暗く、乾いた土と怪しげな香料の匂いであふれていた。思わず鼻を覆う。
「これが何かわかりますか…」
「最新のコーヒー沸かし器、いや違う。かき氷を作る機械だ。間違いない」
「ヤクでも決めていらっしゃるのですか、この馬鹿男」
さすが如月嬢。私の意図を的確にくみ取っている。的確すぎて、あたかも思考を覗かれているかのようだ。
「決して、そのようなことはございません」
やはり覗いている。きっと私たちの間には幾筋もデータが飛び交っているのだろう。私から、彼女にむかって。一方通行の関係だ。その糸は不可逆で、その意図は不可侵だ。きっと彼女は私をイトで縛るつもりなのだ。わがことながらすこし興味深い。
「冗談はその程度に抑え、本題に移ります。この店は私の友人が営む雑貨屋です。怪しげなものから淫靡なものまで、大抵のものは手に入りますが、禁制品以外は取り扱っていません」
よくぞ官憲の魔の手に捕まらなかったものだ。一応捕まえる側にいた私のセリフではないだろうが。それなら彼女もオオヤケのサイドに属していたはずだ。
「情報も、当然取り扱っております」
彼女が見せたものはディスプレイ。それも市場に出回っていないような、実体のない空中投影素材。そこに映っていたのは機動兵器。
「こちらイレギュラーさんです」
H&Tやアーガス、ロックマートといった大手や、倉重、スイステクノのように情報に長けた企業でもいまだ発見できていないイレギュラーをなぜ発見できたのか。
「私のお友達はすごいのです」
「それで、敵はどこに…」
その一言は倉敷アカネが告げた作戦をすべて無に帰すものであった。
「Engage. Rock and Roll」
槍丘嬢が九州から衛星経由でオペレートするのを聞きつつ、すでに交戦圏内に入った2機の機動兵器を見る。
ゴルゴタの丘の上、右に立つのは新月の夜のような濡羽鴉/漆黒の機体に、劫火の紅を帯に纏う、【オーグルヴィ】、イレギュラー。
左に立つのは処女雪のように純潔/白銀に、要所の空色がアクセントに映える、【INOX】、シメイ。
「Why you…」
≪Don’t ask anything. I have nothing what need you to tell.≫
≪we are the hope, we are the future.≫
誇大妄想癖のあるイレギュラーは捨て置くとしても、シメイは厄介だ。なぜ体制側からイレギュラーに寝返ったかは不明。だが、
「私の前に立つ以上、落とす。それだけだ」
厄介なシメイは【バベル】【ブラックウィドゥ】の到着を待つとして、中二病罹患者のほうは精神衛生的にも除去すべきだ。きっとたまたま戦場に迷い込んだ素人なのだろう。才能とやらで、血反吐を吐くような訓練もせず乗りこなせた、天才なのだろう。青い情熱と世間知らずの正義感で動いているのだろう。もしそうだとしたら、それを打倒した時私はきっと気分がいい。ならば奴はそのような、私の忌み嫌う人間ということにしよう。
飛翔/開戦。
3度交錯。私は引き撃ち、彼は吶喊、街は崩壊。イェルサレムは十字軍以上の苛烈さで、機動兵器たちは街を破壊する。だが【オーグルヴィ】のスペックは読めた。5分に満たない交戦で敵のデータを開帳して見せた槍丘嬢と九州のオペレーターたちに乾杯。
瞬発的な加速に優れる【オーグルヴィ】。さながらイベリアの闘牛だ。
敵を躱し、背後を撃つ。敵もそれを5段階ブーストという異常な回避を行い、全弾避けた。
だが敵は一騎ではない。【INOX】のノースカロライナ社製ハイエネルギースナイパーライフルが正確な点射でこちらを牽制。困ったことに【INOX】は絶えず狙撃位置を変えるため、カウンタースナイプは困難。
時間はかかるが引き撃ちに徹しよう。そう決めた矢先、如月嬢から通信が入る。
≪This situation is really bad. Please RTB≫
「For example I did so, I won’t be able to get any job. And especially, LOSE makes me discomfort. All I want is to kill him in miserably.」
≪OK, AF-Satellite cannon standby.≫
「サテライトキャノンだと…」
≪ええ。倉敷の装備ではございませんが、お友達に貸していただいたの≫
対艦隊衛星軌道電子砲(アンチフリートサテライトエレクトロキャノン)、電子干渉弾を撃ちおろす、範囲攻撃兵器だ。電子兵装を容赦なく焼き付かせる。
「やってくれ」
きっと彼女はただの社員ではないのだろう。予算をぶんどってくる才媛というだけではない。対艦隊兵器など、H&T社やアーガス社すら、かつての大国であった旧合衆国ですら持たなかった兵器だ。そのようなものを持つとするなら、超派閥的集団が背景にいるはずだ。
今はそんなことよりいまいましいイレギュラーを殺すことが大事だ。
謎の機動兵器、謎の衛星兵器。この世界は謎であふれているのだから、いまさら謎が一つ増えたところでかまうものか。如月嬢など謎という字が歩いているようなものだし。
≪サテライトキャノンが炸裂すると、【椿姫】もダウンしますが≫
「【椿姫】の対電磁波防御さえ貫通するのか…もっと穏便な兵器はないのか」
≪私を便利屋だとお思いですか…≫
違ったのか。ないならないで、正面から落とすだけだ。
≪2機の増援機動兵器は残り10分で戦場に到達します。それまでに敵を殲滅してください≫
手柄を渡すつもりは彼女にもないらしい。そしてお手頃な兵器もないらしい。
「Dust to dust. 塵は塵に」
吶喊。
戦闘は芳しいものではなかった。
負け戦である。
シメイは第10位、イレギュラーも同等以上。格上だ。
私は逃げ延び、地中海の小島に隠れた。【椿姫】は大破し、水没した。
≪さて、機体もなくなり島から出られなくなりましたね≫
「ああ。この島で暮らすのもいいかもしれない」
着水時に無線とサバイバルキットを持ちだしたおかげで、こうしてスエズにいる如月嬢と会話ができる。
≪まだ戦いたいですか…≫
「退却くそくらえ、だ」
如月嬢はそれを聞くと上品な笑いをこぼした。彼女はいつだって上品に笑う。
≪乗り手のいない機動兵器が一騎、余っています。私のお友達が保管していまして、≫
地中海の乾いた日差しの中、その声は如月嬢の妖艶さを秘めた声が、魔女の婆の嗄れ声のような、聞くものの背筋を凍えさせるような声に聞こえた。
≪ヒト種文化刷新委員会、その穏健派、故スタウト・クリューの派閥に所属する同士です≫
ヒト種文化刷新委員会、世界を牛耳る黒幕的存在とひそやかに噂された、
「なんだそれは」
ことはない。
≪ご存じなくて当然です。国家や企業の支配者の一部に賛同者がいまして、彼らが国家、ULなどを操ってきました。今では3つの派閥に分かれて絶賛抗争中でございます≫
穏健派/故人スタウト・クリューをイデオローグにする派閥で、社会への干渉はなるべく控えるべし、とする一派。
強硬派/鹿苑チトセをイデオローグとする一派。世界平和のためには統合が必要だと主張し、UL成立を支えた。今の主流で拡大派。
過激派/ドゥンケル・ミッターマイヤがイデオローグ。全人類は委員会が直接支配することで世界平和をなす、という考えだ。厄介なことに、彼らは人類の数を減らすことをさえ主張する。
≪ドゥンケル・ミッターマイヤとミッターマイヤ社は過激派。イレギュラーは強硬派。私は穏健派です。過激派と強硬派の対立が広がって、三派閥の抗争となっております≫
ドゥンケルのいう【闘争】はそのことか。まず国家と軍隊を壊滅させ、21の騎士を殺し合わせ、適度に間引いたところで世界を征服、それによる世界平和の実現。優生学の信奉者だったのだとしたら一層面白い。ミッターマイヤ社は、遺伝学の祖、メンデルが学んだ街に本社を置き、ヒトレルが遺伝学から優生学をぶち上げた街に屋敷を構えているのだ。ドゥンケルがジェノサイドに傾倒したのも街のせいかもしれない。
≪もしかしたら、ジェノサイドはあくまで過激派の力を利用するための方便かもしれません。闘争こそが人間の本質だという演説も行っております≫
「彼の望みがよくわからない。だがたいしたことではないだろう。我々21騎士はそれぞれがそれぞれの思惑に従って参戦し、いまに至る。私の望みは自分の周囲の安定だ。奴隷のような民衆が死んだところで、私の翌朝のコーヒーがなくならないのならどうでもいい。なくなるのなら手に入れるのみ。この世は弱肉強食、強者たる私が自重する必要はない」
≪その強さをただのニヒリストたるあなたに与えていた【椿姫】は、つい先ほど漁礁になりました。きっとおいしいアンチョビがとれるでしょう≫
如月嬢は私が懸念していることを的確に言い当てる。
≪ええ。私もあなたに同意いたします。力こそがこの動乱の時代に役に立ちます。武力でも、経済力でも、愛の力でも、力とつければそれらしく聞こえる日本語万歳ですね。それぞれが身勝手に自分の力を振りかざしてもいいじゃないですか。神様はバカンス中なので人間がすべて60キログラムのビーフシチューになってしまっても気にも留めません。好きにやればいいんです≫
「それが君たち穏健派の主張か…」
≪はい。すべてを許容する、懐の深い派閥です。争いこそが人間の可能性、その可能性を血なまぐさいものとしか認識できない強硬派や過激派をみていると同じ人間として総毛立つ思いです。でも、私たちはそんなピルトダウン人も人間として愛しております≫
清濁併せて人間を愛する、まるで神のような視点だ。きっと彼女も中二病罹患者なのだ。
「神様はバカンス中だから、人間がかってに神様を気取っても気づかない、と」
そもそも【神】などいうものは古代の為政者が愚昧な大衆をいいように使うための方便として発明したものだ。神にとっての神は人間なのだ。先の言には語弊があるだろう。
「君は、なにを見たいんだ…」
≪物語を≫
世界が混沌に満ちた中で、いくつか現れる希望の萌芽を彼女は見たいのだろう。
「未知への希求がその起源か…」
≪さすがです≫
知らないことを知り、自分というテクストに織り込み、自分という小説をより美しくする。あらゆる決断は成功にしろ、失敗にしろ、コンテクストのなかでうねりをあげる。
≪私が穏健派にいる理由は、ただ知りたいからです。いろいろなことを。そのついでに人生をやっているともいえます。あなたも同じでは…≫
ああ、そうだ。だから21騎士の決起にも参加した。あまりに個人的すぎるよく故に、他者にはきっと異質な価値基準故に自分でも封をしていたすべての起源。血を吐く努力をして奏者でありつづけているのも、たぶん、数ある遺伝子のなかから私が産まれた理由も。
「確かに、知りたい。ドゥンケルが決起を決めたわけ、イレギュラーの正体、シメイの寝返りの理由、倉重が持つ異常な諜報力、君の友人たちのもつ道具のこと。数え上げればきりがない。きっとそのすべてに理由が根として繋がっていて、すべてが枝を伸ばしていつか花を咲かす。私はすべてを見てみたい」
≪なら、私と一緒に行きましょう。未知の航路を切り開くとき、見張りは多いほうがいいでしょう≫
「座礁したらことだしな」
≪さて、座礁どころか沈没したあなたに速報です。よくない知らせと、悪い知らせ、どちらがよろしいですか…≫
「海賊船か、嵐か…回避できる嵐のほうから頼む」
まぁ、嵐を見つけたときはきっと時すでに遅し、という状況だろうが。むしろ海賊船のほうが逃げ切れる分だけ望みがあったかもしれない。
≪第8位、サンミゲル・スタイミー子爵の【アポカリプス】がそちらへ接近中です。10分後には発見されるでしょう≫
対戦車、対人戦を好むサディズムの信奉者か。前々から思っていたが、奴の前髪だけピンクという黒髪はどう考えてもセンスが悪い。如月嬢ならそんな悪趣味も品よく纏えるのだろうけど。
≪もう一つは、第4位、明石禅の【飛龍】が突如H&T社に出現、【スーパーブラディオン】が撃破されました。同時に【ヘルキャット】も大破。【椛】ももたないでしょう≫
刻々と世界は変わっていく。この先3日ほどで世界の機動兵器は大半がスクラップになるだろう。その後の世界はどうなるのだろうか…。
≪ひとまず、私のお友達がそちらへデリバリーに向かいました。新標準機【秋水】ベースの中距離砲撃戦仕様です。パーツはアーガス、東名、ノースカロライナのものも採用。あなたの戦術パターンも組み込んであります。存分に踊ってください≫
「機体名は…」
≪未定です。ご自分で命名ください≫
「いつ到着だ...」
≪15分後です≫
機動兵器で歩兵を握りつぶしながらマスターベーションにふける男から5分間逃げろ、と。生き残れるだろうか。
≪それもまた、未知です≫
相変わらず、思考を読んでくる。
「あくまで劇は観客でいたいタイプだ。俳優は、特にスタントマンは他者に譲るよ」
そんなこと言って、
≪一度は体験してみたいのでしょう…続報です、【アポカリプス】が増速、まもなく発見されます≫
そろそろ逃げよう。通信をする余裕はもうなさそうだ。
「後で君には言いたいことがある」
≪あら、愛の告白でしょうか…≫
瞬間、背後の石灰質の崖に着弾、崩れる瓦礫、破滅音のなかにも響く銃声。
Why don’t me jogging with scream…
Nice idea. It’s maybe really Cool or Cool.
格好いいか...あるいは屍になるか...まぁ、面白そうだ。やってみよう。
悪趣味な機体が接近してくるのが見えた。私は機動兵器の入り込めないエリアを探して走り出す。
断。
+++++++
ここから裏設定
ドゥンケル・ミッターマイヤ伯爵 ミッターマイヤ社 オリジナル【ベイオウルフ】
ミュンヘナーヘル・シュバーデン H&T社 【クーガー】ベース【St.トラッシュ】
デュヴェル・モルトガット アーガス社【Ck6】ベース【スーパーブラディオン】
明石禅 明石工房 オリジナル【飛龍】
ケストリッツァー アーガス社【Ck5】ベース【バベル】/オールドワン
シンハー H&T【クーガー】ベース【スコータイ】
倉崎アカネ 倉敷重工【秋水】ベース【椛】
サンミゲル・スタイミー子爵 ミッターマイヤ社 オリジナル【アポカリプス】/ゲイのサディスト
アイランド・プリモ ロックマート社【Prottype23】ベース【ブラックウィドゥ】
シメイ H&T【パンサー】ベース【INOX】
シュロス・エッゲンベルグ スイステクノ社 オリジナル【サミクラウス】
ストン・ルイネーション ミッターマイヤ社【MT-3】ベース【クシャトリヤ】
鶴結ヅヰ 倉敷重工【秋水】ベース【椿姫】/シュープリス 断頭台の椿
干将成 H&T社【パンサー】ベース【岳飛】
ブーングース ロックマート社【Product22】ベース【ヘルキャット】/ヤングエース
ウェスト・フレテレン アーガス社【Ck6】ベース【グロリオサ】
ローデンバッハ・グランクリュ ベルギカ社 【Type11】ベース【オーヴァチュェ】
一之瀬宗茂 東名製造 オリジナル【神通】/ボイルド
小裂ユタ華 ロックマート社【Product22】ベース【霧咲久遠】
デリリウム・トレメンス ノーストリリア社【シェイヨル】ベース【カスダブル】
ヒューグ・アーガス アーガス社 オリジナル【ギロチン】
伏見影ロウ 東名製造 オリジナル【矢矧】
W・スミス イレギュラー ノースカロライナ社【k3t23】ベース【オーグルヴィ】
H&T(帝国) ロックマート(合衆国) アーガス(王国)
ベルギカ 東名製造(極東) 倉敷重工(極東)
ノーストリリア(南方)
明石工房(極東)、ミッターマイヤ(帝国)、スイステクノは中立
HT 長所はないが欠点もない。最大手
ロックマート 実弾重視。堅牢なつくり。
アーガス 奇抜、奇天烈。へんなの。
ベルギカ 国策企業。でも弱い。HTの子会社同然。
倉敷 珍妙。推進器に強い。
東名 大艦巨砲主義。
ノーストリリア 旧式。時代遅れ。
明石 祝福炉技術に秀でる。町工場規模。
ミッターマイヤ センサー系で定評。
スイステクノ エネルギー兵器に特化。
重慶祝福巨人公司 国策企業。安い。HT傘下、武器製造メイン。
グラン=ウラル 鈍重で堅固。高燃費、低性能。斜陽の国策企業。
カナンインダストリ センサー系、制御系のパーツを製造。
ノースカロライナ 変態。あんなの。
過激派 多すぎる人類を間引き、選別することでより住みやすい環境を作る
強硬派 弱者は完全な奴隷化、強者が君臨する社会にする
穏健派 弱者を飼い殺しにして、現存の階級制を維持する
穏健派でも弱者の自由はかなり制限されるが、強硬派ならば奴隷として使いつぶされる。
対して差はないが、穏健派はまだ良心の呵責が残っている。過激派は優生学に傾倒。三閥に共通して、下剋上は許さない。穏健派でも、あくまで弱者が長生きして、強者のために長く労働することを望んでいる。
ドゥンケルの理想 積極的に人類に試練を与え、困難を超えた人間で新世界を作る。底辺層でも頂点を目指すことができ、支配階級に胡坐をかいたものは奴隷に落ちることもある。
世界が階級によって硬直し、閉塞しているので【闘争】によってその閉塞を打破することを願う。彼は世界中に携行火器や機動兵器をばら撒き、世界を一度リセットしようとする。試練を超えて、できれば多くの人間が新たな精神次元に入ることを理想とする。【超人思想】。階級社会はニヒリズムを醸成し、人類に影を落とす。それを払うことこそ、伯爵家に生まれた自らのノブレスオブリージュと信じ、行動する。
明石禅の理想 姫路式祝福炉を民間に提供することによってエネルギー問題を解決、貧富の差をなくし平等な社会を作る。そのためには強者として横暴なふるまいをする騎士階級やULが邪魔になるのですべて排除。
W・スミスの理想 争いが絶えないから人類は未来を閉ざしてしまっている。争いの種をすべて排除し、平和な世界を人類に与える。ドゥンケルとは正反対の理想。しかしスミス自身の願いではなく、仮親の教育の結果。仮親はスミスがハイスクールのころに事故死。その後彼は仮親の旧知という男(J・オブライエン、ヒト種文化刷新委員会穏健派)に拾われる。本人は願いというものを持たない。
鶴結ヅヰ 新型機
【秋水】ベース 【ウツロドキ】
中距離砲撃戦仕様
他の追随を許さぬ機動性。トップスピードには劣るが、引き撃ちに長けた構成。後退/吶喊の切り替えが極めて良好。ただし奏者はGで死にかける。
ウツロドキ→虚ろ時。ニヒリズムの時代。
ドゥンケル・ミッターマイヤ
オリジナル 【ベイオウルフ】
長剣【フルンティング】を振るう。予備の短刀【ヨツン】とこれの2本のみを装備。カタログスペックでは隠されているが、制限撤回時の機動性は【スーパーブラディオン】に匹敵。ちなみに【スーパーブラディオン】はアーガス社【Ck6】ベースでありながらミッターマイヤ社の技術を多く取り入れている。ドゥンケルとデュベルは盟友。
W・スミス
【k3t23】ベース 【オーグルヴィ】
オーウェル「1984年」より「都合がいいようにでっち上げられた英雄」
起承転結すらない小説としては論外な構成で失礼しました。
「最後の病」は愛読の一冊より引用。