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wide world traveler

 俺、僕と人間性を人によって作り替えつつ話すのにもいい加減疲れがきた。しかし、地だって俺にはある。しかし、目上の人間や修羅君のように一線を画する人間の前では癖で『僕』と自称を変えてしまう。そんなこんなで俺は人間性を変えつつ世界の情勢を読むことに徹するようにしている。忠誠心でついている令布君や本当に修羅君にべったりな錦さん。……修羅君の妹の璃梨ちゃんとそれの恋人らしい稜太郎君、その友達の紫輝君と昔に璃梨ちゃんと修羅君に接点のあるらしい八織ちゃん。それと……。


「珍しいですね。あなたが他の約束を曲げてまで私との仲を取り持とうとするなんて」

「別に? 最初から君とは仲良くしていくつもりだったんだから」

「どこがですか」


 彼女、ラルニアン・エリューゼ・シルバーナは俺の婚約者だ。家同士が勝手に決めた事故に彼女はまったく乗り気ではないらしい。それもそうだろう。こんなに年齢の離れた婚約では俺も最初は認めたくなかった。何しろ、この助手席に乗っている子が生まれる前から決まっていたことだ。俺の双子の兄は彼女の姉と婚約し、俺は次女であるエリュと婚約させられた訳で……。彼女と俺の間には11歳という年齢の壁もありかなり辛い。だから、年齢の違いがあることからかなり俺は苦になる所もあるのだ。この前の図書館での出来事も彼女が俺を認識しきれていないことが大きく関係している。俺が純真な高校生だった頃に彼女はまさか俺が未来の夫となるとは思わなんだだろう。これには本家、シルバーナ家と我が家、理覇家の問題だ。理覇家は多くの資産を持ち技術を多く吸収した家柄だ。海外の巨大資本であるシルバー・ローズとの提携には簡単には血を混ぜることがよかった。家柄や学歴も俺たちは全く問題ない。だから、分家であっても俺たちには歩み寄りという意味では強く結びつける『パイプ』にならねばならないという使命があるのだ。そして、修羅君はその本家総帥の長男だ。今は璃梨ちゃんの統括の元らしいがそれでも修羅君の影響は絶対に入っている。早くにお母様をなくし、藍緋博士はああいう人だ。僕は技術端での技能が高いだから、本家の彼に呼ばれたのだ。

 彼の行った奇行において俺は少なからず共感できるところがある。このドライブの終着点は俺の本家だ。そこで彼女に少し話があったのだ。


「ここに来るのは二度目ですね」

「うん。君に話があってね」

「? どういうことですか?」

「婚約を解消しようと思っているんだ」

「は?」


 別に俺も望んだ訳ではない。この子は俺と違いまだまだ青春を謳歌できる年齢の17歳。俺は28歳だ。こんなとしの離れたオヤジと早まって結婚して先の見え透いた人生を歩むよりももっと自分を大切に見てくれる人物との結婚がいいに決まっている。俺も彼女に愛着がないわけではない。しかし、こんな前途ある若者を俺の様な先のないくすぶった人間が汚すのはどうかと思ってしまうのだ。……いい子だからこそだ。(あるじ)思いな点は令布君よりも高いこの子。このエリュが先を見れる未来を……。

 ちょ、待ってくれ、いきなり泣くのか? やめてくれ、何で泣き出した? さっぱりわからん。俺は自由にしてきた訳ではない。自分を磨くだけでいいならばそれもできようが俺は周りの人間のことを育てるとか考えるとかが苦手で仕方ないのだ。それでエリュのことは突き放すように外側においてきたのだ。いいや、俺が戸惑うのが嫌で遠巻きに見るようにしてきたのかもしれない。女の子という生き物に耐性のない俺はどうしても泣かれたりいきなり怒ったりされると全くと言っていいほどに何もできなくなる。それがいけないこともわかるのだが。ここまで自分が弱いと嫌になる。模倣と想像をふくらませて自分の世界感しか開けなかった俺はどうにも修羅くんのように色々な人間との兼ね合いを助けるなんてことはできるわけがない。俺はそれだから彼を助けるのだ。彼に支持されたように補助だけを行う。俺は考えない。『機械』のように。


「なぜですか? 理由を教えてください」

「君が大切だからだよ」

「……」

「俺の様な年の離れたオヤジなんかよりももっと若い誰かと結婚すべきさ。俺は先も後もないからな」

「……それだけですか?」

「それだけとかそういうことじゃ……っうぉ!!」


 鬼の様な形相のエリュは俺の胸ぐらをつかみ畳の上に置かれていた横長の机を乗り越えて俺に馬乗りになる。いつものメイド服ではなく彼女の私服でかなり久しぶりに見た彼女が髪を下ろしている姿……。そのせいかかなり凄みが効いている。璃梨ちゃんとは違う銀髪の彼女は本当に印象深い。修羅君は色が落ちると銀色の髪を見せていた。彼の長い髪はお父上である博士の影響だろう。たしかに修羅君はかなり彼に対しての憎悪の感情がある。だが、それはとある一方しにか向いていない。彼を縛ったキューブに関する方向性だけなのだ。少しは彼自身に怒りを抱いているかもしれないけれどそれも少し、この一族の皆は昔から近親婚が多かったことからかなり体がボロボロで彼らも体が弱い。エリュもそうだ。別に俺が近親だという訳ではない。しかし、なんと言おうか……俺に彼女のような何でもできて便りになりすぎる女の子は似合わない。

 彼女は畳に押し付けられている俺を引きずりあげると……とある場所に車で送るように言われた。なんだろうか。嫌な予感しかしない。そして、俺の本家から少し急いて車を使い一時間と三十分の所にあるその場所……そこはシルバーナ家の日本本邸だ。中に入り……彼女はまた小一時間すると大きな荷物を抱えて出てきた。


「ど、どうしたんだ? その荷物」

「家を出てきました。これで私は身寄りのない子羊です」

「お、俺にどうしろと?」

「わからないですか? あなたの家に居させろということです」


 ……この子の本性だ。周りに見せている普通そうでおしとやかな彼女は全くと言って違う。実はわがままでどうしようもないのがこの子の本性だ。俺は幼いこの子の姿を知る俺は対処の術を知っている。負けるしかない。俺がどう抗おうとこの子には勝てない。修羅君もそれを知っていることから彼女には近づかなかった。確かに頭もいいし能動的で何でもできるこの子にはついて行けない。俺の済むマンションに入れるや一室を占拠してしまった。まぁ、客間のように使っていたために使われても構わないのだけれど。修羅君からお誘いをけってまで過去のことを流し去ろうとしたのに……。これでは……問題だ。

 そして、俺はあの後に連絡通知を受けた試合を受けに行く。俺、ノヴァは火力重視の近距離戦闘型だ。特異攻撃や遠距離攻撃を持てない代わりにかなり高い機動力と火力を保持している。スタジアムに向かうために俺は車に乗ろうとすると……。助手席には既にエリュの姿が。


「見に行くのは自由でしょう?」

「……。もっと物分りがいいと思ったんだがな」

「知らない訳ないじゃないですか」

「何が?」

「あなたこそ突き放すのが下手くそな人ですね。こんなわがままな女、愛想が尽きたなら捨てればいいでしょう?」

「……」


 修羅君には予選会の選考会第一公会に選抜されたことは伝えてある。選考会に何個ものリーグ別の基準があり俺もそれの中にある第一に振り分けられたのだ。第一試合、その相手は特殊型で防御に特化したものだとデータを見た。俺にとってはそういう相手ほど面倒な敵はいない。俺は火力を持ち機動力は高くとも防御の能率は高くない。それのせいで時間のかかる攻撃をするほど俺にはエネルギー循環もよくない。


『こんばんわ!! さぁて、今回もやってまいりました。マスターズリーグ上位者予想選考会です』

『今回はマスターズリーグですからねぇ。序盤から大御所ですよぉ。最近は影に隠れることの多かった世界ランク六位を記録している「ノヴァ」も今回は参加をしています』

『対する「ローザン・ノウディ」もかなりの実力者ですし、激闘が見込めますね』

『さぁ!! お時間が迫ってまいりました!! 今晩もご観覧の皆様、お楽しみください!! それではレディ・ファイ!!!!』


 俺のタイプは無装甲型だ。火力は高く、瞬間移動さながらの機動を見せる本当に力だけを欲した過去の俺に準ずる性能しか持たないのだ。伴わない基盤の上に上乗せしすぎた重い力。これがノヴァの出来上がり方だ。ベースがないのに作り上げた建物は本当にもろい。脆すぎるのだ。フィールドに俺が入るとすぐに歓声が湧き上がる。ファントムマスクをつけたタキシード姿の俺の装甲ノヴァは防御性能などはない。一撃でも受ければ瞬殺されてしまうほどに軽い。軽いゆえの攻撃と速度の合わせ技なのだ。

 武器は曲芸の道具と名高い武器が多い。しかし、それはごく一部だ。俺の力はそれだけではない。特異な攻撃などはほとんどなくとも力はそれで十分。俺はこれ以上成長することなどない。今年の誕生日で俺は29歳を迎える。もう、三十近いのだ。そんな人間がこれ以上未来をみようなどと考えることはない。ないから俺は彼らについていく。彼らを助け、それで途中で散ることとなろうとも俺は彼ら、ローズ・クォーツのメンバーを助けることができればいい。


「ファントム・トラップ!!」

「ウッドシールド!!」


 防がれるか。接触と同時に破裂し大きな爆発を生むトランプの爆弾。これが今のところ一番手堅い俺の攻撃だ。他はスタミナを使いすぎる。それだからこれを使っての攻撃しかしないのだ。俺は特異型ではない。俺は……これまでどの区間にも含まれる子とのないそれだった。それだから特異型と決めつけられる。俺は『無属性』だ。ないからこその……その力だ。属性負荷を全く受けずエリアにも何も影響されない。しかし、それは諸刃の剣だ。


「ランパート・ローズ!!」

「チッ……これだからマスターズリーグは」


 無効は重装兵型に変遷しているらしい。ダメだ。俺の走行では砕けない。あんな硬さの装甲を砕けない。棄権しようか……。

 その時、俺の視線に写ったのは重たい視線をしたエリュだ。俺だって……、クソっ!! どうしろって言うんだ!! 俺はお前らとは違うんだよ。もう、若くない。それに、俺のヘマで修羅君や他の被害者を作ってしまったなどと今更言えない。俺は……彼、荒神氏と共にキューブを開発した研究者の一人だ。彼の作った基盤はキューブの形式そのもの。俺が作ったのはナノマシンの形式変化プログラム。それが、キューブと人間のリンクにおいて関わってしまった『流入事象』の内容だ。形状を変形させることで内部形式変化中、体内のフィジカルバランスを計測するために体の中にキューブが侵入するのだ。それが……帰らないなどと俺は予想だにしなかった。最初の被験者である藍緋博士の愛娘と息子の璃梨ちゃん、修羅君はその影響をモロに受けた。プロトタイプキューブは本当に危険な物だ。それを使えば確かに体をキューブの維持機能で強化し、エレノアさんの体の弱さを如実に受け継いだ二人を救うために……。俺は博士に無断でプロトタイプを使ってしまった。博士はそれを許してくれたのに……俺はダメだ。

 彼らの人生を狂わせたのは俺だ。なのに……俺はのうのうと彼らを取り巻く所にいる。だが、それが俺が俺自身に化した罰だと考えている。俺は彼らが大成するまでしっかりと生きていかなくてはいかない。あの子達の人生を狂わせ、特に修羅君を卑屈にさせてしまったのは俺だ。俺がこんなにも非力で弱いから彼らは……。どうすればいいんだ。どうすれば……誰も傷つけたくない。傷つけたくないのに俺は……。


『あなたはそうしたいの?』


 なんだ? 今のは。


『あなたは本当はどうしたいんですか?』


 まただ。この声は……。エレノアさん? 何で、エレノアさんの声が? 幻聴?


『あなたはまだ迷っているの? 私はあなたの若い頃から知っているわ。あなたは何でいつも迷うの? 私が死んだせいかしら?』


 なぜだかは知らないけれど急に視界が真っ白なってしまった。俺は何度もエレノアさんにあって居た。実をいえば俺はクリムゾン・イーターのメンバーの一人、しかも幹部級の人間だ。俺は彼女にいつも荒神さんのもっていたキューブのフィジカルバランサーを持っていく役目をになっていた。だが、彼女はそれを全く使っていなかった。使っていればそれで彼女は生きながらえることができただろう。何故?


『あなたは私の子供同然。何に迷うの?』

『何に? というと?』

『どうして、あなたは逃げようとするの?』


 心の隅にあるのは俺の本当の願望。しかし、俺は現実を見て勝てない戦をしない主義だ。だから、いつも最悪のリスクを伴うけれどそれで本当に引けないものを守るという手段をとってきていたのだ。エレノアさん。あなたは死んだ。今頃どうやって俺にリンクを。俺はどうやって彼女を見ているんだ? 俺はどうすればいいんだ。彼らを助けようと思ってのこと。俺はそうしなければ心が罪の呵責で潰れそうなのだ。修羅君をブラッディー・オウガとして、璃梨ちゃんをアビスとして……俺は、俺は。


「俺が能動的になればいいんですか? エレノアさん」


 あなたがしたいようにすればいいのですよ。


「俺の力を……」


 ノヴァ、近接格闘型の強襲型機体。本来ならばそういう物だ。それを隠しているのがファントムシーフとしての俺のベール。さぁ、それを解いてしまおう。それが俺にあるならば俺がこれから前を向いていける可能性が少しでもあるというならば。落ちぶれて一度人としての道を踏み外してしまった様な外道の俺が……これから人の皮をかぶりしっかりと根ざすことをまだ許されていると言うならば。ノヴァ。その力を俺に貸してくれ。俺は戦い抜いてやる。それが俺に与えられるならば俺はまだ突き進めるだろう。苦悩の挙句、俺は逃げ出した。自分の身を守る保身のためだけに俺は博士に責任を丸投げして逃げ出したのだ。それが今でも許されるというのならば……俺は彼らのために身を捧げるべきだ。負けるとかそういうことではない。逃げてきたこれまでをまっすぐに生きなければならない。エレノアさんのこともそうだ。俺がいくらあの人が怖くとも負けずにプログラムの適応を勧めていれば……歪んだ、いびつなそれでも修羅君や璃梨ちゃんはまだ、もしかしたらもっとまともな生き方ができていたのかもしれない。俺がそれを、彼らが進む道を手助けするのは……俺の償いだ。狂わせてしまったことを詫びても許されない。許されないからこそ、俺は行動で表さなくてはいけない。

 重騎士という形状は重い代わりの防御と火力だ。その火力では俺が上回る。しかし、俺が一撃でももらえば勝敗は決してしまう。それならば無理をしてでも相手を一撃で仕留めるのが一番簡単な道筋となるだろうな。これを開放したのは俺が十代最後に出場した世界大会の決勝戦以来だ。この力は本来体すら痛めつける。俺のキューブも修羅君たちと同じプロトタイプ。プロトタイプのキューブのリアクターは出力が不安定だ。俺はその中でもかなり不安定な機体で……破壊に関して止まらない。


「バーサーク……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

『おぉっと!! これはすごいぞ!! 世界大会時に見せたあの攻撃がまた再臨するのかぁ!!』

「ちっ、ここで来るか」

「行くぞ、リミッター全門解除。フルバースト!!」


 激昂状態になったノヴァは徐々にHPゲージを食われる代わりに瞬間火力だけならばオウガ系統の機体の火力すら超越する。ブラッディー・オウガ、クリムゾン・オウガのように『オウガ』と名のつく機体は恐ろしく火力の高い機体でこのゲーム、フラグメンツ・ファイトの中でも数種類存在する特異なポテンシャルを持つものなのだ。そして、一名式の中でも無属性の機体は……火力のリミッターを外しやすい。これは単に必殺技として区分されているから怖い。

 徐々に減るHPゲージだが、俺の火力はHPを食うごとに倍々ゲームの様なレートで上がって行く。そして、リミッターをすべて解除してしまったこのノヴァは物理攻撃でなければ何も通らない。光線、レーザー、音波、空気などはすべて遮断、さらにいえば火炎放射、水圧を加えた属性攻撃、特殊な波状攻撃も何もかもが通らない。俺と戦いたければ武装や素手で来い。完膚無きまでに折ってやる。今の俺はシーフではない。黒いオーラを纏った若いタキシードの男。さながら……ジャック・ザ・リッパー。俺の格闘技の技は斬撃を帯びてしまいは止めの効かない狂気乱舞が始まる。俺はそれに喜びを覚えることはないが俺の狂気は会場すら震え上がらせる。相手は防戦一方という形式で必殺技ゲージを貯めている。だが、その必殺技は俺も溜まっていた。そして、俺の必殺技ゲージがローズよりも先に溜まっている。さぁ、見せてやろう。俺が……これまでくすぶっていた理由を教えてやる!!


「スパイラル・ノヴァ!!」

「ぐぉ、お、重いぃ!!」

「まだだ、裏秘関……開放!! ビッグ・バン・ストライク!!」


 勝負はそこでついた。相手の防御を完膚無きまでに砕ききり押しのけることで俺はその先を見ることとなる。控えで下の体に意識を戻すと体に違和感を覚えた。俺も博士達の側にきたのだ。体中が電気を流された様な痛みで包まれている。これが本当の意味でのリミッター解除なのかもしれない。俺は踏み入ってしまったのだ。これまでそれが怖かった。だから、ずっとそれを望まずに生きてきたのだ。激しい戦いも心の中で完全に拒絶していたし能動的になることもなかった。

 怖かったのだ。精神的には変わらずとも肉愛的な大きな改変を俺は恐れた。自ら作ったこのキューブの不祥事を俺は正すことはできなかったのだ。というよりはこれは直すことはできない。どうしてかといえばキューブの流入はフィジカル・バランスを記録するうえで体内に一部の機能が侵入する。それが体の中から出ないことから流入事象は起きているのだ。これが彼らが感じた痛みか。キューブは俺たちの体の中でエネルギーのサイクルを起こしているミトコンドリアなどのサイクルと結合し、人間に寄生する。しかし、キューブは生物ではないために寄生という概念は少々ずれるかもしれないな。部屋のパソコンを何回も確認し、基礎理論や構築に至る全てのプログラムをもう一度確認したのだ。それでもキューブの疾患に関しての汚点はどこにも見当たらない。どうして、キューブはエネルギー系や血流の循環機構などに大きく感情してしまうのだろうか。

 その中で一番の進化体が息子の現状を把握するために体に自らキューブを取り込んだ博士だ。その次が修羅君である。ある程度成長しきってから体に取り込んだ博士とは違い、修羅君は成長期の真っ盛りに取り込んだことからそれは体の隅々まで行き届いている。体の中枢機関を始め、筋肉や髪の毛の先に至るまで完全にキューブとの共生が見て取れるのだ。それはその彼女である錦さんや弱くとも彼の忠臣である令布君にまで見て取れる。


「何をまとめてるんですか?」

「キューブの流入事象に関してのレポートだよ」

「そうでしたね。千歳さんも研究に関係していたんですよね」

「正直に言えば、流入事象の原因を作ったのは俺だよ」

「そうでしたか」

「驚かないんだな」


 エリュは俺の所にくると紅茶とケーキを置くと俺のベッドに腰掛ける。彼女は何を考えているのか時たまわからない。シルバーナ家の人間はかなり理不尽な人間が多いことも皆さんはもう理解しているだろう。俺は……振り回され続けている。鬼気とした爆弾の様な才能を秘めた修羅君、その妹君は女傑でお母様の一部を受け継いでいた。分家の姉妹ですらかなり色濃い性格の重みがある。彼女は家を出ると同時に璃梨に連絡を撮り庇護対象化してもらうことで分家のシルバーナ家の追跡を完全に遮断したのだ。この子もかなり怖い。髪をまとめあげていることが多い彼女なのだが、今は下ろしている。そして、彼女が俺の今の仕事道具に興味を持ったらしい。

 開けて良いかと聞かれる。断るつもりもない。だから開けさせると彼女は言葉を発することはなかった。そして、十分程経過するとカバンを閉じる音と共に彼女がシステムデスクに歩み寄る音が小さく聞こえてくる。俺が振り向いた瞬間に彼女は珍しく俺に笑顔を向けた。どうしたんだろうか。


「私の髪を切ってくれませんか?」

「……」

「嫌なんですか?」

「そういうことじゃない。だがな、……」

「あなたは私をなんだと思っているんですか?」

「まだ、未来ある女性(ひと)。本来ならば俺となんかいさせたくない。だが、君の望むようにはしたいんだ。俺のように先のない」

「あなたもそうなんですね。決め付けるのはよくないですよ? 私は少なくとも、あなたに嫌われているのかと思っていましたし」


 勘違いも甚だしい。笑顔は俺が言葉を重ねるごとに歪んでいった。これまでは俺が遠ざければ離れてくれるのかと思いきやそうではなかったから俺も戸惑っていたのだ。首筋にひんやりとした寒気の様なものがだんだんと流れて……結局俺は何一つ変えられないとわかった。変えられないけれど俺はそれと一緒に居るしかないのだ。ただ、俺の場合はかえられないのではなく『変えようとしない』……なのかもしれない。現状維持はよくないことだ。あとにも先にも進めない。けれど、俺はそれが心地よかった。変わらない、止まったこの今が……。


「いいんだね?」

「はい」

「こんなに長く伸ばしたの、もったいない」

「私は変わりたいんです。私はこれまでは姉を意識してきました。何でもできて人あたりもよくて裏表もない、至高の女性(ひと)。こんな醜い私ではあんな輝かしい人のようにはなれないんです。だったら、私は私でいますよ。あなたにもこれから見せていきます。わがままな私を」


 エリュの髪にハサミを入れる。腰ほどまで伸ばした細くて緩いウェーブの入る銀色の髪をなでつけながら俺は思う。惜しいなぁ。この髪。綺麗で本当は切りたくない。手入れならいいのに。


「あなたも……私のことをどう思っていたんですか? 子供で、幼い『女の子』ですか?」

「君もつくづく解っていない。何で俺が遠ざけたかが解っていない」

「へ?」


 買い物をするスーパーで俺の横を歩く少女の質問に答える。俺はこれまでは彼女が子供で一時期の気の迷いや親の意思にそおうとしているという従順な意識だと考えていた。だから、クリムゾン・イーターに加入し、博士の下で働くことで俺自身も彼女を忘れようとしたしそれで彼女が忘れ、俺が蒸発したことで両家の婚約も解消されると思った。しかし、それはなかったのだ。俺はこの子が愛おしくて仕方ないことに離れている間に気づかされてしまったのだよ。だから、本当は君と婚約を解消し、俺は修羅君に本当のことを告げて完全に君たちから離別しようと考えていたのに。結局は俺は弱くて逃げた。その選択から。その選択しは折られたのだ。


「俺がクリムゾン・イーターに一時期でも加入し、自分を変えようとしても結局は君のことが心配で戻って来てしまった。俺はこんなふうに優柔不断で決断力に欠ける軟弱野郎だ。でも、誰かと一緒に居たいととかそういうことを考えないことはない。結局、最初にいったことが俺の本心なんだよ」

「ほしいものだけかっさらう……まさか、こうなることを解っていて」

「そんな訳ないだろ? 俺は修羅君のように考察能力はないんだよ。数学しかできないアホだ。でも、ほしい物だけは正直に欲するよ」


 変わることができなくともいい時はいいのだ。俺の本当の姿がその時勢ににあっているから俺は現在進行形で変わらぬ平行線を描ける。広い世界を旅することで俺は見聞を深めた。これから旅するのは人間のココロという広大な物だ。広い世界感をさらに開く。開拓して行こう。俺はここで断言してしまえば人間的に10人のメンバーの中で一番小さい、小さすぎる。考えることをしないから俺は小さいままこのように年をとってしまった。逃げ続けるのはもう終わりにしよう。ノヴァは俺が開拓しようとしたことによりあの時に『バーサークモード』を発現した。


「あの力はどうして生まれたのですか?」

「押さえ込んできた俺の心が暴発することで……起きたことなんだ」

「あなたが?」

「俺はそんなに強い人間じゃない。逃げた。もう、逃げるのはやめたんだ」


 そう、俺は開拓するんだ。広い世界を開拓し、俺は俺の周りにいる人間と共に円満に生きていける様な世界を形成してく。それが旅人である俺の本当に必要とされているのだ。宇宙はまだまだ拡張され続けている。俺の心も同じように拡張を続けているのだ。さぁ、みんなを導けるように早くならねば。本当のことをいうのはまだ先でもいいかな? 今は、俺は彼らのように前を向ける若年者を導けるようになりたい。もう少しで30歳になる。

 俺の戦いは戦闘ではない。この卵達をだのように導くかだ。さぁ、俺も……望む世界へ。

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