第六章 王都への召喚
城壁の修復工事が佳境に入った頃、一通の書状が届いた。
「王宮からだと?」
誠司は、書状を持ってきた使者を見上げた。
使者は、王国軍の制服を着た若い兵士だった。緊張した面持ちで、誠司に巻物を差し出している。
「鷹野誠司殿ですね。王国宰相より、王都への出頭を命じられております」
「宰相……」
誠司は書状を受け取り、中を確認した。
内容は、使者の言葉通りだった。王国宰相ヴァルトス卿が、誠司を王都に召喚している。理由は——「重要な建設事業についての相談」とだけ記されていた。
「いつまでに行けばいい」
「三日以内に、と」
「……分かった。行く」
使者が去った後、誠司はガレスのところに向かった。
「聞いたか」
ガレスは、書類から顔を上げて言った。
「今、聞いた。王都に呼ばれた」
「そうか。やはり来たな」
「知っていたのか」
「予想はしていた」ガレスは立ち上がり、窓際に歩いた。「お前の仕事ぶりは、宮廷にも伝わっている。優秀な人材は、中央が囲い込もうとするのが常だ」
「囲い込み……」
「行くつもりか」
「行くしかないだろう。王宮からの召喚を無視すれば、面倒なことになる」
「だろうな」
ガレスは振り返り、誠司の目を見た。
「気をつけろ。王都は、ここよりも複雑だ。利害関係が入り組んでいる。お前の能力を利用しようとする者もいれば、邪魔をしようとする者もいる」
「肝に銘じておく」
「城壁の工事は、お前がいなくても進められるようにしておけ。戻れなくなる可能性もある」
「……そうだな」
誠司は、工事現場に向かった。
バルドと土工のリーダーを集め、状況を説明した。
「俺は、しばらくこの現場を離れる。王都に呼ばれた」
「王都?」バルドが眉をひそめた。「何の用だ」
「分からない。重要な建設事業についての相談、とだけ書いてあった」
「戻ってくるのか」
「戻るつもりだ。ただ、いつになるか分からない」
バルドと土工のリーダーは、顔を見合わせた。
「お前がいない間、誰が指揮を執る」
「二人で協力してくれ」誠司は言った。「地盤補強の工程は、既に計画を立ててある。それに沿って進めればいい。分からないことがあれば、ガレスに相談しろ」
「……」
「俺がいなくても、仕事はできる。そのために、俺は工程表を作り、作業手順を教えてきた。自信を持て」
バルドは、しばらく黙っていた。
そして、大きく息を吐いた。
「分かった。お前がいない間、俺たちで何とかする」
「頼む」
誠司は、二人に深く頭を下げた。
「必ず戻る。待っていてくれ」
*
翌日、誠司は王都に向けて出発した。
馬車に乗って、三日間の旅。道中は比較的平穏で、盗賊や魔物に襲われることもなかった。
王都ルクセリアは、誠司がこれまで見たどの街よりも大きかった。
城壁は、あの街の三倍はある高さ。内部の建物も、密集して空を覆い隠すほど。人々が行き交う大通りは、まるで川のように人の流れが絶えない。
「これが、王都か……」
誠司は、馬車の窓から外を見ながら呟いた。
馬車は、王宮の門の前で停まった。
門番に書状を見せると、すぐに通された。王宮の内部は、さらに壮麗だった。大理石の床、黄金の装飾、天井から下がるシャンデリア——この世界にも、富と権力の象徴としての宮殿は存在するらしい。
案内された部屋は、応接間のような場所だった。
「お待ちください。宰相閣下がお見えになります」
案内の役人が去り、誠司は一人で待つことになった。
待つ間、彼は部屋の中を観察した。
壁には絵画がかけられ、棚には書物が並んでいる。家具は重厚で、高価そうだ。しかし——
「この部屋、傾いているな」
誠司は呟いた。
床が、わずかに傾斜している。建物自体が、少し傾いているのだ。城壁と同じ問題かもしれない。あるいは、別の原因か。
「よく気づいたな」
声がして、誠司は振り返った。
扉のところに、一人の男が立っていた。
六十代くらいだろうか。白髪交じりの髪を後ろに撫でつけ、鋭い目をしている。服装は質素だが、仕立ては良い。権力者特有の、自信に満ちた佇まい。
「宰相、ヴァルトスだ」
男は名乗った。
「鷹野誠司です」
誠司は一礼した。
「楽にしてくれ」ヴァルトスは言いながら、対面の椅子に腰を下ろした。「堅苦しいのは、私も好きではない」
「はい」
誠司も椅子に座った。
「さて、早速本題に入ろう」ヴァルトスは言った。「お前のことは、ガレスから聞いている。城壁の傾きの原因を見抜き、一週間で排水路を完成させたそうだな」
「はい」
「見事な仕事だ。この国では、そのような管理能力を持つ者は珍しい」
「恐縮です」
「謙遜は不要だ」ヴァルトスは手を振った。「私が聞きたいのは、お前の能力が、より大きな仕事にも適用できるかどうか、ということだ」
「より大きな仕事?」
「ああ」ヴァルトスは立ち上がり、窓際に歩いた。窓の外には、王都の街並みが広がっている。「この都には、問題がある。お前が見たこの建物の傾きも、その一つだ」
「他にも?」
「山ほどある。古い建物は老朽化し、新しい建物は突貫工事で品質が悪い。道路は穴だらけで、下水は詰まっている。そして最大の問題は——」
ヴァルトスは振り返り、誠司を見た。
「魔法学院の増築工事が、大幅に遅延していることだ」
「魔法学院……」
「王国で最も重要な教育機関だ。魔法使いを養成し、王国軍に人材を供給している。その増築工事が、二年も遅れている。予算は三倍に膨れ上がり、品質事故も多発している」
「なぜそんなことに」
「無能な監督と、腐敗した体制だ」ヴァルトスの声に、怒りが滲んでいた。「現在の監督は、有力貴族の二男坊だ。コネだけで就いた地位で、現場のことは何も分かっていない。職人たちは好き勝手にやり、金だけが消えていく」
「……」
「お前に頼みたいのは、その工事の立て直しだ」
誠司は、しばらく黙っていた。
これは、大きな決断を求められている。
一つの工事現場を引き継ぐというのは、簡単なことではない。特に、問題が山積した現場を、途中から引き継ぐのは最悪のパターンだ。既存の人間関係、進行中の作業、積み重なったトラブル——すべてを把握した上で、立て直しを図らなければならない。
しかし、これは機会でもある。
王都の重要な工事を成功させれば、誠司の評価は一気に高まる。より大きな仕事を任されるようになり、この世界での影響力も増す。
そして——女神ルシェラの依頼を果たすためには、影響力が必要だ。魔王を倒すための軍を動かすには、それだけの立場が必要だ。
「条件があります」
誠司は言った。
「言ってみろ」
「現場の全権を、俺に任せてください。人事も、予算も、工程も。すべてを、俺の判断で動かせるようにしてください」
「それは——」
ヴァルトスの眉が、わずかに動いた。
「現在の監督を更迭する、ということか」
「必要なら。ただし、俺が直接そう言うのではなく、宰相閣下の名前で命じてください。俺は、あくまで現場の監督として動きます」
「……」
ヴァルトスは、じっと誠司を見つめていた。
「お前、なかなかやる」
「何がですか」
「政治的な嗅覚がある。自分が矢面に立たず、私の権威を利用して動こうとしている」
「……」
「いいだろう。その条件を呑む」
ヴァルトスは、誠司に手を差し出した。
「この工事を、お前に任せる。成功させてくれ」
誠司は、その手を握った。
「全力を尽くします」
異世界での、二つ目の大きな仕事が始まろうとしていた。




