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 藍緋さんにはかなわない。藍緋さんはかなり強引な人だ。それでも、慈愛というか優しそうな表情は綺麗なのだけれどどうしても彼女の豪傑というか策士の才には尻込みしてしまう。藍緋さんはどうして僕なんかにいつも一緒にいようとしているのだろうか。お兄さんの話しもいろいろといい話しは聞かない。けれど会った時に彼は噂ほど危険な人には感じなかった。このご兄妹にはどうしても畏怖の念しか湧かないほどに僕は気圧されてしまうのだ。その藍緋さんがきょうも僕の教室に来た。男子学生すら圧倒されてしまうあの視線や威風堂々たる挙動は本当に怖い。けれど彼女はそれを気にすることなく僕の腕を抱いて堂々と廊かを闊歩していく。


「稜太郎さんはいらっしゃいますか?」

「あ、稜太郎? おい!! 稜太郎!! お呼びだぞ!!」

「あ、藍緋さん。君が来なくても僕が行くってば」

「遠慮は無用です。時間の空いている人間が動くものですよ?」


 なんというかすごい人。それが最初から変わらない彼女への俺からのイメージだ。本当に綺麗で凄い人というのは誰からも変わらない。一定のイメージなのだが……。僕には少し強烈すぎる。それが解っているようで前まではそれなりの自重があったのだけれど今はそれも無い。とても絡みが濃い。どうしてなのか理解に苦しむところがある。それはフラグメンツ・ファイトに誘われてからかなり顕著だ。僕は彼女があっという程の特殊な装甲をもっているのだとか。しかし、初心者の僕には何も解らない。メガニューラは古代の大型のトンボだ。それが強そうだとは感じたことは無い。それでも、藍緋さんのお兄さんである修羅さんまでもが希少なことだという。本来揃うのが希なアビリティが僕の装甲には備わっているとも言われる。

 彼女に密会のように高級レストランへ拉致された時から彼女は本当に僕とは違う世界の人間だと感じた。シルバー・ローズやプラチナ・ローズの経営のことに関しても聞いたのだがかなり現実味がなく何とも言えなかったのだ。けれど、事実彼女は学校では見かけることが少ない。それに、彼女のすべてが凄いとは言わない。藍緋さんは強引だけれどやはり女の子。羞恥もちゃんとあれば理性もあるし相応の限界意識も備わっていると思われたからだ。時折見せてくれるお茶目で抜けたところとそれを返すようにポーカーフェイスを繕おうとする一瞬のあの顔が僕はたまらなく愛らしくて好きだ。それにまだその段階は踏んでいなくとも僕たちは周囲からは恋人と思われているだろう。特に毎日のように僕を教室から拉致していくこのとなりの女の子が来る栄養科の教室のみんなは絶対にそう思っている。


「……」

「……」

「……どうして何もお話にならないんですか?」

「あ、いや、その。藍緋さんくそ……どうして?」

「私は……こんなこと女の私に言わせるんですか?」

「えと、どういうこと?」

「わ、私だってはずかしいんだから!!」


 あれ? 今、藍緋さんの口調が変わって……? そして、いつも見せる能面(ポーカーフェイス)の崩れた苦笑いの様な顔ではなく今回は完全に困りきった羞恥を隠せない赤面だ。それも、ことわざ通りに顔から火が出る級の真っ赤な顔で……。こんな藍緋さんを初めて見る。修羅さんと一度二人で話したことがあるけれど藍緋さんはどうしても溜め込んでしまうところがあって暴発すると面白いことが起きるという。まさかこれ? それはさておき僕の腕をより一層強く抱きしめて顔を埋めようとする藍緋さんはこれまでの彼女とは全然違う。なんなのだろう。


「これまでは……兄上の指示でこんな堅苦しくてキツい性格演じてきたけど……もう、無理」

「藍緋さん? な、なら」

「その畏まった呼び方も、嫌。『璃梨』ってよんで?」

「………あ、うん、そのえと」

「稜太郎さん?」

「じゃ、じゃぁ、その藍緋さんもその『さん』をなくしてくれたら僕も『璃梨ちゃん』って呼んであげる」

「ふぅ……りょ、稜太郎……君」

「うん。璃梨ちゃん」


 真っ赤だ。なんというかギャップが激しくて困る。でも、これも藍緋さんなら演じているという可能性も否めない。この人の凄さは折り紙つきで変態じみている。お兄さんの修羅さんがいうのだから間違いはない。それに、僕は彼女からすればどうなのかというところが一番僕としては気になる。恋人というのはお互いに認め合ってこそだ。僕はそれがいやという訳ではないけれど、主義というか、僕は相手の主義を尊重して縛りのない関係を続けたいと願う癖がある。誰にでもペコペコしているわけでもないけれどそれに近い所はあるかもしれない。八方美人はあまりよくないとは思うのだけれど。


「こんな私はご所望ですか? 稜太郎君?」

「やっぱり……」

「ん……」

「はっきり聞くよ? 藍緋さんは僕をどんな風に思ってるの?」

「『璃梨ちゃん』でお願いします」

「う゛う゛ん。璃梨ちゃんは僕のことをどんなふうに見ているのかな?」

「お慕いしております」


 顔を赤らめながらまた違う表情をする。今度は少し違う方向を見ながらではあるが上を見ながら僕から意図的に目をそらして口を小さく開いた。藍緋さん、もとい璃梨ちゃんは百面相なのかと思うほどに面倒な性格をしていらっしゃる。照れ隠しが大げさすぎるのだ。綺麗だし女性としての何らかの観点が高いことは認める。しかし、それ以上にひねくれた感性が上塗りされるレベルのために救いが……。

 そして、不思議なことが起きた。その日は藍緋さんが僕の寮へ初めて入っていき、眺めて料理を作ってくれた。お世辞にも上手とは言えなかったが。僕の学科は栄養学科だ。だから、彼女の料理に口出しはできる。今は言えないけれど。


「斑輪 稜太郎だな?」

「は、はい。どうしたんですか? 修羅さん」

「違う。俺はその父親だ」


 扉を閉めようとしたが僕の貧弱な筋力では全く抵抗できずに彼は僕の部屋の玄関に押し入りそこで立ち止まる。彼のことは修羅さんに聞いていた。クリムゾン・イーターのリーダーで世界一の重犯罪者。しかし、彼はしりもちをついて無様に倒れていた僕を起こすと一言目で藍緋さんのことが出た。テロ組織のリーダーであることは間違いないけれど最近の新聞で騒がれているほどに血も涙もない人ではない。むしろ、彼は子供思いの優しい父親に見えた。悲哀を含んだあの表情はやはり修羅さんにそっくりだが修羅さんと決定的に違うのは身長が大柄で髪の毛もかなり長めだ。それに加えて藍緋さんのあの威風はこの人からなのだろう。修羅さんも隠していた鬼気とした決断力と取捨選択の厳しさはこの人からの遺伝なのだ。


「今更だが、手荒にしてすまない。俺がテロリストだからだと言うことはわかるが今は……無理かも知れないが一人の父親だと考えてくれると嬉しい。君は……修羅と璃梨と面識があり、なおかつ璃梨と親密だ。璃梨を見捨てることはしないでくれ」


 彼はそれだけ言うと深々と頭を下げてくる。僕も何をしているのかと思ったが彼を部屋に上げてお茶を出して話を聞き始めていた。確かに藍緋さんのことが嫌いとかそういうことは全くないしむしろ彼女がそういう思いであるならば僕は受け入れてあげたいとも思う。しかし、これまでも何度も言うように彼女の鬼気としているところがどうにも苦手だ。それをひっくるめてどうにかする方法を知りたいとは願っている。


「荒神さん」

「何だ?」

「どうして璃梨さんはあんなふうに?」

「修羅は母の臨終を目の前にしそれに立ち会えなかった俺を憎んでいる。だが、璃梨は出生と同時に母を失っていることから聞かされているにしても事実確認はど出来ようもない。おそらく修羅はすべてを語ってはいないはずだ。あいつの性格ではそこまでのことをしないだろう」


 なんというか藍緋さんがああなった理由を彼は明確に理解してるらしい。父親だからわかるとでも言おうか……。彼は、いいや、彼らは本当に区のうしているのかもしれない。


「璃梨には主とする感情の波が存在しない。だから、見聞きした言葉や誰かの性格などの物を形式的に使っているとしか言えないんだ。それは兄の修羅とて同様。ただし、璃梨には輪をかけて足りなく、求めうるものがもう一つあるんだ」

「はぁ……」

「あの子には人の温もりがなかった。故に温かみが欲しいんだよ。俺はもちろん、あの頃はそれこそ氷のようにとでも比喩できた修羅ではそんな感情を彼女に見せることなどなかったろう。だから彼女は束縛されることを好むんだ」


 確かにそうかもしれない。誰にも相手にしてもらえず、彼女程の思考能力があるのならば幼い時にも自分がどうしてそういう立場なのかくらいは肌で感じていたのかもしれなかった。最初の言葉と今の言葉がこれでつながり僕の中で疑問が晴れた。荒神さんはそれが理解できたのか立ち上がると外を気にしながら僕の寮の部屋からでていく。彼も気を使ってくれたのだ。世界的に目をつけられている彼だから相応の考え方と理念をもっているに違いない。藍緋さんの過去を少々垣間見ることとなり不思議な感情を覚えた。修羅さんはもしかしたら先日隣にいた女性に影響されて変わっていたのかも……。僕は何事においても上に絶つことも泣く中の中を保つのがやっとの存在だ。でも、それでも何かできると思う。宗教的な考えかもしれないけれど生き物、万物には生まれてきた意味や組成された運命とか必然とかいう物がある。僕にも何か生まれてきた理由の様なものがあると思うのだ。ただ、無意味に生まれて来たわけではない。たとえ、何かに踏みにじられて殺される運命でも、大成できずに苦しむものでも、それが僕の運命であり必然なんだから。僕は藍緋さんのためにいるのだろう。きっと……。


「いけない人だ。関わってはいけないというのに」

理覇(ことは)。お前がここに何故?」

「修羅君に頼まれたんですよ。博士。俺も関係者ですし、俺にも思い入れのある人はいるんですからね」

「そうか、勝手にしろ」


 何を伝えに来たのかと言えば不明瞭なところが大きく占める今回の荒神さんの訪問にかんじて何か大きな胸騒ぎを感じた。修羅さんが時たま荒れたり姿を見せなかったりするのはそれが原因だと僕は思う。確かに最近の情勢はかなり不安定で何もかもが不安だ。先行きの見えない景気や雇用、人権問題、さらには原告団の訴えを頑なに拒む政府の変異者救済措置。これは修羅さんのいうことが起きようとしているのだろうか。僕のような小心者で理解力に乏しい人間では彼女の過去についてどうのこうのと動くことはできないだろう。ならば僕にもできることをするしかない。僕に今できることは彼女を幸せにすること。それしかないだろう。修羅さんも藍緋さんの話ではそうとうなヒネクレ者だったにも関わらず絢澄さんのおかげで大きく心を開いたらしい。その関係で僕にもできると思う。こういってはなんだが兄妹の順に準ずるように藍緋さんの方が幾分か柔らかいこともある。こんな貧弱な僕でも変われはするのだ。

 外の空気を吸いたくて外にでた。別に思いわけでもないのになぜか彼女とその家族のことで胸は何かが詰まったような状況になる。それは言うまでもなく少し前まで完全に他人であり見るだけの存在だった藍緋兄妹が僕の中でかなり近い存在となったことを意味している。特に藍緋さんは日常の一部となりもう欠かせない条件の一つだろう。そして、学校の射撃部へと足を運んだ。そこは本来ならば部の人間以外は使えないはずなのだが僕には特別な条件があり中に入れる。


「珍しいやつがきたじゃないか。斑輪」

「そんなに警戒しないでくれよ。僕だって入部したくなかった訳じゃないんだからさ」

「知っている。特待生制度なんて使うからだアホが」

「で、僕にも握らせてもらって構わないよね?」

「あぁ、特待生資格で入部は不可能だが使用は許可されているからな。ただし、それなりの経験を要するが」


 僕はここにいる栂師(とがし) 紫輝(しき)と中学時代にクレー射撃やアーチェリーなどの近代射撃技能検定で優勝を争った仲なのだ。僕は父が高級料亭などに引っ張りダコの板前であるためにその名を次ぐために料理人となるように育てられた。しかし、父も母もそれを許さなかったのだ。そのために父は学園長を通じ特待生入学を行い父の七光りで入学させ、特待生入学の代償である部活動への参加ができないことや学内機能の一部が使えないことなどが条件に組み込まれている。使えないといえども普通生徒でも入場の制限があるがこの区画の奥にある娯楽街への入場は基本的に本当にできる人間しかいかないためにほとんど使う人はいないけれど。だから、僕はこの射撃機器の揃う場所で彼と練習するために足を運んだのだ。

 僕のメガニューラが何故機械という新属性を持ったかと言えばそれが大きく関わっていると思われる。そのことから僕のニューラは飛行属性、機械属性、生物属性古代昆虫種に分類される。本来は機械属と生物種の合成すら数人しか見つかっていない上にまだ歴史の浅いフラグメンツ・ファイトにおいてここまでの変遷を遂げたこと自体前世代のゲームにはありえないことだ。人間と共に変化する。これが本当に起きている。これだけならいいのだが……。


「乱れているな。何か心配ごとでもあるのか?」

「あぁ」

「何だ、お前にしてはかなり正直だな」

「僕はとある人を守るために一度捨てたこれをまた取り戻そうと考えているんだ」

「ほう? それで?」

「協力してくれないかな?」

「俺が医師の強い真っ直ぐな人間を拒む様な男に見えるか?」

「いいや。だが、申し入れはしておくよ」

「俺も、見返りはつけさせてもらうぜ?」

「問題ないよ」


 ニューラの大きな弱点は僕の持つ三属性のすべてが持つ防御力の著しい低さだ。生物属のなかで昆虫種は属性順応性が高いのだが物理攻撃においてはかなり脆弱だ。加えて機械属性は属性やフィールドの条件に大きく左右される上に防御力も型によるがかなり弱いものが多い。僕の物は本当に弱いのだ。機械属の中でも特殊飛行属と呼ばれる修羅さんの中でもかなり分類の難しいものなのだとか。火力と機動力の高い機械属は相応に防御も低い。だてに精密機械ではないのだろうな。飛行属は属性に分類されつつも他属との兼ね合いも多く見られることから皆は属と考えていない。それでもエリアの状況に関わらず進行しやすいことはかなり有利にことを運べる条件としていいだろう。属とはそういう情報条件のことである。


「稜太郎さ……」

「うん、そろそろ来ると思ってた。行こうか」

「は、はい」


 一瞬たじろいだ藍緋さんが可愛くて面白かった。昨晩に修羅さんに連絡を取ると璃梨ちゃんを落すには少し緩急を付けるといいらしい。修羅さんは理解しているらしい。お兄さんとしては本来は優しくしてあげなくてはならないのにそれができない。彼は父代わりであり母代わりでもある。それは負担が大きすぎた。だから、彼は崩れたのかもしれない。修羅さんの崩壊はもちろん彼女にも影響はしているのだろう。お兄さんは本当に辛かったと思う。荒神さんの話では母の死を看取り尚且つ父は助けることができず、生まれたばかりの幼い妹を養いつつ彼は育ったのだ。

 それに、彼にはその大事な妹を守るという使命があった。誰に言われずとも彼は本当に辛い選択を何個もしてきたのだと思われる。僕がどう変わればいいかと聞けば彼は優しく、この少し戸惑いで紅潮した顔をしているいつもと違う女の子を抱擁してあげればいいという。簡単にはいかないだろう。しかし、それしか僕にはできないだろう。それしかできないから僕はそうしようと思えた。だから、僕ができることをする。できない高望みなんか僕はしない。堅実に、堅実に……僕は闘うのだ。


「稜太郎さん?」

「ん?」

「どうかされたんですか? いつもとは少し違うようですが」

「あぁ、少し思うところがあってね」

「?」

「君にふさわしい男っていう題材なんだけどね。どうしたらいいかなと思ったわけさ。お兄さんに聞いてたり模索したりしてね」

「……」

「今の僕はどうかな?」


 修羅さんのようにはなれなくても僕は僕で彼女を支えたい。璃梨さんは僕よりも大きな何かを背負っているに違いないのだから。トンボというのは昆虫の中でもホバリングや飛行に感じてはずば抜けている。さらに、最高時速だって他の昆虫なんか比にならない。甲虫が有名どころだからあまり目立たないのかもしれないけれどトンボは肉食性で闘う上ではこれが一番上だ。それに、メガニューラは火力においては絶対に引けを取らない。それが璃梨ちゃんのアビスだとしてもだ。

 彼女は面食らって紅潮させた顔を背けることすら忘れて放心というか停止という状況に至っていた。その表情に笑顔を見せるだけで璃梨さんはさらに顔を真っ赤にさせて顔を背ける。こんなに可愛らしい側面もあるのかと驚いているくらいなのだけれど。別に用事もないために今日は彼女の部屋にお呼ばれした。そして、璃梨さんが厨房というかシステムキッチンに立とうと考えたらしくエプロンを掴んだが……ここぞとばかりに僕もそこに向かう。彼女は恥ずかしさを隠したいらしく僕を食事をする椅子に座らせようとしているのだが……。


「料理は私の仕事です。稜太郎さんは……」

「ダメだよ。僕が栄養科なのは知ってるよね? 教えてあげる」


 確かに璃梨さんは万能だし、豪傑の歳をうかがわせる大胆不敵な取捨選択と裏の裏を読む行動力が強みではある。だが、それでも完璧とはいかない。大胆すぎて少し足りなさもあるのだ。今回は少し抑えてもらって彼女の手伝いをする。父が板前であるために僕も料理ができない訳ではない。特に魚をさばくなどの包丁の技術はなかり長けている。それでけではないけれど一番得意なのはやはり包丁できることや剥くことでそれを円滑にこなして彼女の手伝いをした。璃梨さんはやはり赤面していて手つきが危ない。でも、逆にそれが微笑ましいくらいで僕は嬉しかった。少し僕の方が大柄であるために後ろから手を握りフライパンの扱いかたや火力調整の微調整を手伝うことも僕が行う。全ての料理を作り終わると食卓へと運んで行く。

 その途中でもやはり璃梨さんはムスっとしていても赤い顔をしている。人にこれだけの助力を受けることや人として何かを強く補正されることが初めてで感情の制御がつかないのだろう。座って向かい合うと本当に真っ赤で僕のほうは微笑みが漏れてしまった。可愛い……。


「な、何ですか?」

「璃梨さんが可愛くてついね」

「……兄上の様な意地悪はやめてください」

「修羅さんこんな感じなんだ。今の彼じゃ全然想像つかないよ」

「そうですね。錦さんがはけ口になっているようですし。でも、私を弄ろうなんてまだまだ甘いですよ稜太郎さん?」

「あ、お米付いてるよ」


 とどめだ。真っ赤とかそのレベルを逸脱したその赤さの彼女の顔はしたを向いてしまい一生懸命自分の分の食事を詰め込んでいる。そして、食べ終わると浴室へと逃げ込んだ。僕はゆっくりと食事をして彼女にとある話を切り出すために用意をしておく。どうせ彼女は浴室でクールダウンをするために向かったのだから僕にもそれを整理するくらいのことをさせてもらってもいいだろう。彼女は長く浴室に入っていたあとに出てきた。表情はいつもの彼女と同じように見えるけれど挙動というか物腰がかなり引けている。


「あ、あの」

「璃梨さん」

「……」

「……」

「お先にどうぞ」

「レディファーストということで」

「では……。遼太郎さんは私のことをどこまでお聞きになりましたか?」

「う~ん。現段階の君以外の全てかな?」

「それはどういう意味ですか?」


 僕はどちらかと言うと平凡な人間だ。何かのために立ち上がろうとか悪を打ち砕こうとかそんなヒーロー的な思想は欠片もない。でも、誰かのために何かしようと思うことくらいはできる。お兄さんやお父さんの話を総合できる観点で総合して彼女の現状を考察できなくもなかった。それは僕の憶測の彼女。錦さんの助言は本当に参考になった。これから探る。探求することが楽しいそう考えたことはなかったのだ。

 その上で彼女のお兄さんの修羅さんのように先を見ることなど脳内スペックの貧弱な僕ではついて行けない。ならば彼女の今を見たいと思うのが普通だろう。不順な憶測だって捨て切れる訳ではないし彼女のことについて足りないことを補いたい。為児手さんのように修羅さんに仕えることは僕はしない。修羅さんのように守るのではない。彼女の隣でいることが普通になれれば僕は幸せだ。頼りなくともなんでも僕は璃梨さんと一緒にいることを選ぶ。


「過去とか璃梨さんがこうなった理由をいろいろな人から聞いたよ。でも、僕は今の君を知らない。君がどんな人でどんなことを考えていて……僕をどんなふうに思っているのか。僕だって唯なよなよしてるだけは嫌なんだ。修羅さんみたいな腕っ節もないし、為児手さんのように彼に尽くせる程の物はないよ。でも、僕の思っていることを僕の一緒に居たい人には伝えられる。璃梨さん。僕は君が好きだ」


 少し視線をそらしていると璃梨さんの方が泣き始めてしまった。こんな展開を予想していなかったために狼狽えている自分がどうにも情けない。璃梨さんがこれくらいで本気で泣くか? いや、それは勘ぐりすぎだ。感情の昂ぶりは彼女にもあるだろう。両手で涙を抑えている彼女の体が小さく見えた。いつもこんなに小さくあは見えないのに……人間の感情って不思議だ。遠い所にいて大きく見える彼女が今日は小動物くらいに見えてしまう。本当に小さい。肩も細くて華奢な感じの……。


「うっ、うぅ……うぅぅ」

「ど、どうしたの?」

「い、いえ、涙が……涙が止まらなくて……」

「やっぱり嫌かな?」

「解っているのになお聞くなんて嫌味な人ですね。兄上の真似なんてあなたらしくないですよ。稜太郎さん」

「別に真似なんてしてるつもりはないんだけど……。僕も、君と一緒に居たいんだ」


 その瞬間、僕は自分でも驚くほどに心からの動揺と喜び、大きな波を感じた。綺麗な笑顔……璃梨さんのこの表情を……修羅さんの言うところでは彼女の笑顔は作られたそれくらいしか見たことがない。ならば、僕はそれを始めて見たのだ。こんなにも美しい女性(ひと)が目の前で……僕を受け入れてくれた。嬉しくて、でも、半信半疑というか急なことすぎて全然整理の付かないところが怖くて……。しかし、こんなに晴れやかな喜びが……こんなに嬉しいのは久しぶりだ。


「お受けします。遼太郎さん」

「え?」

「私もあなたのことをお慕いしております。不束者ですが……これからよろしくお願いします」


 今日も、僕は教室で同級生の友人との話を早めに切り上げる。下駄箱の所に行くと……璃梨が待っていた。制服の彼女はあまり見ることがないのだが久しぶりに彼女は授業を受けにきたのだろう。うつむき加減の少し細めの輪郭に長い髪を大和結にしているのが印象的な彼女は誰が見ても目を引く。そして、棒を見つけた彼女はこちらに歩み寄ってきた。本当は女の子がこういうセリフを言うと映えるけれどやはり授業形態の上で長い僕の方があとから出ることになる。それを変えることはできないのだ。


「待った?」

「いえ、数分前に着いたばかりです。では、行きましょうか」

「うん」


 璃梨はもうためらわずに僕に体を預けてくる。細い体に合わないマーベラスなスタイルが本当になんというか……。先日のチームの皆さんで行った旅行の時も本当に大変ではあったけれど……。まだ、透明だ。僕の飛んで行ける道は決まってすらいない。色もなく、これから染めていくための大切な選択枝。このメガニューラは璃梨と共に登って行くための物だ。けして高望みなんてしない。それが僕の主義で彼女のお兄さんのように大きなことはできないだろう。でも、僕と彼女にしか作れないものがある。クリスタル・フライ。トンボの羽は透き通りその先が見えている。無限の可能性を思わせるフラグメンツ・ファイトに似ているのだ。僕もまだ欠片……飛んで行くために力を付ける。


「修羅さんに挨拶した方がいいかな?」

「しないでください……。それに求められていることをまだ実感してないんです」

「そうだね。じゃ、璃梨をこれから独り占めできる方法でも考えとこうかな?」

「ふふ、束縛してもいいんですよ? 私は、あなた専用ですから」

「それは少し言い方が卑猥だね」

「そ、そんなつもりはなかったのですが……」


 風は僕らに味方してくれるとは限らない。だから、協力していきたい。『二人で』と決めたのだ。何が何でも助け合う。澄んだ色の空へと登って……僕の羽で彼女を安住の地へと導くために。高く飛んでいく。願えばかなう世界ではない。自分で力を振るうんだ。フライ・ハイ……。澄んだ綺麗な未来へ……。


『I will go clear sky with my partner』

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