20話 翼を(自分で)折ったエンジェル
天使は羽根がなくても天使(至言)
「放て」
辛うじて見える(ような気がする)音の砲弾が落下中で身動きの取れない自分の身体へと吸い込まれるように飛んできた。
「ちっくしょ……ッ!?」
右腕で払いのけるように振ると手首に中があたった感触があった瞬間。それは弾けた。
「!?」
右腕が弾かれ遠心力で体ごと回転する。世界がひっくり返ったとテンプレのようなことを思い浮かべた瞬間、コンクリートの地面へ身体が吹き飛ばされ鞠玉のようにバウンドしてから壁に激突した。
「いっってぇぇえええええええ……ッ!!」
弾き飛ばされた右腕を抱えてその場にうずくまる。手足は動くから骨は折れてないようだがそれでもとてつもない激痛が全身に響いた。
「加減はした。こんな誰が見てるからもわからない場所で死なれても困るからな」
渡り廊下からバサバサっと近くにあった木を揺らしながら降りてきたヘッドホン(野郎)は不敵に笑いながらうずくまるこっちへと近づいてきた。
『立てるか、風見兄』
「無理くせぇ……喋るので精一杯だ……」
『なら大丈夫だ。死にゃしない』
コイツ他人事だと思って……
『とりあえず一秒でもいい、時間を稼げ。なんとか間に合わせろ』
間に合わせろって何をだよ……って思っているうちにいつの間にかヘッドホン野郎がすぐ近くまで来ていた。
「気分はどうだ?」
「見ての、通りだ……いい感じに最悪、だよ……」
「そうかそうか。俺は久しぶりに面白い鬼ごっこが堪能できて大満足だぞ? もっと欲を言えば本気で戦ってみたかったがな」
そうニヤニヤと笑いながら手に腰を当てる。こいつが俺をどうしたいのかはわからないが余裕ぶっこいて油断してるのは確かだろう。
「ははっ……第九位様と戦ったら一般人の俺なんて軽く吹き飛んじまうよ、今みたいに……」
さっきより少しだけ身体が楽になって身体を起こして壁に寄りかかって座り直す。その間何もしてこなかったのを見るとやはり何も警戒してないのか。
(もしくはそう見えるだけで誘ってるのか警戒する必要もない雑魚だと思われてるのか…… どっちにしろ今の俺に出来ることは無いけども)
ちょっとは良くなったとはいえ、全身ぶつけたり擦りむいたりしていたる所がビリビリと傷んでまだまともに動かせる身体ではない。
「それで……お前は俺をどうしたいんだ?」
「別に? 捕まえて上に引き渡す。それだけだ。俺は久々に面白そうなやつを見つけて面白そうだから追いかけただけだ」
『思ってたよりずっとあっけなかったがな』と呆れてフッと息を吐いてるのがすっごい腹立ったが今はどうしようもない。
「と、その前に」
「……? ……がはッ!?」
体を支えてた腕を蹴り飛ばされ腕の激痛とともにバランスを崩して再び地面へと身体が横たわる。
「~~~ッぅ!」
「最期があっけなかった分。もう少しだけ楽しませてもらおうか」
そう言いながらもう一度腹を蹴り飛ばされる。そこまで強い力ではないが身体は既に傷らだけのボロボロである充分にダメージはでかい。
飛びそうになる意識を必死に守りながらヘッドホン野郎へと顔を上げる。
(クッソ……これ、死ぬのかな……)
「もう一発ッ!」
今度は顔に向かって蹴りが放たれダメージに身構えて目をつむった瞬間。
「ぐぅッッ!?」
ゴォッっと硬い壁を殴ったような爆音が鳴り響いた。
「……?」
来なかった蹴りを不思議に思って恐る恐る目を開くと。そこには、青いリボンを中央にあしらった清楚なイメージのセーラー服に身を包んだゆうが立っていた。
「ゆう……?」
「あ、よかった生きてた!? 大丈夫お兄ちゃん!?」
「あれ……ゆう……?」
なんでここに。という言葉は続かずに俺の意識はそこでブラックアウトした。
――――――
――――
――
目を覚ましたら病室だった。朝日が白い病室に差し込み寝起き少し応えた。
なんでここに、とか何があったのか、とか脳が思考する前に『あ、起きたんだ。早いね』という声で意識が覚醒した。
「ゆう……あれ、ここ病院か……」
「そうだよ。あ、無理しないでねお兄ちゃん。特に目立った傷はないとはいえ体中擦り傷や打撲だらけだったんだから、あんまり動かすと『ぎゃああああっ!?』……言わんこっちゃない……」
『いててて……』と腕を回そうとして激痛が走ったところを抑えながらゆうに声をかける。
「あの後、どうなったんだ……?」
「うん。手紙に書いてある所に行こうとしたら最中にお兄ちゃんがボコられてたの見つけたから、ボコってたクソガキを捻り潰してお兄ちゃんを病院まで連れてったんだよ!」
「嘘をつけ。お前が端末に気付かずに分の悪い喧嘩始めようとしてたところに私がスピーカーで呼びかけてやったんだろ」
ガラガラと病室の扉を開け喋りかけてきたのは、ボサボサの髪と灰色の上下のスウェットの上から黒いパーカーを着た胸の大きい女性だった。
「よう三十路」
「死ねクソガキ。この騒動は元はといえばお前があの糞忙しい時に端末を忘れたのが原因なんだからな」
「うっ……」
ゆうと少し言い合いした後、こっちを向いてベッドまで近づいてきた。
「そんなわけで会うのは初めましてか。それじゃあ改めて、私が雷電部隊第三支部通信係峯岸裕子だ。今回はうちの支部長の尻拭いみたいなことさせてすまなかったな」
「アンタが……あ、おれは風見緋色――」
自己紹介をしようとすると『そんなことは聞かなくてもわかってる』と遮られた。峯岸は持っていた鞄から幾つかのまとめられている書類を取り出してからこう切り出した。
「それじゃ要件だけ言うぞ。とりあえずあの事件はもちろん無いことになった」
「揉み消したってことか? でもあれだけのいざこざなかったコトにするのは難しかったんじゃ……」
「別に簡単さ。学校関係者には雷電部隊の連絡のための緊急手段だったって押し通した。これで問題なし」
「私は大量の始末書書かないとなんだけどね……」
ゆうが俯いて笑ってるが正直お前は自業自得だ。
「俺については何もなしか?」
「そうだな。肝心の不法侵入者についてだが……それは適当にぼかした。正式な文章には書くことになるがそれ以外は特に無いだろ」
「そうなのか……」
こっちをチラッと見てからもう一度書類に目を通して話し始めた。
「そんなわけで問題もなかったことにした影響で、音無音也についても処罰その他は何もなしだ。以上、コレで終わりだ。なんか聞きたいことは?」
「あー……いや、別に特にはないな」
そう言うと峯岸は持っていた書類をバッとゆうに押し付けて『体の調子は特に悪くはない。流石にすぐには治らないだろうが今日一日検査入院で明日には帰れるだろう』と早口で言いながらドアへと歩いていた。
「これで仕事はしまいだ。あとは風見に聞け。それじゃあ」
と言ってドアを閉めた。
「……あの人いつもあんなんなのか?」
「いつもああだよ。さて! それじゃあ私は遅刻しそうだし学校行ってくるね」
「あぁそっか……そういえばあれからどれくらい経ってるんだ?」
『まだ一日も経ってないよ。お兄ちゃんほんと回復早いよね』と言いながら鞄やらリボンやら支度をし始めた。
「そっか……」
「それじゃあ今日も午前授業だから終わったらこっち戻ってくるね。行ってきまーす!」
元気に出て行くゆうを見送りとりあえず一息ついた。まだ頭もあんまり追いついてないしなんか忘れてるような気もするが一つだけ。
「今日はゆっくりできそうだ……」
そう思いながら俺はもう一度ベッドへと横になった。




