○○の世界
その部屋は、10m四方を白い壁に囲われており、壁際には灰色の会議机が4つ並べられている。その机の上にはビーカー、設計図、電子基板、テスター、スパナといったものがごちゃごちゃと置かれていた。
研究室といった感じの部屋の中で一際目を引くのが、中央に鎮座する2mほどの銀色の卵だ。
卵の隣には、白衣を着た女性が卵から伸びるケーブルにつながれたモニタをじっと見つめている。
銀色の卵が突然、プシュっと音を立て全面の殻が上にスライドすると、中から白衣を着た男がヌルっと出てきた。
卵の様に見えたのは何かの機械であったらしい。
「予定より3時間早いね……、やっぱり失敗?」
モニタから白衣の男に視線を写し、白衣を着た女性が声をかける。
「HM-N3497オブジェクトが欠陥でした。生成ルーチンが悪いのですかね……?申し訳ありませんがミラ、コーヒーを入れてくれませんか?」
ミラと呼ばれた女性は、ディスプレイの前から移動し、壁際にあるごちゃごちゃとした机の上からビーカーとアルコールランプを使いコーヒーを入れる。
その姿を眺めながら白衣の男はミラに声をかける。
「いつもありがとうございます、そろそろミラの誕生日ですね。何か欲しい物ありますか?」
「うーん、これといって欲しい物ないんだよね。コレの完成を一緒に見届けるって約束を守ってくれたら十分だよ。今、一番欲しい物がそれだから」
笑いながら、ミラはふと顔を上げモニタを見つめた。
出来上がったコーヒーに、火傷防止の布巻き白衣の男に手渡しながら、モニタの前に移動するとコンソールを操作し眉をひそめる。
その様子を見た白衣の男は、コーヒーに口を付けずにミラの後ろからモニタを覗きこんだ。
「博士……なんだか新しいプロジェクトが保存されているんだけど、コーヒー入れてる間に触った?モニタの画面も私が席を立つ前から切り替わってるし……」
「いや……幾ら僕でもそこまで仕事は早くないよ。とは言え本当に新しいプロジェクトが作成されているね」
ずずっとコーヒーを啜りながら、同じくモニタを眺める白衣の男も眉をひそめる。
「差分を詳しく見ないとわからないんけど、ざっと眺めるだけでも、HM系の生成ルーチン修正、HW系からのHM系生成ルーチンのコール部位修正、DM系のこれ何用でしたっけ……?他にも何点か修正が……。本当に博士触ってないんだよね……?なんか操作ミスったかな……」
カタカタとコンソールを操作する音が響く部屋の中で白衣の男はつるっと卵を撫で、その手でミラの頭を撫でる。
「突然どうしたんですか博士……?気持ち悪いですよ?」
コンソールを操作する手を止め、ミラは言葉とは裏腹に笑いながら白衣の男を見上げる。
「いえね、何となくなんですが撫でたくなりまして、ミラ、コーヒーご馳走様でした。重ね重ね済みませんが、そのプロジェクトをコンパイルして、落としておいて貰えませんか?」
「えっ、テストもしてないのに危険っていうか、これ私の操作ミスで古いプロジェクトを再保存してしまったんじゃないかと思ってるんだけど……」
「大丈夫ですよ、それはミラの操作ミスじゃなくてミラへの誕生日プレゼントだと思いますよ?」
「えっ?」
止まっていた手を再度優しく撫でるように動かしながら、反対の手に持っていた空のビーカーをコンソールの隣に置くとその手でコンソールを操作する。
それに合わせ卵がウィーンという音とともに起動し初めた。
「きっとこの物語もそろそろ終わりなので、最後のちょっとしたお茶目なんでしょう。ほら起動しましたよ。お礼を言うべきなのでしょうか?それとももう少し続けさせて下さいと懇願すべきなのでしょうか?どちらにせよ時間は来てしまったようです」
壁が、机が白く染まっていく、最後に白衣も消え、後は、真っ白の世界だけが続いていく。
2012/10/17
冒頭部分が切れていたのを発見追加
白衣の男が持っていたコーヒーがいつの間にか消えている問題を修正
2012/10/18
読みなおして気になった部分を修正