ナナフシギ
これは、
http://celestie.info/
このホラーサウンドノベルを文章化したものです。
一日に一話づつ、最終的に起承転結の起の部分まであげる予定です。
読んで内容が気になった方は、フリーですのでゲームをプレイしてみてくださいm(_ _)m
では、本編をどうぞ。
1
……九時間前。
放課後、ジョーカー部の部室。
「呪い、だって?」
僕が燈花と将棋に勤しんでいると、僕の友人、凍川悠は部室に入ってくるなり出し抜けにそんな単語を口にした。
僕は何かの冗談だと思い、盤面に目を落としたまま気のない相槌を打つ。
燈花も冗談だと思ったみたいで、盤面からじっと顔を上げずにいる。
……さて、どうしたものかな?
盤面は僕がかなり優勢だけど……油断したら、ひっくりかえされるよなぁ、これは……。
う~ん、と唸りつつしばし熟考…………良しッ、ここだ!
ピキーン、と閃き、バシッと力強く盤面に一手を放つッ。
「ああっ! 柚季、待っただ、待った! なっ、なっ、いいだろっ?」
燈花が豊満なボディを揺らし、懇願するように濡れた瞳で僕を見上げた。
たわわに実り、プッチンプリンのように揺れる豊かな胸の双丘が目に映り、そして濡れた瞳が僕をじっと見つめて……くふふっ、この垂涎ものの光景、ここは天国か、そうか桃源郷って此処にあったんだ、いやっふぅっと喜ぶも、心を鬼にして答える。
「だぁめ。その甘えが、強くなる足を引っ張るんだよ? 強くなりたいなら、この劣勢をひっくり返す手を考えなきゃ。そうじゃないと、成長は望めないよ?」
「うぅ……。うん、柚季の言う通りだな! 頑張って考えるぞっ」
素直に頷き、うんうん唸って盤面にじっと目を落とす燈花。
「燈花は初心者だろ……。指導してる訳じゃあるまいし、お前の理屈はある程度実力が近くないと成り立たんぞ。て、事でだ、燈花。一つアドバイスしてやる。右辺をよく見てみろ、そこに活路がある。将棋は何を犠牲にしても、王が取れればそれでいいんだよ」
至極真面目ぶった口調で、悠が燈花にアドバイスしていた。
「ふふん、僕が五分もじっくり盤面と睨めっこして考えた一手だよ? そんな簡単に活路なんて、見つから……なぁぁっ!?」
燈花が、ぱぁぁ、と花の咲いたような笑顔を浮かべたかと思うと、バチコンと駒を盤面に力強く打った。
その打った手を見て、絶句する。
……五手先で王手飛車取り、九手先で詰み、だと……?
「あの、燈花……? その、さ。待ったとかって、」
「え~? ん~~、」
「柚季。甘えは成長が望めないんだろ?」
考えるように腕組みして唸る燈花を見て、悠がにやにやと、捕えた獲物を甚振るような嫌らしい笑顔で割り込んできた。
……殴りたい、この笑顔。
「そっか! なら、待ったなしだな!」
きっぱり言い切る燈花に、にやりと口の端を吊り上げる悠。
こんな嫌らしい笑顔なのに、葵と双子だからか目鼻立ちが無駄に整っていて、それはそれは尚さら腹の立つイケメンスマイルだった。
……くそぅ、この腐れイケメンめ。
さては、日頃の鬱憤を僕にぶつけてるなっ?
全く、兄妹揃って僕に鬱憤をぶつけるとか、凍川家の教育が見てみたいよっ。
「で、将棋は終わったな? なら、二人とも真面目に聞いてくれ」
パンッ、と手を叩き、ほんの少し声の調子を落とした真剣な口調で、悠は僕と燈花を順繰りに見た。
「呪いの話? 本気なの……? 冗談とかじゃなくて?」
「呪いって、誰かが呪われたのか?」
半信半疑な声の僕と、あっけらかんとした調子の燈花。
悠は自分自身でも荒唐無稽だと思っているのか、半信半疑どころか一信九疑くらいの揺れた眼差しで、燈花の疑問に答えた。
「葵、だよ……」
「なんだってっ!? た、大変じゃないか! た、助けにいかないと!」
さぁっと血の気が引き、一瞬で燈花の面持ちが焦燥に強ばった。
そのまま椅子を蹴倒さんばかりに立ち上がり、今にも部室を飛び出して行きそうな勢いの燈花を慌てて引き止める。
「待って待って燈花! 葵は今日一日、普通だったでしょっ? もう直ぐ部室にも来るだろうしさ! それまでに、もうちょっと悠の話を聞こうよ! 悠が落ち着いて話してるんだし、今直ぐの危機はないって!」
――凍川葵。
完璧主義者で合理主義者で現実主義者。
硬質の美人。
長い黒髪がとっても似合う。
賢い。
半端ない努力家。
ずば抜けて優秀。
情報収集が得意。
自分にも他人にも容赦がない。
自分が調べたものと自分の目で見たもの、自分の信頼する人が調べたものと自分の信頼する人が見たものを信じる柔軟さも持っている。
逆に言えば、それしか信用しないとも言える。
一見冷たくて、僕や悠には猛のつく毒舌だけど、本当は友達思いでとても優しい……僕のとっても大切な友達の一人。
僕が凍川葵について、簡単に思いつくイメージはこれくらいだ。
葵の思考は、呪いなんて非科学的なものからは一番遠い位置づけ、というか対極に存在してるとまで言える。
そして、双子の悠も葵と同じくらいには、その思考は徹底してる筈、なんだけど……。
どうして『葵が呪われた』なんて思ったんだろう?
呪いと疑わざるを得ない根拠が、何かあったんだろうか?
不思議だし、やっぱり半信半疑ではあるけど……他ならぬ悠が言うんだったら、それだけで聞く価値が充分にある。
悠は……勿論、葵や燈花もだけど、友達の名前を使って心配させるような、そんな悪趣味な嘘は冗談でも絶対に吐かない。
だから、悠が葵の名前を出して『呪われた』と言った以上、真剣に聞く以外の選択肢は有り得ない。
……呪いか、やっぱり呪いじゃないとしても。
葵に何かしらの危機が迫っているという事実に――変わりはないのだから。
「……柚季。うん、そうだな。じゃあ、悠。話を頼む」
燈花の促す声に、悠は小さく頷いた。
「……昨日の朝の話なんだがな。左脚の足首に、誰かに掴まれたような痣ができたと葵から相談を受けた。その痣に気付いたのは三日くらい前らしいんだが、日に日にその痣は大きく濃くなってるんだと。その痣を見せられたんだが、大男が力一杯握ったような手形が大きな痣になって残ってたんだ」
悠は僕達の反応を見るように、一度言葉を区切った。
僕も、そして燈花も真剣そのものの面持ちで話を聞いている。
呪いだろうが、呪いじゃなかろうが、重要なのは『葵が危害を受けている』その一点だけだ。
そして、虐めだろうがストーカーだろうが自力で跳ね除けてしまうような強さを持つ葵が、わざわざ悠に自分の事を相談した――それこそが、事態の深刻さを何よりも雄弁に物語っている。
「昨日の夜中は、突然、左の足首が万力のような力で握られる痛みで目が覚めたらしい。……で、やはり足首の痣は濃くなっていた。無論、ストーカーの線も考えたが……流石に家まで侵入されるのは考えられねえし、何よりあの葵だ」
「あぁ……。うん」
思わず、頷く。
今まで僕と同じように、さんざん人の悪意に触れ続けてきた葵だ。
その葵がストーカーの気配、ましてや自分に向けられたものに気付かない筈がない。
「それでっ、葵は大丈夫なのかっ? 部室に来るのが遅くないかっ!?」
燈花が心配そうに声を張り上げる。
そんな燈花を宥めるように、悠が落ち着いた声音で説明した。
「それは心配ない。非科学的だろうが、奇怪な現象が起こっている以上、何かしらの原因があるはずなんだ。原因なくして結果は起こりえない。葵は今、それを調べて遅れてるんだ。……まぁ、本当は俺達だけでカタをつけたかったんだが、途中で柚季や燈花にバレると、二人とも暴走しそうだからな……」
このジョーカー部のあざな通りにな、と小さく苦笑する悠。
ジョーカー部。
それは、学園の問題児ばかりを集めた、隔離病棟な部活。
問題児は一箇所に集めとけ、みたいな学園の思惑で作られた部活だ。
なんでも、放課後になって街に解き放つと色々と問題を起こしかねないから、可能な限り学園に縛っておきたいみたい。
いわば、家で大人しくしてるだけで社会に貢献できるような人物がここに入れられるのだ。
……全く、失礼しちゃうよね!
虐められてるって相談を受けたから、しっかりと事実確認をした上で、その被害者がやられた事の全てをきっちり三倍返しにしたり、他校のDQNが女生徒を襲いやがったから、悪評を全国レベルで配信して心をヘシ折った後、肉体的にも殺そうと骨を数本、軽くヘシ折ってやっただけじゃないか。
大体、逆上して襲いかかって来たのは向こうが先だし。
そう仕向けたのは僕だけど……それを、過剰防衛とか(笑
殺さなかっただけ、感謝して欲しいよ。
まあ、実際は殺すつもりだったんだけど……。
悠と葵に「柚季がそのクズを殺したら、お前は捕まる! そのクズの命の重みと、お前が捕まった責任を、襲われた女生徒が気にして背負う事になるかもしれないんだぞ! 誰もが、柚季みたいに割り切れるわけじゃないんだ!」って、言われて引き下がった。
……うん。
あれはいつもながら教わったな。
沸騰した頭が、一気に覚めた。
一番に優先するべきは、襲われた女の子の心だよね。
間違っても、僕の私情じゃない。
――ただ一つ。
加害者のクソ野郎が再犯をするのが怖かったから、新たな犠牲者が絶対に生まれないよう徹底的に心をヘシ折って、精神病棟から出られないようにしてやったけど……まあ、それはともかくとして。
僕達がジョーカー部なんて、やっぱり遺憾!
遺憾の意だよっ。
あっ、ちなみに悠だけはちょっと事情が違って、葵や燈花の暴走を止められるのが悠だけだから、学校側から強制入部させられたみたい。
つまり、ストッパー的役割。
可哀想な苦労人。
今度、胃薬でも差し入れようかな……。
「いやいや、お前も相当だからねっ? この部のツートップは間違いなくお前と葵の二人だからねっ!? 燈花も問題あるっちゃ問題あるけど、それを三段飛ばしで一時間駆け続けてるくらいには差のあるツートップだからねっ!?」
僕の顔を見て僕の考えを察したのか、ひくひくと引き攣った顔で、悠が声を張り上げた。
「…………え?」
「えっ? じゃねーよ! その心底不思議そうな顔をやめろっ! せめて自覚しろよ……あっ、だめだ、胃がシクシクしてきた……」
「悠っ! 今はそんな事、どうでもいいだろ!? それより、葵の話だ!」
燈花が鼻息荒く悠に詰め寄る。
悠は思考を切り替えるように軽く頭を振った。
「ああ、すまん。まあ、話を纏めると、だ。葵に正体不明の悪意が向けられている。それを今、葵が調べてる。……と言っても、昨日今日と俺も手伝ったし、後は最終確認くらいだ。だから、もう直ぐ部室に来るだろうから、後は本人に聞いてくれ」
……と、その時。
タイミング良く、カララッ、と部室の扉が軽やかにスライドして葵が入ってきた。
「葵っ! 大丈夫なのかっ!?」
今度こそ燈花が椅子を蹴倒して、葵の下へ素早く駆け寄った。
ふるふると小刻みに震える身体が、葵を心配だと何よりも雄弁に語っている。
「大丈夫よ、燈花。心配かけて、ごめんなさい」
「水臭いぞ、葵! なんで直ぐ私や柚季にも相談してくれなかったんだっ? 私、ちょっと怒ってるぞ!」
頬を真っ赤に上気させて、葵に詰め寄る燈花。
「ごめんなさい。私も、その……こんな珍説、自信がなかったのよ。ただ、病院に行っても原因不明と言われて……少し、踏ん切りがついたの。校内で私を逆恨みした人達が、呪いの儀式をしているとの情報は掴んだけれど……やっぱり、今でも信じられないわ」
「そんなのはどうでもいいんだ! 私は葵が困ってたら、真っ先に力になりたいんだ!」
困ったような顔の葵に、いっそ清々しいほどきっぱりと言い切る燈花。
「燈花……」
じぃん、と感動したように言葉尻が下がり、薄っすらと頬を桃色に染める葵。
……えっと。
これって、なんて言うんだっけ?
薔薇、コスモス、チューリップ?
はい、正解は百合でした!
マリア様がみてるでも可!
「補足すると、だ。ここ最近、うちの学校で流行りだした七不思議、その一つ『サカキさんの呪い』。まあ、言葉通り呪いの儀式だな……。葵の現状がこれに一致するってのと、この儀式を行なってるやつらが確実に居る。それは調べたから間違いない。勿論、他の可能性も探ったが、めぼしいのは見当たらなかった」
ガシガシと頭を掻き毟るようにして、自信なさそうに付け加える悠。
「――悠。燈花も言ったでしょ? 信じられないとか関係ないって。葵が困ってる。僕も燈花も、動くにはそれだけで充分だよ」
にっこり笑って言い切る。
「……そ、そう。まあせいぜい、私の為に働きなさい」
「勿論だよ! 呪いなんて、僕達が吹き飛ばしてやるさ!」
呪いって事は、呪いを掛けている人、或いは人達が居る筈だ。
呪いの効果があるにせよないにせよ、葵に対する明確な害意を持っている。
それが、もしもただの下らない逆恨みだったとしたら――潰しといても損はないよね。
燈花に詰め寄られ、まだ頬が微かに紅潮したままの顔で微笑みかける葵。
それから経緯を詳しく説明すると言う葵に、皆が定位置の椅子に座った。
お茶を沸かして机の上に並べ、葵の話を聞く体勢に入る。
「まずは、これを見てくれるかしら?」
葵はそう言うと一瞬の逡巡の後、自分の左脚に履いていた黒のソックスを足首まで引き下ろした。
――それを見て、僕と燈花が「うっ」と、息を呑む。
悠はもう見たからか無言だったが、それでも僅かに顔をしかめていた。
赤く、赤く、内出血していた。
……いや、赤を通り越して、いっそ紫色となった大きな手形が、濃い凶兆のように浮かび上がっており――それも、部分的にはドス黒くすらあった。
白磁のようにきめ細やかなミルク色の肌がドス黒く変色し、痛々しくも腫れ上がっていた。
相当大柄な人間が、力強く……そして執拗に、いっそ怨念や執念すら篭めて握り締めたような、大きな手の跡。
ザリッ、と脳の神経が焼き切れたような鋭い痛みが走った。
――許せ、ない。
僕の中の「ナニカ」が、大きな音を立ててガラガラと崩れて逝くようだった。
葵をこんなにしやがって。
……許せないなぁ。
うん、許せないよ……。
殺意にも似た、沸騰しそうな激情をどうにか堪えていると、ぽん、と悠に肩を叩かれた。
「い、痛くないのか? 大丈夫かっ!?」
「ええ。痛みはそれほどでもないわ。大丈夫よ、燈花」
今にも泣き出してしまいそうな顔の燈花に、葵はふわりと優しく微笑んだ。
「お前は少し、落ち着け」
「あははっ。やだなぁ、悠。僕は落ち着いてるよ?」
落ち着いて、どう報復してやろうか考えてるよ?
「嘘つけ。いいから、冷静になって話を聞け。これは暴れたからって解決できるとは限らねえんだ。状況が不明な以上、対応を間違えれば悪化する可能性だってある」
「……ごめん。うん、解ったよ。大丈夫、ちゃんと落ち着いた」
報復は、ちゃんと解決してからだ。
今は、葵の身に起きた不可解な現象の解決が最優先だね。
「なら、いいが。間違っても先走るなよ?」
「解ってるって。心配性だなぁ、悠は」
「……なぁ。ちょっといいか?」
それでも不安そうな顔で釘を刺そうとしてくる悠に、燈花が小さく手を挙げた。
「『サカキさんの呪い』だったか……? 流行ってるっていう七不思議の。私、七不思議は知らないぞ。まず、そこから説明してくれないか?」
「あっ、僕も僕も。七不思議があるってのは聞いた事あるけど、表面をなぞっただけで詳細は知らないから教えてほしいな」
燈花に追従するように言う僕を見て、葵が考え込むように小さく顎へ手をやった。
「そうね。せっかくだし『サカキさん』以外の七不思議も話しましょうか」
そう言って、葵が口を開いた。
僕達はしばし無言で聞き入る。
…………そして、七不思議の内容を纏めるとこんな話だった。
第一の怪談。
『サカキさん』
もう、二十年以上も昔の事。
この学校に長年勤めていた、用務員のサカキさんの息子と娘が事故で亡くなった。
その事故は凄惨を極め、まだ高校生だった息子と娘の全身はグチャグチャに潰れて、無事だったのは首から上だけだったらしい。
それを知ったサカキさんは精神を病んで、徐々におかしくなっていった。
息子と娘を嫌でも思い出してしまう、高校の用務員という職も精神の病みに一役買ったらしい。
そして事故のしばらく後、サカキさんは黒魔術に傾倒した。
息子と娘を生き返らせる希望を黒魔術に求めた。
この時、既にサカキさんの精神状態は擦り切れて、崩壊寸前だったらしい。
……或いは、既に発狂していたのかもしれない。
ともかく、サカキさんは黒魔術の中に息子と娘を生き返らせる手段を見つけた。
……見つけて、しまった。
その方法とは、息子と娘、それぞれ同年代の男女五名の死体を築き、その魂を生贄に捧げよというもの。
そして一人の死体から、右腕、左腕、胴体、右脚、左脚のどれかを切り取り、首だけとなった息子と娘に繋げて身体を完成させよ、というものだった。
それを識ったサカキさんは、三人の男子生徒と二人の女子生徒を殺して五体の一部や胴体を切り取って、息子と娘に繋げたらしく……その後、警察に銃で撃たれて死んでしまったらしい。
殺された男子生徒達の遺体は、それぞれ左腕、胴体、左脚がなく、女子生徒達の遺体は、それぞれ右腕と胴体がなかったという。
その失われた遺体の一部は、未だに見つかっていない。
この怪談を知ると、全ての怪談のトリガーとなってしまう。
第二の怪談。
『サカキさんの呪い』
……これは第一の怪談と連なる怪談で『ある儀式』を行うと、このサカキさんが現世に現れ、願った相手を殺してくれるらしい。
その儀式は五日間続けて、深夜にコックリさんと似た方法をとるという。
儀式を実行するには、男女混じった高校生四人が必要で、それぞれが右腕や胴体などの役割(つまりは生贄)と成って、サカキさんを誘い出すらしい。
ただ、成りきる役割は既にサカキさんが集めた男子の左腕か胴体か左脚、女子は右腕か胴体だ。
そうじゃないと儀式を実行した人間達も、まだサカキさんの集めていない五体の一部を『奪われて死ぬ』という。
で、その儀式を実行するには、実行する四人の血液と、呪う相手の身体の一部を混ぜ合わせた赤インク……それを使用した万年筆と四本のロウソク、そしてコックリさんの五十音が書かれた紙に、サカキさんが傾倒した黒魔術の魔法陣が必要で、深夜に学校へ集まり『サカキさん』に語りかけた後、呪って欲しい相手の名前を五十音の紙に綴るという。
それを深夜の同じ時間、同じ教室で五日間繰り返せば、呪った対象は、サカキさんがまだ集めていない五体の一部を無残に切り取られ、殺されてしまうという。
また、呪われている者はその前兆として、五体の一部にサカキさんの刻印が刻まれる。
そして、途中で儀式に失敗すると――……
第三の怪談。
『殺された子供達』
サカキさんが殺した高校生達は、全員がこの学校の生徒だった。
おそらく、用務員として長年勤めた経験を活かしてのものだと考えられた。
そして、驚くべき事に全員が学校内で殺されたらしい。
その全員が、部活などで学校に遅くまで残っている生徒だった。
だから、殺された生徒達の怨念がこの土地に縛られて亡霊となり、奪われた身体の一部を探し求めて深夜の学校内を徘徊しているという。
この亡霊に見つかった者は、亡霊の抱える深い怒りと妬みの念から、奪われた身体の一部と同じ箇所を力任せに引き千切られるという。
第四の怪談。
『鏡の怪談』
夜中の学校の鏡は鏡面世界へ繋がっている。
鏡面世界に映る自分は、現実世界に出てきたくて、夜中の鏡の前に一人で居ると、鏡に映る自分を鏡の中へと引きずり込み、入れ替わってしまう。
鏡に囚われた人間を救うには、入れ替わった人間の正体を暴かなければならない。
それで偽物は消え去り、本人は鏡から解放される。
第五の怪談。
『心を殺す保健室』
これも二十年以上昔、ある若い保険医が勤めていた頃、この高校は自殺者が異常なほど増えていた。
その時期は、その保険医がセラピーと称して生徒達の悩みを聞き始めた頃からだった。
保険医は、若くて美しく、また話を聞くのが上手な好青年で、昼休みや放課後はセラピーに訪れる生徒達で賑わっていた。
……だが、この保険医には二面性があった。
表で生徒達の悩みを真摯に聞く高潔さを演出して、その裏では個別に相談した生徒のトラウマを毒のように突いて、自殺まで追い込み、その様子を愉しんでいた。
その保険医は二面性が表沙汰になる前に、ふらりと学校から姿を消してしまったらしい。
だが、深夜に保健室に迷い込むとその保険医が現れて、気付かぬうちに心を殺されてしまうという。
第六の怪談。
『異次元へ繋がる階段』
深夜に本校舎の一階の階段を下りる時は注意しなくてはならない。
その階段は気まぐれに意地悪をして、下りる生徒達を異次元へ飛ばしてしまう事があるからだ。
第七の怪談。
『悪夢が現実となる』
今までの怪談のどれかを体験した者は、きっと異界に迷い込んでいるのだろう。
そこでは、心の弱さに注意しなくてはならない。
決して、過去に起こったトラウマや悪夢を思い出してはならない。
また、創作だったとしても最悪の想像をしてはならない。
迷い込んだ異界は、悪夢の世界。
強く思い出したトラウマや、強く意識した最悪の想像は……きっと本物の怪談となって、現実に現れてしまうから。
「……ん~。なるほどね。確かに、第二の怪談と一致しているね」
全てを聞き終えて、情報を頭の中で整理しながら口を開く。
サカキさんの刻印、というのがおそらく葵の左足首に残った手形の痣なのだろう。
「それで、葵、悠。二人の事だから、色々と調べたんでしょ? 葵を呪っているやつらとかさ」
言ってて、心が暗く沈み込むのを感じた。
……もし。
これが。
葵の痣の原因だとしたら――絶対に、許さないぞ。
全てが終わった後に、相応の報いを与えてやる。
にこやかな笑顔を浮かべたつもりだったけど、意志に反して暗い微笑となっていたのか、悠がたじろいだように小さく呻いた。
……う~ん。
もうちょっと、感情を内に隠せるようにならないとなぁ……。
――反省。
「ごめん、悠。でも、僕は冷静だからさ。話してよ」
「……まあ、その調子ならギリギリで大丈夫そうだな。……いいか? 落ち着いて聞けよ? 呪いの儀式をしているのは、江藤敬吾、高槻晶、宮月美弥、七瀬愛梨、俺達と同学年の男女四人だ。第一の怪談を葵の耳に入れてトリガーとしたのも、七瀬の手回しらしい」
ふと葵を見ると、小さく頷いていた。
「あぁ。あの四人か。僕と葵と同じクラスだよ」
四人の顔を頭の中で思い浮かべる。
確か、江藤君と高槻君は、葵に告白して振られてたっけ。
高圧的に告白してたらしいから、毒舌混じりで相当、こっ酷く振ったって一時期、噂になってたなぁ……。
自業自得とはいえ、少し哀れではあったけど。
同情の余地はもうないかな。
七瀬さんとは、結構長い付き合いだけど……前から表立って葵を嫌ってたし、ジワジワ溜まりに溜まった鬱屈した鬱憤が、臨界点を越えたってところかな?
おそらく、実際に怪談を信じてはいないと思うけど、憂さ晴らしに参加したってところか……。
葵が気に食わないのなら、正々堂々とまでは言わないけど、ちゃんとぶつかればいいのに。
……少し、勿体ないな。
宮月さんは……よく解らないな。
教室では、気弱そうだったし……人数合わせに強制参加させられたのかな?
だったら、ちょっと可哀想だなぁ……。
七瀬さん達の逆恨みに巻き込まれたって事になるし。
ある意味、被害者だ。
被害者だったら、ちゃんと救わないと。
「……う~ん? 私はその四人の事をよく知らないんだが、どういう動機だったんだ?」
「男子二人は葵に告白して振られた逆恨み。七瀬と葵は、小、中、高と同じ学校でな……以前から葵を敵視していたようだし、行き場のないソレが暴発したと思われる。……まあこれも逆恨みだな。宮月だけは少し事情が違って、生来の気弱な性格が災いして、人数合わせに巻き込まれたんだ」
燈花の疑問に、悠が僕の想像通りの答えを述べた。
「取りあえず――現実に被害が出てて、内容が怪談と一致している以上、このまま放置はありえないよね」
確認するように言う僕に、悠が苦虫を噛み潰したように、そして葵が逡巡したように目を瞬かせた。
「? どうしたの?」
二人の様子に首を捻り、そのまま疑問をぶつけてみると、ほんの少し躊躇ったような様子を見せた後……悠が一言、小さく呟いた。
「……ないんだ」
「? ないって、何がさ?」
悠の言葉にやっぱり首を捻る。
横を見ると、燈花も不思議そうに小首を傾げていた。
「過去、二十年以上に遡って調べたけれど……。サカキさん、それにサカキさんに殺された高校生達、そして自殺に導いた保健医や自殺した生徒達……そんな事実は存在しなかったのよ」
葵も戸惑ったような落ち着かない眼差しで、僕の疑問に答えた。
「異次元の階段や、鏡の怪談が創作だというのは解る。だが、ある程度の具体的な年数や、葵に実害が出てる以上、サカキさんは実話か、最低でもそれに類する逸話だと思っていた」
ほんの少し言葉を濁して、悠は続けた。
「しかし、うちの学校どころか、全国の学校ですら、そんな事実も類話も存在しなかった。……これが柚季や燈花に相談するのを躊躇った理由の一つでもある」
意識したように淡々と言い終え、悠は僕と燈花の反応を待つように口を閉ざした。
なんとなく燈花と二人、顔を見合わせる。
燈花は神妙そうに聞いていた顔を微かに綻ばせた。
そんな燈花の顔を見て、僕もほんの少しだけ強ばっていた心が綻ぶ。
そして僕達は口を揃えて、異口同音に叫んだ。
「「関係ないさ(よ)っ!」」
間違ってたら間違ってたで、その時に他の線を考えればいい。
今はただ『葵を呪っているやつらが居る』という事実。
そして葵の痣は、そいつらのせいかもしれないという事。
その二つだけで、僕達が動くには充分だ。
「……まっ、そう言うと思ったがな」
苦笑混じりに悠が呟いた。
「儀式が行われるのは、深夜二時に去年、柚季と燈花が通っていた教室よ。調べた限りでは、少なくとも昨日はそうだった……呪いの儀式は時間と場所の縛りがあるから、今日も同じと考えていいわ。彼らに灸を据えたいのなら、下校時間を待って一度帰宅して……彼らに見つからないよう注意して、一時四十五分に校門へ再集合でいいでしょう」
葵が話を纏めるように僕達を見回す。
「了解!」
「解ったぞ!」
「まあ、妥当だな……」
僕、燈花、悠が三者三様に頷いた。
その後、悠が思い出したように付け加える。
「そうそう、呪いの儀式だけどな……。今日が、五日目だそうだ。やっぱり呪いなんて存在しないだろうが、現象は一致してるし、億に一つという事もある。――阻止するぞ」
悠が決意の宿った瞳で僕達に目をやり、重々しく宣言した。
……言われるまでもないよ。
悠にとって葵は大切な妹だけど、僕や燈花にとっても心許せる大切な親友なんだ。
――僕の親友に手を出した事を、骨の髄まで後悔させてやる。
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