第十七章 勇者たち
リンドル平原の戦いから一週間が経った。
防衛線は強化され、増援部隊も合流して、味方の兵力は三倍に増えていた。
しかし、誠司の仕事は終わっていなかった。
魔王軍は撤退したが、壊滅したわけではない。北方には、まだ魔王軍の主力が控えている。そして、いずれは再び南下してくるだろう。
その前に、こちらから攻め込む——という計画が持ち上がっていた。
「魔王城を攻略する」
軍議で、セレスティアが宣言した。
「敵が態勢を立て直す前に、一気に決着をつけます。これ以上、戦争を長引かせる余裕は、王国にはありません」
将軍たちは、神妙な顔で聞いていた。
「そのために、今日から作戦会議を開始します。鷹野殿には、兵站と攻城準備の責任者を務めていただきます」
「承知しました」
誠司は頷いた。
「それから、もう一つ」セレスティアは言った。「勇者たちを紹介します」
軍議の場に、三人の若者が入ってきた。
二人の男と、一人の女。いずれも二十代前半に見える。
「勇者リヴァン。剣術の達人です」
最初の男は、長身で筋肉質。腰には大剣を帯びている。
「勇者マリア。魔法の使い手です」
女は、長い黒髪を一つに結んでいる。手には杖を持っている。
「勇者カイル。弓と暗殺術に長けています」
最後の男は、細身で目つきが鋭い。背中に弓を背負っている。
「彼らは、魔王城攻略の切り札です。敵将を直接討ち、城の中枢を叩く役目を担います」
誠司は、三人の勇者を見つめた。
彼らが、女神ルシェラが言っていた「勇者」なのだ。これまで何度も召喚され、そのたびに敗れてきた。
「よろしく頼む」
誠司が声をかけると、剣士のリヴァンが鼻で笑った。
「建築の監督だって? お前が俺たちに何を頼むんだ」
「……」
「俺たちは、戦う者だ。お前のような後方の人間に、指図されるいわれはない」
「リヴァン」セレスティアが咎めるように言った。「鷹野殿は、この作戦の重要な責任者です。敬意を払いなさい」
「敬意?」リヴァンは肩をすくめた。「敬意は、実力で勝ち取るものだ。殿下がいくら言っても、俺は認めない」
「……分かった」
誠司は言った。
「お前が俺を認めないのは自由だ。だが、一つだけ聞かせてくれ」
「何だ」
「これまでの戦いで、お前たちはなぜ魔王城に辿り着けなかったんだ」
リヴァンの顔が、わずかに強張った。
「それは——」
「教えてくれ。何が問題だったんだ」
長い沈黙が続いた。
「……補給が続かなかった」
答えたのは、魔法使いのマリアだった。
「私たちは強い。個人の戦闘では、誰にも負けない。でも、魔王城まで行く途中で、食糧が尽きたり、武器が壊れたり——結局、戦う前に力尽きてしまった」
「なるほど」誠司は頷いた。「それなら、俺の仕事は重要だな」
「何?」
「俺の仕事は、お前たちが魔王城に辿り着くまでの道を作ることだ。食糧を確保し、武器を整備し、安全に移動できるルートを確保する。お前たちが戦う力を発揮できるよう、すべてのお膳立てをする」
誠司は、リヴァンの目を見据えた。
「お前が俺を認めようと認めまいと、俺は自分の仕事をする。結果を見てから判断してくれ」
リヴァンは、しばらく誠司を見つめていた。
そして、ふん、と鼻を鳴らして視線を逸らした。
「言葉だけなら何とでも言える。本当にやれるのか、見せてもらうぞ」
「見せてやる」
誠司は、静かに答えた。
*
軍議の後、誠司はマリアに声をかけられた。
「さっきは、リヴァンが失礼なことを言ってすみません」
「気にしていない」
「でも——」
「彼の言うことは、ある意味で正しい」誠司は言った。「俺はまだ、結果を出していない。言葉だけで信用しろと言う方が無理がある」
「……」
「お前たちのことを、もっと知りたい」
「私たちのこと?」
「ああ。お前たちがどんな能力を持っていて、何が得意で、何が苦手なのか。それを知らないと、適切なサポートができない」
マリアは、少し驚いた顔をした。
「私たちのことを聞いてくれる人は、あまりいませんでした」
「なぜだ」
「みんな、私たちを『勇者』としてしか見ない。特別な力を持った存在。頼れば何とかしてくれる存在。でも、私たちも——」
マリアは言葉を切った。
「続けてくれ」
「——私たちも、ただの人間なんです。力はあるけど、完璧じゃない。弱点もあるし、限界もある」
「そうだろうな」
誠司は頷いた。
「だから、お前たちの弱点を補う方法を考えたい。お前たちが力を発揮できる環境を整えたい。そのために、情報が必要だ」
マリアは、しばらく誠司の顔を見つめていた。
「分かりました。私たちのことを、話します」
*
その夜、誠司は三人の勇者と、じっくり話をした。
リヴァンは最初渋っていたが、マリアとカイルが話し始めると、彼も少しずつ口を開くようになった。
「俺の剣は、普通の敵なら一撃で倒せる。だが、魔王城には、俺の攻撃を防ぐ結界があるらしい。前回の遠征では、城門すら突破できなかった」
「結界か……」誠司はメモを取った。「それを破る方法は?」
「分からない。魔法で破るか、物理的に何とかするか」
「私の魔法なら、結界を一時的に弱めることはできます」マリアが言った。「でも、完全に消すことはできない」
「弱めている間に、物理的に突破する——ということか」
「はい。でも、結界を弱めている間、私は他のことができません。無防備になります」
「護衛が必要だな」
「そうです」
誠司は、また メモを取った。
「カイルは?」
「俺は潜入が得意だ」カイルが答えた。「城の中に忍び込んで、内部から門を開けることならできるかもしれない」
「危険じゃないか」
「危険だ。だが、成功すれば、正面突破より確実に楽になる」
「二つのルートを用意する——というのはどうだ」
誠司は言った。
「どういうこと?」
「カイルが潜入を試みる。成功すれば、内部から門を開ける。失敗したら、マリアが結界を弱め、リヴァンが正面から突破する。二段構えの計画だ」
三人は、顔を見合わせた。
「……考えたことがなかった」
「いつも、一つの方法しか考えていなかった」
「それが、お前たちの弱点だ」誠司は言った。「お前たちは強い。だが、強いからこそ、力押しに頼りすぎる。計画が失敗した時の備えを、考えていない」
「……」
「俺がいれば、そういう備えを用意できる。お前たちは、自分の得意なことに集中すればいい。失敗した時のバックアップは、俺が考える」
リヴァンは、しばらく黙っていた。
そして、ため息をついた。
「……認めるよ」
「何を」
「お前が必要だってこと。俺たちだけじゃ、魔王城には辿り着けない。お前のような——段取り屋が必要だ」
「段取り屋か」誠司は苦笑した。「悪くない呼び方だな」
「褒めてるんだぜ」
「分かってる」
誠司は、右手を差し出した。
「改めて、よろしく頼む。俺は、お前たちが戦えるよう、全力でサポートする」
リヴァンは、その手を握った。
「頼むぜ、監督」
こうして、勇者たちとの協力関係が始まった。




