第八章 施工体制の再構築
翌朝、誠司は夜明け前に現場に着いた。
まず、現場全体を一人で歩き回った。
建設途中の建物を見て回り、完成している部分と未完成の部分を確認する。資材置き場の状況を把握する。通路の配置、危険箇所の有無、仮設設備の状態——すべてを、自分の目で確かめる。
この作業に、二時間以上を費やした。
空が白んできた頃、職人たちが集まり始めた。
「全員集合」と言っておいたので、かなりの人数だ。目測で百人以上いる。石工、大工、左官、魔道具職人、運搬人夫——様々な職種の人間が、広場に集まっている。
その中には、見慣れない顔もあった。
エルフだ。
長い耳、細身の体躯、どこか浮世離れした雰囲気。彼らは職人たちの輪から少し離れた場所に固まって立っていた。
誠司は、木箱の上に登った。
全員の顔が見える位置だ。
「俺は鷹野誠司。昨日から、この現場の監督を務めている」
誠司の声が、広場に響いた。
「まず、謝らなければならないことがある」
職人たちの間に、ざわめきが広がった。
新しい監督が、最初に謝罪? 予想外の展開だったのだろう。
「この二年間、お前たちはひどい目に遭ってきた。まともな指揮もなく、調整もなく、ただ働かされてきた。三人の仲間が、命を落とした。それは、監督の責任だ。前の監督ではなく、俺を送り込んできた王宮の責任でもあり、結果として今ここにいる俺の責任でもある」
広場が、静まり返った。
「だから、謝る。すまなかった」
誠司は、深く頭を下げた。
長い沈黙が続いた。
誰かが、咳払いをした。
誠司は顔を上げた。
「謝罪は以上だ。ここからは、未来の話をする」
誠司の声が、変わった。
柔らかさが消え、鋭さが増した。現場監督としての、命令する声だ。
「この現場を、立て直す。そのために、お前たちの協力が必要だ」
「どうやって立て直すんだ」
誰かが声を上げた。
「まず、施工体制を明確にする」
誠司は、懐から一枚の紙を取り出した。
昨夜、宿で作成した図だ。組織図——誰が誰を指揮し、誰が誰に報告するかを示した図。
「これを見ろ」
誠司は、紙を広げて掲げた。
「一番上に俺がいる。俺の下に、四つの班がある。石工班、木工班、左官班、魔道具班。それぞれの班に、班長がいる。班長は、自分の班の作業を管理し、俺に報告する」
「班長は誰がやるんだ」
「それぞれの組合の代表だ。石工班はハンス。木工班と左官班は——昨日のうちに確認した——トーマスとフリッツ。魔道具班は、エルフの代表がやる。名前は——」
「エリアスだ」
声がした。
エルフの集団の中から、一人の男が前に出てきた。
若く見えるが、エルフは長命だから、実際の年齢は分からない。金髪を後ろで束ね、鋭い目をしている。高いプライドを感じさせる、傲岸な表情。
「私がエリアス。魔道具設計と施工の責任者だ」
「よろしく頼む」
「一つ確認しておく」エリアスは言った。「私たちエルフは、人間に指図されることを好まない。今まで、人間の監督の下で働くことに、我々は不満を持っていた」
「だろうな」
「お前は、我々をどう扱うつもりだ」
「他の班と同じだ」誠司は即答した。「お前たちは魔道具の専門家だ。魔道具に関することは、お前たちの判断を尊重する。ただし、全体の工程に関わることは、俺が決定する。それぞれの専門領域を尊重しつつ、全体を俺が調整する。それが俺のやり方だ」
エリアスは、じっと誠司を見つめていた。
「……いいだろう。しばらく様子を見る」
「ありがとう」
誠司は、再び全員に向き直った。
「施工体制はこれで決まりだ。次に、毎日のルーティンを説明する」
「ルーティン?」
「毎日、決まった時間に、決まったことをする。まず、朝礼。毎朝、作業開始前に全員集合する。その日の作業内容を確認し、危険予知を行う」
「危険予知?」
「その日の作業で、どんな危険があるかを考え、対策を決める。これをやることで、事故を防げる」
職人たちの間に、また ざわめきが広がった。
危険予知という概念が、彼らには馴染みがないようだ。
「次に、職長会議。毎日、作業終了後に、班長が俺のところに集まる。その日の作業の報告と、翌日の段取りを確認する。問題があれば、この場で解決する」
「毎日やるのか」
「毎日だ。これをやることで、問題を早期に発見し、対処できる。放置すれば大きくなる問題も、早めに対処すれば小さく収まる」
誠司は、一呼吸置いた。
「最後に、一つだけ言っておく」
「何だ」
「安全は、最優先ではない」
職人たちの顔に、困惑が浮かんだ。
「最優先ではなく、前提条件だ」
「……?」
「安全は、他の何かと天秤にかけるものではない。工期を守るために安全を犠牲にする、予算を守るために安全を犠牲にする——そういうことは、俺の現場では許さない。安全が確保された上で、工期と予算を考える。順番が逆になることはない」
誠司の声が、広場に響いた。
「この二年間で、三人が死んだ。俺の現場では、そんなことは二度と起こさない。絶対にだ」
長い沈黙が続いた。
そして、誰かが手を叩いた。
ハンスだった。
「いい覚悟だ。俺たちも、その覚悟に応える」
他の職人たちも、一人、また一人と手を叩き始めた。
拍手が、広場に響き渡った。




