only stage
実はあたしは観客の詰まった超満員のステージよりも一人で延々と歌えるカラオケや静かなステージの方が好きだったりする。あたしが彼に惹かれたのはそんな孤高の一匹狼の様な彼がその頃の私はかっこよく見えたからだ。しかし、今は違う。あたし、嶋中 八織は歌うことが好きで高校なんかには縛られることなく、自らの独断で歌手デビューしてしまいお母さんにはかなり怒られた。けれど、波に乗ったあたしは全く何かに突っかかる事もなく、それこそうなぎのぼりにことが進んでいることにも気づいている。スポンサーはプラチナ・ローズで統括者はあの修羅さんの妹である璃梨さん。私の憧れだったのは何も彼だけではない。とても美しい美貌と周りを逸脱した豪傑の才を持つ璃梨さんなどは本当にあたしのなかでの憧れ……。それなのだけれど……。そんな彼らには新しい環境がまとわりついていた。
「う、うん。ここで待ってるね」
「まぁ、時間はかからないと思うからな。錦を頼んだぞ。八織」
「はぁ~い」
「……」
「錦さんは……修羅兄とは?」
「え?」
「どこまで行きました!? A? B? まさかC!?」
「えぇっとぉ……」
この童顔大学生の人はどう見ても修羅君の恋人だった。でも、やはり長年の気持ちという物は簡単に切り離すことなどできず彼の近くに居続けたいという気持ちだけでこれまでは食い下がってきた。しかし、幼かった頃の彼と今の彼、そしてあたしすら過去と現在では大きく変わっていたのだ。彼に執着しても意味のないことも理解している。この人が彼と一緒にいること自体がそれを表しているのに……諦めという概念ではない何かが邪魔した。一応は幼馴染に近い修羅兄に先を越されたという感が一番強かったのかもしれない。結局は彼は自分の中では目標の様な人でそれ以上のなんでもないのかもしれない。私立の学園に入学後もあんまり張りのある生活であるとは言えない。高校一年生となり本来なら一年年上なのだけれどあたしがたまたま生まれ月の関係から一つ上の学年に入っている。だから璃梨さんとも同い年の扱いだ。そんなこんなでたまに璃梨さんをみることもある。しかし、その彼女はいかにも彼女らしいといえばそうだが……なよなよしたヒョロ高い男の腕を抱いて彼を見返していた。そんな彼女がどうしても信じられない。あの人は誰にも影響されない強さがあるはずなのに。
「はぁ……。つまんない」
図書室に居るのはあたしや特別な学科の人は授業が無いからだ。あたしはもちろん、文武両道を抑えた女傑の璃梨さんはスポーツ選抜クラスだったり芸術総学習クラスなどはやはり特異なカリキュラムである。授業を受けたければ受ければいいがスポーツや出展などをした上で結果がついてこない場合切り捨てられる。あたしや璃梨さんは無いに等しいけど……。
……暇……。
迎えが来ないと本当に暇だ。そして、今日はいつもの人とは違う迎えの人が現れた。柔和な笑顔にスラッとした長身の男性。スーツにインカムをつけているからSPとかガードマンに見えた。細い眼鏡の奥の瞳は引き込まれそうなほど深い黒だ。不自然に黒い。この人も社員証がついているが特別な社員証だ。あの会社は所属先毎にバッチが違う。色が全てことなり銅色、銀色、金色、蒼銀色と違うのだ。その中にはない色で……どす黒い赤なのである。まるで時間が経過して乾燥した血の様な色……。
「嶋中 八織さんだね?」
「え、えぇ、そうだけど。あなたは?」
「僕は理覇 千歳。迎の人に用があって来たんだけどまだ来てないようだね」
「エリューゼさんに用があるんですか?」
「うん」
その時、奇声に近い雄叫びと共にエリューゼさんが男の人へ蹴りかかった。メイドさんが規格外なのはアニメかライトノベルの中だけにしてほしい。理覇さんは完璧に見切ったようにひらり、またひらりと彼女の鋭い蹴りを避け、机に押し付けられた。しかし、何とも動じることのない理覇さんは笑顔のまま彼女の踵落としを手の甲で流し驚いた顔をした彼女の反対の軸足を打撃をつけずに添え蹴りして上げ、お姫様抱っこの状況に持ち上げる。こんな取り乱したエリューゼさんも初めて見た。バタバタ暴れているのだけれどその人はなんの抵抗もなく普通にたたせてあたしからも少し距離を取る。
理覇さんが一礼するとエリューゼさんは表情が変わっていた。真っ赤になった彼女なんて見ることはできないだろう。そこに聞き覚えのある声が聞こえてくる。隣にあの白衣を着たロリキュートを侍らせた修羅兄だ。それだけではない。あのひョろい男の人とうっとりしている表情の璃梨さん。まだまだ来る。片側を長く強調した髪型の少し目つきのキツい男性と紅い髪の綺麗な人、その横にはかなり目つきの悪い人がいる。
「これで十人揃ったわけだな?」
「え?」
「お前、璃梨から聞いてないのか?」
「兄上、そのように急ぐのは良くないですよ」
「修羅さん!! そんなことよりもこの人!!」
「そっちもか……」
修羅兄が全員を招集したらしい。もともとあたしもファイターではあった。しかし、完全支援型のあたしの物は個人戦は不可能なので出場したことなどない。しかし、あたしを含めて集団戦のメンバーの上限である十人になるのだということか。なんなのだろう。そういう意味での集会でもするのかな? 今日の用事はこちらのことらしい。藍緋の家のバスが来ると全員をそれに乗せるように修羅兄からの指示が飛んでしまい、あたしも乗せられて藍緋の本宅に通される。全員からの自己紹介と機体の名前が告げられる。まだ、三人程登録はされてないけれどそれでも問題ないのだろう。
最初にチームの団長の変更として団長になったらしい修羅兄。この中では最強の実力を持つことや統率力の観点では明らかに彼がずば抜けている。防御力と特異性にかけて最高の変化力を持つブラッディー・オウガ。その后として水中戦闘やそれに近いエリアでの戦闘にはこの中で郡を抜き、尚且つ最近では璃梨さんことアビスすら抑えてしまう海の王女……ウンディネこと絢澄 錦さん。璃梨さんはその実力もかなり……破天荒? で突出した破壊性能を持つアビス、そのパートナーとなった最新の変形型武装を持つメガニューラこと斑輪 稜太郎さん。大天使の異名を持ち天使サリエルの雷撃を持つヴォルサリオン、それはエリューゼさんだ。まだ居た、シャドウ・テイカー、別式のアビリティを初めて発現したものだがあまり他は目立たない。でも、裏方としての実力や能力的には最高質の者を持つと思う。さらに全身燃えるらしいフェニックスは機動と攻撃などには本当に使いやすいと思う。
ここは地下の部屋でとても綺麗だ。円形の水槽には淡水の園芸式水槽が設置されあれを修羅兄が作っているから驚きだ。淡水魚でも難しいことは誰でもわかる。金魚などを単に飼育するのとは違う。水槽を作るということは本当に難しいはずなのだが。これは……世界感というのはかなり斬新に変わる。あたしのように自分の中で本当のことをうやむやにして自己中心的な世界感を作り続けてしまう。それしかできないのだ。だってそうでなければあたしの世界は壊れてしまう。嫌だ。これまで築いたものが崩れ去ることは絶対に嫌だった。それなのだけど。あたしの世界感は変化した。
「申し遅れました。僕はこれより先をみなさんの警護とチーム内でのリーダーである修羅君と右腕の令布君を助ける補佐役として近、中、遠をすべて動く戦いをするノヴァといいます。本名は理覇 千歳」
「俺は栂師 紫輝。先日、そこの修羅さんに装甲を作ってもらった新入りだ。俺の物は雷属の近接、属性攻撃が主体の機体名インドラだ」
「あたしはヴォイス。名前は嶋中 八織。完全補助型の増強攻撃型よ」
修羅兄の指示で年長者の皆もお酒類を禁止し、今回は親交会の様な感覚になった。メイドさんとしての習慣から進んで給仕をしてしまうエリューゼさんと執事とかそういうことではないが便利屋のように最近ここの会社に勤めることとなった千歳さん。その事で彼らは少しもめているようにも見えたけれどそれはそれ、あたしも一人で他のメンバーの動きを見ている。アホがつくほどラブラブしてる修羅兄と錦さんの二人は本当に羨ましい。最近は生活に張りがないことからつまらない人生だと感じ始めている。ハリというかあたしは本来は何かイベントの様なことがないと死んでしまうくらいに物事に波を求めてしまう。あたしの心内は本来そうなのだ。二人を含めて六人はのん気にラブラブしすぎだとも思う。璃梨さんと稜太郎さんは特にだ。素直に自分たちの欲へ従順と言った感じの欲求の見せ方だから嫌になる。その横の二人、令布さんと悠さんは飼い主とペットというか世話焼きな令布さんがツンデレの悠さんに世話を焼いている感覚か。
独り身はあたしと給仕の二人と栂師というらしい人。あの人はスポ選の人だ。近代射撃技能検定の若き天才と称される程の人物なのだが……。何故、近接型なのだろうか。しかもかなりぶすっとした不機嫌顔でいることが加速させていて誰も近寄らない。何故彼があんなに機嫌が悪そうなのだろうか。よく解らないけれど厨房の二人も何かつながりがあるらしく本当に嫌になる。あーぁ……。アウェイな感じが濃くて居たくない。年齢というものは気にならないけれどこの空気の悪さは本当に問題だ。
「修羅さん」
「どうした、紫輝」
「少し、実践的な話をしてくれないか? 俺は初心者だし、訓練もしたい」
革新的な所に触れた。そして、何故、あたしも連れ出されたのかは知らないけれど二組のペアが稽古をつけてくれるのだとか。
「千歳さん。何故あなたがこんな所に?」
「エリュ、それはどういうことかな?」
「いえ……、いきなり姿を消したかと思えばいきなり現れる。あなたは本当に自由な人ですよね」
「それは少し誤解があるが僕は自由だよ。何気なく色々な所に飛んでいき、ほしいものだけかっさらう」
「……」
「ヴォルサリオンかお姉さんにそっくりじゃないか、エル・パニッシャー」
「あの人の話はしないでください」
その日からあたしと彼への鬼の様な特訓が始まった。かなり辛い。肉体的にもリンクしてしまうナノトランスとキューブのリンクから行う格闘ゲーム……フラグメンツ・ファイト。それの特訓はかなり苦痛を伴う。しかし、私には相手に負けられないという所もある。錦さんからの特訓を私は受けているのだが……あの童顔の優しそうな面持ちからは打って変わり錦さんのバトルフォームは修羅兄を抑えるというのも頷けるほどに緻密で作り上げられている。それからの責め苦に対して攻撃の術を持たないあたしではどうにもならなかった。でも、錦さんは飴と鞭を上手に使い分けている。練習後のお弁当は嬉しかった。私もこの前はたまたま帰った家だったけれどお母さんのご飯は美味しかった。錦さんの料理からはそんな感覚がするのだ。
彼女から最初に伝えられたことは心を見つめ直すことだ。どういう意味なのかは今をもって解らない。そして、今日は錦さんの都合がつかずに変わりとして令布さんが現れる。この人は人に教えるとかそういうところにはあまり得意だという意識が無いらしくアリーナに入ってきた瞬間にため息をついている。
「錦がそんな練習を組んでいたのか」
「は、はい」
「修羅の時にあんだけ甘えて俺らの時だけかしこまるな。素のままで来い」
「それは無理ですよ。まだ、出会って間もないわけですから」
「お前は錦に似てるな。だが、まだ錦のが前向きだな。修羅にたいしての感情がある分違うんだろうが」
「どういうことですか?」
「聞いてないなら教えてやるよ」
錦さんも最初は攻撃できなかったらしい。そういえば聞いたことがある。水属は収束しなければエネルギーを外部へと放出することが難しいという。私は特殊型の中でも修羅兄とはまた違うタイプの物だ。ヴォイスは音波による何かに与える影響をを司るそれである。でも、何かに影響を与える事で攻撃ができるとは限らない。防御などはできる。でも攻撃はできていないのだ。令布さんは少し考えたあとに苦笑いをする。そして、答えを教えると言い反対を向いて口を開いた。
「お前、誰かのために頑張りたいとか何かを強くしたいとか考えたことがあるか?」
「ないです。しいて言えばお母さんのためにとかならあります」
「ほぉ?」
「お母さんは歌手だったんです。でも、私を妊娠した事でやめてしまって。もっと続けたかったに違いないのに」
令布さんはそれを親身に聞いている。そして、彼は彼の装甲の一部である双剣を何本も展開してあたしの前に並べた。それを十ンに説明している途中にあたしは理解した。彼が何を言いたいのかを。彼は守りたいのだろう。それが彼の心の中での出来事だとすればそれは心持ちにより動くのだ。
「違うな」
「え?」
「近いところまできてはいる。しかし、俺の本質と心の持ち方を混合しているんだよ、お前は」
「本質? 心構え?」
「俺の考察でしかないから説明しにくんだがな。装甲は俺たちと共にある。お前が変わればヴォイスも変わり心がうごけばヴォイスの本質が変化する。この双剣はあいつらの本質なんだ」
変遷の連鎖……。あたしは変わることが嫌いで仕方ない。物覚えが悪く、変化する早さについて行くのが苦手なあたしは本当に何かを急に変えられるのが大嫌いだ。でも、周囲に置いてきぼりにされるのはもっと嫌。それだから、あたしによるあたしのためのあたしだけの空間を作り上げた。それがあたしのステージだ。歌は好きでも、歌を自分を飾る道具にしていたあたしはただの自己中心的な暴君でしかない。変わらなければならないことは理解しているのに……変わりたくない。嫌なことを押し退けて好きな事だけをする。それがあたしのいけないところ。解っている解っているのに……。
次の日は錦さんがまた現れた。あたしの表情が沈んでいるのに気づいた彼女はすぐに練習を打ち切ってしまう。笑顔ではなく、少し歪んだ顔の彼女はたぶん令布さんに何かを言われたのだと思う。今日は錦さんの部屋に招待された。芸術学部の高校生は多いため別棟になっていたからこちらに来るのは新鮮だった。それに……。
「修羅兄のかおり……」
「ひぅっ……やっぱりわかっちゃう?」
「ここって女子寮ですよね?」
「どういうわけか修羅君は寮母さんからの受けがよくて……毎晩のように私が誘ってる」
それは新鮮な驚きだった。奥手でどちらかというと引っ込み思案的な見た目な錦さんが自分から誘っているなんて……。錦さんも苦労しているのだ。きれいな瞳の錦さんは大きな目でくりくりした童顔が可愛らしい。体格も華奢でショートカットかなと思われるくらいに抑えていた髪は緩いパーマが入っているが天然のようだ。それに、これまた可愛らしい趣味をしている。おそらくはシルバー・ローズのものだけどティーカップやポットなんかもかなり小さめで可愛らしく、フォークやナイフ、受け皿なんかもかなり凝った趣向のもので……。あの童顔を引き立てている。プレゼントしたのは璃梨さんだろうしなぁ。
一言に可愛らしい見た目の錦さんがフォークに乗せていたケーキの切れ端を口に含んだあとに飲み込むとあたしに口を開く。彼女はここ最近になって大きく成長したらしく自分のようにあたしもすぐに大きく成長するのだと思い込んだのだと反省しながら言葉を紡ぐ。彼女の場合は器用だからこそできたのだろう。彼女は話に聞いた限りではかなり頭が良くなくては進めない学部へと進学しているはずだ。その彼女と理解力を同じくされてはどうにもならない。
「ゴメンネ。そんなわけでやっぱりみんな違うんだって痛感した」
「そ、そんな、こちらもあんまり理解しようとしてなかったんです」
「わかるよ。私もそうだったし。何かに影響されて周囲が変わってしまうことが怖かった。私の場合は本当にそれが怖くて……嫌だった」
「……」
「でも、目標を決めて歩く事で私は変わることができたの」
「目標?」
「どんなことがあっても修羅君の横から離れないこと。それが私の決めたこと」
真剣な面持ちになった錦さんの表情は本当に綺麗な……大人びたものだった。彼女と修羅兄の馴れ初めはあまり聞いていて気分は良くなかったけれど彼女は彼女で悩んだり彼が敷いていたその方向性をおる決断をした段階で彼女とキューブは進化した。彼女はどうしてそこまで簡単に決断できたのだろう。そこが不思議だった。でも、なんとなくわかる節もある。ドラマなんかの決意とはまるで違うけれど錦さんの物はもっと大きなものなのだ。
私にできる決意……お母さんに迷惑をかけないこと? それは無理な話だ。お母さんはかなり世話焼きで次の世界に行ってしまわなければあたしに世話を焼きすぎるに違いない。ほかに何かできることはないだろうか。令布さんは修羅さんを助けながら自らが変われることを望み、その上で自分を頼ってくれた人を幸せにしたいのだという。錦さんは愛した人が自分から離れないように共に駆け上がる実力を手に入れるために……。みんな何かをもっている。あたしはどうすればいいのだろう。何もないということもないけれど大きな物はない。
「お母様も歌手だったんだ」
「はい」
「優しそうなお母様で私もいいなぁって思ったんだ。いいなぁ」
「……」
お母さんはあたしが生まれた事で歌手をやめてしまったのだと他の人から聞いた。それが直接の理由ではないとお母さんは言っていたけど、どうにもそれに近いものがあるように思えてならない。でも、今更それを聞いてもどうしようもないのだ。何かないのか? あたしが本気で頑張っていけそうなことは……。あたしが……。錦さんは全力で恋愛ごとだし令布さんは忠義に関してのこと。璃梨さんも恋愛だけれどあれもまたベクトルの違う路線ではある。ではどうすればいいのだろう。
「もっと、歌を好きになったら?」
「え?」
「私も外側に力を押し出すのが怖かったの。それで自分の世界が侵食されてしまうのが怖くて……。でも、そんなことしてたら彼はどんどん先に行っちゃって何もできなくなっちゃって」
「……」
「八織ちゃんがフィールドで歌ってる時はなんでか物悲しく見えるの。攻撃に転用なんてしなくても他の方法に転用する方法を考えてみたら?」
その次の言葉であたしの心は動いた。確かにそうだ。そう考えればステージもフィールドも変わらない。痛めつけられたり変化に打ち拉がれるくらいならと停滞を望んだあたしにはこの言葉が本当に世界の違いを感じさせた。錦さんの言葉にはあたしの今と近い昔の彼女の面影を見せていて本当に彼女も苦労したのだと理解ができる。でも、きっかけさえあれば彼女のように180度回転した方向修正も可能なのだと……気づけた。
「戦場とは思わずにあそこもステージと考える事であなたはもっと上を向ける。私と同じだよ? フフ……私は私を変える為というだけであそこに居たの。でもね? 『一緒』に戦ってくれる素晴らしい仲間ができたから。その仲間のいる道に先導してくれた修羅君に私は本当に感謝してる。それに……彼にはもう無理をしてほしくないから」
きっかけをくれた人。そういう意味では修羅兄はあたしの中でも大きく際立つ人であることは変わりない。彼が本当にいい人で自分を犠牲にして周囲を助けたがることはあたしの外からなでた様な見識ですら理解は容易な程。その彼をここまで変えたのは彼女が彼に対して本当に何かの変遷を受け取りその変遷に巻き込むことができたからだろう。確かに年上の憧れのお兄さんではあったでも、違う。錦さんのベタ惚れしている彼と周囲に向けている彼がまだ違う以上あたしも助けてもらったこの人に恩返しをしなくてはいけない。私はこれまでステージとは一人の独壇場のものだと勘違いしてきた。だがそれは甚だおかしな先入観でしかないことも今なら理解できている。スタッフの皆さんがいて整うライブだ。スポンサーなどの裏方の皆さんから含めれば本当にかず限りない人にあたしは支えられている。こんなにわがままで幼くてもそれを支えてくれるのだ。それが仕事だからと言うなればそうだけれどそれでも人とのつながりは絶つことはできない。
感情的になることもある。でも、折り合える。錦さんはそう教えてくれたのだ。美味しいケーキを焼いてくれたお礼をしたい。錦さんの料理は本当に美味しい。こんな料理の上手な人に毎日振舞ってもらえる誰かさんは穏当に幸せ者なのだなと今思う。誰とは言わないけれどあの人は本当に幸せ者だと……。その日は夜から練習を開始した。どうせあたしのステージにするなら攻めるステージがいい。観客の皆さんの心を揺さぶる様なダイナミックなステージにしたいのだ。そう、あたしは攻撃的であっても誰かに害を与える必要はない。それさえわかればあたしの物。あたしは歌手だ。歌手だから歌い続けることができる。歌って元気をみんなに分けることができるのだ。
「修羅君。八織ちゃんからもらったんだけど……」
「八織らしいな」
「そういうことなら、なぜか俺ももらったんだが?」
「令布と……嫁か」
「しゅ、修羅君!!」
「まぁ、のちのちわかるさ」
楽屋にみんな入ってきた。あたしが招待しておいたのだ。おまけの修羅兄と悠さんはどうでもいいとして錦さんと令布さんにはかなり助けてもらった。それのお礼がしたかったのだ。錦さんに対してのお礼ならこれでいいし、令布さんは音楽が好きらしいからどうせならという感じで悠さんも呼んでいる。装甲の能力も安定期へと入っていてこれまでのように何か決まった物を得たのだ。あたしもチームプレーの中に組み込んでもらえるように頑張らなくては。
修羅兄なんか知らない。これからはあたしは別の人のために頑張れる。確かに彼もあたしの中では運命の転機を与えてくれた人の一人に数えることはできよう。でも、彼ではない。彼ではないのだ。あたしの運命を大きく変えてくれたのは彼を変えることができるだけの強い意思をもてた人。そう、錦姉だ。今は彼女のために頑張れる。どうしようも無い唐変木で勘違いの大きなあの人を全力で支えようとしている彼女を私は支えて行きたい。そのうちに錦姉のようにあたしもあたしが本当に好きになれる人を探して行きたいと思っている。でも、今はまだいないかな? 運命の人との出会いを求めて今日も楽しく、あたしの声を求めてくれる人たちに希望と前を見るためのエネルギーを送りたいと思う。
「お前、いつの間に八織に好かれたんだ?」
「そうよ、何であんたまで『令布兄』なんて呼ばれてるのよ…………焼いちゃうわよ」
「はは、ま、俺の思うところを伝えただけのことさ。これで、あいつもくすぶってたあの状況からは抜け出せたんじゃないのか?」
「うん。八織ちゃんは素直だもん。きっと頑張れるよ」
いつにもましてステージが楽しい。こんなに楽しく歌えるならば前から気づいておくべきだったなぁ。璃梨さんの言うとおりだ。人間は社会を作らなくちゃ生きられない。それを教えてくれたのは彼女ではないけれど確かにそれは大きな要素だ。支え、支え合い、大きく太く、しっかりとした大木は育つ。種だけでは育てないことを錦姉は教えてくれた。錦姉はあたしを包み込んでくれたのだ。ケーキを食べながらのあの時間は今まで心のどこかに隠してきた寂しさを埋めてくれた。変わることが嫌いだったことから誰かとの濃密な何かを嫌うことが多かった。だから、いつも独りよがりなステージだった。でも、今は違う。根底の根底からあげればきりのない程の膨大な人たちの力を借りて、あたしはこうして花咲かせて大きな舞台を歩くことができるのだ。一人じゃない。もう、あたしは一人じゃないんだ。修羅兄をはじめとしてみんながいる。ファイトの世界でも一人じゃないんだ。
「お疲れ様。八織ちゃん」
「錦姉、ありがとう」
「全く、面白い妹分ができたな。錦」
「違うよぉ。八織ちゃんは八織ちゃんだよ。私はほんの少しお茶の相手をしてもらっただけだもん」
この天然な所も可愛い。修羅兄に褒められると彼女はいつもこうだ。私と同じように呆れてものも言えない様子の令布兄も苦笑いが漏れ出ている。そのとなりの悠さんはあたしに敵意丸出しだけど。とるわけないわよ。それに、令布さんは修羅兄と似てはいるけれど本質が違っている。修羅兄はやはり硬い。だけど、令布兄は柔らかに変容するところがある。優しさで言えばどちらかと言えば令布兄の方が空気は読んでくれそう。でも、言い方を変えれば優柔不断なところが目立つかも。そんなことはさておき、令布兄から提案があった。この前はたまたま図書室に集まったけれど実はまだ夏休み真っ盛り。あたしは見ておきたかった講義があったからその日は登校したけれど。
それは唐突なことだけれど動ける人間だけで令布兄の実家に行かないかということらしい。釣り宿であたしが加入する前にみんなで言ったらしい海外のプライベートビーチほどではないけれどそこそこ綺麗な海があるらしい。錦姉なんか本当にわかりやすい。はは、やっぱりみんたとわいわいしたほうが楽しいな。
そう、あたしのステージは確かにあたしの物だ。でも、それをバックアップしてくれる人のことも忘れてはならない。オンリーとは唯一一つという意味だ。けして、それが独占できるものとは限らない。あたしはそれに気づけた。それが『唯一一つ』の物でもみんなと『共有』するという幸せの得方もある。
オンリー・ステージ。あたしの人生はあたしだけの物。でも、助けてもらっている。あたしもみんなを助けながら張りのある人生を歩いて行きたいな。人生をステージに例えるなら……みんなで一緒に。歩いて行きたい。




