チェス1
――じゃあ君には、とっておきの魔法を教えてあげるね――
いつ、誰が、何のために俺に言ったのか分からない。ただ意味もなく、このフレーズだけが単体で俺の頭を支配する時がたまにある。
ファンタジーだ、ナンセンスだ、妄想だ非現実的だそんなのあるわけない! ……と頭の中の俺は叫ぶんだが、よく分からない頭の中の声の主はどうしても言葉を止めてくれない。
間違いなく、これは俺の言葉じゃない。それに俺はそんな言葉をどこかで聞いた覚えはない。もしこんな言葉をリアルで言う奴がいたら、そいつは心の底からファンタジーに毒されている人間のはずだ。
俺たちの世界に、魔法は存在しない。あるのはゲームの世界の中だけ。
魔法を使うゲームは、だいたいがRPGとかか。
「ファイア」とか「サンダガ」とかいうコマンドを選択して、それを「つかう」で使って敵に大ダメージを与える。
そう、そんなエフェクトがかかって、相手のヒットポイントが減るわけだ。
もしそんな魔法を敵に、あるいは味方にかけてヒットポイントが減ったり増えたりしたら、それはゲームそのもののルール違反。ばってんイチ!
もしくはバグ……とか、言うのかな。そう、ゲームのルールは基本守って、その「ルール」を前提にして色々冒険を繰り広げたり好き放題していくのが普通となる。
ルールを犯す人間がいたらどうなるか?
まあ大概はご存じの通り、普通はゲームはできなくなるよね?
サッカーだって同じだ。ルール違反はレッドカードで退場だ。つまり、何かしらのゲームを遊ぶ上ではルールは絶対の物となるわけだ。
ゲームを作る側の人間……通称『神様』も、ルールを作った本人としてもそんなキャラは認めないと思う。
無言の圧力。ルールを守らないと奈落の底に落としますぜと。もしかしたら誰かが言ってるのかも知れないし……言ってないのかも知れない。
例えば、RPGを遊ぶ上でのプレイヤーは、キャラクターを通して、キャラクターにかせられた『レベル』という物を利用してゲームを進ませていく。
あるいはゲームを進める上では、プレイヤーはすべて、『神』の予め準備したルートを辿って、あるイベントを通過して最終ボスにたどり着かなきゃならない。レベル上げとか装備云々でそのようなルートを通らざるを得ない。
そこには自由はあるが、選びに選ぶとそこらへんはいつの間にか「通らなければいけない必然のルート」が作られていって。ルールでもないのに、そこを避けては通れない「一定の道」というものができあがる。
別にそんな道はたどらなくても良いんだけどさ。例えばレベルアップとか、そこらへんを無視していいならいいけれど?
でも苦労するぜー。
ゲームを進ませる。となれば、俺たちは神が用意したエンディングを見るために、ゲームを遊んでると言ってもいい。ルートを逆走したりショートカットしたりレベルアップを怠ってずっとずっと遊んでいてもいいが、となるとその「見るはずのエンディング」は見れないことになる。
エンディングを見るために頑張ってるのに?
エンディングが見れない?
そりゃヤだよ。おかしいさ。でも思うんだ。
エンディングもさ。もしくはその「決められたルート」とかさ、ゲームそのものも、最近どれもこれも同じに見えない?
よく見るとどのゲームも似たり寄ったり。例えばファイナルファンタジーでも、例えばオセロでも、相撲でも、超マイナーなカバディカバディでも、その世界を仕切る「『神』と呼ばれる存在が設定したルール」に沿って、まあエンディングの形はそれぞれ違うけれど、だいたいどれも似たり寄ったりな「目的」に向かって一直線だったりする。
見えない強大な存在が予め布いた「ルール」に沿って、見ればある一定の特徴の答えを求めるために、ナンタラカンタラ、時間を食い、汗水垂らして、右往左往して、何が楽しいんだかよく分からない、最初から決められている「出尽くした答え」を目指して、一生懸命頑張って進む。
みんな同じなんだ。正直、単調すぎる。でも、要はそういう意味では、やってる事はみんな同じなわけで。
つまらないんだよ。すべてが最後まで、全部分かりきっている古くさーい「素敵なサムシング」を探したってさ。薄ら寒いだけだよ。
使い古されてさ。
出尽くしててさ。
ざっけんなバカヤロー。俺は今、モーレツにブルーなんだぜ。
でもルールだ。それが、すべてのゲームのルールなんだ。最後に答えを求めなくちゃいけない。
フヘヘ。気が狂ったって最後にたどり着くのは絶望だけっ。ルールを逸脱することなんて俺にはできない。
ルールは全てだ。世界はすべて、ルールでがんじがらめに守られてると言ってもいい。
「……チェック!」
チェスは将棋と違って、捕られた駒が二度も出てくる事はない。
もしくは、決まった結果が「詰み(チェックメイト)」である以外は特に誰かが決めた動きなんてない。
でも駒は取られる度に盤上から消えて無くなっていくので、終盤のゲームはいつもだいたい同じような動きの繰り返しになることが多い。
分かりきった答えを探すために? くだらない、先の読めた手を打ち続ける?
だったら最初から無難な手だけ打ちつづけて、ソッコーでゲームなんか終わらせてりゃいいじゃないか、とは俺は思う。
どうせみんなつまらねーんだよ。みんな、そうだ。
分かりきった世界で答えを探して盤上をさまよい続けるなんて、そんなの言う方もやる方もナンセンスだ。ありえない。
世界は、つまらんのだ!
何もかもが予めすべて決まっている、この窮屈な日常の繰り返し!
フン。俺たちがいくらそんなような事を願ったって、向こうの世界にいる神様には、俺たちの声なんて届かないのさ。
世界はごくごく平凡な、つまらない日常の繰り返し。そう、これがルールで決まっている世界の全て。
あれ? これ、なんてゲームだっけ?
※
「七十三手チェックメイト。白の勝利です」
盤の脇に座る一人のオッサンが定型文を読み上げる役所の事務員みたいな声を出した。
とは言っても、俺もかなり不完全燃焼みたいな気分なので、事務員のオッサンを責められる立場でもないわけだが。
でもさすがに、ボソボソよく分からない声でしゃべるつもりはない。お前はどこかの物理の先生か! と、無性に突っ込みたくなる瞬間ではあった。
「ありがとうございましたぁー」
でもね。まぁそこは、大人の心を持った俺だから。心優しき俺は冴えないオッサンの白髪頭をでこピンしてやらなかったけど。代わりに俺は『ホッとしたフリをしながら』爽やかな笑顔で試合終了の挨拶を会場に響かせてやった。
まぁ、いつも笑顔で爽やかなキャラをしている俺だから?
会場は俺様の勝利に、観客総出で拍手喝さいの雨あられ! ……な、わけないか。どう見たって観客の数は指折り十もいるとは思えない。
まぁそれでも、その十人が十人とも何を考えているか分からないような客だけだから。俺の笑顔は『逆の意味で』目立つんだ。
無気力/不衛生そうな世界に一輪だけの笑顔。
確信犯だね、俺!
しかもチェス強いでしょ? 頭いいでしょ? イケメンでしょ?
最高じゃん俺!
いや嘘だけど。
でも、俺がチェスが強いのは本当。
なぜなら、この大会ではまだ一回も負けたことがないから。
とは言ってもこの大会自体は大したことないんだけどねー。
でも本当は、俺の打ちたいチェスは、こんなもんじゃないんだーッ!!
『俺は、神の一手を目指す!!』
ドーン! わき上がれ! 津軽海峡の高波よ!!
俺が戦っているチェスの試合は、一応は県大会と呼ばれる地方戦だった。
地方選って言っても、しょせん極寒の北国の地方大会。それに全国大会なんて贅沢品は、この日本には『無い』。
なんてったって、『あの』マイナーなチェスなんだから。
それに主審がタイムキーパーを兼ねる試合が、盛大なわけ無い。
御覧なさい、あの審判の超事務的な机の片付け方!
ふと不安になってくる。
もしかして、この会場は俺以外全員がサクラだったりするんじゃないかと。
「ありがとう、ございまし、た……」
と、俺があらぬ妄想を働かせている間、対戦者がまるで本気で残念がっているような顔でがっくりと顔をうなだれていた。
いやいやいやいやいや早く盤を片付けてくれよあんさん。
「(じーっ)」
「……あは、は」
そーんな目ェして見つめちゃ照れるぜ、えーと……ゾウさんゾウさん……?
うたう?
で、今度は片付けられて無い自分の黒い駒を睨んでいるさ。
もしかして脳内でネギでも刻んで納豆に混ぜて食べているのだろうか。
それとも、なくなったチェスの駒を使って脳内トレーニングをしているのか。
俺は帰りたい一心で、動かないあんちゃんと盤と畳と世界他諸々をひっくり返したい衝動に駆られた。
アイ! アム! ロックーンロルキンっ……げふげふっ
さぁ、今日も元気だファイトで笑顔ーっ。
「いやー、後半はどうしようかと思いましたよー。急にクイーンの駒で攻めてくるんですもん、あれはすごい手でしたよー」
にっこり!
ハッピーは言葉からさっ。
「攻め手がすごく大胆でしたよね! いやー、あの手は僕も予想がつかなかったなー」
んー……でも我ながらかーなーり、白々しい。
「でも最後はただの消耗戦になっちゃいましたねー。お互いほとんど駒が残って無いなんて、なんだか変な話ですねー」
「……」
返事が無い、ただの対戦者のようだ。
……時間よ、止まってくれ! できたらこの気まずい空気を何とかしてくれ!
俺が笑顔で話しているんだからさぁ、何か反応してくれてもいいじゃん。
ってゆーかこの人、試合の「お願いします」とか「ありがとうございました」以外に何かしゃべった?
「……」
相変わらず自分の動かしていた黒い駒だけが並ぶ、チェスの盤を睨んでいる。
もしかして、寝てる? もしくは見えない何かと戦ってたりする?
ガヤガヤと周りの観客や審判たちが雑談している中、対戦相手とその周囲三十センチだけがなぜか『明鏡止水』の空気だった。
超局所的なタイムストップ! でも、なんで離れているはずの俺も巻き込まれなきゃダメなんだ?
「それにしても、攻め手がすごかったですよね! ちょっとだけ詰めが甘かったかもしれませんけど」
「……」
ザ・ワールドッ! 時よ止まれ!
…………止まるなァっ!!
「そうだ。もし俺がこういう形で攻めたら、君はどうやって攻める?」
突然、対戦者の指が黒の自分の駒を掴んで、何か盤上であらぬ動きをした。
ほわーい?
盤の上の黒のクイーンが、俺の陣を引っ掻き回すような動きだ。
試合の時は、駒は単発で攻めてくる手だったけど、今は何か連続性のある手に変えてある。
一方、俺の扱うべき白の駒は盤の上に一切無い。全部自分で片付けちゃったからだ。
おいおいこれで俺に何の言葉を求めるんだ、と俺が思ったのを対戦相手の男の人も察したのか。ツイと自分の指先を順々に盤の上で流した。
「ここには君のナイト。ここはクイーン。ポーンで壁を作って、それぞれに効き駒を作ってる。壁には突撃口があって、ルークが後ろに控えてるけど。逆に攻めてくる僕の手を防ぐために、ビショップやナイトが守衛としてマスに並んでる」
コツンコツンと駒が盤上で音を鳴らし、色は違うが盤上には確かに、俺は俺が置いていた駒の配置を思い出すことができた。
そうそう、確かそんな感じ……ってもうそんな話はどうでもエエンジャー!!
「俺はもう一度、ここから別の形で駒を進めてみたい。さっきはここでナイトを動かしたけど、今度はこう、動かす。君はどうする?」
バババッ! とよく分からないオレレンジャー五人組が心の中で必殺ポーズを決めていたが、対戦相手のお兄さんの静かな視線にハッとして俺は再び盤の上に意識を戻す事にした。
もういいから帰ろうよ。ね?
「え、えーっと……じゃあこう動きます」
とりあえず自分の駒を指でさして、イメージだけで盤上を動かしてみる。
「さっきはここで俺の駒は取られたけど……、今回はこっちから。チェック」
ん?
さっきノーチェックだったマス目から黒の駒が進んできた。
さっきと駒の動きがまったく違う……いや。ん? なんだこれ?
なんだか盤の配置が微妙に違っていて、これは……なんだか少しこっちの分が悪いぞ?
「じゃあ、こう……」
「そこにはビショップの駒が効いてるから逃げられないよ」
「あ、そっか。じゃあ、こっちに」
「ん。クイーンをもらうね」
「あっ?」
鉄仮面に盾と剣を持ったナイトが跳んできて、盤上では最強の俺の駒、クイーンを取っていってしまった。
対抗してこちらも自分の駒を動かす。……だが思った様に駒は取り返せなくて。
形勢逆転、と、言うよりも。
これは、かなり不利。さっきと盤がほんのちょっと違っていて、でもむしろそれだけで、さっきとは盤上の形勢が全然違うぞ? なんで?
「こっ、これは……いやちょっと待ってくださいよ。何かさっきから……いや、これ何かズルどかしてるんじゃないんですか?」
「ズル? なんで?」
「いやだって、さっきと盤の動きが全然違いますもん。これ絶対おかしいですよ。だってほら……」
そう言うと俺は、自分がすでに片付けていた白の駒を盤上に並べ直し、もう一度ちゃんと駒を動かして……確認、して、みた。
何も違わない。ただ駒の動きがほんの少しだけずれているだけ。
ズルしていたと思っていたのは、気のせいだった。
「何も、違って、ない……? あれ?」
駒は、特に変わった動きも置き方もされていなかった。
むしろすべては正規のルール通りだ。
「さっきと駒の動かし方を変えただけだよ。ズルなんてしてないさ、単に棋譜を変えただけさ」
「嘘だ!! だっ、だってだって、さ、さっきと全然動きが違うじゃないですか!!」
「それは戦術の違いが出ただけだろう。僕は別に変な事はしちゃいないよ」
「う、うむ?」
「可能性の問題さ。僕はさっき、この手は打たなかったし。だから僕は負けた。でもこうやって改めて打ち直してみると、君との試合もこうやって……」
バンッ!
あらぬ方から机を叩く音が聞こえてきた……と思ったら、俺の手のひらが盤を机ごと叩いている音だった。
さっさとチェスの駒を戻していく。
「うん?」
「ありがとうございましたっ!」
なぜか沸々と怒りがこみ上げてくる。
負けるはずがない。この試合ごときで。
俺が負ける? まさか!
負けるはずがないんだ。こんな、地方の大会にに出てくるようなヤツに。
俺はさっさと自分の駒をしまい終わると、そのままあとの片付けはそのままに玄関口まで早足で歩いていってしまった。
今までこんな事はなかった。始めて、俺が、チェスの試合で負けた瞬間だった。
※
さっき試合後に始まった新しい棋譜、あれはいったい何だったんだ?
負けるはずのないゲームで、突然大逆転が起こった。俺にはさっぱりだ。
俺は動揺していた。
なぜかは分からない。いつも通りの展開で大会は勝って、いつも通りにつまらない試合にうんざりしていた時に、急に、なんだかよく分からない理由で突然チェスで負けた……いや、あれはチェスじゃない、ただの試合後のお遊戯だ!
あれは、チェスの正規の試合じゃないんだあれは勝ったとか負けたの内には入らない!
複雑な気分だった。
いやでも、しかしなぁ……。
「ようっ、ナイトぉ。今日はなかなか白熱した戦いだったなぁ」
「ほばっ!?」
急いで席を後にして会場の玄関で腕を組みながら色々考えていると、唐突に――予想外に近い状態で――後ろから友人の角辺が肩を思い切りたたいてきた。
頭の中でいろいろな事を考えていた時に急に話しかけられたら、普通の人はビックリすると思う。まぁ俺は「見た目だけ」は普通の人のはずだから、ビックリの仕方も当然、普通なわけだ。
じゃあ、普通が特技? ……なんか、せつねー。
「い、いきなり話しかけてくるなよ、ビックリするじゃねーかっ」
心臓が少しだけバクバクいっている。ちょっと頭の中で考えていた事と現実のギャップがありすぎた。
「うん? じゃあ何か、前もってメールか何かで『○月×日、あなたに話しかけます』って事前連絡しなきゃダメなのか?」
俺と同じくらいの背の角辺が、妙にニヤニヤしながら俺を上目遣いで見てきた。ええい、いつも以上に気持ち悪い。
しょうがない。今日の気持ち悪い角辺には、いつも通り対抗させてもらおうか。
「んー、メールじゃまだ足りないなぁ」
角辺のトンチに自信を持って対応する俺に、逆に角辺がキョトンとした。まずは、出鼻くじき成功。ざまーみやがれぃ。
「正式に相手に連絡を出す時は、何が一番いいと思う?」
「え、んー……手紙、か?」
「おいおい、体育祭の時に校長が読み上げるヤツがあるだろーがよ」
「……ああ、なるほど。電報か!」
「ビンゴーッ」
俺は少し大げさに両手の指を振った。むふふ、角辺のやつ、なんだか楽しそうな顔をしてるな。
まずここで俺が注意すべきは、しっかり角辺を喜ばせる事。そして俺が目論む心の内を読ませない事。
俺の心のうちはいったい何かだって? そりゃー決まってるでしょ。角辺をワッショイワッショイして、最後にドーンと落とし込めるのよ。
盛り上げて盛り上げて盛り上げて……最後に絶望感を与える!
気分の落差に身悶える相手の顔を見るってのぁ快感だね! 俺、超最悪なヤツっ!!
まぁ、こんなワルができるのも角辺だけだけど。
「いいか角辺? 電報ってのは相手に礼を払うのと同時に、自分自身が礼節を知ってるって事を強調する事でもあるんだ」
「へー」
「自分自身が礼節を持ってるなんて、洒落てるじゃないかヨ。大学受験のときに面接でアピールできるかもだぜ!」
極自然に、当たり前風にしゃべる事がポイントだ。俺は角辺に話しかけながら自分のスノーシューズをロッカーから取り出すために、角辺に背を向け玄関の方をみた。
言わなくてもいいと思うけど、俺の顔は若干ニヤついている。
「……いやいや、ちょっと待てよ。俺たちの受験は来年じゃないかよ!」
むぅ、いらない所に目をつけてきたな角辺は。玄関口に目を向けているから角辺の顔は見えないけど、たぶん角辺は必死な顔をしてるはずだ。
「それに俺たちゃまだ十七だろ?」
「ぼかぁまだ十六歳だぜ?」
「シネ」
「でもサ、それでもあと一年ちょっとで社会人になるかもしんねーじゃん?」
ちょっと釘を打っておこう。玄関の外は吹きすさ雪の塊がガラス戸に当たってバチバチと小さな音を出している。すごく痛寒そうだ。
「社会人……えー、社会人? あんまり実感無いけどなぁ」
「社会人の実感がある高校二年生がこの世にいるかよ」
まず一つ落とす。少しニヤッとしちゃったかも。
微妙にニヤりながら、俺は床に自分のスノーシューズを投げた。靴底の金具がガチャリとタイルを鳴らし、シューズは半回転した。
「ウザッ!! ってゆーかお前は何か社会人の実感を感じられてるのかよ?」
「俺バイトしてねーもん」
「じゃあ礼節がどーのなんか語れないじゃないか」
むふふ、トークバトル開始かな。俺は床に座り込みながらシューズに自分の足を突っ込んだ。
隣に、少し離れて角辺も並んだ。灰色の床に座って、同じように自分の靴をはいているみたいだ。
「でも俺たちの学校って、上下関係厳しいよな?」
「……あー、確かに厳しいな」
「特に相手が上級生だとさー、敬語使わないと怒られるじゃん?」
「伝統あるっぽいもんな、ウチの学校。見た目も超ボロいし」
よしよし、話に乗ってきたな。角辺の口が少し止まり気味だ。
「上級生と話す時は、やっぱり礼節がなきゃダメだよなー」
「んー、まぁ……んん?」
「事前に電報とか使ったほうが、礼節は極まるよなぁー」
「い、いやいやいやいやいや。ちょっと待て!」
「と、言うわけだ。目上の方と話す時は電報を使って事前にアポイントメントを取った方がいいぞって事だ、はっはっはー」
「……ちょっと待てー!」
キュッと俺が自分のシューズの紐を縛り終わると、ほぼ同時に角辺が俺に向かって自分の手袋を投げてきた。
軽くグーの形をしたビニール手袋が、ポフっと俺の顔面をロケットパンチ。
もちろん痛くない。
「もしかして何か? 俺はお前相手に上級生みたいにしてしゃべらなきゃいけないのか?」
「むふふ。じゃあ何か、お前は上級生にホントに電報を使って話してるのか?」
「なっ!? お、お前ってやつはぁっ……」
もうお前と話してやんねーぞ! と怒ったような顔をした角辺が話している時。角辺とは反対側の俺の隣に、無造作に誰かが座り込んできた。
さっきの対戦者だった。
ボロボロだけどよく手入れされている大きなブーツ。静かにタイル張りの床に置くとゴトリとゴムらしくない音が玄関に響き、笑顔で話していた俺たちは一瞬で顔をこわばらせた。
俺は、さっきの事がまだ頭から離れてない。
途中まで同じ棋譜だったはずのゲームの展開が、途中からの数手の違いで勝利と敗北の二つに別れてしまった、俺には理解できない不思議な展開。
俺はいつも通りの定石を打っていただけだ。なのになぜ、あんなに結末が違ってしまったのだろう?
ゆっくりと横を見てみると、対戦者の男の人は真っ黒な帽子を目深に被っていた。
目元はよく見えない。
「……」
黙々と自分のブーツを編み上げる姿が、なんだか怖いような……いやだけど、さっきまで一緒にいた人だ。ここは試合後だし、明るく話しかけてみようかな。
「こ、こんにちは。そういえばその、エット……さっきは、すみませんでした。今日は遠くから来たんですか?」
「……」
ピタリと紐を編む動きを止めたと思ったら、対戦者の男の人てはゆっくりと俺の顔を見てきた。
帽子のツバ越しに見つめてくるので、正直怖い。ってゆーかかこの人、大丈夫な人なんだろうか?
黒っ! 見た目も雰囲気も、なんだかすごく黒い!!
それに対して俺は、なんて白いんだ。自分で言うのもなんだけど。
「えっと……」
「……」
黙ったまま、またブーツに目を戻さないでくれ。それとも角辺のくれたグローブでビンタパンチでもしちゃうか? いやいや、それはさすがにまずい。
ええいもう、こうなったらこっちが一方的にしゃべってやる!
「えー、あー……さっきはすごかったですよね! 一回戦って言うんですか。最初は僕が勝ったのに、途中からやり直したら、今度は逆転されたんですもん」
「……」
あーはいはい。無言のパワー、ありがとうございます。どーせ俺だけでしゃべってますよーだ。
ああもうっ。こいつ、やっぱりビンタパンチしたい! ちょっとだけでもいいからさせて欲しーっ。
「僕もちゃんと攻められる手は全部読んでたつもりだったんだけどなぁ。どうして逆チェックができたんですか? あの時はすごく不思議な気分でしたよー」
『できたんですか?』だって? ふん、よく俺はこんな言葉が言えるもんだ。
俺の頭の中は今、大変な事になっているぞ。まず、対戦者の無言の顔を角辺のグローブでひっぱたいている。あっけに取られた顔をしている対戦者の帽子をパシッと跳ね除けて、今度はグーの拳でパンチ! だ。
激しく対戦者がのけぞったところを、俺はドーンと構えて「だからお前はダメなんだ!」と、とうとうと説教……したーい。すごくしたーい。
いやいやいやいやいや。ダメダメ、そんな事しちゃダメ。
ここは大きく、笑顔でヨイショ! じゃなきゃ俺が世界から抹殺されちゃう。
大人って辛いね、イメージした事をやっちゃいけないんだから。
実際俺は、セコセコともう一つの自分のスノーシューズを履きながら男の人に笑顔で話しかけている。
何このイメージと現実のギャップ。
「あんなすごい手が出せたのに、なんで試合で使わなかったんですか?」
ドクン、と、なぜか自分の心臓がなったような感じを覚えた。
え、何? 俺、何か変な事言った?
玄関の外には相変わらず、白い雪がガラスにへばりついて一種灰色の様な世界が広がっている。
なのになぜだろう。男の人の服装がまるで黒色だからか、なんだか真っ黒なような……いや、見えない、黒い何か別世界が広がっているような、不思議な……錯覚?
世界はゆっくりと、ゆっくりゆっくり、俺の視界中に広がっていく。大きくなる。
床を這い、ロッカーを覆い、何も準備のできていない小さな俺を包みこもうとしていく。
なんだこれ? なんだこれは?
でも俺は動けなかった。突然の得体の知れない恐怖に身がすくむ。
「もう一つの……別の、盤上の可能性の話さ」
さっきもこの人は言っていた気がする。
ボソリと男の人は、声を溜めながら、ゆっくりしゃべった。
視線は相変わらず、自分のブーツのつま先のまま。
「え?」
「試合が終わった後のあのゲーム、あのゲーム自体はただの考察ゲームさ。チェスは試合ではなかった」
な、何をこの人は言ってるんだろう?
「い、いったい何の事……」
「『もし』の展開を、考えてから、実際に自分でやってみる。それだけさ」
「へ?」
「楽しかっただろう?」
「試合の事ですか?」
「そう」
俺が固まったまま対戦者の男の人に問うと、男の人は軽くこっちを覗いて、ゆっくりとうなずいた。目は相変わらずツバで見えない。
「そうだ。楽しかっただろ?」
「はぁ、その、確かに、楽しかったです」
戸惑いながらも答えると、男の人は帽子の向こうで忍び笑いを……いや、たぶん笑った、と言った方がいいのかな? 小さく、笑った。
正直、怖い。
「俺も楽しかった」
静かに、笑いながらしゃべった。
不気味すぎる。
「見たことの無い戦法だっただろう。結構考えたんだよ」
「は、はい」
「でもまだ自信が無くてね。あれは、俺も初めて使った戦法なんだ」
「……戦法の名前は?」
「知らない」
ツバの向こうで笑う口が、また消えた。
「ある本に載ってたのを使ってみたんだ。ある人に教えてもらった本でね、駒の配置はだいぶ違ってたけど、そこから色々考えて動き方を真似してみたんだよ。だからほぼオリジナル。だから名前は、ない」
今度は男の人はゆっくりと、ガラス張りの玄関の向こうを見つめた。
真っ白な雪が広がっていた。
「勝負は一瞬。もし挑戦者が……黒の俺が二度とも負けてたら、俺はチェスの才能はないんだなって思ってたろうね。でも勝てるとは思ってた」
「思ってた!?」
まるで何の迷いもなく対戦者の口からは『勝つ』の言葉……いや、勝って当然だと思っていた俺にしてみれば、俺が負けるという言葉が伝わってきた。
「そんなに驚くことでもないだろう?」
「う、いや、まあ」
そうでもないと思う。
少なくとも、俺にとっては。
「……でも最初は、俺はキミに完敗した。つまり、うまく自分の手を自分で御せなかったんだろうね」
コツンと、ブーツのつま先がタイルを鳴らした。男の人が、ゆっくりとブーツの裏を動かしたからだ。
「二回目の方は、どうだった?」
「う。すごい、展開でした」
「そうだろう。それにあとは、あのゲームは楽しかったかどうかだ」
「た、楽しかった、です、よ。ハイ」
楽しかった? 試合が?
予想外の事がたくさん起こりすぎて、あの時の俺はパニックになってた気がする。
試合も俺の目も、何もかもが予想外の連続だった。
「あれが、戦いのもう一つの可能性だ」
俺が動揺しているのが分かったのだろうか。男の人はゆっくりと立ち上がり、座り込んでいる俺を見下ろしながら不敵に微笑んだ。
その瞬間、さっきまで俺の視界に広がっていた黒の世界が一気に引き、男の人の周囲に集まる。
でかい。何かの圧迫。その瞬間……
「無難に勝ち続けるだけが、ゲームのルールじゃない。ゲームは自分で手を探して、試行錯誤で楽しむもののはず。僕はそう聞いていたけれど、キミの方はどうだったかな、ナイトくん?」
「へ?」
突然の話の飛び方に、俺は変な声を出してしまう。
男の人は、俺に向かってゆっくりと微笑んだ。
「キミも、あの人にはそんな風に教わってると思うんだ」
誰だよ『あの人』って。
俺は何も言えない。それを見て男の人も何か思ったのか、まるで不思議そうな顔をして俺の顔を覗いて、帽子を深く被りなおした。
それから
「知らない? いや……まさか忘れてる?」
「え、な、何を?」
「何って……あ、ああそうか」
男の人は一瞬何かを言いかけて、それから小さく咳をすると、それからすぐに玄関から外へと出ていってしまった。
玄関には細いひび割れが走っていて、いくつか走っている筋と筋の間を黒の対戦者、男の人は悠々と玄関を抜けて外に出て行ってしまう。
彼の背中に浮かぶのは、真っ黒というか何かの気……余裕? 堂々と、玄関口で一人まごついている俺を置いて、さっさと先に行ってしまった。
俺は黙ってその黒い彼の背中を見送ってしまう。俺は何も、手出しができなかった。
というか、なんだあれ? 俺がなんでこんな事に?
今度は後ろからしわがれ声の、振り返れば白髪の混ざった事務員のじーさんが出てきて、誰もいなくなった灰色の玄関に向かって「ジョウノウチくーん」と言ってやってきた。
おじさんの声は、小さくて頼りない。
当たり前だ。だって玄関には立ち止まってる俺以外もう誰もいないのだから。
俺はおじさんのしょんぼりした背中のさらに後ろで、声も響かない灰色の中で、一人ポツンと玄関に取り残されていた。
※
お疲れ様でしたー。
これが、今日の終わりの挨拶だった。
なんて軽い! なんてどうでも良い! だけどこれ以上にいい言葉なんかないよなぁ。
誰が決めたわけじゃないけどさ。何でかみんなこの言葉を発して、会場の玄関を後にしていく。
まるでみんな同じ動き。まるでみんな同じ駒みたいな。
能面。
その中の一人に、この俺もいる。
今日の俺たちの町の天気は『吹雪』。真っ白な風が氷の粒を力いっぱい投げつけてきた。
毎日毎日、真っ白な雪しか見えない。そんな中を俺はバス停に向かってトコトコと、角辺と一緒に歩いていた。
「なぁナイトーぉ」
「なにー?」
「楽しそうでしたねー」
そうか?
「で、俺は暇だったー」
「そりゃご愁傷様。チェスは静かなる紳士の戦いなのだよ」
「いやそれはカンケーねーべ。っつかさ、これからちょっとカラオケでも行かね?」
「えー、またー?」
「行かねーかい?」
「いやーべつにいいんだけどー」
「んだよ」
「寒いなーって」
手先がかじかむ。同時に鼻の先と奥が冷たく痛かった。
傘の手先を口元に寄せ、息を吹きつける。ちょっとの間だけ暖かくなった。
「お前の手袋って、あったかそうだなー」
「おう。あったかいんだぞこれー」
「……なぁ角辺ー」
「断る」
ドーン。
「お、俺はまだ何にも言ってねーぞっ」
傘を差していても、その傘すら吹き飛ばすくらい強い風が吹いてくる。
いくらさっきのチェス会場が暖かかったとしてもこう強く吹雪かれちゃ、俺は凍え死ぬのに一分もかからない自信があるぞ。
露出した手が凍えて壊死するかも。さみー。
ええい、忌々しい雪め!
で。対照的に隣の角辺は傘を持たないで紺色のジャケットを羽織っている。スキーにでも使えそうなグローブを両手にはめて、見た感じはとても暖かそうだ。
「寒いといや、そうだ。俺はさっきのあの話、まだ覚えてるぞー」
角辺が急に、俺の顔を覗き込んできた。
紺色でフードも被った角辺め。ダルマだ、ダルマ。
その中身は? 角辺クンでござーい。
うう、さぶさぶっ。
「ナイトぉ。てめー、さっき『俺に話しかける時は上級生のように』って、俺に言ったよな?」
「いーや? 俺は『前もって電報で連絡するように』って言ったんだ」
「なら、なおさら貸すのは嫌だね」
「んな事かんけーねー! いいからお前の手袋貸せっ」
俺が傘を持たない方の手で強引に角辺の手袋を奪おうとすると、角辺はまるで手袋を守るように、もう一つの手袋で守った。
俺は果敢に角辺の手袋に再アタックしたが、吹雪がまた強くなったので俺は手袋をあきらめた。
「はぁはぁ……で? 角辺はさっき、玄関で何を言いかけてたんだ?」
「うん? ん、あーあーあー。よく覚えてたな」
そりゃな。伊達にチェスの大会で優勝する俺様じゃねーぜ。地方戦だけど。
「で、何が言いたかったんだ?」
「いやー。お前ら二人、さっきも試合中も、夢中でチェスやってるんだなーってな、見てて思ったのよ」
「夢中ねぇ……」
ため息と一緒に、無意識的に自分の言葉が詰まってしまった。
実は試合中に俺が心の中で悪態をつきまくってたってのは、どうやら角辺には分からなかったみたいだな。
まずは一安心か? スマイリー作戦成功、ってか?
「夢中といや、さっきお前ら何しゃべってたんだ?」
「ん、なんだって?」
「傍から見てて楽しそうだったぜー」
おいおいどこが! 角辺、お前の目は節穴か? どこをどう見たら楽しそうに見えるんだよ。
後ろで雪が雪崩れる音が聞こえた。
「……あー」
色々考えながら言葉をしゃべると、なんだか間延びするなー。
どうしよう。さっきまでの話、角辺にしていいのかなぁ。
なんか角辺にはなしたら『夢は寝てから見ろ』って一蹴されそうなんだけど。
いやいや、そんなバカな話があったわけあるか。
「……あのさ、角辺」
「うん? うぉぅ!?」
俺が事の一部始終を話そうとすると、俺の言葉を吹き飛ばすように激しい北風が吹いてきた。
「いたっ! いたたたたたっ!!」
風をガードする形で広げる俺の傘にも氷が当たって、バチバチと細かい音を鳴らす。
当然角辺の顔面にも同じものが当たるわけだから、グローブでガードしててもその痛さは半端じゃないだろう。
「おっ、グローブを貸さない罪が今チミに災いを……をいっ!? おあいたたたいたたた!」
今度は急に風の流れが変則的になった。
傘が守ってなかった複数の方向から風が吹いてきて、素手と素肌の多い俺を直にはじいていく。
やっぱ、角辺のグローブは暖かそうだ。チクショー。
しばらく俺たちはその場で北風将軍の軍団と死闘を繰り広げていた。でも、今日の北風軍はそんなに持久力がある方じゃなかったらしい。
十秒かそこいら俺たちが決死の防衛戦を展開してるうちに、いつの間にか風の攻撃は止まっていた。
「いちちちち……目がっ、目がぁーっ……!」
角辺が必死に、グローブをつけた手で自分の目の部分を覆ってた。いや、目の部分をこすっているのか。
「うぉぉっ、雪が服の中にはいったぁーっ!」
そして俺は純粋に、雪が温い服の内側に侵入してきた。一瞬で解けて超冷たい水になるから、俺へのダメージは効果テキメンだ!
ギューッと俺は自分の服を身体に押し付けると、片や角辺の方は……一生懸命にまつげを引っこ抜く格好をしていた。
「おい」
「イテテ、なんだよ」
「何やってんだ?」
「まつげが凍ったんだ」
「そりゃ大事だな」
「友人が目の前で困ってたら、お前はどうするんだ?」
「うーん……ここは熱い情熱トークを同志角辺に語り、お前の凍った心とまつげをフットー……」
「あーはいはい。もういいもう充分ですもうそこまで!」
「世界は、ガイア記憶と繋がっていたんだよ!」
「はいはい」
「人類は滅亡するッ!!」
「お前はどこの人間だ? っつか、そんなんで俺のまつげが解けるかっての」
「うむぅ。うら若き乙女に掛けられた荒野の魔女の呪いを解くには、秘められた力を持つ男の誠の愛が必要だと……」
「おーい、帰ってこーい」
今度は角辺が大げさな格好で、両手をいっぱいに俺に広げて俺をさえぎってきた。
俺はガリガリに凍ったアスファルトに浮かぶ、小さなマンホールの島を流し見しながら考えた。
やっぱりさっき試合後に感じた変なアレ、話した方がいいのかな?
「なぁ、角辺」
ガリガリと雪の道を歩く音が周囲に響く。
「んー?」
「お前さ、予想外って、分かるよな?」
「お前が予想外なキャラなのはいつも身を以て体験しておりますが」
「うっせ」
さらりと角辺は、遠くかすむ白い空を見ながら答えてきた。
「お前はいつも斜に構えててー、なんかムカつくな」
「お前の考えはいつも予想斜め上だ」
「うるさいなー」
「まあいいさ。ささ、君は何か言いたかったんだろう? そこ続けてくれたまえ」
「気になる言い方するやっちゃなー」
やっぱりやめとこうか。
俺は傘を肩に担ぎなおしながら、悟られないように話題を変えた。
「そういやさ。よくあるファンタジー物語ってさ、だいたい『絶対にあり得ない話』ばっかだよなぁ?」
「あー、魔女が普通に空飛んでたりな。銃より剣のほうがつえーとか?」
「そうそう! しかもどれにも『魔法があります』ってな。『魔法だから大丈夫なんです!』とか、じゃあその魔法って何なんだよってな!」
「ホントだな、ありえねーなー。さすがファンタジー、空想物語、だよな」
うん……まあね。
話題を振った俺だったが、そういえばとふと小さな疑問を持って軽く首をひねる。
だってそうじゃないか。今俺たちがいるこの世界は、そういえばずっと昔は「空想の中にしかありえないと思われていた」物が溢れている。
「ホウキで人が空なんか飛べるわけ無いじゃん。『幻視!』とか言って、目の前にない物を見るとかありえねー、ってな。ファンタジーなんて所詮『架空と現実の区別がつかない痛い人症候群』の美言語化したヤツだゼ」
角辺はずっと、モヤのかかってる白い町の向こうを見続けていた。
俺も同じ方向を向いている。
霞む世界。
いやまあ、でも角辺の言っていることは正しい。俺もそう思っていた。ついさっきまで。
道の上には、ポツーンポツーンと黒いマンホールの影が落ちている。
あちこちに置いてある黒い影、俺が影の上を歩くと金具のついたスノーシューズの裏がミシリと嫌な音を立てた。
「そいういやさ。ロボットって、ファンタジーかな?」
唐突に俺の口、なんだか変な言葉を滑らせた。
「ロボット?」
俺にもこの言葉は予想外だった。でも、なんとなく楽しそうだからそのまま続けてみる。
「そうロボット。できたらアトムみたいなのがいい」
「あー。いつかできるかもなー」
「宇宙旅行は?」
「もうやってんじゃん」
「じゃあ、あいつらってもう空想物語ではない?」
「って事か?」
「そいやさ、ファンタジーとファンタジーじゃない境界線って、何だろう?」
「知らねー。ファンタジーじゃない話がファンタジーじゃないんじゃないのー?」
「ファンタジーじゃない奴ってなんだよ?」
「あー? んー。SF、だな。サイエンスフィクションとか。あれはファンタジーじゃないわな」
「SFか。例えばさ、それがもし中世とか、科学がない時代に書かれてたら?」
「サイエンスがない時代のサイエンスフィクションか。お前はまた難しそうな事聞いてくるなァ」
そう言った後、角辺は黙りこくってしまった。
サラサラの雪の積もった硬い氷の上を、俺たちは無言で歩いた。
無言だからなのか、それともこの町自体が静かなのか。よく分からないけど世界は真っ白で、たまにゴォと吹く風以外は世界には何も音がない。
正直、つまらない。
でも何かが違う。
「自分で何か考えられる今が『普通』だとして、じゃあ中世時代とかには自分で動く『ロボット』なんて物は誰も考えてなかったじゃん? 非現実的だし、当たり前だよな? でも実際今の時代ではロボットはあって当たり前の話だよな? いつそんなロボットが出てきたのかは知らないけれど、でもそういうのって俺らがどこかから突然ポンって出してきた物でもないじゃん。要は元からあった物だ。それを少しずつ探し出してきていつの間にかロボットはあって当然の物とされた。いきなり出てくる魔法とかとは違うわな。じゃあ魔法とロボットの違いって何だろう? SFと空想物語の違いって、自分で理解できるかできないかの違いってだけ?」
「なぁなぁ」
角辺が、静かな空気を消した。
「ナイト。お前、何考えてるんだ?」
「何も考えてないさ」
嘘。
「強いて言うなら、俺は未だどこかに隠れているだろう世界の謎を解いてみたいっ」
目の前にいる角辺は、話してて楽しい。たまに手袋の取り合いをしたって、変な話をしたって、角辺はいつも付き合ってくれる。
俺は何を見ているんだろう?
俺は流し目で、足元の黒いマンホールを、何も無いただの影を見つめていた。
薄くヒビの入った氷の割れ目が、小さく俺と角辺の間に通る。
「俺はー、普通に日常を楽しめればそれでいいわ。ファンタジーとかファンタジーじゃないなんて、俺には関係ない話」
「えーそうなの?」
「俺は日常派だ」
「ある日突然空から俺好みの美少女がー」
「断固、非現実派は粉砕すべきっ!」
「角辺、あのさ」
「ん?」
……どれを角辺に話せばいいんだろう? あの時俺が負けた試合後の二度目のゲーム……まるで同じ動き棋譜だったはずなのに、ほんの少し違うだけで全てが違ってしまった信じられない棋譜……いや、あの時のチェス?
盤上はすべてルール通りに進んでいたはずなのに、俺はあの駒の動きを理解できなかった。
突然盤上に魔法をかけられたような、衝撃的な展開だった。
「『楽しい』って、なんだろう?」
「『楽しい』?」
白いモヤの向こうに、徐々に小さなバス停が見えてくる。
バス停は白い雪の中に半分埋もれたまま、赤錆と氷でガチガチに凍り付いていた。
円盤形のてっぺんと四角い時刻表の板を一体化させる形で、氷が張り付いていた。
「さぁな。試合で勝つのとかが『楽しい』なんじゃねーのか? 負けるのは嫌だもんな。んーと」
角辺は腰をかがめて時刻表を覗き、霜が張り付いてよく読めない文字盤をバリバリとグローブでこすりだした。
「げっ、『雪のため、バス遅延中』だと!」
時刻表には細かくバスの時間がかかれている。
小さな文字と大きな文字が隙間なく敷き詰められている。
縦横がそろった形で、幾何学的で、何かの法則に従ったようだ。
その中で看板の表面にはしっかり
『南富呂浜駅発→今智布町経由→北千歳操車場行バス 大雪のため遅延中』
と、大きく書かれていた。
雪は相変わらず激しい。どんどんバス停と俺たちに降り積もっていく。
時刻表の時間は、すでに三十以上過ぎていた。
「これじゃ駅に着く前に店閉まっちまうじゃん!!」
角辺が聞いてきた。口をグローブで囲って、自分の吐息で暖をとっているみたいだった。
俺は相変わらず傘を持っているだけだ。
「どうするー? ナイト、俺は一応駅まで行くつもりだけど」
「うーん」
予想できないのに、普通に起こりえる世界の何か。
さっきの対戦者は言っていた。
可能性は、試行錯誤しながら、自分で追い求める物だと。
「俺、歩いてみよう、かな」
「ん、え? 歩くのか? なんで?」
少し、自分の頭を冷やしたい。
あの時の余韻がまだ自分の中に少し残っている。
「雪ん中ずっと立ちんぼして待ってるってのも、何となく物足りないじゃん。っていうか……たまには寄り道ー……みたい、な?」
色々考えながら、ね。
「えー、カラオケ行こうぜー。久しぶりにお前の音痴聞きたいんだけどー。ってか、こんな雪が降ってるのに歩くってお前どうしたの? 寒いじゃん、遭難しちまうぜ? バス待ってた方がぜってー楽だって」
「あ、そっか」
「お前さー……ん、んんー?」
何か言いかけた角辺が、急に何かを思いついたみたいに一瞬黙った。
「ふーむ。……いや。んーそうだな、赤字路線なめんなよ? バスは待ってりゃ絶対来るんだぞ?」
なんだか角辺がニヤニヤと、何かを考えはじめ俺の顔を上目遣いに見てきた。
「んーいや、まだそんなに決めてないけど」
「だったら一緒にバス乗ろうぜ。バスん中はあったかいぞ? わざわざ寒い思いする必要ないじゃん」
「んー、まぁなぁ……」
一瞬だけ俺は、いつもと違うことを考えた気がした。
待っているだけじゃ嫌? 寒さを押してまで、俺は何かするのか?
確かに寒いのはイヤだ。だけど、同じ寒さだったらバスを待っていた方が温かいじゃないか。それに歩く苦労もない。
いやいやいや。そもそもこんな事を思う俺に、俺自身が釈然としない。
ここはあえて、アレを言うか。
「……」
「いや、ちょっと言葉を付け加えよう。お前といつも一緒なだけじゃ、なんかつまんねー」
「へ?」
へっ!
言った瞬間、角辺の顔がハッとした。
そして一瞬俺の顔をグリグリと見つめなおすと、一瞬何か笑いかけ、またいつかみたいにグローブで俺の頬を殴りつけてきた。
今度は中身付きで。
「うわ、お前ってば超最低な奴!」
「あっはっは、俺は自分を正直に言っただけだぜー」
「ちぇーっ!」
「それ最近知ったことかぁ?」
「いーや? でももう怒った、お前とはこれから絶対に話してやんねー」
「……それ本気で言ってるのか?」
「そこまでお前の事、本気で嫌いじゃねーよ」
エヘヘヘヘとお互いがお互いの肩を小突きながら、二人で気持ち悪く笑いあう。
まあネタは古いんだが。
そして今度は角辺が、本当に何か変な顔をしながら腕を組んで唸った。
大きなグローブとジャケットを身につけているのもあって、動作が大きい。
「だが一つだけ、確かな事実がある」
「お? なんだ、雪がやんでウニでも降るか」
「お前はオレを怒らせた。それ以外に何がある?」
「いや、特に何も」
「だろ?」
「うん」
角辺はビシッと俺に指を向けながら当たり前のことを言ってきたので、俺は一瞬言葉に詰まってしまった。
角辺の白い吐息が、大きく風の中に揺れる。
「怒りすぎて、まつげの氷が解けちまったぜ」
「……は?」
「今俺うまい事言った。ってーこーとーでー」
ちょいちょいと自分のまつげをいじりながら、角辺は何かを悟ったように目を上に向けながら話した。
「あー、そこまで読んでナイトは俺を怒らせたのかー。いやー、さすがチェスの強いナイト君だ。そこまでして君は、俺のグローブが欲しかったんだな。しょうがない、ここは俺もちゃんと応えなきゃなー」
ん? お前は何を言っているんだ?
傘を風がフラフラと押し倒そうとする。傘の柄を腕の力でコントロールしていると、目の前の角辺はニヤニヤモゾモゾしながら自分のグローブを外し始めた。
いやちょっと待て。お前は二重グローブだったのか! 通りで見た目が大きいわけだ。
「冒険者ナイトよ、そなたには伝説の手袋を授けよう」
「はい? え、冒険者?」
「お前、今から冒険に行くんだよな? 歩くんだろ?」
「ん、まぁ……えっまさか!?」
「もしかして魔法の一手が打ちたいとかだったら、ほれ、お前は冒険者としてブリザドとかサンダガとか打てる人間にならなきゃいかん。レベルアップを目指せ。だからさ、俺の手袋を貸してやるんだよ。寒い中の冒険は死ぬからな」
「いやでも……ええーっ!?」
「そして貸すのは、薄くて冷たい外側の方だ」
「いやちょっと待っ……」
「おーとーこーにー、二言はないっ。だろ? ほれほれ、冒険者はさっさと冒険に行っとけって」
俺が色々と言い訳をしようとするのを角辺がさえぎった。
一方的に自分のグローブを俺に渡してくる。
「次に会うのは始業式だな。勇者ナイトよ、春になって、常識を逸脱できる存在になってからまた会おう。グッドラック!」
「おいおい! 俺はすでに死亡フラグが立ってるのか?」
「いーや? 事前にお前に話しかける予約をしただけさ」
「事前予約?」
「お前ごときに『電報』なんか、使ってられるか! って話」
「う、うぇ……」
あの時の電報の話かよ! ってか、よく覚えてたなコイツは。
まるで俺の放った手榴弾が、そのまま俺の方に返ってきた気分だ。むしろこういうのって、返ってくるものなのか?
結局俺は傘とゴワゴワグローブを手にはめて、強制的にバス停を去ることになった。
なぜか角辺から離れるだけで、雪がだんだん激しくなってきた錯覚を覚える。
まっすぐ伸びる道路脇。そこに、幾筋も幾筋も氷の亀裂が走っていて。
雪は、さっきのままなはずなのに。
二人の間には、いくつかの線が走っていた。
振り返ればそこには、なんだか少し寂しそうな目をしている角辺の顔がある。
一瞬見詰め合う俺ら。今度は薄くて白いガスが、お互いの間に割り込んできた。
「おいファンタジー!」
その向こうで、角辺の大きな声が聞こえてきた。
黒い影。角辺の影だ。白の霞の向こうに角辺の影が立っている。
白の俺。俺は角辺に対峙する形で氷の上に立っていた。
俺は角辺の軽口に、なぜか寂しい笑いを覚えていた。なぜなのかは、よく分からない。
俺は角辺の声に応えず、そのまま後ろを向いて道を歩いていく事にした。
※
んで、結局これかよ。
寒い寒い雪道を永遠に『家があると思われる』方向へ進む。
当てずっぽうに道を歩いていたら真冬の北国じゃ遭難しちゃうんじゃないかと思ったがどっこい、道は意外と一本単純路で、途中の別れ道で迷うことはとりあえず無かった。
確かに、太い道は一本まっすぐに進んでいる。
でも道は途中からどんどん細くなっていき、最終的に俺は『どこかの山の中を歩いている』錯覚を覚えてしまった。
永遠の雪中行軍。
最後に人家を見たのは何分前だ?
寒い! ひたすら寒すぎて足先がしびれてきた。
その内今度は道ばたに、つぶれかけのコンビニみたいなのが見えてきて、その半分朽ちた真っ暗な店の一角に、同じく半分錆びて壊れてそうな古ーい自販機が突っ立っているのを見つけた。
「うぶふ、これだったら……角辺と一緒にバス乗っときゃよかったかなぁ」
後悔してももう遅い。
角辺の貸してくれたビニールグローブは、すでに雪風で凍り付いてガチガチになっていた。
自動販売機は、見れば一応は電源が入っていた。
販売中の『温かい飲み物』に希望を抱いた俺は暖を求めるため、グローブをしたままコートの中の財布を探ってみる。
『グローブをしたまま財布を開くのって、意外とテクニックがいるな……』
いらん事を考えながら財布を開いて、頑張って百円玉をコイン投入口に突っ込む。
でも、さすが北のど田舎放置販機。
『ダンディーなオッサンが遥か彼方を見つめてる』微糖の虹色缶コーヒー。
『色々なものが入っているんだか入ってないんだか分からないくらいコトコト煮込まれててる』クリームスープ。
『温かくて妙に甘ったるそうな、赤色○号とかいう着色料が絶対入ってそうな』イチゴミルク。
この三つがちょうど売り残った状態で、俺の目の前で緑色に光った。
いや、この中だけから買いたい物を選べと? きっついなー。
結局俺は、三つ全部買う事にした。
なぜそんなにジュースを買うかだって?
あったかいからさ。
コーヒーのオッサンはかっこいい。遠く向こうを見つめながら「目が前についているのは、前に進み続けるためだ」とかなんとか言ってそうな感じでプリントされている。
いやよくわかんないけど。
ちなみに俺は、苦いものが苦手だ。
でも今みたいにメチャクチャ寒い日は別。
それに今日は寒いから、ちょっと重いけどホッカイロ代わりにも使えるし。手袋越しに持っても缶の熱さは十分に手のひらに伝わってきた。
残りはポケットに。コーヒーだけは手袋温め役。
缶タブを開けてコーヒーの湯気を漂わせながら雪の降る道を歩いていると、俺の周りはいつの間にか軽い林になっていた。
歩いていると、道がどんどん細くなってくのを実感した。なぜか、寂しく感じてきた。
だんだん、ポツーン、ポツーンと建っている『この先工事中』の看板が目立ってくる。
もしかしたら俺は、ホントに道に迷ったのかもしれない。
雪はさっきからずっと降り続けているけど、周りに樹が増えてきたからか風は少し減った気がする。でも寂しさはどんどん倍増するみたいだった。
脇には寒そうな小川が流れている。寒々しいにも程がある。
工事中の看板もだんだん増えてきて、道と道脇の境界線があいまいだ。歩く場所を間違えたら、すぐにでも遭難してしまうかもしれない。
本当にこの道は大丈夫なのか? 俺はだんだん不安になってきた。
それでも軽いモヤのかかる先を見たままズンズン歩いていると、今度はアスファルトの道が二股に別れていた。
二股の真ん中には青い看板に
「左 北千歳」「右 ○○○町」
と書かれている。
ナントカ町。看板の大切な部分には雪がつきすぎていて、よく文字が読めない。
でも左の道に進むのが正解なんだろう。俺の住む町の名前が載っているんだから。
で、対する右に進む道は、どう見ても完璧に雪に埋もれていて真っ白だった。
道の両端なんか見えない。下手をしたらいつの間にか道路脇に落ちているかもしれない感じだ。
道の先は林に埋もれているみたいだ。
軽い雪のモヤもあって、道の先が全く見えない。
左の道は前に除雪車が通ったのか、比較的雪は少なそうだった。
普通に歩きやすそう。歩いて帰るんだったら、右なんか選ばないで左の道を歩くのは普通の選択のようにも思えるけど。
ここは無難に、駅のあるほうに進むのがベストか。いや、それ以外に選べる道は無さそうだ。
そう思って左の道を歩こうと思いつつ、俺はふと右の道端を見た。すると。
「あ、キツネだ……」
道の先に、フサフサの銀色の毛を雪に映す想定外の道の先行者がいるのを見つけた。
ひょっこりと道脇に流れる小川の土手から顔を出して、チラチラと道の両端を見比べている。
ふわふわと風に揺れる背中の毛と、真っ白なおなかの毛。何も無い雪の上に立っているからなのか、不思議とキツネの姿が浮かび上がって見えた。
紺色に光る銀色のキツネ。なぜかキツネは「極当たり前のように」右の道を進んでいった。
『へぇ。お前は右の道を行くのか』
なんとなしにキツネの行方を見続けていると、不意にキツネは後ろを振り返って俺の顔を見てきた。
(じーっ……)
「なっ、なんだよこのヤロウ」
別にキツネの方は、何の他意も無かったんだろう。フサフサの尻尾が、小さく風に揺れている。
(じーっ……)
「だからなんだよっ」
俺は白い湯気を出しながら、少しだけキツネを脅かすように視線に応えた。
するとキツネも、まるで俺をからかうように俺の声に反応した。
ちょっとだけビックリした格好をして少し道を走る。
だけどまた少ししばらくすると、また後ろを振り返って俺の顔を見てきた。
(じーっ……)
「んもぅ、なんなんだよお前は」
ちょっとキツネが気になった。
『このやろう、キツネのくせに俺様をおちょくる気かっ。このヤロ、上等じゃねーかっ』
色々とキツネに感じるものがあった俺は、湯気がまだ出ている缶コーヒーを一気に飲み干してから、足を右の道に踏み出した。
確かに俺は、右を進んだ。
道を進んで少しキツネに近寄っても、キツネは俺から逃げようとしなかった。
それでもある程度近くによるとキツネはトットットと走り、少し遠くになってからまた俺の顔を振り返ってきた。
なんだろう。動物も、やっぱり人をからかったりするものなんだろうか?
雪中のキツネ狩り。
いやもしかしたら、俺がキツネに追いかけさせられているのかもしれない。
道無き脇道をテッテコテッテコと銀ギツネが歩く。
その後ろをワケもなく追いかける俺。
不本意ながらもキツネを追いかけているうちに俺は、いつの間にか細い道を歩く寂しい気持ちがなくなっていた。