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短編

願いを叶える神様

作者: 碧狐

鉄の扉を潜ると、そこには神様がいました。


ある日のことでした。先ほど中学校が終わり、ちょうど下校中だった男の子は、一匹の狐を見かけました。普通の赤茶色の狐だったのですが、ここら辺ではあまり見ない動物だったので、男の子は驚きました。

どこにいくんだろう?

この男の子は、大変好奇心旺盛な子でした。そんな子にとって、疑問とは答えを突き止めなければ気が済まないもの。眼前でのことだったらなおさらです。男の子が興味津々にじっと見つめる中、狐は視線を特に気にする風もなく、悠々と目の前を通りすぎて草むらの中に入っていきます。

「あ、待って!」

その姿が草に紛れて見えなくなりそうになり、男の子は慌てて後を追いました。

狐は歩く速さも変わらないまま、ズンズンズンと進んでいきます。思ったよりも速く、遅れないように付いていくのがやっとでした。


しばらく歩くと草むらが途切れ、いきなり立派な鉄の扉が現れました。物語のお城の門のような、古くて厚い扉で、とても頑丈そうです。狐はその扉の隙間から、スルリと中に入っていきます。

あの狐は、何をしようとしてるのだろうか。

好奇心に引かれるまま、男の子は鉄の扉を潜りました。

「ごめんくださーい」


「うわ…」

扉を通り抜けると、男の子は思わず感嘆の声を漏らしました。なぜなら、脇に輝く狐を従えた美しい女の人が、平然と黄金の椅子に座っていたからです。

これでもかというほど光輝くその様は、この世のものとは思えないほど美しいものでした。

口を開けたまま男の子が固まっていると、ふいに女の人がスッと立ち上がりました。そのまま滑るように男の子の方へ近づいてきます。

男の子は口を閉じることがままならないまま後ろに下がろうとして、数歩たたらを踏みました。

「ふむ、人間の子とは珍しい。たいていはいつも狐なのだが…」

人至近距離で顔を覗き込まれた男の子は、羞恥で顔を赤くしながら横を向き、―――突然目を見開きました。その様子を見ていた女の人がふふっと笑い、男の子に囁きかけます。

「何を見つけた?」

「なんだこれ…」

女の人の問いには答えず、男の子はそこにあるものに駆け寄りました。まるで壊れ物を扱うように慎重に手にとり、それを見つめます。

それは写真でした。真新しい、楽しそうな家族写真。

その真ん中に写っているのは、…男の子の、犬でした。

正確には、男の子が以前飼っていた犬です。

名は、トム。

もう一年も前に、失踪していなくなってしまったはずでした。


「え…」

男の子は、写真の前で、なおも立ち尽くしていました。それほど、この写真が信じられなかったのです。

目の前にある幸せそうな写真は、間違いなくトムのものです。チャームポイントだった、顔の模様がハート形であることまでも同じです。だけど、一緒に写真に写っている人は男の子の知らない人でした。

女の人が言いました。

「私は、願いを叶える神。心の中を読み取り、願いを叶えることができる。その写真は、今このときからきみのもの」

「いらない!!」

女の人の言葉を遮り叫んだ男の子は、女の人の前で、その写真を破り捨てました。

ズタズタになるまで、歯を食いしばりながら。

破片が、たくさん宙を舞います。トムの、その優しげな目の部分が、グシャグシャになって地面に落ちました。

側にいて見守っていた女の人は、悲しげに男の子を見つめます。最後の一欠片を更に小さく小さくしながら、男の子は肩を震わせていました。

ポツン、ポタ、と滴を落としながら。

女の人が小刻みに震える肩に手を置いても、男の子は振り払いませんでした。

再び女の人が顔を覗き込もうとしても、俯いたままでした。

「なあ」

女の人が囁くと、一瞬驚いたようにビクッとしましたが、それ以外なにも変化はありませんでした。

女の人には、なぜ男の子が写真を破り捨てたのか、分かっていました。

なぜ、泣き続けているのかも。

「もしかして、犬がきみを忘れてしまったと思ったのか?」

男の子は、怪訝な顔をして赤い目のまますぐ近くにある女の人の顔を見上げました。

その視線を受けとめながら、女の人は微笑みます。

「そんなこと、あるわけ無いじゃないか」

「……じゃあ」

それを聞いた男の子は、絞るように言葉を吐き出しました。どんなに強く力んでも、声が震えてしまいます。

「じゃあ、なぜ!」

―――なぜ、今知らない人のところで幸せに暮らしているの?

―――俺たち家族では、不十分だったのか?

それを聞いた女の人は、一層柔らかな笑みを浮かべました。男の子をあやすように頭を軽くポンポンと叩くと、急に真剣な顔になり、男の子の目を真っ直ぐに見ました。そして女の人はすうっと息を吸うと、静かに口を開きました。

「きみは今まで、その犬に何をしてきたんだ?何もしてこなかったのか?」

つかの間の静寂。

「違うだろ?いつも一緒に散歩して、毎朝夕に餌あげて、一週間に一度は犬小屋を掃除してあげていただろう?」

女の人が放つ言葉の一つ一つが男の子の心に触れ、仄かな温もりを生じさせます。

「そんだけやってもらって、不満なんて持つと思うか?…いいか、いなくなってしまったのはな、決して恩を忘れてしまってる訳じゃない。分かるか?」

ついに男の子は、顔を手で覆い静かに泣き出しました。女の人は肩から手を離すと、男の子をフワッと抱き締めました。

母親のような、独特の柔らかな香りが男の子を包みます。

男の子は女の人を抱き締め返し、子どものように大声で泣き始めました。

嗚咽をあげる度に激しく上下する背中。

そこを優しく擦りながら、女の人は男の子の耳に声なく囁きました。


「お前とトムは絆で繋がってる。そうだろう?」



男の子が目覚めたのは、あの不思議なところではなく、自分のベッドの上でした。

みれば、まだ制服のままです。ではさっきの出来事は夢だったのだろうかと思いながら、ベッドを降りて鏡を見ると、目と鼻が真っ赤になっていました。明らかに泣いたあとです。もしやと思い、制服をあちこちまさぐれば、小さな紙切れが一枚ヒラヒラと床に落ちました。

トムの、耳の部分。

偶然制服にくっついていたであろうそれを、男の子は迷わずゴミ箱に入れました。

以前の男の子なら大切に取っておいたかもしれません。でも、今はもういらないのです。

だって、トムとは絆で繋がっているのだから。


その頃、役目を完遂した女の人は黄金の椅子に腰掛けて、くつろいでいました。

役目とは、悩みを持つ人々の願いを叶えること。

片手で狐の頭を撫でると、女の人はよいしょ、と立ち上がりました。

そろそろ、女の人は天に帰らなければならないのです。そのために神の使いである狐を脇に従えていたのです。

「行くよ」

その一言と共に女の人が狐に跨がると、狐はすぐさま天を目指して駆け出しました。

その背で揺られながら女の人は一度だけ振り向き、艶やかな笑みを浮かべました。それからまた前を向き、もう二度と振り返ること無く空の彼方へと去っていきました。

男の子の願い。

それは、トムとの繋がりを誰かに強く肯定してもらうことだったのかもしれません。


翌日。学校が終わり、普段通りに下校しながら男の子はふと、思いました。

あの女の人に、お礼を言わなければならないんじゃないかと。

男の子は、こうと決めたら行動は早い方でした。昨日狐について通った道を見つけると、鉄の扉目指して走りました。幸い難しい道順ではなく、まっすぐ進んで行けば自然とつくはずでした。

草むらを走り抜けると、広い広い原っぱに出ました。けれど、鉄の扉はありません。もう少し先なのかと見に行ったけれども、そこにはただの林があるだけでした。

鉄の扉は、消えてしまったのです。

男の子は神ならば空にいるだろうと、空を仰ぎ、呟きました。

「ありがとう」

一瞬、女の人の艶やかな笑顔を見た気がしました。


お読み頂き、ありがとうございました!

天狐 翔

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