第五章 証拠を残す
七日目の朝が来た。
排水路は、予定通り完成していた。
誠司は、完成した排水路を端から端まで歩いて確認した。
幅は均一、深さも十分。勾配は緩やかだが一定で、水は自然に流れていく。側壁には石が積まれ、崩落を防いでいる。排水口には、ゴミが詰まらないよう格子が設置されている。
「上出来だ」
誠司は呟いた。
そして、ポケットから小さな箱を取り出した。
魔法カメラだ。
この世界にも、写真を撮る道具は存在した。魔力を動力源とする、原始的なカメラ。画質は悪く、一枚撮るごとに魔石を消費するため、コストがかかる。しかし、記録を残すには十分だった。
誠司は、排水路の各部分を、順番に撮影していった。
「何をしているんですか」
土工のリーダーが、不思議そうに声をかけてきた。
「記録を残している」
「記録?」
「ああ。この排水路が、どのように作られたかの証拠だ」
「証拠? なぜそんなものが必要なんですか」
誠司は、カメラを下ろして、リーダーの方を向いた。
「三つの理由がある」
「三つ?」
「一つ目は、品質の証明だ。この排水路が、設計通りに作られていることを、写真で証明できる。後で『ちゃんと作ったのか』と疑われても、この写真があれば反論できる」
「なるほど……」
「二つ目は、維持管理のためだ。この排水路は、今後何十年も使われる。その間に、修理が必要になることもあるだろう。その時、最初にどう作られたかが分かれば、修理の計画が立てやすい」
「確かに」
「三つ目は、技術の継承だ。この写真を見れば、どうやって排水路を作るのかが分かる。将来、同じような工事をする時に、参考になる」
土工のリーダーは、感心したように頷いた。
「そんなことまで考えているんですか」
「当然だ。仕事は、作って終わりじゃない。作ったものが、どう使われ、どう維持され、どう受け継がれていくか。そこまで考えるのが、本当の仕事だ」
誠司は、撮影を続けながら言った。
「俺がいなくなった後も、この排水路は残る。俺の仕事は、俺が死んだ後も、この街を守り続ける。それが、地図に残る仕事ってやつだ」
*
午後、ガレスが現場を視察に来た。
「完成したと聞いたが」
「はい。ご確認ください」
誠司は、ガレスを案内して排水路を歩いた。
「ここが起点です。城壁の北東部、水が溜まりやすかった窪地の手前に、集水桝を設置しました」
「集水桝?」
「水を集めて、排水路に流すための穴です。ここに水が集まり、この溝を通って——」
誠司は、排水路に沿って歩きながら説明を続けた。
「——最終的に、ここから城外に排水されます。城壁から十分に離れた位置に、排水口を設けました」
ガレスは、排水路を見下ろしながら、何度も頷いていた。
「見事だな。たった一週間で、これを作り上げたのか」
「職人たちの腕が良かったからです」
「謙遜するな。お前の指揮があったからこそだろう」
ガレスは、誠司の方を向いた。
「約束通り、一週間で結果を出した。認めよう。お前は本物だ」
「ありがとうございます」
「次の工程は、地盤の補強だったな」
「はい。排水路ができたことで、今後の水の浸透は防げます。しかし、既に空洞ができている部分は、別途対処が必要です」
「どのくらいかかる」
「二週間と見ています。ただし、空洞の規模によっては、延びる可能性があります」
「分かった。引き続き、お前に任せる」
ガレスは、懐から袋を取り出した。
「これは、最初の報酬だ。排水路の完成に対する支払いだ」
袋を受け取ると、中には金貨が入っていた。何枚あるかは分からないが、ずっしりと重い。
「ありがとうございます」
「それと——」
ガレスは、少し言いにくそうに続けた。
「この仕事のこと、宮廷に報告した。お前の名前も出した」
「宮廷に?」
「ああ。城壁の問題は、王国にとって重大な関心事だ。それを解決しつつある人間がいると知れば、注目されるのは当然だろう」
誠司は、少し複雑な気持ちになった。
注目されることは、悪いことばかりではない。しかし、面倒事を招く可能性もある。
「報告は結構ですが、俺はあくまで現場の人間です。政治には関わりたくありません」
「分かっている。だが、覚悟はしておけ。良い仕事をすれば、自然と注目は集まるものだ」
ガレスは、そう言って去っていった。
誠司は、手の中の金貨袋を見つめた。
異世界で、初めての給料だった。
*
その夜、誠司は宿に戻り、一人で酒を飲んでいた。
この世界の酒は、日本の酒とは全然違う。麦を発酵させたエール。甘みは少なく、苦みが強い。しかし、疲れた体に染み渡る心地よさは、どこの世界でも同じだった。
「ここ、いいか」
声がして、顔を上げると、バルドが立っていた。
「ああ」
バルドは、対面の椅子に腰を下ろした。店員を呼び、自分も酒を注文する。
「排水路、見たぞ」
「どうだった」
「上出来だ。土工どもにしては、な」
バルドは、にやりと笑った。
「お前のおかげだ。あいつらが、あれだけの仕事をするとは思わなかった」
「俺は何もしていない。段取りを組んで、確認をしただけだ」
「それが大事なんだろう」
バルドは、運ばれてきた酒を一口飲んだ。
「俺は、お前を認める」
「何?」
「最初に会った時は、ただの若造だと思った。だが、一週間見てきて、考えが変わった。お前は、本物の監督だ」
誠司は、少し驚いた。
「そう言ってもらえると、ありがたい」
「次は、地盤の補強だな」
「ああ」
「俺たちドワーフも、協力する」
「……いいのか?」
「いいも何もない」バルドは言った。「お前の仕事は、この街を守ることだ。俺たちドワーフも、この街に住んでいる。街が守られれば、俺たちも守られる。当然の話だ」
誠司は、バルドの顔を見た。
最初に会った時の、敵意に満ちた目はもうなかった。代わりに、職人としての誠実さと、仲間を認めた時の温かさがあった。
「ありがとう」
誠司は、素直にそう言った。
「礼を言うのは早い」バルドは言った。「仕事が終わってからにしろ」
「そうだな」
二人は、杯を合わせた。
異世界で、誠司が初めて得た仲間との、最初の乾杯だった。




