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20/22

illusionist of clown

「は、はじめまして。令布君とお付き合いさせていただいてます。香館(こうだち) (ゆう)です」

「あらあら、令布君もこんな綺麗なお嬢さんとお付き合いしているのねぇ」

「令兄なかなかやるじゃん!」

「ふん……」

「香館? どこかで聞いたような」

「お袋も親父も勘ぐらなくていいよ。悠もあんまり改まらなくていいから」


 令布の実家に皆で旅行するということで私もそれに参加する。今回は距離があるのだが新幹線での方が道的に込むこともなく速く目的地へと着くことができると令布に進言され今回は藍緋家のバスではなく新幹線のグリーン車での移動。そして、令布の実家に向かった訳だから駅での出迎えがあり、令布のご家族にあった。優しそうなお母さんと体格のよいこれぞ漁師と言った風貌のお父さん。後は令布の表情をりりしくしたような弟君と少しツンツンした感じの妹ちゃん。皆令布の帰還と私たちの来訪を歓迎してくれているようだ。こういう改まった挨拶は本当なら二十歳を過ぎてからしたかったのだけれど財閥総帥となってからでは色々と都合が悪いこともある。その為に令布の実家についてひと段落ついたところでお土産と共に家族の皆さんと話した。

 しかし、何か違和感がある。令布も少し遠慮がちに接しているように見えるからだ。令布の弟と妹もなんと言おうか……そして、令布は私が見ていない間にどこかにいなくなってしまった。それを探していると妹が私が探しているのを見つけると案内をするような素振りを見せている。しかし、その場所の手前まで来たところで私はたじろいでしまった。そこは墓地だったのだ。令布は私の話をおじい様から聞いたと告白してくれている。でも、彼はそれでも気持ちは変わらず私を包んでくれる。だけど、令布は聞けば教えてくれるのだろうけれど彼の過去を自ら話そうとはしないのだ。彼は周囲が円満であるなら苦も無く笑顔を繕うほどに奇術師だ。

 後ろからつつかれて視線を合わせた瞬間に首を横に振られたが動かないでいるともう一度妹ちゃんは私を睨むように一瞥すると少しの説明をくれた。どうりで年齢が離れていると思った。妹ちゃんは中学一年生らしい。対する令布は大学一年生。……いつもそんなことは思わせていないのに、令布も少し重い過去をもっていた。教えてくれればいいのに。


「令兄はあたしたちとは血が繋がってないの」

「え?」

「訂正、少しは繋がってる。でも、正しく血統関係を言うと従兄弟なの」

「どういうこと?」

「令兄のお父さんとお母さんは令兄が小さい時に漁に出たきり帰らなかったんだって。船だけ……無残に壊れて見つかったらしいけど」


 そして、妹ちゃんがとっさに隠れたのだけれど私は間に合わず彼に見つかってしまった。でも令布は苦笑いしただけで奥に消えていく。そんなこともあり気まずくてその辺をぶらぶらしていた。だって、令布の苦笑いはあんまり見せることがない彼の嫌がる心の現れだから。それを見せた彼とすぐに顔を合わせるなんてできないよ。


「令布……私にも貴方のことを……教えてよ」


 船着き場の方面に足を運んで町に降りたのはいいのだが道に迷ってしまった。しかし、自力で帰り付き表から入ったのでは令布と出会ってしまうと考え裏側に回ったつもりだった。それが裏目に出てしまい二度目に鉢わせしたのは厨房の裏側。海を回って旅館沿いに裏口へまわるとそこへたどり着くのだ。令布は板前さんみたいな服装でゴミ袋を抱えて現れる。さっきのことには触れないところを見るとあれはやはり触れて欲しくないのだろう。何も言わずに彼は私に苦笑いをもう一度返す。でも、今度の苦笑いはどちらかと言うと笑顔を崩したようなもので私に対する気遣いが大きく見て取れた。すると今度は稜太郎少年が現れる。令布と共に厨房にいるらしい。稜太郎のほうは無理を言って板前の技術を少しでも覚えたいらしく教えてもらっているらしい。その後ろから旅館の従業員用の和服を着た璃梨が現れたのには驚いた。あの子には和服も似合うのか……。そう、璃梨はなんでも似合う。私のように繕わないあの女傑はなんでもこなす。人間関係も勉学もファイトも。そんな彼女をうらやむようにボーっと眺めていると……。為児手夫妻が現れ、私が璃梨をまじまじ見ていたのを勘違いしてしまい。


「あらあら! 二人とも似合うじゃない!! おばさん二人とも娘にほしいわぁ」

「岬ちゃんもいらっしゃいますよ。私は嬉しいですけど遼太郎の家という先約がありますので、フフっ」

「あらあら、そういうことなのねぇ。でも、悠ちゃんはぁ……ふふっ楽しみね」


 着てみました。この時期はお客さんが少ないらしくこういうことをしてもあまり苦にならないのだとか。それに忙しいのは朝、昼、夜のご飯とその間に入れる二回の掃除くらいらしい。この時期は魚を釣りに来るお客さんはあまりこないから宿泊客も私達くらいだという。この周辺は夏にはあまり大きな魚群がこない。潮の流れが変わるのだとか。魚のことは解らない。令布も魚がさばけるのはここがご実家だからだ。彼の隣に立って手伝いをする。料理は……上手でないことはよく理解していた。錦のようにできればいいのになぁ。令布はいつも隠してしまい厳密なそれを口にしようとはしないのだ。気遣いなのだとは思うけれど錦がうらやましい。料理のできるできないは男でも女でも関係なくできた方がいいに決まっている。


「令布、明日も行くかい? 漁に」

「はい、みんなの食べる魚くらい釣りに行きますよ」

「そなんこと気にしなくてもいいんだが。よし、行こう」


 ……稜太郎は船に弱いということで乗らないといい璃梨と共に厨房の掃除をしているらしい。錦と修羅君は泳ぎに行っている。それにくっつくように八織ちゃんと紫輝が一緒に行っていた。私も令布のお父さんに救命胴衣を借りて船に乗る。綺麗な海を超えると藍色の海に変わり大きく変貌を遂げる。荒れていないというけれど私のような素人ではどうにもならない。気持ち悪くはならなかったけれどどうしてもなれることができず結局、釣り竿も令布に助けられて握っている。なんと言う魚なのかは知らないけれど大きな物が釣れるとお父さんが笑いながら彼も釣り竿を握りなおし同じ魚を釣り上げている。この周辺は季節感が微妙にずれるところなのだとか。そのために色々な種類の魚が釣れるとのことで安定した漁獲は見込めないが釣り宿やその類の釣りを楽しむレジャーを開くのにはいい場所どりなのだろう。


「釣りは初めてだろ? 手伝ってやるからさ」

「う、うん」


 というか……今更気付いたのだが令布に背中側から支えられている。そして、手を前に回してもらい助けられているということは後ろ側から抱かれている構図になる訳で……。理解してしまうととても恥ずかしい。温かくて……。何故だろう。気持ちが温かくなってしまう。その時大きな当たりが来た。この辺りは海底に大きな暖流と寒流のぶつかりあうところがあることで独自の生態系が起こっているらしい。それだから時たま思わぬ大物がこんなところに現れることもあるのだとか。カジキマグロだ。その瞬間に令布の目が変わる。修羅君の影響だろう。彼にも修羅君の空気が移り始めている。いいや、違う。私や、錦も皆の空気が彼に移りこんでいるのかも知れない。

 あと……急に抱き締め方がかなり強くなり彼とカジキの闘いがヒートアップし始めているせいで……かなりきつく締められている。それに今回は運がよく序盤にカジキが疲れ果ててしまったことで彼が勝利を収めた。船についているクレーンのような物で釣り上げて夕方まで頑張って帰っていく。途中で私は寝ていたらしく、気付けば部屋で寝ていた。おぼろげに聞いていた言葉も脳裏によぎったけれど令布に寝かされたのかもしれない。この力はそんな物もある。催眠的な力もシャドウには備わっているのだ。


「令布、その子は香館財閥のご令嬢なんだな?」

「あぁ」

「そうか。お前の選択だから何も言わない。だが、今夜、少し俺の部屋に来てくれないか?」

「? 解った。それじゃ飯の後、行く」


 夕飯の席の令布は何かを考えているようだった。しかし、周りの皆に気取られないように繕うのはとても上手で序盤に様子見程度の変化を見せていたけれどそれが食事の冒頭と言われるだろうところで終わっていて……彼の嫌がる彼の姿を見た気がする。令布はこれが嫌いなのだと。でも、私はこれのどこが悪いのかが解らなかった。引き合いに出すのはよくないかもしれないけれど紫輝や私はまわりの空気を悪くすることをしやすい。それはファイトの装甲にも表れている。雷や焔という物はいつでもどこでも無くてはならない物だし気象や人間の生活環の中には絶対に含まれる。しかし、同時に不協和音を引っ張ることをしやすいことも事実だ。特に私の焔は便利な反面、牙をむけば多くの人の命を奪う。だから、あたしは錦にも良い思いをさせたことはない。羨ましいと思ってしまうのだ。錦の水は包み込むことができなおかつ変化がゆっくりで人間に親和性の強い物なのに。


「どうしたの? 悠ちゃん」

「え? あ、うん。なんでもないよ」

「……」

「疲れているのだろう? 食事の後はゆっくりするといい」

「は、はい」


 聞こえていた。令布のお父さんと令布の話。詳しくは知らないけれど皆が食事をしている最中は全く気取られないようにしているというか、長い間一緒に暮らしているということから似ているのだろう。お父さんもその気配を全く気取らせない。もう、どうしようもないくらい令布の気遣いに助けられている。私が悶々とするのはよくあることだ。でも……令布の悩みを私は聞いてあげたことがない。

 どうしても寂しさを私はぬぐい切れなかった。なんで話してくれないのだろう。べつにそんなに重たいことでもないけれど思いつめることのなさそうに見える令布だってかなり思いつめているに違いない。この家のことに少しふれていることからどうしてもそのように感じてしまう私も私だと思う。思いつめすぎだろう。ご飯は令布のつっていた魚が中心で色々な物をお母さんが準備してくれる。それに加えて料理の得意な錦や綾太郎が手伝ったことから比較的早く終わって為児手一家も晩餐に参加している。

 そして、お風呂になると皆で集まって銭湯と同レベルくらいの大きなお風呂に皆で向かう。男性陣は思い思いのところに向かったらしく一言には言えないけれど。


「はぁ……」

「錦さん? まだまだ成長の余地はありますよ」

「はぁ……」

「そちらはそちらでお悩みのようですね? 悠さん」

「え? 胸は満足……」

「悠ちゃん!!」

「そんな風にトボケるのは止めた方が(からだ)に悪くありませんが? お話いただけますか?」


 断ろうと思ったけれど私の家内事情のことから話し、令布のことと私のこともついでに話しておく。初耳だと言わんばかりに錦は表情を和らげ、知っていたらしい璃梨は何も言わずに聞いている。私の家族の一家心中のことでは皆が表情を暗くするも皆が私の恋物語的なことになると表情を一気に明るくして食いついて来た。そうだろうなぁ。女の子であんまり人と絡むのが好きでない子を除けばそういうことが嫌いで無い限り大好物に近い内容とも取れる。妹ちゃんはあまりいい顔をしないけれど璃梨はいつものポーカーフェイスを少々緩ませている。錦など私にもたれて話に興味心身と言った感じだ。


「そうですか。令布さんもあなたもそんな過去を」

「皆大変なんだね」

「あんたほどじゃないよ。これからあんたが一番大変になるんだからさ」

「うぅ」

「お話ししてみてはどうですか? 兄上とは違い令布さんはかなり許容範囲の広い方ですし」


 お風呂で憎しみをこめてなのだろうか錦にかなり酷い扱いを受けたが……錦に体中をくすぐりまわされて……酷い目にあった。まぁ、こういうことされても手を出せないくらい私も彼女に酷いことをした。いい時期に彼女と修羅君の間をひっかきまわしてしまったのだから。仕方ないとも思う。ここぞとばかりに色々ななところをくすぐりまわされた気がした。そして、璃梨に促されるままに早めにお風呂を上がって令布と同じ部屋に行こうとして……迷った。

 広い、この家は本当に広い。奥まったところで明るい障子の部屋を見つけた。そこに行こうとしたところに令布が通り抜け、私はとっさに曲がり角に隠れてしまい出るに出られなくなってしまった。令布が寝間着で現れたことで新鮮味を帯びたのだがそれよりも気になるのが……中の二人の会話だ。最初に切り出したお父さんの言葉で私は一瞬で胸の詰まりを感じた。苦しくなり座りこみそうになる。でも、令布の答えで……涙が。


「結婚も考えているのかい?」

「どういうことですか?」

「彼女とのことだよ」

「悠とのことですね。俺は彼女が求めてくれるならばそれに答えます」

「違う」

「はい?」

「令布。お前には中学の時に話したように俺は本来伯父の位置に当たる人間だ。だが、育ての親だ。お前が男だから何もお前の決断に異論はない。しかし、相手の女の子の気持ち云々ではなくお前の気持ちが知りたいのさ」

「俺も……悠のことが好きです」

「それなら文句はない。お前の両親。俺の兄貴達夫婦がお前に残していた資金だ。今、お前に反しておくよ」


 声が聞こえなくなったところで令布が出てきてお父さんの部屋の電気が小さくなると令布が出てきた。しかも、私に気付いている。お父さんも気付いていたらしい。でも、令布は私たちの部屋に戻らず手を引かれてさらに奥へと導かれたそこは……別宅? 和風の平屋で玄関も引き戸だ。こういうところはドラマとかテレビでしか見たことはない。玄関の扉を開き、裸足で来てしまった私に構わず上げると奥へと導くことを止めない。ホコリが散っているがここは綺麗に整頓された家だ。でも、どうして令布はここへ?


「ここが俺の両親と俺の元の家なんだ」

「ここが?」

「あぁ、それで……な? 聞いてたんだろ? お嬢さん」

「何よ。変な風に言わなくたって白状する。聞いてたわよ」

「なら、俺の気持ちは伝わった訳だよな? ずっとこういう関係になってからも言ったことなかっただろ?」


 振り向いた瞬間の令布の表情がいつもと違い。なんというか……こう、キュンとした。月明かりに照らされた表情が私の心に引っかかってどうしても通らない。彼の茶色の瞳が青い月明かりに照らされてきらりと輝いた瞬間になんでか私の心の中で揺れ動く物が現われたのだ。手入れの仕方を学んだ彼の髪はいつもさらさらで綺麗なことに加えて美しい。最近はシャドウの影響が強いらしい彼は無意識に幻影を生み出して私や他の人間に都合のいい方向性をしこうとしている。 彼が指を弾くと私たちのいるところと元にいたところに空間の隔たりができた。私がそれに気づけたのは私の後をつけてきたらしい妹ちゃんが私たちの姿を目にできるところまで来たのに気付かずに帰って行った。庭先に出るやもう一度指を弾き、空中へ青白い焔を飛ばし私の横にもう一人彼を浮かび上がらせる。イリュージョンはそこでは止まらない。私が居るところに彼の生まれたころの幻像が浮かび上がる。


「俺は一人っ子だ。兄弟もおらず父母を失うことで穴が開いたようになった心は治らなかった。だから、カメレオンのようになった。伯父夫婦にも迷惑をかけてしまう。それを抑えたかったんだ」


 彼の小学生の時の風景。それ以降は今のお父さんとお母さんの夫婦に変わり彼も暗い瞳だ。今のあのキラキラ輝く星のような物とは明らかに違う。人間として沈みきった何かを失った表情に今の彼には見られない沈んだ言動が浮かぶ。庭先にいる彼がふわりと動き焔の造形から二人いるようにさえ感じられる令布が二人で私を奥の部屋へと誘う。そこにはさらにカギのかかった部屋があった。南京錠を開けるとそこはホコリがうっすらとかぶった男の子の部屋と思しき部屋が現われる。比較的幼い子供のような配置でその部屋は時間が止まった造形のようなものだ。

 令布が懐かしそうに眺めている。もう、何年もここに入らずにいるような感覚らしい。私が入口で戸惑っていると彼の手が伸びる。あんな大きな魚と闘うには細すぎると感じた。でも、男の子なんだなぁと感じる。修羅君は小柄でも筋肉質だし、見かけによらず力強い。割と小さな子供用のベッドに座り令布のあの目を見る。今の目は違う。人には多面性があって当然だと令布が教えてくれる。彼は音楽が好きだったとも聞いているし芸術系の趣向が彼には少なからずあるのもしっている。いまどきの人ではない気もする。少し古風でお節介で周りを第一に考える本当に……お人よしな人。


「俺が父さんと母さんを失った日からここは何も動かしていない。でも、今日でこの部屋ともお別れだ」

「どうして?」

「まぁ、俺は気持ちを通わせることが苦手で何も進ませようとしなかった。だけど、修羅に始まり、俺はここまでこれたんだよ。その中で俺だけを見てくれて俺と足りない物を共有できる女性ひとを見つけたんだ」

「そ、そんなに……なんだ」

「お前が告白してくれた日。決心した。俺は人としてお前と共に在りたい。そして、お前を助ける。王と共に俺はあり俺の光としてお前がある」

「令布って比喩得意よね」

「そうか?」

「うん。なら、比喩ついでに私からも。私を、令布の女にして」


 言葉を告いでいる間に私の表情が変わっていることに彼も気付いていたのだ。焔は私を包み込むように浮遊し蝶を飛来させたように私の動きを止めている。そして、初めてのことで本当に体中が熱くなり動かすことすらままならなくなっていた。初めて……令布の手が私の手以外のところに触れたのだ。頬をなで次に首筋をなで下ろし反対の手は背中を舐めるようにゆったりと降りて腰へ向かっている。飛来している蝶は私の動きを補正する物だと感じた。彼は物言わずすべての行動に最善を尽くそうと動く。解っていても止まらない体の震えが彼の包み込むような体温を幻影であっても感じることでそれは止まった。そして、止まった。時間というか彼の動きが。


「最初に聞くのを忘れたな。お前、初めてか?」

「わ、悪い?」

「違う、違う。男にもそれなりにな?」

「それなら早くしなさいよ。解ったから」


 蝶が消える。今度はその温かみが消えたことで急に本体の温かさが強くなりのぼせそうだ。そのまま私たちは夜を過ごし、明朝にそこで令布に起こされて眠い目をこすりながら……目の前をみると…………………綺麗な朝焼けの風景が広がっていた。その瞬間に体を抱き寄せられ変な声を出してしまうが令布は真剣な眼差しで海を見続けている。そうか、令布のご両親は海で亡くなられていたらしい。それを思い出すと令布の口から無意識な言葉であろうけれどそれが飛び出して私はもう、前までのように彼に視線を合わせられなかった。令布の強さはどこまでも自分を捨ててでも誰かや集団のために自分を捨てられることだ。しかし、それで見えなくなってしまっているものもある。それは彼自身だ。

 シャドウのこともそのうちの一つだろう。彼は周囲に溶け込むあまり自分のことに目を向けられずにいるのだとも思った。私は逆だ。自分がきらびやかに飛びすぎていることから周りを蹴落とすことしか考えていなかった。でも、令布のおかげで変われるのだと気づけている。これから彼によりかかることもおぼえるといいのかも……。私はこれまでのように見た目だけでは嫌なのだ。


「絶対に幸せにする。俺は修羅の元で俺たちによりよい世界を作るから。父さん、母さん。見ててくれ」

「……」

「悠」

「な、なに?」

「ありがとう」

「別に私は何もしてないわよ。令布が自分で見つけたんじゃない」

「いいや、俺は修羅の陰だ。影を作るのは照らしてくれる太陽がなくちゃならないんだよ」

「やっぱり令布は比喩が多すぎよ」

「解りにくいか?」

「違う。そんな美化されるほど私が綺麗じゃない」

「お前は十分綺麗だよ」


 もぅ……。そんな恥ずかしいことをなんでそんな簡単に言えるのかんなぁ? 彼も芸術肌ということは聞いていた。でも、やっぱりそろそろ女の子のことを考えることを学んでほしい。それで彼の言葉を正直に伝えてくれるのは嬉しいと言えば嬉しいけれど恥ずかしくて、言葉が出ない。次から次へと令布とのことでことが動いている。私も前ほど人に辛辣に言葉を告げなくなったのだ。そして、隣の令布の横顔を眺めていると一度小さく笑うことを境に濃厚な口づけを……私へもたらす。少し驚きはするもそれが嫌ではない。だめ、そこまでしちゃうとスイッチが……。令……布……。

 だ、だめ!! この時間からはダメ。怪しまれちゃう。あと三時間もすれば朝食の時間となってしまう。残念だけれど初めてのことは一度終えて部屋に帰らないと。その途中に出会っちゃった。寝ぼけた錦と修羅君に……。もろに腕を組んで話していたところを出会い頭に思い切り……みられた。はぁ……別に隠す必要なんてないけれど錦にみられるのはどうも嫌だ。そこから合流して食堂へ向かう。もう、顔から火が出る。令布に抱きつき顔をうずめて赤い顔を隠しているのにこれでは隠している意味さえない。


「ふふ、悠ちゃんかわいい」

「や、やめてよぉ」

「えぇ~。だってぇ。悠ちゃん弄るの楽しいんだもん」

「錦ってさぁ。修羅君といるときだけ猫かぶってない?」

「そ、そうじゃなくて修羅君のが何枚も上手だから……勝てないだけ」

「そ、そうなんだ」


 待って……そうなると私のヒエラルキーがどんどん低下している気がする。本来はいつもおっとり、まったり、ほんのりのほほんな錦がチームの中でも弄られキャラで修羅君から猛襲を受けてアセアセしてるのにぃ。悔しいぃ。

 今日は皆で海岸に来ている。水着でいるのは気持ちいいけれどなんというか私は日焼けが嫌いだ。適度に外に出るのは好きだけれどあんまりなぁ。璃梨はあのマーベラスボディにオイル塗らせてるし。遼太郎少年もよくやるよ。でも、地がでて恥ずかしそうな眼をしているのも目にした。ああいう男の子もかわいくていいけれど私は物静かで落ち着いた人が好きだ。遼太郎少年は幼いところが濃いからなぁ。ふふ、でも令布を弄るのも面白そう。パラソルの下で令布の膝の上に座っている。露骨に赤い顔をしている私のイリュージョニストがかわいくてしかたない。ここまで明るくなれたのは彼のおかげだ。令布ありがとう。


「なんか言ったか?」

「なーんにもっ♪」

「そうか」

「聞かないの?」

「お前が言いたいなら言えばいい。俺はお前が幸せになれるように影となるんだからな」


 もう、こんなところでもシャドウの力使ってる。皆に聞こえるくらいの声で話しているのに誰も聞こえていないらしい。例のごとく錦と修羅君は海の深いところに行ってしまってもう姿さえみえないし八織ちゃんと紫輝君は先ほどの二人を誘ってビーチバレーを始めたし。私を抱いている腕が不意に強くなって私は驚いた。変な声を出してしまったけれどその私を抱き締めてくれた腕が心地いい。それでいい。それだけでいい。

 私の心は大きく変貌を遂げていた。焦っていたあのころとは大きく違う。自らすらだます幻影をつかさどる奇術師は私をその道へと導いてくれたのだ。あの頃はいつも焦り、心のどこかに満たされない渇きを感じていた。空を高くきらびやかに舞うために焔を熱く燃やしすぎたのだ。でも、令布は教えてくれたしっとりとした蝋燭のような焔となる時も、弱くなり消え入りそうな時も、力強く怒りに燃える時もそれは多面性である。


「令布?」

「いつでもよりかかればいい。飛べない時もあるだろうからな」

「逆」

「ん?」

「私は待ちたくないの。アンタが側にいてよ。私、令布がいろいろ教えてくれるのまってる」


 百面相とか奇術師とかそういう類の人間だけが人を惑わし何かを動かす訳ではない。悪いことばかりではない。令布のように私を導こうとしてくれる人もいる。皆はクラウンと呼ばれる道化を知っているだろうか。病院や児童養護施設などの話を私はよく知る。自分も一時期助けられたこともあったのだ。私の今は彼があるからあるのだ。青白い焔を使う黒い彼は私を光へと導いてくれた奇術師。影、影と自らを日陰へと追いやる彼は本来、光を一番知ってる人なのかも知れない。遠ざかることでその大切さを失わず覚えることができた。そして、本来降り注ぐべき物と異色のそれをしっかりと見据えることのできる彼だから……陽光をつかさどることができる私を導くことができている。

 他の人ではだめなのだ。修羅君でもダメなのだ。令布は私を本当に輝かせてくれる。だから、彼にも輝いてもらいたい。私が本当に輝いて欲しいのは……私の本当に大好きな人。守って見せる。だから、私が闘うなら戦場で彼と共に強くならなくちゃ。


「令布」

「なんだ?」

「私が強くなるから。あんたはもっと優しくしてくれればいいんだよ」

「ばーか」

「な、何よ。急に」

「一緒にいるんだろ? なら、俺はいつもお前の横にいる『影』なんだ。俺は」

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