2.14
「皆してバレンタインだー…とか浮かれやがってよぉ…いい歳してなぁにがバレンタインだ!阿呆らしい!
お前もそう思うだろ!?なぁ美樹!」
「…そう言っておきつつ、自分は大量のチョコ貰ったんでしょ?今年も」
「ばっきゃろー!俺は酒がありゃ良いんだよぉー」
酔っ払った時特有の口調で言うと、憐は寝転がったまま、貰ったチョコのうちの一つを手に取った。
そして暫く眺めた後、飾られていたピンク色のリボンを解き始めた。
「…結局食べ…っん」
“結局食べるんじゃん”
そんな悪態は遮られ、代わりに丸いものが口内へ押し込まれた。
甘く、滑らかな舌触りのチョコに、ココアパウダーが塗されている。
恐らくトリュフなのだろう。しかも、ラッピングの感じを見たところ手作りの。
きっと、憐の事を想いながら心を込めて作っただろう。ラッピングには随分気合が入っているし、味も中々だった。
「やるよ、全部。食いきれなかったら持って帰って良いからよ〜」
だが、そんな乙女達の努力も虚しく、私にチョコを押し付ける憐。
「いやいや…食べてあげなよ。皆憐の為に作ってんだからさぁ…」
「いーんだよ。別に俺、ソイツらの事もチョコも好きじゃねぇし」
「はぁ…」
可哀想に。
そう思いつつも、私は躊躇なくチョコの入った赤い箱を手に取った。
可愛らしい包装をはぎ取りながらも、テーブルに積み上げられたチョコの山を見る。
十数個程のチョコ達は、どれもこれも赤やらピンクやらの包装がされている。
中にはハート型の箱や、“love”だなんてロゴの入っているものもあり、明らかに「本命です」と言った感じだ。
案の定、今開けた箱の中にも、ピンク色のメッセージカードが入っていた。
それなのに、それらを全て他人に押し付けるこの男。
そんなにチョコ、若しくは甘い物が食べたくないのだろうか。それとも―。
想像したくなくて、誤魔化す様にチョコを頬張った。
「あー…美樹」
「何?」
憐は、寝転がるのをやめ、ソファに座って私を見た。
先程までとは違う、真剣な表情。
「お前…彼氏とかは?」
意外な質問に、少しきょとんとする。
憐は、そんなに鈍い人ではない。
この時間に憐の家へ来ているのだ。普通に考えればわかるだろう。
「憐の世話で精一杯ですけど」
「ああ…わりぃな」
「何さ、らしくないな」
困っている様な、悩んでいる様な顔をしながらも、傍にあった缶ビールを開ける憐。
「まぁ良いけど…それよりまた飲むの?」
「だめ?」
捨てられた子犬の様な目で見詰める憐。
この表情に、私は弱い。
「…良いけどさ。
でも、そんなだから彼女も出来ないんだよ…この間、彼女欲しーだか結婚したいーだか言ってたくせにさぁ」
ビールを飲む憐を、軽く睨む様に見る。
すると憐も此方を向き、酒によってほんのりと赤く染まった顔を、嬉しそうに綻ばせながら言った。
「お前が来てくれるし、それでいいかぁーって」
思わず、目を見開いた。
耳まで赤くなっていくのが自分でもわかる。
こんな些細な事で赤くなっているのが恥ずかしく、顔を見られない様に外方を向いた。
「…来なくなったらどうするのさ」
喜びを悟られない様、なるべくぶっきらぼうに言い放った。
期待してしまう。自惚れてしまう。
もしかしたら。もしかしたら自分の気持ちと同じなんじゃないか、何て。
「そうだなぁ…それは防がねーとなぁ」
ソファから立ち上がり、私の隣へと座った。
至近距離で向き合い、微かに笑う。
「なぁ、美樹」
―私の名を呼んだ唇には、未だアルコールの味が残っていた。