表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/22

maximum girl

 私は今、猛烈に焦っていた。藍緋(あいひ)君がブラッディー・オウガであるということが本当にショックだった反面、彼が手のひらを返すように私の存在を認めてくれていること。それ自体は璃梨ちゃんから申告を受けていたために大きな物ではないにせよ……。私は大それたことを彼に言ってしまったのだ。まだ、友達かすら不安なのに私はいきなりお付き合いを申し込んでしまった。それが賭けの采配によることからまだ物足りない所も心のそこにはあるけれどそれよりも今頃来た羞恥と焦燥感、他にもごちゃごちゃしてしまって判定不可能な心の波が押し寄せてきている。彼はあのあと、オウガができた理由を話してくれた。オウガは彼の心の壁だったのだという。そこに私が現れたことでその壁は欠落していた心の循環を作る潤いを欠いていたことに気づいてしまったのだと彼は難しい顔をしながら話している。

 自分が傷つくのが嫌だから他人との接触を絶つ。それが彼が逃げる口実だったという。だが、結果的に彼が言うにはそれが周囲を傷つけ、それを望まない自らの根底にある優しさという概念により傷はどんどんと広がっていた。優しさを捨てたつもりでもそれはやはり彼を形作る本質であった。だから、捨てきれない優しさが彼の体を腐食させていたと言っている。


「……」

「……」

「あ、あの……」

「ん?」

「いつも思うんですけど。水槽のデザインとか芸術的センスを問われるじゃないですか」

「まぁね」

「そんな私たちの考えつかない様な物はどこから来るんですか?」


 部屋に二人きりでいることの多い私と藍緋君は何かしら深い会話をすることはなくとも何かあったからこれまではなんとなく過ごせていた。それなのに今日はそうもいかなかった。彼は一年生にして優良作品を多く展示室へと送り出しているために他の学生とは比べ物にならないセンスを見せている。今、彼は学園のパンフレットに乗せるための作品を作っていた。本当に彼が作る作品は他の皆の考えつく物とは違うのだ。

 人間の文明物と自然の融合を図っているのである。彼は本当にすごい。アクアテラリウムはお金もかかるし本当に極めようと思ってもなかなか周囲からの理解を得づらいのである。それを彼は簡単にともいかないがほかとは違う観点で歩み寄り鷲掴みにしているのだ。前回の彼の作品など本当に不思議な作品だった。公園の中にある水飲み場を直接使った様な物でそれはブラッディー・オウガである彼の芸術的感性をも孕んでいる。水を直接流した状態でチロチロと弱く漏れる様な水は水槽の三分の二程しか張られていない。それは人間文明のなれの果をイメージさせて……。物悲しさがあるにも関わらず美しく、楽しんでいる自分が本当に不思議だった。ウィローモスという水草を使い、人工石でできた水飲み場の上部にそれを繁茂させた上で、ソイルという粒の大きな焼き砂にも部分的にそれが茂っていて……三匹のネオンテトラは本当に健気に生きる象徴を見せている。


「俺はそういう物はよくわかんないよ。でも……」


 彼の優しい横顔は私の心の支えだ。彼と一緒にいられるから頑張ろうと思える。それに、オウガである彼も私と同様に周囲の人間を拒絶することで自らを確率させようとしていたのだ。……似ているようで彼と私が違うことも大きく感じさせられた反面、私はそれがどうしても必要なことだということにも気づかされた。恋愛事は始めてである。私は彼ほど難しい柵はないけれど人間と接するのが怖かった。彼とは違う。彼は相互的に触れ合わねば、干渉せねば傷つかないと考えていたかれとは違う。人を思う拒絶と人との距離を考えない拒絶。本当に大きく違った。オウガの刺す様な拒絶はそれだけではないと思う。彼の冷たい空気に包まれて不明瞭かつ朧げな形状ではあったが刺す様なキツい感情の指標も彼にはあった。あれは憎しみとか憎悪とかいう物……。それだから、彼の柔らかな横顔はとても暖かい。私はそれが好きだ。


「世界観ですか?」

「そう、いい機会だし絢澄もやってみるか?」

「ダメですよ!! 私にはそんな藍緋君みたいなセンスなんて……」

「はは、違うよ。俺の使っていい水槽はもう二つあるんだ。二人で少しづつやっていかないかな? ってこと」


 急に彼は抱擁的になった。璃梨ちゃんが本当に昔に感じたお兄さんの姿なのかもしれない。最近、そんな彼の血色も欲、本当に嬉しい。私のお弁当だけとは言わない。けれど少しでもそれが関わっているだけで嬉しかった。彼がそれで喜んでくれているだけで私もポカポカしてくるのだ。

 私の研究実験は基本的に海の組成となる生物の生育段階を調査する所にある。その基礎はどんな動物であっても生きていくのに必要な栄養をもたらす海洋水内の植物たちから始まっていた。高校生の時に習った生態系ピラミッドで最下部にいる一番重要な生物達の研究。それが基礎になるのだ。

 私のその栄養源の供給はやはり彼から始まる。暖かなものでありそれが必要なものであるから私は彼を求めずにはいられないのだ。藍緋君がまだ秘密にしているご家族のことを私に話てくれる時に、私の願いは成就するのだとも……。ビーカーや試験管などの実験器具を洗う作業が一年生の私やのこり三人の女子生徒達の仕事。でも、研究は私たちもしなくてはならない。他の先輩は魚の違う分類種や機構による変動が関わる形式を理解しようとしている人や、古生代の生き物の化石から最新式の機材を使い元素復元を行う先輩、私に一番近い先輩はこのキャンパスに帰ってくることが希だったりする。私はその先輩にも支えられた。兄のすすめで兄の乗る調査船に乗って合同研究員として一端をになっているらしい。海洋の細かい無機塩類の分散や深海の中でも一番低い部分とそれとの栄養の差などを考え、養殖などに行き着かせる研究らしい。


「それに、ほかの人がデザイニングに興味を示してくれるのは俺としても嬉しいんだ」

「う、うん。藍緋君が教えてくれるなら……やってみようかな?」


 襟足の髪を結っている彼はそれを作業着の外には出さない。邪魔になるらしい。あれは璃梨ちゃん曰くおうちの関係らしいけれど……。どういうおうちなのだろうか。今日のノルマを彼はとうに終わらせている。アクアリウムデザイニングの世界は本当に狭い。他にも言い方は何個もあるが水槽園芸とか水景園芸とか……。その彼が作る園芸は本当に奇抜で形にこだわらないところがあるらしく教授陣も評価に苦しんでいるとアクアサイエンスの先輩から聞いた。アクアサイエンスの皆が全員研究者の道に進む訳ではない。その先輩はどうやら教員への道を目指しているらしくこの小中高大一貫校の教員へそのまま採用されると言っている。彼がそれだけの実力もあるし才能もあるからだ。

 彼の水槽は専門のアクアリストの先生方が見るのも本当に大変なほどに革新的らしい。異端者と言われかねないほどに彼の水槽は形をこだわらない。それに手先の器用な彼は美しいものを作る。細かい砂利や石、砂利などを撒いて庭園をもしたそれをつくったりアクアテラリウムの中でもかなり定番ではあるが滝の様な水槽を作ったり荒廃した人間の文明をもした物が割を占めるけれどどれも美しい。必ず彼は多くの水草を使いピンセットで細かく植えていくのだ。


「そういえば、今日は新入生歓迎会だったな」

「っへ!?」

「あれ、令布(りょうふ)が言ったと聞いたが」

「そ、そんな、外に着てく服なんてないですよぉ……」


 本当に泣き入りそうだ。せっかく藍緋君や他の友達と外にお出かけできるのだけれど私はそういう服を持ってはいなかった。実はこの新入生歓迎会は学部、学科、学力レベル、学部レベルにより学長から支援があり写真を取られたりそれを飾るイベントとして毎回有名なのだ。私と彼の所属する学部はかなり有名なこともあり他の学部とは大きく違う。何かのレセプションやお金持ちのパーティーの様なものになっている。世界が違うのだ。さらにいえば私以外のアクアサイエンスコースの皆はみんなお金持ちのお嬢様だし藍緋君のアクアリウムデザイニングコースも残り二人は本当に大きな財閥の息子とそこそこの熱帯魚系会社のご令嬢だとか。


「それなら璃梨に連絡を取ろう。なんとかしてくれるだろうしな」

「璃梨ちゃんが?」

「あぁ、俺よりもかなりファッションとかには詳しいはずだからな」


 藍緋君が携帯を手に取ると璃梨ちゃんはすぐに来た。隣に前みた男の子がいる。彼はペコリと頭を私に下げて今度は藍緋君にも頭を下げる。丁寧な人だ。それから璃梨ちゃんに案内されて私は車に乗る。ノルマはとうに片付けていたためにそこまで苦労することはなかった。この学園を出る大きな校門の前に黒い高級外車が止まりドアボーイさながらに運転手が降りてきて扉を開けてくれる。

 璃梨ちゃんは構わず扉を開けてくれた男性に少し説明を加えるように私へ一瞬だけ視線を向け、ついてきている男の子のことも言伝たらしく彼の方にも少し顔を赤らめてから視線を向け、いつものポーカーフェイスに戻した。中に彼女が入ると気後れ以外の感情が消えてまっさらになっている私たち二人に向けて璃梨ちゃんが声を飛ばす。彼女の厳かな雰囲気の声はよく通り怒鳴っていなくてもそれなりの風格とかそういう空気があるのだ。だから少々怖い所もある。


「何をしているのですか? お二人共お乗りになってください」


 おそるおそる乗り込むと運転手さんがドアを閉じて私達を乗せたまま車は発進した。町並みは端正な住宅街をすぎ豪邸の立ち並ぶ宮廷街と呼ばれる場所に出た。この先には高級専門店街程しかないはずなのだが……。そう、そして、高級店外の中でも一際目を引く衣類の高級ブランド『シルバー・ローズ』の店の前に止まる。

 璃梨ちゃんはドアを開けてもらうとすぐにその店の中に入って行く。自動ドアの中からひんやりとした空気が流れ出て来て車から降りたはいいものの気後れすら超えたアウェイな感じが肌身にしみる私達は動けずにいる。するともう一度中から璃梨ちゃんが出てきた。


「どうしたというのですか? それでは中へ」


 藍緋君とこのお店になにが関係しているのだろうか。璃梨ちゃんにもそれは言える。入った瞬間に見えるガラスケースの中には宝石がありその額に一瞬目眩を起こした。『シルバー・ローズ』のふくや装飾品はセレブな人でも手を出すのが難しいほどに高価だ。まぁ、ランクがありそのしたにある『ブロンズ・ローズ』のバッグや時計はかなり流通しているも……。さらにその上の『ゴールド・ローズ』は室内装飾屋デザインが主になる系列企業で『プラチナ・ローズ』は家屋の基礎から設計する全ての親会社だ。

 璃梨ちゃんはその中でも衣服とか宝石類を扱うこの店の一号店にきたという。全世界のセレブが憧れる店に入ることになるとは……。そして、彼女はそこからさらに奥へと歩いて行く。その奥はデザイナーズルームと書かれた標識が貼ってある部屋である。彼女はそこに入ってしまった。もう、彼女についていくしかないために少しでもこの明らかに放つ空気の違う場所から遠ざかるように小走りに私達はその部屋に逃げ込んだ。そこには銀髪で左右の目の色が違う女性が居た。


「ようこそおいでくださいました。お嬢様からお話は拝しております。それでは絢澄(あやずみ) (にしき)様は奥へ……お嬢様がお待ちです。斑輪(ふわ) 稜太郎(りょうたろう)様は右のお部屋へご案内します」


 それから数時間後に私は歓迎コンパとかそういう軽い言葉を使えない歓迎会会場へ璃梨ちゃんと運転手さん、さらには一緒に着替えさせられたらしい男の子と共に送られた。二人は車から降りずにそのまま他の場所に行くといい置いていかれる。直後に見覚えのない男性から聞き覚えのある声がするのでかなり当惑した。藍緋君?


「やはり、璃梨に任せて正解だったな」

「あ、あの……」

「この姿を見せるのは初めてだよな? 俺もそれなりに繕えばなかなかいい男になれるんだぞ?」


 スーツ姿で尚且つ彼の色が落ちている髪を出していることからとても大きく印象が違う。海に潜ることもしている彼は髪の色が落ちている。言うまでもなくそれは塩分と日光による髪の毛の日焼けだった。それをしているということだけでもかなり新鮮だ。すると彼は私の右手を掴んでエスコートしてくれる。なんというか彼の世界の違いを大きく思い知らされた気分になった。ホールにその状態で行くと周りから黄色い声援が飛ぶ。やはり女性陣は少し訝しんでいるところが目立つもそれも前ほど目立たなくなった。


「それから、絢澄。本当にいいんだな。俺に本気で来いと言ったが」

「はい……。私も、今までの私ではないです」

「ふっ…、いいだろう。その状態であれば他のファイターよりも楽しめそうだ。しかし、俺に勝とうなどまだまだ甘い」


 彼の瞳が一瞬だけ獣の光を帯びた気がした。あれは本当に恐ろしい物だ。それでも瞬時に下の顔に戻る彼がもう一つの意味で怖かったりしている。ショートにしている私は璃梨ちゃん曰くウンディネのことも相まって髪を伸ばせと言われた。それに璃梨ちゃんにはだいぶ前からバレていたらしい。私が首間でを隠す服装をしているのは私とウンディネが極度に相性が良すぎるから起きた害が体に現れていたからだ。比較的幼児体型に近い私は日本人の標準体型で璃梨ちゃんと藍緋君のようにハーフな訳ではない。お父様が日系ではあるけれどお母様が直径のイギリス人であることから彼らは比較的美形なのだ。藍緋君もあまりそういう風に見せないから見えないだけで今日の彼はアイドルグループと比べてもなかなか見劣りはしない。

 水泳をしていた彼はかなり肩幅はある。いい体つきであることはわかるのだが幼少の時に体を作りすぎたせいで身長には伸び悩みがあるらしい。私の首には鰓がある。だから、ウンディネと同化したこともよく理解している上に体が水を求めることも多い。さらに、私がよく転ぶのは無意識のうちに足が尾鰭かしていることがあるからである。だから白衣をいつも着ているし璃梨ちゃんにも気遣われてしまった。長く足を隠してくれるドレスは本当に助かる。唯一問題なのはピンヒールのヒールが高い靴を用意してくれたため歩きづらくて仕方がない。


「前言撤回。璃梨め、こんな不便な物を……よっと」


 抱き上げられて近くの椅子に座らされた。周りはもう、私たちには近寄らない。そういう空気だからだ。それだから藍緋君はフラグメンツ・ファイトのことを話してきたのかもしれないけれど……。このパーティは基本的にあまり彼はいいように思っていないらしい。確かに楽しんでいるのは金持ちと呼ばれる部類だけだろうけど。


「あ、あの……藍緋さん?」

「あなたはいつまでかしこまっているんですか? 女が男をこのような場所に招待したというのに」

「あの……それはデートと……」

「それ以外の何に見えますか?」


 藍緋君の話は彼自身のことだった。優しいお兄さんの藍緋君は基本的にあの会社とかかわらない時の彼だと璃梨ちゃんはいう。藍緋君は基本的には会社の利益や他の資産を使うことをしなかったらしく……それでも、本当に生活難となった時だけはごく一部を使って何とかしていたのだとか。ご両親を失ってからは彼が中学、高校と働きながら生計を立て、小さなアパートに二人で住んでいたらしい。保護者として一応彼のお母様のご友人が認定されていたらしいが彼自身はいい気持ちはしなかったという。その女性自体は優しいしいい人だが彼女もアパートを経営するだけで本当に大変そうだったのに彼らのことにまで気をかけてくれたことが心苦しかったらしい。

 それは私は違うと思った。彼は優しすぎるほどに優しい。よって人との関わり方を間違えたのかもしれない。誰かからの優しさを取り違えたのだ。その優しさをまた優しさに包んで返すことはできる。なのに、彼は返せないと勘違いして拒絶してしまったのだ。彼は私に対してこんなにも優しい。その彼が持つ黒い部分がオウガには現れている。彼の心の壁と彼がために溜めたどす黒い部分がブラッディー・オウガなのだろう。彼はどうしてそこまで心を閉ざしてしまったのだろうか。

 藍緋君はヒールの高いパンプスを履いている私の足をさすってくれている。私の手足は周囲のみんなと比べるとかなり小さい。そして、私の小さな体を支えるだけだと考えても小さな足を彼の暖かな体温で包んでくれていて……あの冷たく刺す様な視線のオウガが……未だに彼だと信じられなかったのだ。


「こんなに華奢なのにな」

「へ?」

「こんなに小さくて華奢なのに俺なんかと戦おうとする。俺は覚悟だけで良かったんだぞ?」

「それは私が嫌なんです。覚悟だけであなたが良いと言ってしまってそれを飲んでしまえば私の決め事は保てない。あなたに認められて尚且つ自分が認められる自分にならないと……意味がないんです」

「そうか。昔、同じことを言ったやつがいたな」

「璃梨ちゃんですか?」

「ご明察。あいつはおそらく俺のことを兄とは思っていなかっただろう。兄妹ならすぐにわかってしまう」


 お兄さんの顔に戻った藍緋君。割と凛々しい彼の表情はどうしても鬼には思えない。オウガは鬼、ブラッドは血。黒血色の鬼。そんなおぞましいものには見えないのに。私なんかより彼の方がもったいない。優しいお兄さんでいてほしい。過去にどんな辛いことがあったのかは知らないけれど彼には幸せでいてほしい。そのためならなんでもしたい。彼が許してくれるなら好みを捧げてでも助けてあげたい。喉の手前まで出かかって止めたこの言葉を今の彼には言えなかった。彼に今言ってしまえば簡単に否定されてしまうのだから……。お酒などの物もここにはある。しかし、私は未成年だし血のつながらない義理の兄は飲むことができる体質らしいけれども私は飲めない。幼いときの心残り支えは優しい兄だった。その兄が有名な男子高校に行くことが決まり私はそこから大きく落ち込んだ。

 藍緋君にそれを求めるのは間違いだとも思う。でも、優しくて包み込んでくれるかれがどうしても心地好くて離したくなくて彼が本当に幸せになれるように私も力を尽くしたいと思うようになった。その次は自分の心に正直になろうと璃梨ちゃんから学んだ。藍緋君は気づいていたのだ。彼女が兄としてではなく男性としての彼を愛していたことに……。私と璃梨ちゃんが似ても似つかな似つかないことは重々承知だ。でも、それでも……私たちはわかりあえる。彼の本当の魅力について同一の考えも持てたのだ。


「藍緋君は少し鈍すぎですよ」

「そうなのかもな。でも、それは絢澄にも言えるんだぞ?」

「り、理解しています」


 パーティーなんか今の私にはどうでもいいことだった。お兄さんとしての藍緋君でいてもらう為には私たちが彼を助けなくてはならない。私のようにまだまだ子供に近い考え方をしている人間などは彼には相手にされない。だから、すこしでも大人にならなくてはならない。彼に対してより近い存在でいなければいけないのだ。

 そして、私は今……巨大なスタジアムの中に居る。ここには何回も……何回も訪れて居るはずなのに。今日は本当に緊張している。控室まであのオウガの放つ寒気は感じ取ることができた。璃梨ちゃんに教えてもらっているオウガのここ最近と過去の形状変化能力……それさえ克服できれば後は私が彼の隠しているポテンシャルに着いて行ける応用力に争点が向けられると彼女は言っていた。藍緋君は本当に強い人だと妹の璃梨ちゃんすら怯えている。狩りをする際の彼は獣よりも獰猛で理性を欠いた動きをするという。馬鹿げているかもしれないけれどフラグメンツ・ファイトを行う際に発生する装甲は本当に千差万別で何者も被ることはない。それは双子であろうともいえる絶対的な条件だ。仮に完全に同じように育て用途試みてもその完全に育てようと試みた物が露呈する。結果的にそれは複製にはならず劣化品となるのだ。精神や遺伝形質などを考える為に研究所が行ったマウス実験でも結果は同様。他の動物さえ何の狂いもなく全てがそう決められていたかのようにバラバラになっていく。


「負けられない……。彼には振り向いてもらうには勝たなくちゃ」


 司会者の抑揚のついた解消の説明や私たちが控えに入る前に聞かれた今日の状態やコメントなどを面白おかしく語る。どうせセカンドリーグなどファーストリーグから比べればちゃちで本当に見劣りする子供の喧嘩その物。それだから今回も観客はお金がない中間層の家族連れや中高生、大学生などが多い。それでもこの試合は特別な物ではあるという解説者の話し方は観客の客層に大きく響いているとも感じた。この時期になるとオウガが必ず野球のように言えば二部リーグのような扱いであるこのセカンドリーグへ下りてくるオウガを研究しようと多くのファーストリーグの大御所ファイター達が集まるのだ。私ももう無名ではないにせよセカンドリーグだから……所詮はそれまで。でも、今日はそれでは済まさない。いいや、終われないのだ。彼を打ち負かし、私が彼にとって大きな存在になる足掛かりを築く。それが私の今日の大きなカギだ。

 武者震いする尾ひれを叩いて止める。武者震いとかっこよく言えばそれだけれどどう考えてもこれは恐怖のその物。一度でも彼と戦闘をしたことのあるファイターの話を聞けばその恐ろしさがよくわかった。あの『アビス』でさえオウガには完敗し、ストレートファイトを許したのだ。それは兄妹だからということも考えられるけれど今日の彼は私の覚悟を汲んでいると璃梨ちゃんも言っていた。解説者の話もなぜかそれを克明に告げている。


『今日に限ってはあのオウガにさらに覇気が上乗せされてますからねぇ。ウンディネもどこまで耐えられるか』

『いやいや、それでも彼女には頑張ってほしいものですよ。数少ない女性ファイターの中でも健気で最近実力を上げてきている正統派ファイター。女の子のファンはかなり増えているそうですよ?』

『確かにウンディネには好感を持ってますが……戦歴や時期から考えますとやはり厳しいでしょう?』


 女性解説者と男性の解説者が討論する中で司会者が試合開始三分前を告げた。レセプションのようなあのパーティーの時に彼は私に言った。

『本気で行く』

 と……。その彼は次に苦虫をつぶしたような顔で無理はしないでほしいと告げる。彼の何かが大きく変わり私を受け入れてくれた。私は受け入れなければならない。自分の運命だけでこの世界は動くはずはないのだ。璃梨ちゃんのように気高くなくてもいい。藍緋君のように厳しくなくてもいい。私には私の持ち味がある。彼女らは教えてくれた。私も考えすぎだったのだ。人に影響されて変わるのが怖い? それは違う。私や人はみんなそうで個人差があるだけだ。誰にでも転機は訪れ温度や密度のように動いて変動していく。その変動こそが美しい。人は変わっていなければならない生き物だ。私もそうならば人らしく生きるだけ。個性は本当に色々だ。あの時……、藍緋君が教えてくれた。千差万別、十人十色に個々色々。誰にでも違いがあり違うことが当然。同じなんてあり得ない。私は彼を救いたい。


『さぁ!! さぁ!! さぁさぁさぁさぁさぁ!!!! やぁって参りますよぉ!! みなさんお待ちかねのフラグメンツ・ファイトが始まって以来の全戦無敗の大戦士!! 赤コーナーはブラッディー………オーーーーガーーーーーー!!!』


 その瞬間にどよめきが走る。オウガは出てきたらしいのだが……何やら異変があったらしい。管理者に問い合わせるなどの色々な確認が行われた上でバックモニターに映し出される胸像写真の差し替えが行われたようだ。


『少々お時間をいただきました!! さぁ、今回はどちらも有名どころでセカンドリーグにはあまりない大勝負となりそうですねぇ。みなさんどうですかぁ?』

『『『ワァァァァァァァァァ~~~~~~~!!!!!!!!』』』

『ですよねぇ!! では参りましょう!! 対する青コーナーは今期になりさらに実力を伸ばしている超新星……その名はぁ……ウ~~~~ンディネェェェーーーー!!!!』


 私も新しく覚えた機動方法でリングに滑り込む。今回のフィールドは……タイルフィールド。私のホームのようなエリア……。イケるかも知れない。そして、前方に構える藍緋君。もとい、オウガを目に入れた。そこにいたのは騎士のような赤黒い鎧を着けた大柄な男性? 藍緋君とは似て似つかないものだ。それでも彼には違いない。彼の放つ独特の刺すような覇気。本気なのだ。絶対に負けない。彼が私を信用してくれているからこそのこの一騎打ちの場を彼は許してくれたのだ。皆に強力してくれた分……私も全力で……これが私の全力(マキシマム)だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ