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the mind of clear blue

『ここは?』

『終わりよ。ここは世界の終わり』

『へ?』


 息苦しい硝煙に満ちた空気、周囲にはがれきばかりが残り、多くの人が死んでいる。……その場から逃げ出したいと思うのに脚は言うことを聞かずに座り込んでしまう自分がいた。そして、頭に響くような自分に酷似した声……。頭が痛い。助けて……藍緋君、いや……怖い、修羅君……助けて。


『あなたなんかじゃ助けられないのよ』

『そんなこと』

『これが結果……世界は終焉を迎え、あなたは結果的に彼に守られ一番大切な物を失った』

『嫌……』

『フフフ、フハハハハハ!!』

『もうやめて!! 怖い、闘いたくない……修羅君はどこ? 修羅君!!』

『あなたがどんなに呼んでも「失った者」は帰ってこないのよ。フフフ……アハハハハハハハハハハハ!!』


 そこで私は飛び起きた。今日は休日。何もない日だ。しかし、私は部屋の呼び鈴の鳴る音に気付いて目を覚ました。誰だろう。……扉を開くと目の前に眼光が細く白い肌をした女の子が立っていて正直驚く。璃梨ちゃんがいたのだ。そして、彼女は私に一言告げる。


「今は何時でしょうか?」

「えぅあ? えぇぇと……12時半でぅか? ……12時半!!?」

「はい。12時半です。いい度胸ですよね。約束の時間を二時間も過ぎている上にまだ寝間着ですか? ですが……悪夢でも見ていたようですね」


 彼女は私を連れ出す。前と同じリムジンに私を乗せ、彼女の本宅があるという家まで走っていた。車の中では彼女は何も話さない。私がオウガこと修羅君との戦闘で敗北し、条件はやはり達成できなかった。でも、彼はまた違った接し方をしてくれていることからどうにも私はよすぎる居心地に浮かれている節がある。これからをどうするにしても私のことは彼女が最大限バックアップしてくれると彼女はいう。何故いきなりそこまでの申しだしをしてくれたのかはよく理解できていない。

 それでも、最近は藍緋君も璃梨ちゃんも良く笑う。私に何かの気持ちを抱いているのは解るのだけれど……私の理解力ではついていけない。パジャマのままで私が彼女の家に入ると中にいた以前に出会ったメイドさんが私のところに行くと璃梨ちゃんはすぐにうなづく。


「お帰りなさいませ。お嬢様」

「ただ今……」

「ようこそおいでくださいました。錦様。お召し変えをさせていただきますのでこちらへ」


 璃梨ちゃんが言うには私のスタイルは悪くないし、上手くやれば今よりもずっと綺麗に見えるといい……興味があるらしいファッション系の知識をフルに使った服を用意してくれて……。今日は彼女に近いゴスロリ系だ。

 そして、今日は彼女とお茶の約束をしていたのである。椅子に座った直後に先ほど着替えを手伝ってくれたメイドさんがティーカップと銀のお盆、ティーポット……そして、これまで激しい移動やスケジュールであったために彼女のことが解らなかったが今日、璃梨ちゃんから紹介があった。銀髪に赤と青のオッドアイの美麗という言葉の似合う女性は恭しく礼をしたが璃梨ちゃん以上にきついポーカーフェイスを崩さずに自己紹介を始める。何とも不思議な人だった。まるで西洋人形やビスクドールのような透き通った白い肌に薄桃色の頬とふっくらと柔らかな唇……。綺麗な人だ。


「そういえば……彼女のことを錦さんは知りませんよね? いい機会です。紹介しましょう。ラルニアン・エリューゼ・シルバーナさんです」

「ご紹介にあずかりました。エリューゼにございます。以後、お見知りおきを」

「エリュは私と同い年のいとこです。聖ルミネス女学院の上院学科に在籍している方で主席なんですよ」

「へ!? あの……偏差値70以上の超有名女学校で主席!?」

「大したことではありません。私は……璃梨お嬢様のような方にお仕えできていることが幸せです」


 エリューゼさんは本当に謙虚な人で紅茶を入れるのも上手だった。それからは数日後にもう一度開かれる無礼講の言葉が似合うらしい歓迎会が開かれるのにあわせた服合わせをする。それでもメンバーは三、四年生が参加しないことからかなり絞られるという。それに関係したこと以外にも璃梨ちゃんに服の相談もあった。遅刻しておいて頼むのもかなり苦しいことではあるが何も言わずともエリューゼさんには見透かされていたけれど。二人はどこか似ている。本当に似ていて怖い。

 修羅君に負けて以降、彼は私に優しく接してくれる。それが……どうしてだろうか少し物足りなく感じてしまうのもやはり為児手(たじた)君に見られていた通りに何かあるのだと思う。自分ではわからない変化が出てしまっていたのだ。そして、璃梨ちゃんから修羅君のことが口に出された瞬間に何かの動きが出たのだろう。璃梨ちゃんでさえも気付いたらしい。


「兄上が……」

「(ビクッ)」

「はぁ……。あなたという人がこうも解りやすいとは」

「すみません」

「何を謝っているんだか。兄上から伝言を預かりました」

「修羅君から?」

「えぇ、伝言とは言いましてもこのメモを渡してほしいと言われただけです」


 修羅君の趣向なのだろうか……とてもお洒落な羊皮紙の封筒でガーゴイルの描かれた小さなそれにはこれまた小さな黄色みがかって手触りのいい便箋に筆記体で書かれた文字が並んでいる。その下に斜体のようになった日本語の文字が並んでいて……よく見ればその真下には11桁の解りやすい数字が並んでいた。メールアドレスと携帯電話の番号だ。さらに裏返すとそこにはコメントが残されており彼の斜体のような文字がここでも残されていた。

 彼はいつもこのような字を残すだろうか……しかし、璃梨ちゃんは何の疑いもなく普通にその文字を見せている。綺麗な文字はそこで止まっているが……。期待した言葉は残されていなかった。それに璃梨ちゃんが気付いたようで開けることはためらったようでも読むことは全く戸惑わない。璃梨ちゃんとほとんど同じだが全然癖が違うらしい。エリューゼさんが私から取り上げて璃梨ちゃんに手渡し彼女は声に出して読んでいる。


「何々? 『そんなに気負うことはない。お前の好きにすればいい』ですか。憎らしい人だ」

「ふゅ……」

「まぁ……。でも、いいじゃないですか。このケータイのアドレスはプライベート用の物のアドレスですからね」

「どういうことなの? 璃梨ちゃん」

「兄上が人からの施しを嫌うことは知っているのでしょうが……連絡が取れないとあの通り無茶をしでかす人なので無理やり持たせているんです。世間体を保つための『あまり付き合いたくなくとも付き合わねばならぬ人間用』と『プライベート用』です」

「ん゛う゛ん! お嬢様?」


 なぜかそこは咳払いをしたエリューゼさんが答える。エリューゼさんは璃梨ちゃんが言うには彼女らの母方のいとこらしく似ているのだという。だから似ているのだ。まさか彼女まで修羅君に? と思っていたが事実そうだという。ただし、最初に振られたのも彼女。そこに関しては憂いのさした顔が本当に印象的だった。しかし、その瞬間に璃梨ちゃんと共に頬笑みだす。なんというかこの一族の人は不思議な人が多い。頭がいいのに……それに見合う大きな苦悩にさいなまれているのだと思う。璃梨ちゃんが手を出さないほどの危険な物と修羅君は闘っているのだとすれば……どうすればいいのだろう。

 そして、いきなり璃梨ちゃんの携帯電話のアドレスをメモした紙を置いてきた。さらに、エリューゼさんも携帯電話の番号だけを書いた紙を同時に私にわたしてくる。


「私が先日結成されました『ローズ・クオーツ』の新メンバーでエリュシアン・トゥルー・ヴォルサリオンと申します」

「空中格闘砲撃型マルチアタッチメントの光属特異型装甲の珍しいタイプなんですよ。彼女の機体は本当に稀有で……兄上と対になる装甲を持って生まれた方なんですよ」

「へぇ」

「お嬢様……。ですが、私はどうにも彼には嫌われているようで」

「それって……お母様のことが関連しているんじゃないですか?」

「錦さんは変なところでさえているお方とお聞きしていましたが本当にその通りでございますね」


 はぅ……。


「おまけに天然さん?」


 はぅぅ……。


「えぇ、そこに兄上は惹かれているんですよ。あの人はどちらかというと可愛らしくて弄りがいのある人を好みますからね」


 それはなんというか私に対して変な期待をしているということか? 二人ともにやにやしだした。すでに璃梨ちゃんには修羅君の方から何らかの言葉かけがあったのかすでに服は何着も用意されている。それにこの規格外さんたちは二人とも色々と業務をこなしすぎる。年齢的におかしいのに16歳の財閥総裁。


「あぁ、それは名義がまだ母の会社だからです」


 お母様の会社ですかぁ……へぇ……。へ? ってことはそれおかしくないですか? 結構な問題ですよ? ちょっと聞いてはいけないこと聞いちゃった?


「はは、それって……」

「問題ないですよ。だって、あなたはそういうことを人に言うのがとてもへたな人だということは解っていますしね」

「はぅ……」

「それに、私が成り替わり、声をキューブの音声補助システムを使うことで璃梨お嬢様に流してもらえば私と二人三脚でなんとかなるんですから」


 からくりまで……。でも、それでこの会社はちゃんと機能している。本当にすごい。璃梨ちゃんが学校にあまりいないのはそれが関係しているのだと今理解する。お兄さんである修羅君はもう、完全に会社や一族のこととは離れていると彼女も言う。そして、一瞬だけ璃梨ちゃんの目に獣のような光が映った。やはり兄妹なのだと思う。何か本気になって行う時の野心は本当に怖い。あれ? そうするとなんで修羅君は璃梨ちゃんにお小遣いを上げ続けているの? そんな無理までして。

 それは璃梨ちゃんが恥ずかしそうに話してくれる。あの話の続きらしい。どうやらお小遣いを璃梨ちゃんがもらい続けるのは月に一度……呼ばれた時以外にお兄さんと自然に会うためだけの目的らしい。その時にエリューゼさんも彼の顔を見るだけのために……はは、二人ともなんと乙女な。


「これなら落ち着いていていいと思うのですが」

「ですが、やはり華やかさも……」

「あ、あのね? そんなに……」

「任せてください。錦さん」

「錦さんはもう少し積極的におなりください。体のバランスは最高なんですしね」


 そして、その夜。駅に向かって小走りに向かう。その途中で徒歩の彼を見つけた……。修羅君だろうがあれは私服なのだろうか? なんと言うか彼の見た目は真っ黒い。今日もなぜかスーツだった彼の近くをトコトコ歩いていると彼が急に後ろを向いて呆れを含んだ笑顔で私を見てくる。あれはお葬式とかに着ていくスーツだ。それに彼の体からはバラの花の香りがする。あと気になるといえば彼にしては珍しく髪留めをつけている。筒になるタイプのそれでバラの花と棘のマークが彫り込まれた銀色の物でネクタイピンと時計もそう。

 黒いスーツを着ているところもあるのだろうけどいつもスラッとしている体格の彼が一段と細く感じる。そして、いつもは前髪を下ろしているけれど今日はあげている。それに気付いたらしい彼が髪の毛を下ろしていた。その右手にも二つの指輪があり耳にもピアスが光る。


「何してんだよ。錦」

「はへ!?」

「ずっと後ろにいたんだろ?」

「な、なんか、修羅君の服装が……」

「あぁ、母さんの墓参りに行ってたんだ。いつもはもっと早めに行くんだが今回は少し時間が取れなくて……今日の午前中に行ってきたのさ」


 彼の香りは少しスッとしていて芳香とまではいかないけれど良い香りで隣にいるとそれに酔いそうだ。彼の持っているかばんが気になり聞いて見る。中には彼の服が入っていた。確かにこれからの会に礼服では……。


「はは、こんな礼服姿じゃ皆気にするだろ? だから、持ってきたんだ」

「へぇ、でも……どこで着替えるの?」

「それはまぁ……」


 時間がまだ早いことから彼は一度彼の寮に移る前に借りていたアパートへ向かう。するとそこの大家さんらしき人が居て彼に頭を下げる。修羅君の人望だろうか。本当に彼は人との交わりが上手い。嫌われるようにするのも人間関係のクッションを読むことが上手な彼ゆえにできてしまうのだろう。彼も深々と頭を下げると中からセーラー服の女の子が出てくる。彼女の顔には私も見覚えがある。

 最近、デビューした女子高生アイドル兼歌手でミリオンを大御所歌手を抜き、群を抜いた歌唱力と独特の発音から一大ブレイクを巻き起こしている歌って踊れる……凄い女の子。


「修羅兄!!」

「八織。あんまり抱きつくな」

「だぁってぇ……って誰? この人」

「あら、修羅君にもついに彼女ができたの?」

「違いますよ。でも、彼女は同じ学科で一番仲良くしてもらっています」

「ふ~ん……」


 私を睨むように見てくる八織ちゃんをよそにまだ借りているらしいその部屋に彼は入っていく。私は嶋中家の玄関で風除けだけさせてもらい修羅君が出てくるのを待っている。その間に八織ちゃんからの警官のような取り調べにあえぐことになっていたけれど。するとすぐに黒い服装であることには変わりない修羅君が扉を開けて私の手を引いて歩いていく。それをやはり憎々しげに八織ちゃんに睨まれてしまい……。もう、女の子と闘うのなんて嫌なのにぃ……。

 修羅君はそれも気にしない。黒い皮の服を着ている彼はライダーのような服装だ。ズボンは違うけれど少しピッチリしているあの服装はそれに見える。彼は左利きなのだろうか? 私の右手を離そうとしない。彼の横を歩いているのだけれど……。やはり恥ずかしさは抜けきらない。


「あ、あの……修羅君」

「どうした?」

「手……」

「あぁ、嫌だったか?」

「嫌な訳ないよ……。でも、恥ずかしい」


 駅の周りは夏に近づいていることから日が長くなり色めいている。だんだんと夕方に近づくにつれて色めきは強まり周囲はカップルだらけになっていたのだ。逆に目立つことはなかった。けれど、どうしても恥ずかしさは抜けない。修羅君は本当にいい人だ。私のことを大事にしてくれる。それだから彼のことが好きで近くにいるのが心地よいのだとも思う。昔の人と接するのが怖い時とは大違いと自分でも驚いている。

 今日は少し歩くために璃梨ちゃんたちも服装を考えてくれたらしくいつも履いている靴と比べると確かにヒールは高めだけれど今日は可愛らしさを強調したと言いつつあまり好まないミニスカートに少し露出の大きな服装だけれどメイクで鰓も隠れているし問題ないと思われる。人ごみを抜けると先輩と数人の友達が集まっていた。


「お、藍緋も来たじゃないか」

「せっかくお招きいただいたので」

「はは。俺たちとしちゃぁ来ないに越したことはないよ。お前に限らず人数が増えるとな。ははは!」

「……そうですね。ですが、今日はごちになります」

「そう言ってもらえると俺らも気持ち良くおごれるよ」


 背中に隠れてしまっていたけど私が顔を出すと先輩たちや友達が声をかけてくる。入院後も顔を出してはいたけれどあまり彼女らと話すことも多くなかったことからこれが久しぶりの濃い会話となっていた。修羅君はもう一度私と仲良くしてくれるようになり、女の子の友達も皆とは言わないけれどある程度まで軟化してくれている。私とほぼ毎日二人きりになれたのは友達の皆が変に気を使っているからだ。

 あぁ……、なんと言うか……気の早い子たちばかりで困る。修羅君は何もかばってくれないからダメだ。それになんと言うかだ……彼はあまり女の子の扱いを知らないという風に逃げてしまう。あれだけハイレベルな妹さんがいらっしゃるというのに……。同じコースの先輩と話し込んでしまい私のところには来てくれない。

 そして、中に入るとすでに宴会の準備ができていた。先輩といっても二年生ばかりで総勢20人ほどだから小さな居酒屋だけでも問題なかったようだ。中にはお寿司や揚げ物系の物が割を占め、酒、ジュースなどが並んでいる。皆が中に入った瞬間に私は取り囲まれた。


「ねぇねぇ、錦ぃ。彼とはどんな感じなの?」

「藍緋君のこと……? かな?」

「そうに決まってるでしょぉ? 錦のことだから全然進んでないと思うけど……聞かせてよぉ!」


 修羅君もそうだけど人前では名前で呼ばない。はぁ……。こういう時に助けてくれると本当に助かるのだけどさっきも言ったように彼は女の子が苦手らしく先輩方にお酒の酔いが周り始めてしまいテンションから女学生が多く割を占めるこの場所では彼は隅に追いやられてしまう。すると……そこにこの二個のコースの中で一番美人だと思われる先輩が修羅君のところにグラスとお酒の瓶を持って歩いていく。

 私には今のところそこにいけるだけの余裕がない。先輩は妖美な雰囲気の人で本当に綺麗だとは思う。けれど……気にくわない。彼女は露出が大きくラフな格好なのだけれど……彼は見向きもしない。何も興味を持っていない人にそれをしに行くというのは彼にとっては迷惑の他に何もないのだ。修羅君はお酒が好きなのかそれとも強いから比率として多く置いてあるお酒を選んだのか琥珀色のお酒を飲んでいた。カウンターで一人でいる彼を私もずっと気にしていたのだけど……。


「んぐ!!」

「あ……」

「ねぇ……。錦って飲めた?」

「たぶん飲めないはずだよ」

「……はぁ」


 その時から私の記憶は吹っ飛んだ。その後、私は全然違う天井を見上げていた。腕時計を見て時間を確認すると12時を回っていて驚いて起き上がろうとするのだが……。頭に何かを刺されたような痛みが走り次の瞬間に鈍痛が滅茶苦茶な痛みを含んで襲う。痛い……。あぁ……。立ち上がろうとして寝かせてくれてあったベッドから起き上がろうとしたのだけれど……起き上がれずによろめく。その部屋は綺麗に片づけられていて生活感がまるでない。しかし、奥からシャワーの音が聞こえていて……思考が。

 そして、グワングワンする頭の状態で腰かけていたベッドから立ち上がり壁伝いにそこに行くと……。


「おう、どうした。錦」

「あ、えぁ……あうぁ修羅君?」

「大丈夫か? 酒飲めないのにのまされたみたいだが」


 それよりも何よりも……半裸の修羅君に目がくらみ体勢を保つことができなくなり彼に支えられてしまう。もう、ダメ……。思考が働かない上に体は別の方向に動いてしまう。お酒って怖い……。思考は働かず考えることよりも先に体が動いてしまう。よろけるのは体を感情や理性で動かそうとするからだ。正直になれとそれは体を動かそうとするのだ。


『いいじゃない。好きにしちゃえば』

「あ、うぁ……」

「錦? どうした?」


 体の言うことはもう……聞かなかった。頭の中は真っ白でもう言うことを聞かない。自分が何をしたいのかすら解らない。修羅君……どうすればいいの? 私、変になっちゃってる。いつもみたいに優しくしてくれれば……正直になれる。あなたに抱擁されるだけでもう夢見心地で理性なんていらなくなるんだから。そして、修羅君は私がちゃんと歩けないと判断して抱きかかえる。彼の腕は割と細くて筋肉質だ。そのせいか温もりというと少しずれてしまう。けれど……気持ちよくて……溶けてしまいそう……。そして……。


「錦……飲み込まれるな。お前も俺も体の中に悪魔を飼っている。お前は今どうしたいんだ?」

「……。解らないの。でも、修羅君のこと大好きだし……、あなたに今抱かれているのがこの上なく気持ちよくて。あなたと一緒にいたい」


 彼はため息をついた。次の瞬間に彼の唇が私の耳をくすぐる。くすぐったい以前に恥ずかしくて体が動かないのがもう嫌になる。一緒にいたい……。彼はその瞬間に私の心を鷲掴みにした。耳元でささやかれたその一言で今まででもとろけていた頭の中はもう……中身がしみだしそうなほどさらさらな液体と化している。

 修羅君は先ほどまで浴室にいたのだけれどもう一度私を運びながら浴室へと歩いていく。あぁ……。こんなことになるならもっと張りきった服をお願いすればよかったと後から後悔した。その日から彼と過ごす時間はどうにも大きな恥ずかしさの抜けない羞恥の濃い物となった。でも……、それは幸せに満ちていて言葉には言い表せないもので……。


「俺の最終目的は……キューブターミナルの停止。そして、世界のリセットだ」


 修羅君? そんな……そんなことって……あの声の主を私は知っている。修羅君のお父さんだったなんて……。でも、不思議だった。私は彼のことを危険な人だとは思えなかったのだ。でも、修羅君からすると憎くて……憎くて仕方のない人だから。あんな目をしてしまうのかも知れない。優しい修羅君でいてほしい。だから、私も戦わないと……。

 私は話を結局最後まで聞いてしまった。そして、修羅君の角度からは見えなかったらしいけど為児手君にはばっちり見られていたらしく私は彼の前に引き出されてしまって……。


「…………」

「俺は……」

「修羅君」

「どうした?」

「私は修羅君のことが大好き。だって、一緒にいようとしてくれるから。だから……私を離さないでください。私はあなたの隣にいたい。生きるも死ぬも……はは! なぁんて……カッコつけちゃいましたけど私、きゃっ!!」

「本当は大切な人間ほど近づけたく無かったんだ」


 修羅君が私を遠ざけたのは理由がある。彼がこれから突入してしまうという大きな問題をどうしても私を無関係とした状況で終わらせておきたかったのだと……。彼の涙なんてこの先では見れないと思う。でも、彼のその笑顔が……私の本当の宝物。どうしても失いたくない。絶対。何が何でも戦い抜く。

 そして、私と修羅君がその後手を入れておいてくれた水槽を彼はそのまま提出し、それが大きな賞を受賞してしまい本当に困った。だって、彼が本当に出すなんて思わなかったから……。でも、嬉しかった。私と彼が合作したその水景の名は……『透光の兆し』。私が作った物はその兆しが作りきれていなかったのだ。最初は火山岩等を組あげて光を通そうとしたのに……上手く通せなかった。それを彼は改造し、石の組あげをやり直してくれてドーム状に組あげたそれの真ん中に小さな水草を植えて……魚は入れない。一直線に降りるその光は修羅君の笑顔でその小さな水草は私自身だ。


「ん……あ、あの」

「どうした?」

「えぇと……その……。ご褒美なんてあるんですか?」

「そうだな。令布にも言われたしな。欲しいのいか?」

「は、はい」


 意地悪な彼も最近好きで仕方ない。癖になり彼と共同で作り始めている水槽に水草を植えている最中に彼は周りに友達がいることを気にしてかせずか上直しをしながら耳打ちしてくる。彼の耳打ちで『あること』を期待してしまう自分に呆れながらも彼を素直に求めることができることを幸せに感じる瞬間だった。最初のデンジャラスな状況のキスとは違い、甘味をかみしめることができる。それに、修羅君と唯一……現段階はそうではなくとも『恋人同士』と感じられる。修羅君……。


「ふぁ……」

「錦……」

「しゅ、修羅君。お弁当が先だよ」

「錦がせつなそうにしてるもんでな」


 本当に意地悪だけどそんな彼がたまらなく好きでぽかぽかしてしまう。そんな中。私はとある人から戦線布告された。前々から私に対して何らかのきつい感情を見せていたはいたのだけれど……ここまでとは。思いもよらなかった。勘違いしているようだから説明もしたし、現状の形式を教えた。なのにそれさえも気に入らないのだと彼女が断言する。彼女が欲しいのは私の感情的位置……彼の隣という位置なのだ。意識などしたことはない。けれど……それが彼女の欲しい物なのだ。


「……はい?」

「だぁかぁらぁ!! 修羅君をかけてひと勝負しなさいよってこと!!」

「あの……私、そういうことは修羅君に……」

「ふん、ほんとに甘ちゃん。私はそれに納得いかないからアンタとアタシのさしで片づけようってのよ」


 面倒この上ない。今の形になっても厳密にいえば私と彼は付き合っている訳ではない。いろいろ進展しても私の心がマリンブルーに澄んでも彼と共にいる今を私は乱されたくない。その為には何をしてでも今の形を維持したいのだ。絶対に負けたくないし彼女に気持ちで負けているなんて思ったことはない。フラグメンツ・ファイトのリーグは前期が終了し、優勝も決まって華やかなイベントであった。だけど、私はそんなことはどうでもいい。香館財閥の何を使ったのかは知らないけれど私と彼女はスタジアムの中に入る。ステージは無属性ステージ……。そこで……私たちは決着というか……彼女の押し付けに私が挑む。結果は見えていた。私が……絶対勝つ!!

 透明度の高い海に私は行きたかった。その夢をかなえてくれたのが璃梨ちゃんだ。綺麗な海は私の心を漱いでくれる。最近は彼女らも修羅君と同じように私を弄るのが楽しいらしくお茶の御呼ばれを受けてけちょんけちょんにされるのだけれど。……二人との会話は本当に楽しい。それを楽しい物にしたかった。だから、私は強くなっていく。このウンディネの無限の可能性を絶対に捨てるつもりはなかった。


「準備はいいかしら?」

「はい。こちらは問題ありません」


 クリアブルーの綺麗な外国の海。飛行機に乗ってそこに行く……甘い時間が待っているかは分からない。でも、私は、彼に染めてもらえるから心を透明にしていなくてはいけない。クリアブルー……。修羅君を支えられるように……。誰にも負けないように……何事にも正直にいたい。それが今の私の願いだ。


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