白衣の男
「ザー…サムリエック地区のノバが今日未明、砂化したのを国立研究所が確認…ザー…研究所の話では…ザー…であるとザー…ザー…」
砂漠の真ん中にぽつんと立つこの家…小屋といったほうが適切なのだろう、半分朽ちかけた小屋の中のラジオが雑音まじりに砂化していった街の名前を告げる。
背もたれの掛けた椅子に座りながら男はそれを聞いていた。
村が砂に変わってから半年。すべて砂に変わった訳ではなく、この小屋やラジオの様に一部はそのままの形を残している。
もちろん人も。
ただ、残された人は砂だらけのこの地でやっていけないと去っていった。この男以外は。
なんとか砂にならなかったものをかき集めて生活をしているが、それもギリギリのラインであると男は悟っている。後1週間~2週間以内に、余裕がある内に離れなければならないことを分かっているが、離れがたき気持ちでずるずると居座り続けている。
憧憬の念か……それともあまりのショックで何か精神的なものを患ってしまったのかと、最初のうちは自分自身に自問自答したが、ある日ふと自分は何かを待っているのだいうことに気がついた。
その答えに行き着いた時、怖くなった。ピーターパン症候群、ヒロイン症候群そんな言葉がちらちらと頭に浮かんだ。どれも自分の状況に当てはまらないが、自分の知らない似たような病気なのだろうかと。
それでも、資材をかき集め必死で生をつなぐ毎日に恐怖は薄れ、他人がいないこの地で一人気狂いがいたところで問題がないのではないかと思うようになった。
ザッ…ラジオの雑音ではない砂を踏みしめる音が聞こえてきた。
男は、国立研究所の職員か?と外にでることとした。
後から知ったことだが、国で一番初めて砂になった場所がこの村だったため、半年前はテントを張って、1ヶ月前は1週間に1度、この頃は……思い出したかのような頻度で調査員が来ていた。調査に協力する代わりに水や、食料を貰えた。
男が外にでると、砂の中に白衣の男が立っていた。砂の中の白衣。似つかわしくないどころかどうやってここまでたどり着いたのかすら不思議な格好である。近くに車は見えない。白衣の男はこちらに気づき歩いてきた。
「こんにちは、見事に砂ばかりですね」
「……ああ、砂ばかりだ、前は村があったんだけどな」
穏やかな顔立ちの白衣の男は、その姿に似合う声で問いかけてきた。
「他の人は全て?」
「幾人かは残っていたのだが、無理だといって出ていったよ」
「それならばあなたはどうして残っているのですか?」
白衣の男はずけずけと聞いてくる。
「何かを待っているんだ……それが何かはわからないんだけれども……」
男は答える。
初対面の人に問うことではないだろうと、怒りを覚えるその態度だが、何故か怒る気にはならなかった。
「何かですか……。ふむ、あなたは何かを求めていると?」
「求めている……?」
「何か求めているものがあるから、待っていると、それが分からないと、そうおっしゃっているのですよね?」
噛み合っているようで、噛み合わない会話。
求めるもの?男は自答する。
「もしかしたら、俺はなんでこの現象が起こるのか理由が知りたいのかもしれない。ここで待っていればそれがわかる気がするから」
他人に聞かれて初めて自分がどうしてここにいるのかに気づいた。
「現象の発生理由ですか……。けれど、それを求めるのは、いささか遅かったかもしれませんね」
白衣はあの日と同じ、赤く染まっていく夕日に目を細め言葉を紡ぐ。
夕焼けに照らされた白衣は、赤く染まっている。いつか見た村の様子を思い出し、男は一瞬何かが胸に沸き上がってきたが、それが何であるか気づく前にその感覚は消え去っていった。
「昔あるところにとてもとても優秀な魔法使いがいました。魔法使いはなんでもできました。病を治すことも、お腹を空かせた子供達をお腹いっぱいにすることも。魔法使いは世界を幸せにしたかった。そこで魔法使いは一生懸命その力を振るいました」
サラサラ……サラサラ……風に流されて砂が音を立てる。
「病を直したその人は、過ぎ去った日々を後悔し続け。お腹を満たした子供は、今まで虐げた人々に復讐を始めました。それでも魔法使いは、病気だった記憶を消し、子供の復讐心を消し皆が幸せになるようにと頑張りました。けれどどうしても綻びがでてしまうのでした」
サラサラ……サラサラ……風に流されて砂が音を立てる。
「魔法使いは魔法で人を幸せにすることはできないことに気づきました。それでも魔法使いは諦めきれず、全てが幸せな世界を作ることにしました」
お伽話であろうそれに男は、恐怖が押し寄せてきた、そしてその恐怖は安堵に変わり、落ち着く頃には小屋が、ラジオが砂に変わっていることに気づいた。
「魔法使いは、幸せな世界を作ろうと何度も何度も試行錯誤を繰り返しました。けれど何も望まない幸せでも不幸でもないそんな存在が残るのです。それに満足できない魔法使いは、その度に魔法使いは世界を作りなおすのです」
サラサラ……サラサラ……風に流されて砂が音を立てる。
「恐怖や悲しみがすぐに、幸福感や安心感に変わることはありませんか?自分の名前は思い出せますか?親の顔は?」
サラサラ……サラサラ……風に流されて砂が音を立てる。
「あなたの望みは叶えられました、少し望むのが遅かったかもしれませんが」
サラサラ……サラサラ……風に流されて砂が音を立てる。
指先が、足が砂に変わっていく。
「ゆっくりおやすみなさい、HM-N3497、また会えるときは幸せな時間になります。」
日が落ち、砂が黒く染まっていく、最後に白衣も消え、後は、真っ黒の世界だけが続いていく。
2012/10/18 誤記修正
2012/10/18 白衣の男との会話が不自然な気がしたので全体的に修正。