マッチングアプリをやった話
世の中には人見知りなくせに、自分の近くに誰もいないと人恋しくなって寂しくなってしまう面倒な奴がいるらしい。
らしいっていうか、僕がそうなんだけど。
ふだん自分から進んで人付き合いをしようとしないから友だちもなかなかできないし、そんなんだから恋人なんてもってのほかだったのだけど、素敵な恋人との出会いが欲しくないかといえば、とてもとても欲しかった。
だって趣味とか気が合って、一緒に家でゲームしたりデートしたりディズニーランドに行く人がいるって、なんかいいじゃーん、エモいじゃーん。エモエモじゃんじゃんじゃーん。
出会いを見つける努力もしないくせに、欲求だけは人一倍である。
だって努力するにしたって、どう努力すればいいのか見当もつかないんだから仕方ないじゃんか。
友だちも少ないからあまりその手のツテは頼れないし、合コンとか婚活パーティとか、そげな血走った目で獲物を狙う狩人たちが集う恐ろしげな戦場に孤立無援で突撃する勇気は僕にはないんである。
合コンや婚活パーティーの会場を何だと思ってるんだ。単に人の集まりが苦手なだけだ。
だから出会いが欲しいなあと思いつつ、結局のところ面倒くさがってあんまり真剣に考えずじまいでいたのだけど、そんな時、動画サイトを見ていると動画が始まる前の広告でマッチングアプリのCMを目にした。
マッチングアプリ。出会い系のアプリだ。
正直抵抗はあった。
僕は古いタイプの人間で、そげな「えーあい」如きに人との出会いをコントロールされてはかなわん、おれは自然な出会いを重視するオーガニック指向なのだあという信条を抱いていたのだけど、あなたね、人見知りのくせにそういうよくわからない意地張ってるから、出会いに恵まれないのだよ。
だから意地を捨てて僕はマッチングアプリを自分の携帯にダウンロードした。
すると最初の自分のプロフィールを設定する項目で早速つまづいた。
プロフィールに載せる自分の写真がないのである。
僕は自分で写真を撮るのは嫌いでは無いけど、自分が写真に撮られるのがすごくすごくニガテなのだ。だって恥ずかしいもん。
写真写り悪いし、自分が写った写真を見るたびに、か、鏡に映るおれはもっとハンサムな男だったはずなのだあと身悶えしてしまう。だから写真を撮られるのはきらいだ。撮ってくれる友だちがいないのもあるけど。
しかし写真を用意しないことには先に進めない。
僕は散々携帯の中の写真のデータを探して、数年前にディズニーランドに行った時に撮っていたウッディ保安官とのツーショット写真を設定することにした。数年前まで遡らないと無かったのかよ。
その写真の僕の写真写りはまあまあだったけど、写真の中の僕は数年前にディズニーランドに行った時にやっていたイベントのグッズを上着に着けていて、それが写真にバッチリ写っていた。
だから最近撮った写真ではないとバレやしないかと思いはしたものの、他にろくな写真がなさそうだったので結局それで通した。
みんなはマッチングアプリをやる時に備えて、それなりに見栄えがいい自分の写真を常にストックしておいたほうがいいと思うよ。大きなお世話だ。
なんとか一通り最初の設定を終えて、いよいよお待ちかねのお相手選びのステージに僕は進んだ。
なんだか仰々しい言い方をしているけど、別にたいしたことじゃない。アプリに登録している女の人のプロフィール写真がたくさん表示されるからそれを見て、その人の見た目が好みか好みじゃないか選り分けるだけだ。
アプリの画面に女の人の写真が出てきて、もしその人が気になったら右にスライド、そうじゃなかったら左にスライドしてまた別の女の人の写真が表示される、というつくりだ。そしてさらにその人のことを知りたくなったら自己紹介の文とか趣味とか、さらに詳しいプロフィールを見ることもできる。
そうやってアプリを操作している利用者が誰を気に入ったのかというデータが蓄積されて、それをもとにおすすめの相手を提案してくるんだろう。うーん、さいばねてぃくす。
アプリの案内に従ってこの人は好み、この人は好みじゃないって選んでいったのだけど、数分くらいで僕は自分が人を美人か美人じゃないか、見た目で人の好き嫌いを判断している自分の心の醜さに気づいてしまったのだった。
そりゃあね、もともと自分がそういう奴だって心当たりはある。
バイトで接客業をしていた時の話だ。
職場で立っていた時に目の前に綺麗で素敵な雰囲気の女性のお客さんが来て、そういう人が近くに来るたびにうきうきしてしていたのだ。
ああ、この人が僕の接客態度とスタイルに見惚れちゃったらどうしようかしらんなんて、なるわけないって、そんなの。ヘンなこと考えてないで真面目に仕事しなさい。
逆に髪の毛を刈ってていかつい見た目をしたおじさんが来た時は毎回、ひええ、そ、粗相をしてこの人に怒られるのはイヤだあ、なんて怯えていた。残念ながらそういう人に本当に怒られた経験はのほうはある。ままならないねえ。
だから自分も見た目で人を判断することがあるって知ってはいた。でもさ、女の人の写真をひたすら見ながら、「この人キレイ」とか「この人イマイチ」とか、「死んでもこいつとはイヤだ」みたいなこと考えている自分を自覚すると、ほんとに悲しくなるよお。
それでイヤになって、マッチングアプリの会員になって三十分も経たないうちに僕はそのアプリから退会してしまったのである。早いよ。初期設定で手間取ってた時間の方が長かったんじゃないのか。
それからマッチングアプリとはしばらく縁が切れていた。
また縁ができたきっかけは、少し前に自宅で病気の療養をしている母方の祖父のお見舞いに行った時だ。
祖父母の家でお昼ご飯を食べていると、祖母は僕に「何かいい出会いはないの?」と訊いてきた。
いやあ、無いって、出会いとか中々やってこないし、とへらへらしながら僕は祖母に返事をした。
すると僕と同じ席でご飯を食べていた祖父がお茶碗を手に持ちながら、厳かな面持ちを浮かべて「出会いは、自分で見つけなきゃならんぞ」と僕に告げた。
うーん、沁みる言葉だ。でも、それができれば苦労はしないんだよねえ。
とはいえ、いつまで元気でいられるか判らない、ていうか療養中の祖父の言葉だし、少しはちゃんと考えたほうがいいよなあとは思った。
そんな時に僕は前に一瞬だけやって一瞬でやめたマッチングアプリのことを思い出した。
一度やってすぐにやめた以上、またやるのもあんまりうまくいかないような気がしたけれど、他に出会いを見つけるアテもない。思い切って再び僕はマッチングアプリを携帯にダウンロードした。いちおう、前回入会したのとは違うアプリでね。
せっかくなので今度は課金もしてみた。
課金をして有料会員になると特典が付く。一日にたくさんの人のプロフィールを見ることができたり、マッチングしたい人に対してアプリを開くとホーム画面で自分のアカウントが出るようにアピールできたり、マッチングした相手と一日に何度もメッセージのやりとりができたり(無料会員の場合は有限。あんまり多い回数じゃなかったはず)と、いろんな便利な機能がもらえるみたいだった。
便利というか、なんだかこのおまけが無いとろくなマッチングができなさそうな仕組みっぽく見える気がしなくもなかったけど、まあタダで出会いの場を用意してくれる人がいるほど夜中はアマくないんだから仕方ない。
一ヶ月分課金をした。だいたい七千円くらいだったと思う。独り身だからこそできる出費だけど、あー、独り身じゃないひとはマッチングアプリとかやんないほうが良いと思うよ。あとでバレても知らないからね。
ともあれこうやって課金した以上、始めてすぐ嫌気がさしても今度は十分かそこらで脱会なんかすることはないはずだ。
今回も最初にたくさんの女の人の写真を見て、好みか好みじゃないかを次々に選り分けた。
今度は、うははは、所詮人間は第一印象がすべてなのだあ、と思い切り開き直ってやった。
お金を払った以上こんなところで挫けていられなかったからなんだけど、それを思えばお金のせいで心が汚くなってるみたいでなんか前以上にヤな感じだなあ。
ひとりものすごくものすごく素敵で好きなタイプの女性がいた。ショートカットで爽やかな感じの格好良さそうな女性だ。
よおし、ここぞ課金パワーを行使する時だあ、と僕はその人に”気になる”アピールを送った。そしてこのアピールに向こうが同じように”気になる”を返すとマッチングが成立するという仕組みだ。
そしてさらに課金をすると、向こうのアカウントにマッチングを申し込むメッセージを送ることができるという。
なんで一度課金しているのにまた課金しなきゃいけないんだよという疑問から目を逸らしつつ、僕はそのまま思い切って追加の課金をした。
そして意中の彼女に「メロくて一目惚れしてしまいました。ご縁ができたら嬉しいですぅ〜」という感じの恋文を送ったのだった。
向こうからの返事は来なかった。
安易に流行語を使う奴が嫌いな人だったのかもしれない。
未練を感じながらも僕はその後も他に気になる相手を探してはみたのだけれど、どうもあの人みたいにピンとくる人がいない。
おい、これじゃあ課金した一ヶ月の有料会員の期限があっという間に切れてしまうぞと危機感を抱いていると、そんな時、僕のアカウントに誰かが”気になる”アピールを送ってきたという通知が入った。
そう。僕が誰かに”気になる”アピールを送ることができるように、誰かも僕に”気になる”アピールを送ることができるのだ。モテるという経験をしたことがない男の立場なので完全に忘れてしまっていた。
早速僕に”気になる”を送ってきた人のプロフィールを確認した。
その人はプロフィールに使っている写真ではこちらに背を向けて着物姿で写っていて、どんな顔なのかはっきりしないけど、せっかくアピールしてきてくれたんだからこっちも”気になる”を送って応じてみることにした。
マッチングが成立すると、ラインみたいなトーク画面でチャットができるようになる。マッチングが成立したことは向こうにも通知が入るはずから、あちらがどう出るかまず様子を伺ってみようかと思った。だけどなかなか向こうからメッセージが送られてこない。
仕方ないのでまず僕のほうから先に出ることにした。
「この度は”気になる”を送ってくれてありがとうございます。ここから素敵なご縁になるといいですね」
向こうからの返事は来なかった。
後で振り返ってみると、そこから先の会話を続けにくそうな会話の切り出し方だったのがよくなかったのかも知れない。なんだか受動的すぎるもの。こんなんでどうリアクションを返せば良いというのだ。
こうやって最初のチャンスをものの見事に潰した僕だけど、少しするとまた新しく僕にマッチングを申し込んできた人が現れた。それも二人。
アプリの通知欄を開くと、僕に”気になる”を送ってきた二人の写真が横並びになって表示された。そのうち片方は好みの顔じゃなかったので、マッチングは謹んで辞退させてもらったのだった。なんだかだんだん悪いヤツになっていくなあ。
もう片方の人も別にものすごい好みってほどじゃなかったけど、許容範囲ではあったのでマッチングすることにした。
じゃあマッチングしなかったほうを許容範囲から外れた呼ばわりしてることになるけど、それはどうなんだ。うう、もうその人のことあんまり覚えてないから勘弁してくれ。
まあ二度目のマッチングの話に戻るけど、今度は前回の反省を生かして、もう少しこちらからアクティブにメッセージのやりとりをしようって思った。すると今回は僕ではなく相手の女の人のほうから最初のメッセージが送られた。
メッセージには最初のあいさつと併せて、こんな内容の文面が書いてあった。
「休みの日は何をしていますか?」
趣味を訊かれているらしい。なんだかお見合いみたいだ。親の代わりにAIが仲介人をやってくれているだけで、本当にお見合いみたいなものなんだけど。
「休みの日は自転車に乗って本屋さん巡りをしてますね」
僕からはこういう旨の文を送った。実際そうだ。自転車に乗って市内の本屋さんとかブックオフを巡るのが僕の趣味だ。すると数時間経って返事が来た。
「本は紙で読む派ですか?」
「いやあ、実は本は電子派で、本屋に行く時はいまどんな新刊があるのか眺めてチェックするためだけに行ってるんですよ。本屋からしたら迷惑なヤツですよねえ、わっはっは。ところであなたはどんな本を読まれるんですか?」
「私は本を読まないんです」
それきり向こうからの文面は途絶えた。
小説とかじゃなくても、漫画とかは読まないんですかとも続けて送ってみたけど、それでも相手からの返事は一切来なかった。
なんだかハシゴを急に外されてほったらかしにされたみたいで癪に触るけど、どうせこれで一生会うこともない存在だ。さっさと忘れることにした。
そして一ヶ月の有料期間の期限が淡々と近づくなか、またしても僕に”気になる”を送ってきた女性が現れた。
プロフィールの写真はそんなに悪くない感じだったから、マッチングしてみることにした。人様の写真を見て悪くないだなんて、偉くなったもんだなあ。
何はともあれマッチングが成立し、今度も最初に向こうからメッセージが送られてきた。喫茶店を巡るのが趣味というのを彼女は僕に話した。
「スズキさん(僕のこと)は普段、喫茶店には行かれますか?」
「喫茶店はあまり知らないんです。コメダ珈琲店は行ったことあるんですけど」
「コメダは私も行ったことあります!」
「もし縁があったら、一緒に喫茶店でお茶をするのもいいかもしれませんね」
「いいですね! ぜひ一緒に喫茶店に行きましょう!」
おお、これはかなり手応えありだぞ。この調子でやりとりを続けていれば、そのうち本当にお出かけするところまで漕ぎ着けられるかもしれない。
そう思っていたら向こうからこんなメッセージが送られてきた。
「せっかくなので、ラインのIDを交換しませんか? お出かけするならいろいろやりとりすることも増えるでしょうし、このアプリのメッセージ機能だと一日にやり取りできる回数に制限があるので!」
なんと、連絡先の交換を持ちかけられてしまった。
しかも具体的にデートの予定を立てるところまで話が進んでいる。こっちとしてはもっとじっくりねっとり関係を深めてから次の段階に行くつもりだったので、呆気にとられてしまった。ねっとりって何だ。
よーし、このまま行けるところまで行っちまうぞおなんて、舞い上がるより先に僕は思った。
どうも怪しい。
まだ大して話もしていないしお互いのこともよく知らないのに、実際に会おうとするなんて気が早すぎる。それにこっちは男で向こうは女の人なんだから、警戒しないのはなおさら不自然な気がした。
とはいえ正直に「アンタ怪しいですぜ!」なんて指を差して言うわけにもいかない。人に指を差しちゃいけません。
体よくラインの交換を断りつつ、アナタと仲良くなることはやぶさかではないということが伝わる文面を考えて送ってみることにした。
「ラインの交換は実際に会ってからやりましょう。ここのトーク画面でもある程度はやり取りできそうですからね!」
それきり向こうからの文面は途絶えた。
そこから少し経って有料会員の期限が切れ、僕はそのマッチングアプリから退会した。それ以来僕はマッチングアプリをやっていない。




