主への思い
静まった馬車内でアリアはずっと丸まっていた。セイが外に出てしばらくたっていた。外からはなんの音もせず、アリアはただただセイに言われたまま丸くなっていることしかできなかった。
だが、丸まっているのが疲れてきてアリアはサクサスとセイの事が心配になりカーテンを開こうとするがサクサスより言われた言葉を思い出す。『魔の者には色々な者がいるからです。空を飛んで攻撃をするもの、我々守護者が使うような魔法を使って攻撃をする者もいると聞きます。この馬車にはサクサスによって結界が貼られております。カーテンを締めていなかったらその窓から魔の者は入ってくるでしょう。』サクサスはあの時確かにそう言っていた。
だが、アリアは開けるのは怖いが二人が心配だという気持ちが怖い気持ちより勝っている事を知っていた。いきおい切って開けようとすると、突然背後から声をかけられた。
「 開けてはなりませんよ。主様 」
「 え…? 」
突然の声に振り返ると、そこには今までいなかったはずの女性が座っていた。
アリアの横に座っている女性は水色の滑らかな髪を腰少し下まで垂らしたままアリアに微笑みかけてくれる。
「 あ、あの。貴方…は? 」
アリアが窓のほうに詰め寄りながら怯えがちにそう言うと、女性はアタフタと質問に答えてくれた。
「 あ、あ。すみません。怖がらないでください。私の名はルーセイと申します。水の守護者です。どうかルーセイとお呼びください、主様 」
そう言われると、アリアは目を見開いた。そんなアリアにルーセイと名乗った青年は首をかしげる。
「 だ 」
「 だ? 」
「 男性だったんですか!? 」
アリアの口からそのような言葉が漏れるとルーセイは頬に汗を流し微笑みながらアリアの言葉に答えた。
「 はい。正真正銘の男ですよ。ですが、主様が女性になれと仰るのでしたら、これからは女性として振舞わせていただきます 」
ルーセイからそう言われるとアリアは自分が言ってはいけないことを言ってしまったんだと気付き、すぐにルーセイに謝罪した。
「 ご、ごめんなさい!あまりにも綺麗だったから…! 」
アリアの謝罪を聞くなりルーセイはクスクスと笑い言った。
「 何をおっしゃるのですか。私なんて全然綺麗などではありません。お美しいのは主様ですよ 」
ルーセイからそう言われるとアリアは頬を真っ赤にさせて『そ、そんな事ありません!』と叫んでいた。
すると、突然背後から静かな落ち着いた声が聞こえてきた。
「 話をしている暇はないぞ… 」
そこでルーセイは真面目な表情になり後ろにいる誰かの方に向き直った。向かい側の扉のところにいたのは漆黒の髪と瞳をした落ち着いた様子の青年だった。青年はアリアを見つめるが、アリアからは睨まれているような気がしてしまい怯えるような表情を彼に見せてしまった。
そんなアリアの様子に気づいたのか青年は何も言わずにどこかへ消えてしまった。そんな二人を見ていたルーセイは一度小さく溜息を付くとアリアに言った。
「 アリア様。今の青年の名はトウイ、闇の守護者です 」
「 …え… 」
―――――あの方が闇の…?じゃあ何故睨まれて…?―――――――
そんなアリアの心を読んだかのようにルーセイはトウイという青年のことを話始めた。
「 彼は少し目付きは悪いですが、あれは生まれながらの目付きなのです。根はとても優しい青年なんですよ。どうか許してあげてくださいね 」
そう言うとルーセイはアリアの言葉を待たず扉の方まで行き。
「 私達が来たからには大丈夫ですよ。セイとサクサスは大丈夫です。無傷ですので、アリア様はここで待って居てくださいね。戦いが終わり次第、すぐにでもセイとサクサスは戻ってまいりますので。それでは失礼いたします 」
そう優しく微笑んだまま言うと、ルーセイはゆっくりと扉を締めてしまった。
それからしばらく、アリアは馬車内で戦いが終わり皆が無事に帰ってくるのをただただじっと待っていた。
それでもやはり、どれくらいかたっても誰も戻っては来ずアリアはまたカーテンを開けそうになったがそれに気付くとすぐにカーテンから離れた。『開けてはなりません』そう、さきほどルーセイに言われた言葉を思い出しアリアは思いとどまった。すると、どこからともなく声が聞こえてきた。
『 心配か…?可哀想にただ一人でこのような狭い場所で外で何が起きているのかもわからずずっと待たされて 』
落ち着いた声は、アリアの脳内に響いている。
『 怖いであろう?人間とは怖い生き物なのだ。お前にはそれがわかっているはずだ。お前のことを気色悪いと母親を忘れたか?覚えているだろう?やり返したくはないか…?こちらへ来ればお前に私から力をやろう、そしてお前は一生死ぬまで私だけのものだ。さぁ『はい』と一言言うのだ 』
脳内に鳴り響く声を聞く間、アリアの意識はどこかへ飛んでいた。
「 う…あ… 」
『 さぁ。言え、言うのだ。私のもとへ来い 』
そして――――――。
馬車の扉近くで自分の体力を温存している最中のサクサス、そしてサクサスの背後にある馬車を守るようにサクサスの前に立ちはだかるのはセイと先ほど突然現れた少年だった。
セイの手からは赤く燃え上がる炎が、少年の体からは電気が目に見えるように出ていた。
「 ねぇ…もうどれくらい倒したと思う? 」
少年が前を見据えたままそう答えると、隣に立つセイも前を見据えたまま質問に答えた。
「 この感じだと…100は倒したと思うが… 」
セイの答えを聞くと少年は『だよねぇ…』とやる気のなさそうな返事を返した。
そんな二人の会話を後ろで聞いていたサクサスは一人であることを考えていた。
―――――おかしいですね…。さきほどからたくさんの魔物を倒していますが、どの魔物も本気でかかってきているような気がしない…まるで時間稼ぎでもしているような…―――――
そう考えていると突然、背後の馬車からものすごい音が鳴り響いた。
ゴォォォォォォォ
サクサスが振り返るとそこには黒い闇の柱のようなものが馬車の中から外に出ていた。
サクサスがその柱に驚き固まっていると、サクサスの横までセイが駆けてきて叫んだ。
「 アリア! 」
そこでやっとサクサスは今がどのような状況なのかを思い出し前を見た。すると、闇の柱の中に一人の少女の姿を捉えた。アリアだった。
「 サクサス様! 」
そう呼ばれたサクサスはセイの向こうを見ると、そこには水色の髪を腰まで垂らしたルーセイとその後ろにはトウイがこちらまでやってきていた。
「 これは一体…先ほどまでは何もなかったのに…!? 」
そのルーセイの言葉を聞くなりサクサスは少し前にルーセイが馬車内に入った事がわかったが、その時はなんともなかったことを知った。と、言うことは今のような状況になったのはその後だろう。その後アリアの身に何が起こったのか―。
その時、サクサスは新たな事に気づいた。魔物たちがいなくなっていた。そのことには少年もセイも気付いていたようで三人はお互いを見合った。そして五人は一斉にアリアを見た。
闇の柱の中にいるアリアは目を閉じているがしばらくすると瞳を開き話し始めた。その声はいつものアリアの声とは異なっていた。
『 人間共よ。我は魔の者を司る者だ。この娘は神の愛す娘、それすなわち我の愛する娘だ。この娘は我の城で過ごす方が幸せだと心の隅で感じた。だからこそ、この娘は我ら魔の者のものだ 』
その言葉を聞くなり五人は驚き目を見開くかあるいは、一歩後ずさる者もいた。
「 そんな訳が或訳がない。アリアは我らが生まれる前から待ち焦がれていたお方。アリアこそミーシュ国を栄冠に輝かせる希望。アリアを守るのが我ら守護者に勤め。アリアを返してもらうぞ 」
最初にそういったのはセイだった。
「 そうだよ。悪いんだけどさぁ~魔王かなんか知らないけど。お姉ちゃん返してくんない?僕、お姉ちゃんといろんなことして遊びたいって、お姉ちゃんが見つかってからず~~~っと思ってたんだからね!返してくんなきゃ困るよ! 」
「 私の力は癒し、まだまだ力が及ばないこともあるかもしれませんが…貴方の傷という傷を癒すのが私の勤め。どうか、お戻りくださいアリア様 」
セイと違ってサクサスはまるで目の前にいるかのようにアリアに語りかけ、少年は自分の気持ちそのものを魔王に体を乗っ取られたアリアにそう伝える。
「 主様。私はまだ貴方様と会ったばかりです。貴方の事をまだ何も知りません。もし、もしまだ魔王に体を乗っ取られていても心がここにあるのでしたらどうか、どうか我々の声をお聞き届けください 」
そう言うとルーセイは地面に片膝を付き胸の前で手を組み俯き祈る格好を取る。
トウイも何か言おうとしたが躊躇い(ためら)言葉を飲み込んでしまった。
そんな五人の言葉を黙って聞いていた魔王はルーセイが言葉を言い終わると同時に反論の言葉を述べた。
『 馬鹿な事を…この娘は二度とお前達のもとには戻らぬ。私と一生城で過ごすのだ。そして我妃となり皇子を産むのだ 』
そう言うと突然、アリアの背中から真っ黒な翼が姿を表した。その翼を魔王は、見つめると溜息をついた。
『 さすが、我が愛した娘だ。なんという力漲る(みなぎ)体だ 』
そう呟きながら胸に手を当てると突然、炎が魔王に降りかかった。だが、炎が体を焼く事はなかった。
「 セイ! 」
驚いたサクサスがセイの方を向いて名を呼ぶが、セイはジッと魔王を睨みつけていた。
「 おかしな考えでおかしな目でその方に触れるな見るな… 」
セイの体からは見て取れるほどに炎が溢れ出している―。
「 リア…ア…ア!アリア!! 」
名を呼ばれたアリアは周りを見渡すとそこはマインド国の海沿いにあるアリアの家だった。
「 アリア!呼んでるのがわからないのかぃ!?トロトロしてんじゃないよ!早くつまみ持ってきな! 」
そう言われ、周りを見渡していたアリアは今自分はどこにいて何をするべきなのかを思い出した。
「 は、はい!?ち、ちょっと待ってね!?お母さん! 」
そう言うと、たった今作った酒のつまみを皿に盛りつけそれを持って走って先ほどから叫んでいる母の元へ向かった。
「 いったい何回呼ばせるつもりだったわけ!?声が枯れるかと思ったじゃないか!あ~…そうか。あんたは私の声が枯れて欲しいから返事をしなかったんだね。最低だね。あんたってやつは。今まで誰があんたを育ててやったと思ってるんだい 」
つまみを口に放りながらアリアを睨みつけながらそう言う母にアリアは一生懸命謝った。
「 ご、ごめんね!?ちょっとぼ~っとしちゃってて… 」
すると、突然つまみの一つがアリアの顔面に勢い良くぶつかった。
「 っつ…! 」
ぶつけた場所をしゃがみ混むアリアに母は言った。
「 ぼ~~~~~~っとしてる暇があったらね!さっさと掃除でもなんでもしてきな! 」
「 う…うん…用事あったら言ってね… 」
そう言うと、投げられたつまみを拾ってアリアは台所へ戻った。
カチャカチャカチャ。キュッ。
「 ふぅ… 」
――――――もうこんな家嫌だな…―――――――
そう心の中で呟きながら掃除をはじめようとすると。
『 嫌だろう…可哀想に…本当の親からあのような仕打ちをうけるなど、あってはならぬことだ 』
「 だ、誰…? 」
どこからか暗く低い声が聞こえてきた。
『 私はお前だ。お前の心だよ…あの女を殺したいだろう…?殺さないとなぁ…私を受け入れろ…受け入れたらあの女、私が殺してやろう… 』
「 ころ…す…?お母さんを…?そ、そんな事したくない…! 」
『 本当か…?いつもいつもあの女のために尽くしても、あの女はお前に同情も何もしてくれはしないのだぞ…?悲しいだろう…寂しいだろう…さぁ…『我』を受け入れろ… 』
「 う…うぅ… 」
頭を抱えながら涙を流しうめき声を上げていると。
「 我らが主。アリア。大丈夫だ。何があっても俺が…俺たちが助ける…信じろ…信じてくれ… 」
「 この…声…は… 」
トクンと心のどこかで音が鳴った。
「 アリア様。お戻りください。私達には貴方様が必要なのです…。どうか…どうか… 」
「 セ…イ…。サクサス…様… 」
―――――――私は…一人じゃない…――――――
そう心の中で呟くとまたトクンと鳴った。
―――――我を解放せよ。本当の力を。世界を滑る力を――――――
心の奥底で誰か知らない女性の声が響き、アリアは意識を失った。
「 セイ落ち着きなさい!怒りに任せてはなりません!暴走しますよ!? 」
サクサスが防御魔法を自分にかけながらセイに近づきながらそうつぶやいてはいるが、セイの炎は強すぎサクサスは汗を流していた。
――――――このままではセイが…!?―――――――
「 っつ…馬鹿な事は考えてはなりません!体は魔王に乗っ取られていても、あの体はアリア様の物!攻撃をしてもし傷ついたら、それはアリア様が怪我をするということですよ!? 」
サクサスがそう叫ぶと、セイは何かに気付いたかのように炎を納ていった。
「 っつ…アリア… 」
『 クックックック。傷つけられまい。お前たちの大切な姫の体だだからなぁ…!う!?ギャアアアアアアア!!!! 』
突然苦しみ出した魔王の叫びは森中に鳴り響いた。
叫んだ後、アリアの体から黒いモヤのような物が現れ、近くにいた魔物へと入り込んだ。
アリアの体からは見まごうほどの光が溢れ出ていた。
「 よくもまぁ…我の体を好き勝手に使ってくれたな。魔王よ。悪いがこの娘はお前の元へ連れていかせぬぞ 」
アリアの口から出たのは今まで聞いてきた誰の声とも一致しない、とても落ち着いた女性の声だった。
魔王にそう告げた後、アリアは魔王のいる方へと片手を掲げると
「 今回は帰ってもらおうかのぅ 」
そう言うと突然、アリアの背後に光り輝く体長2メートルはあるだろう獅子が現れた。
『 チッ…魔力が目覚めてしまったか…今日は退散しとくとするか… 』
獅子はそのまま魔王の元まで行くと、魔王の入った魔物を口に加えた。すると、魔物は燃え上がって灰となって消えてしまった。その後獅子は、周りにいた魔物達も全て口に入れるか踏み潰すかして倒すと、最後にはアリアの元へ戻っていった。
「 ご苦労であったのぅ。これからもよろしく頼むぞ? 」
そう言いながら獅子の頭を撫でると、獅子は納得したかのようにアリアの顔を一舐めして消えた。
「 い、今のは… 」
と、そこで今まで黙って見ていた守護者の一人、サクサスが声を出した。
「 今のはもしや…炎のせいれ…い…? 」
サクサスの言葉を聞くとアリアは薄く微笑むと突然倒れた。
「 アリア!! 」
アリアを一番に抱きとめたのは一番近くにいたセイだった。