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『地区予選会チャンピオンリーグが始まりました!!』

『いよいよ地区予選会も大詰めですねぇ。この地区の各区から代表が集まり大きな千穢区の代表を決める集大成となります。今年は新鋭ばかりの大混戦……結果はどうなるかわかりませんよぉ』

『そのとおり、今回出場する古参株はたったの一人!! Aルート第一回戦の赤コーナー!! 紅のボディは鮮血の色!! ブーーラッディ~~!! オーーーーガーーーーー!!』


 喝采の最中を俺は前に出る。別にこんな派手な演出は必要ないと思うのだがこれはどうしようもないのだろう。商売とはこういうものだ。フラグメンツ・ファイトの収益はそのまま俺たちのファイトマネーへとほとんどが換算される。あとはユネスコなどの基金に回されると聞く。それに先に言わせてもらうが俺は古参株ではない。確かに今年は数年前から出場している選手層がほとんど見当たらず違和感はおぼえているもフラグメンツ・ファイトは基本的に自由参加で問題ない『ゲーム』だ。やればやっただけ金が入る。今回の相手は近接戦闘型……。


「対する青コーナーは……なーんと大御所!! 世界ランク八位の実力を持つ戦士、水中の猛者、マーマンだーーーー!!」


 こりゃ大きいのが来た。だが、勝てない相手ではない。あいつの装甲は水属性の装甲。俺はエレメント作用を極端に受けない特殊装甲。エレメントはほとんどが現実の現象や物質などに依存してできている構成要素である。水、それは侵食作用の強いものだが侵食と風化の中に生きる俺はやつの攻撃の読みさえ間違わなければ勝てる。基本的に俺はこの数ヶ月でめまぐるしい変化をしているオウガの変化についていけていないのだ。特殊型の装甲を持つファイターの数が極端に少ない理由は何個かある。それが致命的だからほとんどの特殊装甲を宿したファイターはフラグメンツ・ファイトの世界から消えていくのだ。

 装甲などは本人の性格やこれまでの成長の過程で決まるために特殊装甲は少ない。その上、特殊装甲型のアーマーの面倒な点は多く、俺もそれに苦しめられている。一つは加速するような変化の速さがあるタイプ。俺はそれに該当し装甲は俺の変化と同時に急激な変容をしていくのだ。戦っている途中にそれが起きることもある。そして、もう一つ、停滞してしまうタイプだ。これは前例がいるが名前は出さない。停滞型の装甲はそれ以上に長い間変化が見られないものだ。これが最もタイプとして多くほとんどのファイターはここで挫折する。


「君が赤い鬼だよね?」

「まぁ、そんなところだ。……質問に質問で返すことを許して欲しいが……なぜ世界ランク八位様がこんな地区予選の延長線にいる?」

「僕にもいろいろとあるのさ。君に事情があるようにね」


 久々だ。こんなゾクゾクする試合をするのは……。相手にとって不足はない。なら、俺も力を出すに値する。精神統一を行い、オウガのポテンシャルを高める。ファイターを包む装甲は個々色々、千差万別だ。そなん機体に平均などは存在しない。機体と分かり合いたければ日々語り合うことだ。これまでの自分と今日からの自分のことを考えてな。

 マーマンは何本もの水を高圧縮した筋を飛ばしてくる。あれが噂のトライデントか。三本のラインが俺の懐近くまで迫るがなに……恐れることはない。足りない心は用心、溢れるは慢心……必要なのは……すべてを御す統制力!!


「珍しいね。特殊装甲でなお形態変異型の型を持っているのか。なら僕も本気で行こう!!」


 フラグメンツ・ファイトのファイターには明確なレベルは存在しない。その理由は端的でほとんどが個々対戦のうえに年齢もばらばら……。老齢から幼児まで認定さえ受ければ誰でも出場可能なのである。そんなものにレベル判定のついた進化要素を用いることができないのだ。ただし、一応レベルという概念はある。それはギルドと呼ばれるチームだ。複数人で協力しそのファイトマネーレートを上げていくというものである。ギルドは最大で十人の所属が可能でそれ以上を超えることは不可能。そのためにファイトマネーの上限を上げるのは容易ではなく微々たる物であるがチームにひとりでも強い人間がいればほかの人間に威圧することは可能である。そのために利用する人間は多い。

 俺はそんなものは必要としないし、集団戦闘部門に興味はあるがあまり出場においてのメリットは見いだせなかった。そのために俺はいつも一人で戦っている。妹の璃梨がファイターであることは申告を受けているけれど彼女と組むことは今はないと思われる。俺は一貫して彼女の主義には口を出さない。おそらく、彼女は彼女で俺に気を使っている。それがわかっている時点で俺は璃梨にはあまり不可をかけない用にしているのだ。

 雑念は敵だな。戦闘に集中しよう。特殊装甲は分類しにくいために特殊装甲と呼ばれているのだ。オウガの特徴は前にも話したとおりに早すぎる変化による変貌。枯渇や繁茂はその過程に過ぎない。俺はそれに合わせて変化していかなくてはいけない。いいや、もしかしたらオウガが俺に合わせて急速に変化しているのかもしれない。


「速いね!! そう来なくちゃ!! せや!!」

「もっと速く打ち込め。そうしなければカスリもしないぞ」


 戦闘は激化を遂げる。それに応じて俺も相手も火力はどんどんと上がっていくのだ。それがフラグメンツ・ファイトにおいて上位に食い込む条件に近い。なぜなら最初から全力を出すといくら身代わり人形のようなナノトランスシステムを使い擬似戦闘しているとは言え、体力や当たり判定、他にも多くの条件がそこに含まれるフラグメンツ・ファイトは普通の戦闘とは違う。出し渋り、相手と同じように戦うことがベストだ。まぁ、エレメントやそれ以外の条件によりいろいろな戦闘スタイルが生まれるが上位層は皆があまり飛ばさない考えた戦闘様式を行う。

 マーマンもだんだんと上げてきているのだ。俺もそれに合わせて戦う。同じ戦力で拮抗した戦いにねじ込めば今回は俺の勝ちだ。水属性のエレメントを持つ機体は燃費はいいが持続させていくだけの特出した火力を出すことが難しい。地となる火力に乏しいためにジリ貧になりやすいのだ。


「へぇ、もっとゴリ押ししてくると踏んだのに残念だよ」

「こちらも出力に限界があるんでね。あんたも隠してるんなら早くだせよ!」


 動きは軽くなる一方のオウガを俺は止められない。肉体に極度にリンクを強めるこの機体は俺のことなど考えちゃくれない。それは枯渇するエネルギーを求め、繁栄する場所を求め、衰えることでさらに欲を増長させる。ブラッディー・オウガ……。俺はまだ知らない。こいつにどれだけの力が眠っていてそれがどんな力であるか。俺は怖かったのだ。こいつによって色々な物が壊れることが。それを避けるためになにもしなかった。だが、それを超えるタイミングを与え、神は俺を試しているのかもしれない。そうとでも言わなければ不自然すぎやしないか? この力が俺に極度に求めてきている。そして、俺の心境も何かを極度に求めている。求めずにはいられない。俺の本当の力。オウガの力。

 こいつが相手なら……使える。普通の的では面白くもなかった。本来、鬼は悪の権化や破壊、心の闇、犯罪などの罪悪の象徴だ。思うままに喰らい、色を求め、すべてを壊し、飲み込む……果ては無に帰す。それが俺の力なら俺にはその素質があるということだ。だが、飲み込まれてはいけない。罪悪は美しい。しかし、それは散らす物が絶えてはなにも行えなくなるのだ。俺はそれをしなくてはいけない。嬲り、嬲り……嬲り、壊す。狂え……元凶の鬼よ。


「お望みとあらば見せよう!! フルゲージ!! ポセイドン!!」


 敵は大型化する。水の分厚いベールを纏うことでその大きさはかなり大きくなる。ポセイドンとはよくも考えたものだ。水の火力が上がらない理由は扱うことが難しいからなのだ。しかし、このポセイドンは体にそれを纏い、圧力を集中させ超大型の打撃を集約する。それでダメなのであれば握りつぶしたり抱き込めばいい。だが、ダメージを受けることや特殊攻撃を行うことでゲージを貯めて行える必殺技の様な扱いとなるフルゲージを使用してあの程度しかできないか。やはり水のエレメントは熟練しなければ扱いづらいと見た。

 打撃を避けることをしない。戦いの中にオウガの力を見せる場面は必ず存在するのだ。巨大な水のトライデントが俺を狙う。直撃すれば普通のファイターであれば完全にやられる。HPゲージを一撃ですべて持っていかれる程の超大型攻撃だからだ。水の属性は火力がそれだけ低いことも関係して必殺技のゲージが他よりも幾分か蓄積しやすい。そのために奴は俺よりも早く打ち込むことができたのだ。

 だが、俺にもその機会は訪れる。特殊装甲であったことが救いとなり俺はギリギリでポセイドン形態のマーマンの攻撃をしのいだ。これが火属性ならば触った瞬間に同レベル以上の実力があるならばわからないがレベルが低ければ消失、ほかの属性でも打撃に押されて大部分は倒されてしまっただろう。


「リンカーネイト……クルーエル・ブラッディー」


 唖然とするマーマンをよそに俺はボロボロと崩れる体を引きずるように前に出る。敵は動こうとしない。何が起きているのかは使用者の俺にも欲はわかっていないが謎の多い特殊装甲はやはり強い。だが、相応のリスクを伴うのだ。意識が飛んでしまいそうな程の激痛が体中から起きている。そして、その動きは起きた。俺の体は前の体を捨てるように新しい体を構築しだしたのだ。それに気付くとマーマンの二擊目が繰り出される。しかし、俺の体には前と変わらぬ激痛しか通らない。崩れる体は水に押しつぶされているのになにも感じないのだ。

 そして、わかった。ボロボロ崩れだした腕を咄嗟につかみ引き抜いてしまったと思った瞬間にその腕は刀になる。それを振りかざすと水はそれを嫌うように二つに分かれた。ポセイドンの右腕は轟音を立てながら地面に落ちて大きな水しぶきを上げながら砕ける。そして、刀は一回の使用とともに再び灰が風に舞うように砕け散った。


「う、うぅ……」


 その後の記憶はないが俺は勝ったらしい。ファイトマネーも十分に確保され休みである俺は部屋で横になっている。ルームメイトの為児手(たじた) 令布(りょうふ)も心配そうに俺を覗き込む。昨日から激痛が取れないのだ。今日は先程もいったが休日の土曜日。だから寝ていればいいのだが……先程から来訪者がそれをさせてくれない。

 言うまでもなく来訪者というのは絢澄(あやずみ) (にしき)さんだ。彼女がそういう極度に心配するし少し考えすぎる所があるのは知っていたつもりだった。彼女は言うと自分でも恥ずかしいけれど通い妻のように食事の用意から何から何までこなしてしまった。令布の分も片付けてしまって彼もかなりまいっている様子。そんな彼女が昼食用の買い出しに向かった時に俺と令布は話している。彼は俺がチンピラから助けたことで本当に信頼してくれているし、俺は彼の人柄が好ましいためにかなり親密にしている。

 ようは親友だ。その男は俺のことに関して核心に近い内容を告げてくる。


「ブラッディー・オウガ」

「……」

「藍緋なんだろ? あれ」

「その情報をどこで知った?」

「二ヶ月もルームメイトしてりゃ癖でわかるさ。お前、何かをする前に意気込んで指を鳴らすだろ? あれ、戦闘前にもやってるぜ」

「はぁ……。で? 何が言いたい?」

「俺が出れば少しはお前の負担も軽減されるだろ?」


 確かに集団戦闘部門に出れば稼ぎは良くなる。しかし、それに令布を巻き込んでもいいのだろうか?

 そんなことを考えていると絢澄さんが帰って来た。それと入れ替わるように令布は釣竿を掴んで歩いていく。彼の趣味は魚釣とスケッチや絵を描く事だ。それをしに行くと言い出ていく。変な気を使われた。確かに絢澄さんは好みの女の子ではある。しかし、こんな俺では彼女には見合わない。彼女が何かしら俺に好意を持って接してくれればそれでいいが……。そんな時に彼女と浜辺で起きたあの事件のことが記憶に鮮明に蘇る。

 あの柔らかな感触と人外としか思えない彼女の水中でも動き方。俺は人魚に助けられた? そうだ、あれは絢澄だ。だが、このことを彼女に話すのは時期尚早というもの。関係が深まり聞いても問題ない時期にならなくてはこの話は聞くべきではない。しかし、あの感触は……俺の記憶がおぼろげであることから鮮明といえども信憑性に欠ける。他人がもうひとりそれを見ているのであればそれは確定事項となるだろうが、そうはならない。俺の記憶だけでは……。

 エプロン姿の華奢な女の子が俺と令布の部屋の簡易キッチンで料理をしている。たちまちいい匂いとともに卵酒と生姜粥が俺のところに運ばれてきた。俺は断じて風邪ではない。だが……なぜ?


「顔も赤いし……熱もある。今日はゆっくり休んで?」


 彼女の額が俺の額に触れる。俺も正常な思考速度を働かせることができなくなりつつあった。甘い展開に俺は弱い。これまで色の濃いこういった内容の話はなかったのだ。女の子とそんなに話したことすらあまりない。そんな俺にこの現状……どうしろと? このまま欲望のままに突き進めという神からの宣告か何かなのか? 先に言わせてもらおう。俺はそこまでしっかりした感情変動や確固たる意思なんてものは存在しない。だから理性が押し負ければ俺は欲望にのまれる。だが、今はなんとか理性で動けている。まぁ、そんな理屈を言い訳にしているが、理性以前に激痛と体中を駆け巡るような焦熱、あとは不思議な煮えたぎる様な流動感覚にやられているだけだろうけども。俺の体が今、根をあげるのは理由がないわけではない。絢澄に助けられる前の段階で俺は一週間の昼飯と晩飯を抜いた生活を繰り返していた。それに生活習慣自体がズタボロなのに加えて新たな生活環境に移行したことから俺は体調を既に崩していたのだ。それを気力で乗り切っていた所にオウガとの強烈なリンクがトリガーとなって完全にブッ倒れた。

 絢澄は心配してくれるのはいいのだが、あまり考えなしに男の部屋をうろつくものじゃない。俺は言うまでもなく所持金がないためになにも買えないのとそういうものにあまり興味がないことからやましいものは何もない。ネットノートは見られては困るために厳重に保管してあるし、その他の用途があるパソコンも調べ物をするときは学校のパソコン室を使用しているくらいだからだ。その後は絢澄の差し出す匙に湯気の立つ粥が乗って俺の口元まで運ばれてきたのだが……。


「あ! 待って!」

「……?」

「フー……フー。熱いから。はい、あーんして」


 こいつ……理解しているのか? 俺が常人以上に溜め込んでしまう性格で尚且つ病人でなければ押し倒されてもおかしくない様な展開を迎えているのに……。あぁ、こいつは天然だった。こういうときには気づかずにあとから考えて気づくのだろう。俺が抑えれば済む話だ……。抑えろ、俺!!

 完食した後の皿を下げていく絢澄さんの後ろ姿を見ている時に俺は違和感を覚えた。そういえば……彼女はいつも首元を隠す様な服装をしている。なぜだろう、俺の違和感は納まらなかった。だが、今日、思ったことを詮索するのは以前のあの動きと同様に触れてはいけないレッドラインの向こう側だ。俺にも心当たりがないわけではない。だが、彼女がフラグメンツ・ファイトのファイターであるとは言えないのだ。それにそうでない線の方が濃厚だと思う。彼女の力はあまり強いとは感じられないのだ。俺の物は隠す事をしている。キューブシステムの穴……。それは大きく三つ。フラグメンツ・ファイトのファイターの体に公にはされていないが一部の人間に不備が出ているようなのだ。その一人が俺。過激な体の駆動、それが俺の中で大きく際立つダメージだ。簡単には言えない。俺の特徴だけでも恐ろしく重く、治る余地が見当たらない程重い物だからだ。


「……あれ? 藍緋君ってメガネかけるの?」

「もともとはメガネなんだよ。だけど、視力の衰えとともになんともいかなくなって今はコンタクト」

「目、悪いの?」

「まぁ、そんなところかな?」


 その中でも良くなる物と悪くなる物が存在している。俺の視力は筋力や肌の硬化が進むと共に極端に低下した。それは他の機能が発達するごとに嗅覚、視覚を中心にレベルとしては低いも味覚や触覚、聴覚もどんどん低下し続けている。現在はまだ残っている感覚はほとんどフルに動かしている。視覚はまだ補正すればなんとか見ることはできる。嗅覚は鼻炎で苦しいときと同程度……問題はここからなのだ。触覚はほとんど感覚として作用してない。痛みによる激痛の感覚はほとんどないのにオウガとのリンクがきれていない現在はまだこの痛みは継続されているのだ。

 それに、キューブは生きた機械。この機械は体に大きく影響してしまうのだ。俺の体はもう侵食を強く受けていてほとんどオウガと同一と言って過言ではない。黒血色の鬼。ブラッディー・オウガは俺自身となりつつあるのだ。この体はそれほどの状態にある。そこに友人たちがあるということが俺には耐え難いのだ。この体で済めばいい。俺の父親が作ったキューブシステム。奴は未完成品のこれを普及させることを止められなかった。大きな波に勝てずに彼は表世界から姿を消し、同時に母や俺、璃梨を捨てた。俺はやつの顔を覚えているけれども璃梨はやつの顔を知らないと思う。

 璃梨も不憫な子だ。俺を少しでも助けたいと考えることから彼女の体にもそれ相応の物ができている。俺の体は『壊れる者』を体現している。一言にいえばそれだ。栄枯盛衰の体現者であるブラッディー・オウガは栄て、枯れ、大きく盛り上がり、衰退する。それを体で表すから特殊な装甲、特殊な属性として区分されている。先のマーマンとの戦闘でも俺は完全に現段階を理解した。この体の崩れはこの機体がそれを持つ者だから起きる。崩れるのは再生を材料である崩壊を意味しているからだ。それが俺の体にも当てはまるとすれば?


「お兄ちゃんも大怪我して帰って来たらしいし、藍緋君も風邪。だから男の子はだめなんだよ」


 いきなり俺は叱られ始めた。彼女の言うことは間違っていない所が大きいために俺はなにも反論をしない。体を壊した理由は端的に栄養の枯渇。それが風邪の原因だ。

 その間に俺は携帯電話を使い、令布に連絡を取る。今日の夜にやつにフラグメンツ・ファイトに必要な媒体であるナノトランスシステムの保管庫に連れて行く。絢澄さんが帰ったらすぐに決行だ。やつの気持ちは本物だと俺は感じた。それに、フラグメンツ・ファイトのファイターになるには条件がいくつかあるが……俺がいれば問題ない。藍緋 荒神(こうじん)。俺の父の代行として俺が認定を出せば問題なくナノトランスとのリンクを直接行えるのだ。俺はその点でも政府から目をつけれれている。さらにいえば、ブラッディ・オウガはプロトタイプアーマーである。初期チューンのままに動かせる代わりに出力が安定しないことがかなり大きい。


「絢澄さんは海のことが好きでここに来たんでしょ?」

「うん。お兄ちゃんが航海士をしてるの。外洋探査船とかに乗って海底探査に行くんだって」

「へぇ……。立派なお兄さんだね」

「うん、でも、私は藍緋君みたいなお兄ちゃんがよかったかな?」

「は?」

「優しくて……気遣ってくれるお兄ちゃん。(ろう)兄さんは少し意地悪だから、いつも私をからかって遊んでるんだよ? ひどくない?」


 たわいもないがこの子との会話は璃梨のときと違う張りがあって楽しい。あの子は俺の妹だけあり気遣いながら話す癖があるのか、いつも俺に本心を隠す。それは彼女の持ってる特性であるためにどうにもできないのだろう。さらに俺も気づいたが彼女は今、かなり砕けた喋り方になっている。

 それに気づいたのかかなり赤面の激しい紅潮を見せるのがとても可愛らしい。前々からそれは思っていた。だから、俺はそのお兄さんの気持ちがよくわかる。彼女は本当に可愛らしい。いろいろな意味で。


「俺も、君みたいな可愛らしい子が妹だったらもう少し別の人生を歩めたかもね? でも、絢澄さんが妹だったら俺は諦めていたかもしれない。璃梨が俺を支える上で影に回ってくれたから俺はこれまでやってこれたんだ」


 変に重くしてしまったけれど絢澄さんはすぐにさらに顔を真っ赤にさせた。大きな茶色の瞳はショートカットのサラサラした髪と同系統の配色で明るい色だ。頬と髪の毛に優しく触れると彼女は一瞬ピクっと体を震わせたけれどそれ以上はなにもしない。目をきつく閉じて唇も少し力が入っているのか張っている。その彼女の髪から頬を撫でて最後は髪を撫でながらゆっくりと手を引く。彼女と俺の住む世界は違う。仮に、彼女がファイターであっても俺と会うことは無いだろう。その世界で俺と会うことは絶対に無い。

 そして、彼女は晩飯を作ってあらかた俺に食べさせると帰って行く。それを見計らい長い間時間つぶしをさせてしまった令布をつてれ新幹線に飛び乗る。その行き先は首都である東京都だ。そこにナノトランスシステムの基本機体を保管している保管庫がある。その保管庫に入りやつにぴったりの適正があるドールを見つけるのだ。検索機を使いほぼ瞬時に発見できるために俺はそれを彼に見せる。


「これが……ナノトランスシステムの基盤なのか? マネキンみたいだ」

「そうだな。キューブでこいつにお前の身体データを移送する。少し時間がかかるがあまり周りを動き回るな」

「了解」


 それから二時間程すると彼のドールは完成した。身体データを各種リンクすることで彼の意のままに動く特殊な人形となったのだ。また、このドールは逐次身体更新データが移送され、擬似機械細胞の組み換えも行われる。本当にこのナノトランスシステムの基盤ドールは俺たちのドッペルゲンガーなのだ。

 そのままの状態で俺たちは帰宅する。それ以上の内容が俺にはないからだ。ここに居て深いメリットも無い。本来ここは侵入禁止のエリアだということを先に言うべきだっただろう。俺はここに自由に入り込める。遺伝上、俺は憎い父と同じ遺伝子を持っている。どうしようも無いのである。普通に入れる。手をかざす遺伝子認証は璃梨もできるがここに入れるのは男の俺だけだ。声紋認証は俺だけしかクリアできない……。そんなことはなんでもいい。俺は動かない体にムチを打ち、帰宅とともに寝た。きっと明日も絢澄さんは来るのだろう。

 俺のことを案じてくれるのはいい。しかし、本当に大切な友人たちへの配慮や遠慮をどうしていいのか最近はわからなくなってきている。俺は……、どうすればいい? 令布も俺のためにこちらの世界に来てしまった。やつの厚意は無碍にできず、俺の心の弱さはここで浮き彫りとなったのだ。俺はどうすればいい? これまでの俺なら……壊すだけだったのに。


「なぁ、藍緋」

「ん?」

「フラグメンツ・ファイトの装甲はその人間の成長や形質によって形作られるんだよな?」

「そのとおり、一字一句間違いはない」

「お前は……。もっと頼ることを覚えたらどうだ?」

「どういう意味だ?」

「返すようだが、一字一句違えることなく同じ意味だ」


 それから彼は口を開かず寝息が強まる。理解は……できていない。奴はこれまでの俺のことを知らずともルームメイト撮してだんだんと俺の資質や考え方、理念などを濃厚に感じていたらしい。どうにも自分では気づく子とのできないことは多い。これから気づかなくてはいけないのかもしれないとも思う。

 自立し、負けることやくじけることを自らに禁じたこれまでの俺の形が崩れつつあった。それが俺の鉄仮面を壊している。その体現だとすればそれは新たな俺を形成しているという型の現れなのだ。先ほどの令布の言葉は俺の何を指摘していて俺がどうすればそれを直し周りに迷惑をかけずに生きていけるか……。それはまだ理解できていない。自ずとわかることなのかもしれないけれどな。


「為児手君は藍緋君とは長いの?」

「全然そんなことないよ。絢澄さんは知ってると思うけど俺が絡まれたときあいつは俺を助けてくれた。それだから俺には大きな借りがある。でも、奴はそんなこと全く気にしちゃいないみたいでさ」

「藍緋君らしいね」

「アイツは唯我独尊すぎるんだよ。ある意味じゃな」

「そんなに自分勝手じゃないとおもうけど……」

「違うよ。あいつは逆の意味。人に迷惑をかけないように自分が犠牲になる。それがあいつの大きな欠点で唯一なんだと思う」


 今日は何やら絢澄さんが令布と話している。この部屋には聞こえないけれど……なんなのだろう。まぁ、今の俺には関係ない。この体調不良で助けられた分、彼らに何か恩返ししなくてはいけない。俺は、人に助けられてはいけない。他人を助けても、俺は人に……心を許してはいけない。

 あの時のように俺は裏切られ大きく崩壊することをもう、経験したくはないのだ。だから、俺は璃梨を最低限大人にし、彼女が自立するまでを養い。それからは……。己の道を貫く。何がなんでも。だから、負けるわけにはいかないのだ。いかなる物にも屈せず、己が持つ己の芯を貫くんだ。

 そう、絶対に……。俺は一つの道から反れてはいけない。

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