thinking man
『考えることしかこれまでの俺にはできなかった』
行動に起こすことが面倒で何事においても『面倒事』を避けてきた。どうしてもやりたいこと? それは何かを育てて大成させることが俺は好きだ。特に魚、小動物などが好きで小さな頃からメダカや金魚などを俺は好んで増やしていた。でも、俺はそれ以外に何か楽しいことを見つけることができなかった。特に言えば人間との交友がどうしても嫌だった。最近のドラマとかああいう物は基本的に奇跡とかドロドロしたところの一部でしかない。俺はその対象にならぬようにいつも目立たぬように……中の中、若しくは裏側へ回る道筋を歩くことがそれにおいての絶対条件だと思っていたのだ。気づかなければ周りはどうなっても良いと思っていた。俺は自分が居やすい場所を自分で探してそこにいつき、住みにくくなるとまた色を変えて違う場所へと隠れ蓑を探しに行く。
だから、シャドウの力はそれのようになったに違いない。全消音、温熱感知無効機関、動感不感知機構などなど……相手には絶対に気づかれず接近し完全確実にワン・キル判定を奪うことができるこの装甲は俺のそういうところから生まれたに違いない。でも、今のシャドウは変わりつつある。藍緋兄妹の言うように装甲は俺の意思で大きく変わり考えたり体を鍛えることでキューブと共にどんどん進化する。シャドウ・テイカーは日本風の隠密機動を模していて俺の体自体には大きく負荷をかけない作りであることから俺のキューブの流入はあまり目立たない。目立つとすればやはり内面の欠乏。人との関わりをあまり作らないことで俺は人間的に成長が遅れた。変に幼かったり義理堅かったり無口である所はそんなところだ。だが、あいつに……修羅に助けられた時に俺は光を見た。
『心を安定させることそれがファイトにおける俺の絶対条件……だが、あいつにも教わった。緩急は大事だよな』
「何を辛気臭い顔してんのよ」
「誰がって……何度言えばわかるんだよ! ここは私服禁止だぞ?!」
「面倒じゃない。あの長靴につなぎみたいな作業着」
この香館も修羅に影響されて変化した人物の一人だと聞かされた。過去にそういうつながりがあればあいつを好いても仕方ないとは思うが……あの修羅の好みは本当に狭い。まぁ、その点に関しては裏表ないしいいやつなのだが……将来の嫁になるやつは本当に苦労するぞ?
なぜか? あいつは何も考えていないようで人の数十倍の先を読んでいる。勉強とかだってできないわけじゃない。だが、璃梨から聞いた話ではあいつの体、特に脳という中枢部分は大きくキューブの侵食を受けている。それに伴いあいつは化物じみた体の組成になったと聞いた。定期的にあの兄妹が会うのは璃梨が会いたいからだけではなく、やつの体の状況を把握するためだ。だが、璃梨が中学二年になり兄が独り立ちさせるために一時突き放すという離れ業を始めた頃からあいつの脳はさらに新食が加速したと思われる。
「飯はありがたいんだがな。何度もいうが……」
「朝から作るの大変なのよ? でも、協力してくれるんならこれくらいしたげるわよ。そ、それに、私だっていつかは誰かと結婚したいし……そのためよ!」
「はいはい……そうかい」
こいつはこいつで将来の旦那がかわいそうだな……。オウガの侵食は体の隅々……いいや、部分的に行われており成長しない部分としている部分が極度に分かれた。それに、言い方を変えれば侵食されたから成長しなくなった部分もある。特に顕著と言えるのが先ほど話した『脳』だ。あいつの場合は筋力、瞬発力、第六感、回復力、外部取得機構の機能性を高めるために相応な変化が脳に現れていて、肉体的視野、味覚、触覚、嗅覚、聴覚などが成長していない。やつの身長が伸びないのはそれが理由だ。さらに言えば音や光をキャッチしなくても感覚が追いつくほどの馬鹿げた空間センサーを体が持っているためにあいつは半径20メートル以内であればどこにどんな人間が居てどんな動きをしているかまで把握できてしまう。その代償として成長しない部分がもう一つある。『骨』だ。回復力が大幅に増強されオウガの真髄である壊れても壊れても復活するあの形態に酷似した現象が確認された。それのせいで壊れて発達する筋肉は大幅に成長し、骨は密度として幼児のまま……これでアイツの置かれている状況を理解してくれたか? まぁ、それでもキューブはキューブ、体は体なところがいくつかある。キューブは人間の指向性に準じた形態変化や機能の取捨選択を自在に行ってしまう。だからキューブはある程度の視力と味覚、聴覚、嗅覚を保証しているのだ。これらの機能がこれから低下していくのであればアイツ自身が人間をやめたときとなる。
「で? お味は?」
「前よりも上達」
「……なによその含みのある言い方は」
「いいや、お前も人間なんだと思っただけだよ」
俺は基本的に他人に頼られる様な性質をしちゃいない。遠まわしに言い方を変えてなるべく当たり障りの少なそうな方向へと自分の意思を伝える。それが俺の癖。今は絢澄に続きお嬢様の恋のお相手探しをしている。このお方も十分的が狭い。これまでは別にあいつがどうとかこいつがどうとかは言ったことはないのだが……。俺といるときは大概いろんなナンパ野郎のことを愚痴ってくる。俺は別に恋愛をそんなにしたいと思うことはない。これらのものに関して言えば普通に人並みに堅実に人生を送れればいいのだ。それだけにこういう人が近くにいると色々変な誤解をされる。修羅の奴は水槽のことで最近は手一杯らしいからあいつには何も言えん。それに錦はこいつのこと怖がってるし……この二人になにが?
とりあえずは何となくで済ませた。お嬢の方が修羅を賭けた決闘でも強要したんだろう。絢澄じゃ断れないし、修羅のこととなるとあのおっとりまったりが変貌しちまうのは目に見えたことだ。お嬢はお嬢で吹っ切れたらしいから何も気にしちゃいないようだしこの件は無視する。それよりも何よりも早いとこ俺は修羅のチームであるローズ・クォーツの中でもしっかりと働けるだけの実力を得なければならない。シャドウは確かに闘うだけであればかなり強くなれた。だが、コンビネーションを問われるチーム戦では何とも言えない。先の旅行でも俺とヴォルサリオンことエリューゼは相性がそれほどよくない。俺がまだシャドウを使いこなせていない印とも言える。
「考えすぎじゃない?」
「いいや、エリューゼの実力は本物だ。謙遜しているだけであいつは本来は修羅ともまともにやりあえるはずなんだ。勝てるかどうかと言われれば微妙だが……」
「あの人そんなに強いんだ」
「まぁな。璃梨の話だと強い。だが、璃梨とエリューゼの二人で修羅に挑んだことがあるのだと」
「結果は?」
「解ってるなら聞くな」
「あの人ってどんだけ規格外なのよ」
「そうだよな」
それにそろそろ行動を起こしてもいいと思う。キューブとか修羅とかそっちじゃない。この選り好みの激しいお嬢様のお相手探しだ。募集をかけるとかそういうことはないにしろあいつの好みの野郎を選ばねば。香館が隣にいると変に勘違いされてしまう。こいつと俺はけしてそういう浮いた仲じゃない。だから俺にももちろん向こうにも何かしら変な噂が広がりすぎて収集つかなくなる前に終わらせる必要があるのだ。さらに言えば、俺が修羅の傘下に入った最初の目的はやつへの援助だ。最初の目的を見失う訳にはいかない。そのために俺は強くならねばならいのだ。
考えている俺の顔を香館が覗き込んできた。そんなに変な顔をしていたか? まぁ、そんなことはなんでもいいのだが最近、戦闘の最中に脈動をかんじることが多い。何かの変期であるのは明白だが……にえきらない。トリガーが何なのかが解らないのだ。だから、シャドーは不安定なのだろう。今日も俺はファイトがあるのだが……。それにフェニックスこと香館が気づいてか気づかずかそれに関して触れた。彼女の性質は本当に『焔』のそのままだと思う。温かなところも色濃い代わりにいきなり燃え上がる。さらに、下火になっていると解らなかったりしてしまうことすらあるのだ。それに焔は便利だったり人間の文明を最初に象徴したものではあるが……つけあがれば焔は俺たちに牙を向く。それは忘れてはならない。
「どうしたのよ。急に黙ってさ」
「ん? あぁ……、お前のことで少しな」
「へ!?」
「早いとこお相手を見つけないとお前も俺みたいな奴だといやだろ? 勘違いされるのは」
「……な、何よ。期待させて」
「どうした?」
「何でもない!!」
アイツのいる文学科は本学のはずだからかなり遠いだろうに……。まぁ、俺もアイツといてメリットがないわけではない。言わずもがな奴はファイトに関しては大先輩だ。だから、経験談は参考にできる。さぁ、て、と……俺も一人稽古するかな。修羅から双剣の扱いを動画と文、図示してもらったものをもらい、俺の武装である双剣の稽古にあてている。
「そんじゃ、お前はこのあと講義だろ? 俺は道場に行く」
「ねぇ、あんたのその武装……それだけなの?」
「まぁな。それがどうした?」
「解ってるならいいけど……シャドーはそんなに高いスペックなのに武器が伴ってないんじゃないかしら?」
「言われてみれば……」
「それから……見に行っていい?」
「何をだ?」
「貴方の試合」
「いや、別に好きにすればいいぞ?」
「じゃ、行くわ」
精神統一をし心を水平な水面のように整える。一撃必殺の剣技は一切の邪念を捨てねばならない。修羅はそうではないらしいがアイツほどスペックが化け物になっていない俺はまだ、人間に近いから感覚や空間を掴むために五感を研ぎ澄まして感性を磨く。剣は心……よく言われるこれはそういう意味なのである。研磨された鋭く鋭利になった心で相手の邪念を見切り、一撃で切り捨てる。シャドウの真髄……。
『本当にそうなのか?』
「な、なんだ!?」
『お前は本当にそうしたいのか?』
「どういう意味だ!!」
『我は影。そなたの写し身……。本質を考えよ。そなたの心を見るがいい』
シャドウの声? 二度目だ。最初にナノトランスとのつながりを作ったときに聞こえた。修羅には空耳と言われたが俺は確かに聞いたのだ。聞いたと言うよりは頭に響いたと言った方が正しいのかもしれない。シャドウ自身が俺に何かを伝えに来ている。俺は修羅たちのようにキューブとのリンクは濃くない。その代わりなのだろうか。キューブであるシャドウが俺にリンクを求めて来ている。考えろ。今の俺には何が足りない? 考えるんだ。
そして、スタジアム……。結局答えは出ずじまいか。それに、今回は俺の苦手な相手だ。シャドウの弱点はオウガやアビスのような確立した火力がないこと。だから、防御の固いタイプのファイターに対しては全く耐性がない。攻略法も未だに見つかっていないことからかなり際どいのである。敵の名はウォーロック。巨人型でないだけ救いだ。これで初期段階が巨殻装甲ではなお刃は通らない。しかし、やつのデータベースでは必殺技は巨大化だ。この試合は本当に試されている。『俺の真髄』を……。
『皆さんこんばんわ! 今宵もやって参りましたフラグメンツ・ファイト!! そして、今回は注目のサードリーグ、ベスト8決定戦です!!』
『今晩もまた、見ごたえのありそうな対戦構図ですねぇ。最近のシャドウ・テイカーには目をみはるところがありますよ』
『ええ、楽しめそうです。対戦相手のウォーロックも次期には上位リーグへの昇格も決定してますしね。さぁ、シャドウはどのような戦いを見せてくれるでしょうか!! それでは参りましょう!! レディ……ファイト!!』
鉱石属の重戦士形態であるウォーロックは兎に角固い。俺のシャドウはスピーディーで軽快な機動力が売りだ。だが、奴には攻撃が通らない。さて……、どうしたものか。下手に動いてスタミナを削るのは得策じゃない。ならばどうするかなど決まっている。相手の弱点を探るために円滑な回避を演じてさがす。俺の持つ双剣で確実にしとめるために。
だが、おかしい。いつもと違う。体が重い。なぜだ? 動きの大きなウォーロックの打撃は当たらなければ何とかなる。しかし、当たれば防御しても防御性能の極端に低いシャドウはかなりダメージを受ける。
「どうした!! 逃げてばかりでは勝てんぞ!」
「……」
「ふんぬぁ!!!!」
ぐ……、なぜ、動けないんだ。足が重い。鉱石属の大きな特徴は重く機動力に欠ける代わりに与えられる物理的な攻撃力と地形耐性、さらに地形的な特性だ。鉱石属は変化はしない。……変化をさせるのだ。
重い棍棒の一撃を受けた俺はよろめき片膝をついてしまったが追撃を受ける程に意識が朧になったわけではない。なんとか回避し鉱石属の特異技である地形変化を回避して、つき出される岩の鋲を避ける。何故なんだ、シャドウ!! 答えろ!
『影とは何だ?』
影がなにかだと? それは表ならざる物、さらに言えば光によって創られるもの。何かを象り型にはまるものだ。それが何になる? 俺はどうすればいいというのだ? しかし、できることはある。必殺技ゲージが過半数を越えたために俺は特殊技を放った。その名も『影縫い』。影を縫い付け、影とファイターが同一であるがためにファイターは一定時間動くことができなくなる。それを使い、俺は考えるために深呼吸をした。影縫いはいかなる動きも停止させることができる代わりに時間が短い。それをどうこなすか……。
その時、目に入ったのはVIP席からこちらを見ている修羅だ。いつもと違う出で立ちで黒いスーツに身を包み、髪を出した奴は周囲とはまた、違う風格や威圧感を帯びる。そして、脳裏によみがえるあの言葉……『影とは何だ?』。状況に応じて形を変える物だ。それが何なのか……。形を……変える?
「足がすくんだか!? そっちから来ないならばこちらから行くぞ!」
「ブラッディー……オウガ」
残り少ない必殺技ゲージがその瞬間に底をつき……俺の目の前に刃が崩れそうな短い両刃の剣と重厚な分厚い刃を持つククリ刀が表れた。それを掴み、後ろに飛び退いて何とか逃げることに成功し、追撃も同様にこなす。その剣を握り俺は仕掛けることにした。やらなければ解らない。求めなければ解らない。影はその象る物で形を変える。では、その対象が明確な物ならば?
「行くぞ!」
この双剣は重い。オウガの特徴を得た剣ならばアイツの特徴を持つはずだ。回避も何故だか解らないがスピードとしても回復している。奴の攻撃を掻い潜りながら近づき……。
「ぐぉ……この岩の鎧を切り裂くだと?」
「まだ、ある」
腕がもげそうだ。武器の重さが何に比例しているのかは不明。しかし、この重さはおかしい。この体、ナノトランスや武装をこれまでの戦闘で解った限りでのことで考察しておくとそれらの性能は俺の実力と比例する。よって、オウガは俺よりも奴は実力が高くて使うには問題が多すぎるというところだろう。そこでほかにも試してみる。俺には頼りになる仲間が多くいることだ。さぁ、行くぞ!!
「ウンディネ!!」
先ほどの攻撃で必殺技ゲージが少々たまりウンディネの剣を俺はつかむ。しかし、追加で技を使ってもオウガの双剣は消えなかった。腰に残り、俺の武装として鎮座しているのだ。ウンディネの双剣は水を纏い、十手のような剣で切れ味がとてもいい。だが、水の影響を受けてしまうことから剣は重めなのだろう。先ほどのオウガの双剣と比べればかなり軽い。岩の装甲を軽々と貫くウォーターカッターは本当にすさまじい。だが、決定打に欠く。ウンディネの双剣は何故か出力の安定的な反面最大火力が低い。そこがウンディネや水属の弱点なのだろう。それに、何かを欠いている。あいつのあの言葉どおりにシャドウのスペックは高い。だが、それに見合うだけの攻撃スキルがないのである。双剣は確かに攻撃する上の要だ。だが、武器は武器でアビリティはアビリティであるはず……。何かが……。
『迷いを捨てよ!! 主君に今示すときぞ!!』
ウォーロックとの歩合は五分五分だ。その中で気づかなければ俺に勝機はない。なぜならオウガの双剣を手に入れて戦ったとは言えあれを扱うには並々ならない経験と努力を同時に要する。だから、一撃浴びせて有頂天になればまだまだダメージを考えると俺の方が劣勢。ウンディネの双剣は切ることは容易でも最大火力に乏しい。さらに、シャドウの力の形は理解した。しかし、この力は一部に過ぎない気がする。
このシャドウはパズルのようなのだ。ピースを組み上げて技を考察していく。なおかつ形は歪になり形式のないそれは例示を持つこともない。どうして……、俺は歪なんだ? 修羅は言った。装甲は俺自信だ。信じなければ始まらず、解り合おうとすることでそれは力を増していく。シャドウ……俺はどうすれば?
『迷うな……そなたが思う通りに私はそなただ。そなたが望めば……形になる。我が主よ。気負いすぎるな』
俺に足りない物? それは……強く願い、受け入れることだ。俺は自分を変えて生きてきた。それは変化に何の躊躇いもなく変わることで苦難を避けてきたからだ。だから、俺には足りないのか? 受け入れる。運命を……。逃げない。だから、俺は……新たな形を創るんだ!!
『おおっと!! シフトが始まったぁ!! セカンドリーグのウンディネに続き彼にも現れました!!』
速さを捨てずになおかつ火力を上げるには……特殊な外装が必要だ。俺にはまだまだ無限の可能性がある。ここで考えすぎ燃え尽きて倒れるわけにはいかない。それで俺の運命を落とすなんてことはしない。主のために戦い散るならば本望。だが、自分の混迷に主を巻き込むわけにはいかないのだ。俺の力を見せるために……『迷走』するのはもうやめだ。『忠義』を尽くす。それが俺に求められたこと。何も信じずただ放浪することをやめ、自らの意思で一つの大木の大成の糧となる。それがこのシャドウを生んだ俺自身が最初に持った心意気だったはずだ!!
『何だァ!? シャドウの形態に大きな変化が生まれたぞ!! あれは馬!?』
「令布め……。あんな才能を隠していたのか」
「どういうこと?」
「香館は見たことあるのか? 別理性機動型のキューブ端末を」
「あ!!」
馬は俺を見つめてくる。この黒い馬は俺に向けて視線をじっと止めて意思確認の様なことをしてくるのだ。これが……俺の本当の力? 馬術などたしなんだことはない。しかし、不思議と不安はなくその馬に親近感さえ抱けるほどに俺とその馬は一体感があった。
急なシフトに驚いているウォーロックをよそに俺は少しの意思疎通を行う。
「そういうことか。俺の属性が一属性なのし二名式でさらに特異装甲でもなかったのは……最初から俺たちが二人で一人だったからなんだな?」
「ブルルルルル……」
「俺は影……お前は運ぶ者。シャドウ・テイカー。これで完成した訳か?」
そして、その馬から思念の様なものが伝わって来る。こいつが俺が装甲を認識してから『シャドウ・テイカー』だと思い込んでいた声の主だったのだ。名は徒蹄。俺の忠誠の証を体現する俊馬だ。そして、俺は影……主君に対し形を変えてその影として支える者。俺には形を変える力が存在しているのだ。
『否』
「まだ、何かあるのか?」
『そなたの持つ力は……形作ること。ならば、すべてを包んでみよ。我が主、幻影』
そして、俺は修羅の居た所に目を向ける。そこには柄にもなく深く心配したような顔をしている香館の姿があった。修羅と共にビップシートから見ているらしい。横には絢澄の姿と璃梨、エリューゼまでもが居た。俺はこれまでにないほど充実感を覚えている。誰か一人とよくつるむことはあった。しかし、これだけたくさんの仲間と共にいられるなんてことはなかった。それだから……俺の主人の周りがそれだけ居心地良いから皆が集まる。俺はなんとしてでもそれを守るのだ。
義を通し、筋を貫くことで俺の本姿が決まる。影は主の形状と共に変わり善とも悪ともなるのだ。それに、今、俺は修羅だけに加勢している訳ではない。変に心配をかけたようだ。まぁ、少しのあいだでも一緒にいることが多いと愛着はわくのだろう。いい友達だ。こんなに嬉しいことはない。
「決着をつけよう。ウォーロック」
「ほう? 何がお前を変えたのか知らないがなかなかにいい面構えになったじゃないか。お前の仕える男はそれほどに気高いのだろうな。だからこそワシの様な古参も奮い立つ!! いいだろう!!」
「「フルゲージ!!」」
ウォーロックはやはり巨大なゴーレムのようになり俺に拳を突き出した。しかし、俺も負けない。俺の忍者の様な服装は一転して真紅の鎧に身を包み、兜には鬼の文字を刻んで俊馬を駆る。不死鳥を模したその姿は徒蹄をも包み、俺は突進する。
「アースクエイク!!」
「赤備突撃! 鳳凰双斬!!」
そして、俺は勝利を収めた。見事な勝利に修羅も手を慣らしてそれを称えてくれた。予想外だったのは香館の反応が思ったよりも感情的というか最初のドライな感じではなかったことだ。先ほど考察したように彼女にとっての良き友人となれた証と受け取ることにした。
ウォーロックとの戦闘を通じ俺は数段階の飛躍を感じることができた気がする。だが、これが終わりでないことは事実だ。いいや、終わらせてはならない。あいつの目標を達成した時に俺は終わらせるだけのこと。俺は主と共に歩み、失ってはいけない物をもう一度取り戻す。こうして、俺のリーグ内での順位もどんどんと上がり結果的に俺は三位だった。そして、今は……。
「でね? この前の奴らったら……」
「はぁ……」
作業着で来てくれるようになったのはいいのだが……。俺のとなりで愚痴を零す毎日は変わらない。どんな男があいつは気に入るのだろう。それはずっと謎のままだ。彼女曰く。『私のことを考えてくれて幸せをくれる人』だそうで。俺には解りかねる。そんな都合のいい男がいるならお前で見つけてくれよ。とぼやきたいがそれを言うとおそらくピーチクパーチクうるさくなるからだ。それは目に見えている。うん。それでも俺の顔から気持ちを読み取った彼女は口を尖らせる。彼女も協力してくれたうちのひとりであるため俺としては彼女の気持ちを尊重させてやりたいのだ。お嬢様にそれを言ってみる。
「ふんっ……」
「悪い悪い、シャドウの事で助けてもらったし何かしてほしいこととか今のこと以上に助けてほしいなら何か言ってくれ。なんでもやってやる」
「今……、なんでもって言った?」
「あぁ。問題ない」
「じゃぁ、デートして」
「あ?」
色々と聞いてはいけない言葉を聞いた。
「練習。本番の時のためにさ」
そういうことか。まぁ、それが本気か俺へ気を使った結果かは定かじゃない。だが、アイツは少し顔を赤らめて俺に弱い視線を投げ掛けていた。この香館は性格が先にでなければ結構な美少女だ。……実のところを言えば絢澄はかわいらしいが女性的な綺麗さはまだ薄い。どう化けるかは解らないが……。
そんな香館からか、悪くないしむしろあまりないチャンスだ。だが、俺でいいのか?
「俺はかまわないが俺でいいのか?」
「えぇ、貴方以外に居ないし」
「そうか」
「だ、だって、修羅君は錦のだし他に男の友達なんかいないもの」
それは知らないが……とりあえず俺も考える。困りはしないが……いや、かなり困る。何とかしなくてはならない物があるのだ。俺に欠けている周囲との接し方など……これらを学ぶ必要がるうえに他の皆への対応なども考える必要もある。
その後、機嫌が急に良くなり彼女の舞い上がり気味なテンションについていくのに苦労しながらもその日を終えようとしていた。今日も修羅は絢澄の部屋に泊まるらしく帰る気配はない。どうしたものか。そこで、エリューゼに連絡をとる。彼女は学業と職務があり大変ではあろうが話くらい聞いてもらえるだろう。絢澄もかなり助けられたらしいし。
『本当に失礼ですね。独り身の女性にこんな時間に電話なんて』
「すまない。少し聞いておきたいというか相談したいことがあってな」
『いいところに居た訳ですね? 解りました。明日に修羅さんの関連棟の前に居ますから講義が終わってから声をかけてください』
「明日はない。だから、そちらに任せる」
『了解しました。では、朝のお部屋へ参ります』
風呂にでも入って居たのか彼女の声は微妙な反響をして聞こえる。さらに追うような水音が聴こえた。少し間をおいて電話機を取る様な音が聞こえ、彼女はもう一度俺に話の趣旨を持ちかけて来た。まぁ、そうか。普通なら何らかの前情報を得なければこういう物事は処理しにくい。だから、彼女もそれをしたまでのことだ。
『それでどのような趣旨の事を?』
「あぁ、一つは服装とそれを手に入れる店に関してのこと。もう一つはファイトのことに関してだ」
『はい。服装とは私服として外に出る物だと考えてよろしいですか?』
「あぁ、少し事情があってな」
「了解しました。それでは明日」
人のことを考えること。それはとても素晴らしいことだとは俺も理解している。しかし、それを実践できていないことも事実だ。俺はそれをもう一度しようと思う。幼かった無垢な自分が持っていた風景をもう一度取り戻す。セピア色の何もない風景はもう見飽きた。これからは己の為、また影となり主人のために……。尽くしていく。全力で……俺は考えていく。考える事で自らを変える。人とは違ってもそれはまた長所であり短所だ。さぁ、明るみに行こうか。あいつらのいる場所へ。
 




