第三章 ドワーフの鉄槌団
翌朝、誠司が集合場所に指定された広場に着くと、既に十人ほどの男たちが集まっていた。
いや、男たちと呼ぶには、彼らの姿は異様だった。
身長は、誠司の腰ほどしかない。しかし、肩幅は誠司より広く、腕は丸太のように太い。髭は胸まで伸び、髪は乱雑に束ねられている。肌は岩のようにごつごつしており、目は深い窪みの奥から鋭く光っている。
ドワーフだ。
誠司は、その姿を見て、自分が本当に異世界にいるのだと改めて実感した。
ドワーフたちは、誠司を見ると、露骨に怪訝そうな顔をした。ひそひそと何かを話し合っている。
「お前が、新しい監督とかいう奴か」
声がした。
ドワーフたちの前に、一人の男が進み出てきた。
他のドワーフよりも、さらに体格が良い。髭は赤銅色で、目は炎のように燃えている。両腕を組み、誠司を睨みつけるように見上げている。
「そうだ。鷹野誠司という」
「俺はバルドだ。この鉄槌団の棟梁をやっている」
「よろしく頼む」
誠司が手を差し出すと、バルドはその手を見て、鼻で笑った。
「握手は、認めた相手としかしない主義でな」
「そうか」
誠司は手を下ろした。
バルドの態度は予想通りだった。新参者が突然現れて、「俺の言う通りに動け」と言われれば、反発するのは当然だ。特に、職人としてのプライドを持つ者ならばなおさら。
「お前、人間だな」バルドは言った。「しかも若い。何歳だ」
「三十五だ」
「三十五?」バルドは再び鼻で笑った。「俺は百二十歳だ。お前の曾祖父さんより年上だぞ。そんな若造に指図されるつもりはないな」
「年齢は関係ない。結果を出せるかどうかだ」
「結果だと?」
「ああ。俺は、城壁を修復する方法を知っている。お前たちは、石を積む技術を持っている。その二つが合わされば、結果が出る。それだけのことだ」
バルドの目が、わずかに細くなった。
「言葉だけなら何とでも言える。証拠を見せろ」
「証拠は、これから見せる」
誠司は、広場の隅に積まれていた木箱の上に登った。全員の顔が見える位置だ。
「聞いてくれ。俺は、城壁の調査をした。傾きの原因は分かっている。呪いじゃない。水だ」
ドワーフたちの間に、ざわめきが走った。
「城壁の北東部、特に傾きがひどい区間の外側に、水が溜まりやすい窪地がある。雨水がそこに集まり、地下に浸透して、基礎の下の土を洗い流している。その結果、基礎が沈下し、壁が傾いている」
「そんな馬鹿な」誰かが言った。「城壁は、我々の先祖が建てたものだ。そんな基本的なミスをするはずがない」
「ミスではない」誠司は言った。「建てられた当時は、問題なかったはずだ。しかし、百年、二百年と時間が経つうちに、地形が変わった。あるいは、気候が変わって降水量が増えた。原因はいくつか考えられるが、いずれにせよ、今起きている問題に対処する必要がある」
「それで、どうするつもりだ」
バルドが問うた。
「三つの工程を踏む」
誠司は、昨日ガレスに説明したのと同じ内容を、ドワーフたちに伝えた。排水路の設置、地盤の補強、壁の補強。
「待て」バルドが手を上げた。「地盤の補強とか、壁の補強とか、具体的に何をするつもりだ。俺たちは石工だ。土をいじる仕事は、専門外だぞ」
「だから、分業する」
誠司は言った。
「排水路の設置は、土工が担当する。この街に、土を掘る職人はいるか」
「いるにはいる。だが——」
「地盤の補強も、基本的には土を掘って埋め戻す作業だ。土工と、お前たち石工が協力すればできる」
「協力だと?」
バルドの声が、低くなった。
「俺たちドワーフが、人間の土工と?」
「何か問題があるか」
「問題大ありだ」バルドは腕を組んだ。「ドワーフは、石を扱う種族だ。土は人間の仕事だ。混ぜるな」
「……」
誠司は、バルドの顔をじっと見た。
種族間の対立。それは、この世界では当たり前のことなのかもしれない。しかし、それを理由に工事が滞るのは困る。
「分かった」誠司は言った。「じゃあ、こうしよう」
「どうする」
「作業を完全に分ける。排水路と地盤補強は、人間の土工に任せる。お前たちには、壁の補強だけを頼む。ただし——」
誠司は、バルドの目を見据えた。
「壁の補強が成功するためには、地盤補強が正しく行われている必要がある。だから、土工の作業を、お前たちにも確認してもらいたい。逆に、お前たちの作業も、土工に見せる。お互いの仕事を見て、問題があれば指摘し合う。それならどうだ」
バルドは、しばらく黙っていた。
「……監督の役割は、お前がやるということか」
「そうだ。俺が全体を見る。お前たちは、自分の専門に集中すればいい」
「俺たちに指図するということだ」
「指図ではない。調整だ」
誠司は、言葉を慎重に選んだ。
「お前たちは、石のことは俺より詳しい。それは認める。だが、俺は全体の計画を立てることについては、お前たちより詳しい。お互いの専門を尊重して、協力する。それが、俺の提案だ」
バルドは、腕を組んだまま、誠司を見上げていた。
その視線は、品定めをするようだった。この人間は信用できるのか。言っていることは本当なのか。そう問いかけているようだった。
「……いいだろう」
バルドはついに言った。
「ただし、最初の一週間だ。その間に結果が出なければ、俺たちは降りる。分かったな」
「分かった。約束する。一週間後には、排水路が完成し、水の問題は解決する」
「言ったな」
「ああ。言った」
バルドは、鋭い目で誠司を見た。
そして、右手を差し出した。
「握手は、認めた相手としかしない主義でな。だが、お前は認めてやる。一週間だけだが」
誠司は、その手を握った。
バルドの手は、岩のように硬く、熱かった。
*
工事は、翌日から開始された。
まず、誠司は作業の段取りを組んだ。
この世界には紙が高価で、大量の図面を作成することはできない。代わりに、地面に図を描いて説明することにした。
棒きれで地面に線を引き、城壁の平面図を描く。傾きがひどい区間を示し、そこに排水路がどのように走るかを描く。
「排水路は、ここからここまで」誠司は棒で示した。「幅は一歩、深さは膝の高さ。勾配は、百歩で一歩下がる程度」
土工たちは、地面の図を真剣に見つめていた。
「分かりました」リーダー格の男が頷いた。「明日から掘り始めます」
「待ってくれ。その前に、確認がある」
「確認?」
「現場を一緒に見よう。俺が図面で描いた場所と、実際の地形が合っているか確認したい。それから、掘る順序も決める必要がある」
誠司は、土工のリーダーを連れて現場に向かった。
現場に着くと、誠司は地面をじっくりと観察した。
「ここから掘り始める」誠司は言った。「最終的には、あそこまで繋げる。ただし、一直線には掘らない」
「なぜですか」
「地形を見ろ。あそこに、岩が出ている。岩を避けて迂回した方が、掘る量が少なくて済む」
土工のリーダーは、誠司の指さす方向を見た。
「……確かに」
「それから、こっち側は土が柔らかい。掘りやすいが、崩れやすくもある。土留めが必要になるかもしれない」
「土留め?」
「溝の側面が崩れないように、板で支えることだ。この辺りの土質なら、深さ膝までなら不要かもしれないが、念のため板を用意しておいてくれ」
土工のリーダーは、誠司の言葉を一つ一つ頷きながら聞いていた。
「あなた、本当に詳しいですね」
「仕事だからな」
誠司は、現場を歩き回りながら、掘削の順序を決めていった。
どこから始め、どの方向に進み、どこで合流させるか。それを細かく指示し、土工たちに伝えた。
「分からないことがあったら、すぐに聞いてくれ。勝手に判断して進めるな」
「分かりました」
土工たちは、誠司の指示に従って作業を開始した。
誠司は、作業を見守りながら、時々口を出した。
「その掘り方だと、勾配が逆になる。水が流れなくなるぞ」
「もう少し幅を広げろ。水量が多いと溢れる」
「休憩を入れろ。疲れた状態で道具を振ると、怪我をする」
最後の指示に、土工たちは驚いた顔をした。
「休憩ですか?」
「ああ。二時間に一回、水を飲んで休め。今日は暑い。熱中症になったら、工事どころじゃなくなる」
「熱中症?」
「体が熱くなりすぎて、倒れる病気だ。水分を取って、適度に休めば防げる」
土工たちは、不思議そうな顔をしながらも、誠司の指示に従った。
誠司は、彼らが休憩している間に、別の場所を確認しに行った。
*
城壁の上から、バルドがその様子を見下ろしていた。
「変わった奴だな」
隣に立つドワーフの若者——バルドの弟子であるゴルム——が呟いた。
「ああ」バルドは頷いた。「今まで会ったどの人間とも違う」
「何が違うんですか」
「見ろ。あいつは、自分で道具を持たない。掘る作業は全部職人に任せている。だが、何もしていないわけじゃない。ずっと現場を見て回り、問題を見つけては指示を出している」
「それが普通じゃないんですか」
「普通の監督は、職人に任せっきりで、自分は楽な場所にいる。問題が起きたら、職人のせいにする。あいつは違う。自分から問題を探しに行っている」
バルドは、誠司の動きを目で追いながら続けた。
「それに、あの『休憩を入れろ』という指示。あれは驚いた」
「なぜですか」
「普通の監督は、『もっと早く働け』と言うものだ。工期が大事だからな。だがあいつは、『休め』と言った。職人の体を心配しているんだ」
「……そんなに珍しいことですか」
「珍しいな。特に人間の監督には」
バルドは、少し複雑な表情を浮かべた。
「百二十年生きてきて、ああいう人間は初めてだ」
「じゃあ、信用できるんですか」
「まだ分からん」バルドは首を横に振った。「だが、見る価値はある。最初の一週間、しっかり見させてもらうさ」
*
三日後、排水路の掘削が半分ほど進んだ頃、問題が発生した。
「監督! 大変です!」
土工の一人が、血相を変えて走ってきた。
「どうした」
「岩です! でかい岩が出てきました! 掘れません!」
誠司は、現場に急いだ。
確かに、溝の底に巨大な岩が露出していた。幅は三歩、長さは四歩。これを避けて迂回するには、かなりの距離を回り道しなければならない。
「どうしますか」土工のリーダーが聞いた。「迂回しますか?」
誠司は、岩を見つめながら考えた。
迂回すれば、工期が延びる。一週間という約束が守れなくなる可能性がある。
かといって、岩を砕くのは容易ではない。この世界に削岩機はない。人力で砕くには、時間も労力もかかりすぎる。
「ちょっと待ってくれ」
誠司は、岩の周りを歩き回った。
岩の形状を観察する。上面は平らだ。側面には、いくつかの亀裂が走っている。
「この亀裂、どこまで続いている?」
誠司は、亀裂の一つを指さした。
土工の一人が、その亀裂を追った。
「反対側まで貫通しています」
「よし」誠司は頷いた。「この亀裂に沿って、岩を割る。全部砕く必要はない。通り道になる部分だけ取り除けばいい」
「割る? どうやって」
「楔だ。亀裂に沿って楔を打ち込めば、岩は割れる。ドワーフたちを呼んでくれ。石を扱うのは、彼らの専門だ」
土工のリーダーは、少し顔をしかめた。
「ドワーフに頼むんですか」
「問題あるか」
「……いえ。ありません」
リーダーは、渋々といった様子で、ドワーフの作業場に向かった。
しばらくして、バルドが数人の部下を連れてやってきた。
「岩を割ってほしいと聞いたが」バルドは言った。「確かに、岩を扱うのは俺たちの仕事だ。だが、土工の仕事を手伝うのは——」
「手伝いじゃない」誠司は言った。「専門の仕事を頼んでいる」
「何?」
「この岩を見ろ。亀裂が走っている。この亀裂に沿って楔を打ち込めば、きれいに割れるはずだ。どうだ、できるか」
バルドは、岩を見下ろした。
その目が、職人の目に変わった。岩の形状、亀裂の走り方、硬さ。それらを一瞬で見極めている。
「……できる」バルドは言った。「だが、一つ条件がある」
「何だ」
「この岩を割った後、破片はどうする」
「破片?」
「この岩、質がいい。建材に使える。捨てるのはもったいない」
誠司は、少し考えた。
「分かった。破片はお前たちにやる。好きに使っていい」
バルドの目が、わずかに輝いた。
「約束だな」
「ああ。約束だ」
バルドは振り返り、部下たちに指示を出した。
「道具を持ってこい。楔と大槌だ。この岩を割るぞ」
ドワーフたちが動き出した。
誠司は、その様子を見ながら、土工のリーダーに言った。
「見ていろ。ドワーフたちの仕事を」
「何故です」
「技術は、見て学ぶものだ。彼らがどうやって岩を割るか、しっかり見ておけ。将来、役に立つ」
土工のリーダーは、不満そうな顔をしながらも、黙って頷いた。
バルドが楔を岩の亀裂に当てた。
大槌を振り上げる。
鋭い金属音と共に、楔が岩に食い込む。
数回打ち込むと、岩に新しい亀裂が走った。
「そこだ」バルドが叫ぶ。「次の楔を打て」
別のドワーフが、新しい亀裂に楔を打ち込む。
作業は、驚くほど効率的だった。
わずか一時間で、岩は三つに割れた。中央の破片を取り除けば、排水路は通せる。
「見事だ」誠司は言った。「ありがとう」
バルドは、鼻で笑った。
「礼を言うのは早い。まだ一週間は終わっていないぞ」
「分かっている」
誠司は、微笑んだ。
この日から、ドワーフと人間の土工の間の空気が、少しだけ変わった。




