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ナナセアイリ

これは、

http://celestie.info/

このホラーサウンドノベルを文章化したものです。

一日に一話づつ、最終的に起承転結の起の部分まであげる予定です。

読んで内容が気になった方は、フリーですのでゲームをプレイしてみてくださいm(_ _)m

では、本編をどうぞ。



 七瀬愛梨は激しく苛立ちながら、深夜の廊下を早足に歩いていた。

 後ろからは、三つの足音が慌てたように付いてくる。

 その足音を意識の片隅で聞くとはなしに聞いて、七瀬愛梨は知らない内に、思考に没頭していた。

 凍川葵のやつッ……。

 調子に乗りやがって!

 悔しさから自然と下唇を強く噛み締め、ほんの微かに唇が切れて口の中に血の味が広がり……七瀬愛梨は慌てて、力を抜いた。

 七瀬愛梨にとって凍川葵は、小学校からの腐れ縁だった。

 もっとも、まともに話した事なんて、片手の指でも余るほどだけど。

 小学生の当時から、いけ好かないやつだった。

 己の優秀さを鼻にかけて、人を見下す……否、見下す価値すらないとばかりに無関心だった。

 その癖、見た目の良さから男子に人気があり、いつもチヤホヤされていた。

 凍川葵はそれすら塵芥ほどの興味も見いだせないとばかりに、眉一つ動かさない無関心ぶりだったが。

 当然、小学生女子のコミュニティからは疎まれ、弾かれ、疎外されていた。

 それだけでは収まらず、それなりに陰惨な虐めすらあった。

 靴を隠されたり、水をぶっかけられたり……だがそれすらも、凍川葵は意にも介さないとばかりに超然としていた。

 私は……七瀬愛梨は。

 何者にも揺るがない確固たる『強さ』を持った凍川葵が、苛ついて、ムカついて――そして妬ましかったのだ。

 そんな時だ。

 神城柚季が、私達の通っていた小学校に転校してきたのは。

 そして神城柚季が凍川葵のクラスに転校してきて一週間と経たず、凍川葵の虐めは未来永劫なくなった。

 詳しくは省くが、神城柚季が、己の立場を迷いなく犠牲とした――その引き換えとして、凍川葵の虐めはなくなったのだ。

 その結果、神城柚季は転校してきたばかりで、直ぐにまた他所の小学校へ転校する羽目となったのだが――それすらも凍川葵を守る為、ひいては凍川葵の類稀なる強運に映ってしまい、苛つきが倍増したのを昨日の事のように覚えている。

 せめてその後の中学や高校が違ったのなら、凍川葵との縁も切れて、嫌な思い出も記憶の底に埋没し、薄れて消え去っただろう。

 しかしなんの因果か、中学では件の神城柚季まで引き連れて私の前に姿を見せたのだ。

 神経が逆撫でされる思いだった。

 ……当然、凍川葵にそんな意図は欠片もなかっただろうが。

 ただ、偏差値の高い中学を選んだ、その程度の認識だろう。

 そう意識の片隅では理解していても、感情が凍川葵という存在を認めず、許せなかった。

 目の前にいるだけで、その美しさに、優秀さに、揺らぎのない強さに嫉妬し、ムカついて、追いつこうと追い越そうと死に物狂いで努力しても叶わず――そして、劣等感や憎悪すら感じている醜い自分に更なる苛立ちが募った。

 悪循環。

 悪循環だ。

 そう理解していても止められず、いつしか「死ねばいいのに」とすら自然に考えるようになっていた。

 ……そんな時。

 そんな時、だ。

 校内で七不思議が爆発的に流行りだしたのは。

 七不思議の中に『サカキさんの呪い』を見つけ、私と同じように凍川葵に鬱屈した不満を持っており、尚且つ、こんな下らない儀式に付き合う連中を探して、手慰みと知りつつも、呪いの儀式を行おうと思ったのは。

 そして、それすら邪魔された。

 他ならぬ、神城柚季と凍川葵に。

 その二人に邪魔されたという現実が、七瀬愛梨にとって何よりも耐え難く、そして屈辱ですらあった。

 …………でも、と。

 ふと、思う。

 どうしてあの四人は、呪いの儀式を邪魔したのだろうか?

 少なくとも。

 そう、少なくとも凍川葵は無駄な事を一切しない。

 呪いなんて胡散臭く、なんら効果が期待できない非科学的なものを、己に向けられたとはいえ、わざわざ邪魔しようとなんか絶対にしないのだ。

 これが仮に、凍川葵の親友である獅童燈花が呪いの儀式の対象だったなら、獅童燈花の不安を取り除き、安心させるパフォーマンスとして邪魔をする事もあるかもしれない。

 呪い自身に効果がなくても、単純そうな獅童燈花だ。

 本気で信じ込んでしまう可能性も少しはあると思う。

 そうすると、獅童燈花はどんな些細な不運でも呪いに結びつけて考えてしまうかもしれない。

 不運とも呼べない、ジャンケンで負ける程度でも呪いにこじつけてしまうかもしれない。

 ……すると、思考がどんどん暗くなり、後は負のスパイラル。

 そしてやがては心を病んで疑心暗鬼、本当に呪われたような状態になってしまう事だってあり得るからだ。

 凍川葵ならば、それはないと理解しつつも、ほんの微かに期待した効果がこれだった。

 まあ、億に一つも有り得ないが……。

 そうなるとやはり、一つの疑問に立ち返る。

 それでは、何故?

 どうして邪魔をした……?

 実は一つだけ可能性も思いついていたが、それも否定された。

 単純そうな獅童燈花や神城柚季あたりが、凍川葵が呪いの儀式を受けてると知って大げさに心配し、その二人を安心させる為のパフォーマンスとして、呪いの儀式を潰す為に乗り込んできた――最初、七瀬愛梨はそう考えていた。

 だが、長年の腐れ縁からか「そうじゃない」と、凍川葵の様子から直感した。

 教室に乗り込んで来た時の凍川葵の様子は……なんと言うか、そういう類のものとは全く違う、異質な緊張感を持っているような気がしてならなかったのだ。

 凍川悠の言っていた「……葵。痣はどうだ?」という言葉が、脳裏をフラッシュバックする。

 …………まさか。

 サカキさんの呪いは、実在する……?

 考えてみれば、万年筆の一件もある。

 あの不可思議で、薄気味の悪い現象はなんだったのか?

 ――ふと。

 背筋にぞっと冷たいモノを感じて、思わず身震いする。


『ひとりもにがさない』


 乱暴に書き殴られた文字の軌跡が、嫌な予感となって、ベッタリと頭の中に張り付いていた。

 七瀬愛梨は軽く頭を振って、妄想じみたバカげた想像を追い出そうと試みる。

 ――そう。

 こんなのは、ただのバカげた想像だ。

 呪いが実在する、なんて。

 バカげた妄想以外の何物でもない。

 頭ではそう理解していても、どうしてだか悪い想像が奔流のように止まらなかった。

 ……唐突に頭を過ぎる、第二の怪談の一節。


『途中で儀式に失敗すると――……』


 バカげている。

 先ほどよりも強く、頭をブンブンと振って意識にこびり付いた暗い妄想を引き剥がす。

 怪談なんて現象は、現実には起こりえない。

 さっきの万年筆も何かの間違いだ。

 凍川達に見つかった焦りから軽い集団パニックとなって、それプラス何かの偶然も重なり、その結果あんな事象が起きた、それだけだ。

 深夜の廊下を足早に歩きながら、先程の不可思議な現象に結論づけて、一つの教室の前で足を止める。

 校舎へ侵入する為に、予め窓の鍵を開けておいた空き教室だ。

 無言でカラリと扉を開ける。

 普段から使われていない為か、こもったような空気がむわっと溢れた。

 その空気を不快に思いつつも、七瀬愛梨は空き教室へ足を踏み入れる。


「しっかし、焦ったよなぁ~。いや、マジで」


 気の抜けたような安堵の吐息を漏らす高槻晶の声に、苛ついた神経が逆撫でされる。

 それをどうにか堪えて、七瀬愛梨は感情を押し殺した声で言った。


「……別に。失敗した、それだけでしょ? もう此処に用はないわ」


「ちっ、苛つくぜ」


 吐き捨てるように、江藤敬吾が言う。


「……もう終わった事よ。さっさと帰るわよ」


 苦々しい口調で応え、七瀬愛梨は窓辺へ近寄った。

 そして、窓を開けようとして……手元が感じる硬い違和感に、眉をひそめた。


「? おかしいわね。開かない……?」


 鍵を確認するも、窓に鍵は掛かっていない。

 普段から使われていない古い教室だし、立て付けの問題か?

 ……いや、少なくともこの五日間はちゃんと開いていた。

 だったら、何故……? どうして開かない?

 つうっ、と冷たい汗が一筋、背中を伝った。

 七瀬愛梨は己の疑念を誤魔化すように言う。


「こっちは立て付けが悪いのか、開かないわね」


「あっ? んな筈ねぇだろ。どっから入って来たと思ってんだよ」


 江藤敬吾が呆れたようにガシガシと頭を掻いて、近づいて来た。

 片手でどけと示され、無言で場所を明け渡す。

 江藤敬吾は窓枠を掴み、ぐっと横へ引いた。

 ……開かない。

 江藤敬吾は一瞬、きょとんとした後、顔が真っ赤になるほど力を込めて窓枠と格闘していた……が、ギシギシと小さく軋むような音がするだけで、やはり開かない。

 その様子をしばらく見て、宮月美弥がほんの僅かに、不安そうな声を小さく出した。


「……閉じ込め、られた?」


 ボソリ、と小さく呟かれたのに、火の消えたような静寂と暗い闇が支配する深夜の教室では、嫌に大きく響いた。

 じっとりと闇に溶け込むかのような、不安の声。

 その声を聞いて、江藤敬吾も窓枠との格闘を止め、神妙な表情を浮かべている。

 ――脳裏に浮かぶのは、先程の万年筆の一件。


「は、ははっ、宮月ちゃん、冗談キツイって」


 動揺を押し隠そうとするかのように、やけに明るい口調で、高槻晶が引き攣った笑みを浮かべた。


「江藤、開かないんなら無理にその窓に拘る必要もないでしょ。入口はともかく、帰りはどこからでも出られるわ」


 墨を落としたように暗く広がる胸中の不安を誤魔化すように早口で言って、七瀬愛梨は隣の窓へ手をやった。

 ……開かない。

 流れ作業のように、次々と窓を確認していく。

 その教室の窓は全て開かなかったので、教室を出て廊下の窓を早足に確認していく。

 開かない、開かない、開かない、開かない、開かない。

 その頃になると他の三人も軽いパニック状態に陥ったのか、必死な形相で確認していた。


「くそっ! んだよ、これ!? いっそ、叩き割るか!?」


 江藤敬吾が興奮したように声を荒げて空き教室から椅子を持ち出し、窓へ叩きつけようと振り上げた。


「バカッ、止めなさい! そんな事したら警備員に見つかるわよ!」


 七瀬愛梨も声を荒げて、江藤敬吾が振り上げた椅子を横から掴んだ。


「……ッ! だってこれ、おかしいだろッ!」


 振り返った江藤敬吾の顔は軽い興奮状態にあるのか、目が血走っていた。

 ……普段は大きな身体と顔で威張り散らしてるくせに、肝っ玉の小さいやつ、と七瀬愛梨は胸の中で毒づく。


「さっき一瞬、かなり大きな地震があったでしょ? あれで、窓枠が歪んだのかもしれない。……結構、古い校舎だからね」


 口にしながら「それはない」と頭で解っていても、他に適当な理由が思いつかず、思ってもない事を口走ってしまう。


「もう一度言うけど、出口は沢山あるわ。取りあえず、昇降口に行ってみましょう」


 七瀬愛梨は、他の皆を落ち着かせるように努めて冷静な口調を装い、先頭に立って歩き出した。

 ……江藤敬吾も高槻晶も宮月美弥も、異常な体験をしたからか、神経が昂ぶり冷静さを失っている。

 ここで自分までが冷静さを失えば、下手をすれば取り返しがつかなくなりそうで――七瀬愛梨は内から湧き上がる重苦しい不安を無理に抑え付け、黙って歩き始めた。


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