第十二章 王女との謁見
王宮の謁見室は、誠司がこれまで見たどの部屋よりも豪華だった。
天井には魔法の照明が煌めき、壁には金糸の刺繍が施されたタペストリーが掛けられている。床は大理石で、自分の顔が映るほど磨き上げられている。
しかし、誠司の目は装飾よりも、部屋の構造に向いていた。
柱の配置、天井の高さ、窓の位置——建築物としてのこの部屋を、無意識のうちに分析している。職業病だな、と自分で思った。
「お待たせしました」
声がして、扉が開いた。
セレスティア王女が入ってきた。
式典の時とは違い、軍服ではなく質素なドレスを着ている。しかし、その威厳は変わらない。
「鷹野誠司殿ですね。お会いできて光栄です」
「こちらこそ、光栄です。殿下」
誠司は一礼した。
「堅苦しいのは苦手なので、楽にしてください」セレスティアは椅子を示した。「座ってお話ししましょう」
二人は、向かい合って座った。
「まず、魔法学院の工事について、お礼を申し上げます。見事な仕事でした」
「恐縮です」
「謙遜は不要です。私は事実を述べているだけです」セレスティアの目が、誠司を見据えた。「あなたのことは、詳しく調べさせていただきました」
「……調べた、とは」
「三ヶ月前、突然この王都に現れた異国の男。建築の管理について、この国では見たことのない技術を持っている。どこから来たのか、誰も知らない」
誠司は、返答に困った。
「不思議な話です」セレスティアは続けた。「東の果てから来たと聞いていますが、東にそのような国があるという記録は、どこにもありません」
「……」
「正直にお答えください。あなたは、どこから来たのですか」
誠司は、長い沈黙の後、口を開いた。
「信じていただけるかどうか分かりませんが、正直に申し上げます」
「どうぞ」
「私は、この世界の人間ではありません。別の世界から、転移してきました」
セレスティアの表情は、変わらなかった。
「別の世界」
「はい。私がいた世界には、魔法はありません。代わりに、機械と呼ばれるものが発達しています。私はそこで、建設現場の監督をしていました」
「なぜ、この世界に?」
「女神——ルシェラという存在に呼ばれました。この世界を救ってほしい、と」
「……」
セレスティアは、じっと誠司を見つめていた。
その目に、疑念はなかった。しかし、すべてを信じているわけでもなさそうだった。
「興味深い話です」
セレスティアは言った。
「女神ルシェラ。その名前は、古い文献に見られます。世界の危機に際して、異世界から救世主を召喚する存在として」
「では、信じていただけますか」
「完全には。しかし、否定もしません」セレスティアは微笑んだ。「あなたが何者であろうと、あなたの能力は本物です。それは、魔法学院の工事が証明しています」
「……ありがとうございます」
「さて」セレスティアは姿勢を正した。「本題に入りましょう。お会いしたかったのは、あなたの能力を、王国のために活かしていただきたいからです」
「具体的には」
「ご存知かもしれませんが、王国は今、魔王軍の脅威に晒されています。北の国境では、既に戦闘が始まっています。このまま行けば、一年以内に魔王軍は王都に迫るでしょう」
「……」
「軍は戦う準備をしていますが、問題があります」
「どのような」
「兵站です」セレスティアは言った。「軍を動かすには、食糧、武器、物資の補給が必要です。しかし、我が国の補給体制は脆弱です。兵士は足りていますが、それを支える後方支援が追いついていません」
誠司は、内心で頷いた。
女神ルシェラが言っていたことと、一致する。勇者には戦う力があるが、軍を動かす力がない。この王女は、その問題を正確に把握している。
「私に何をさせたいのですか」
「軍の兵站を立て直してほしいのです」
「兵站……」
「具体的には、補給路の整備、物資集積所の建設、輸送体制の確立。あなたが建設工事で見せた管理能力を、軍の後方支援に活かしてほしいのです」
誠司は、考え込んだ。
これは、女神の依頼を果たすための、絶好の機会だ。
しかし同時に、大きなリスクでもある。建設の仕事なら、失敗しても建物が遅れるだけだ。軍事の仕事で失敗すれば、人が死ぬ。それも、一人や二人ではない。
「お返事は、今すぐでなくても構いません」セレスティアは言った。「考える時間をください」
「いえ」誠司は首を横に振った。「お受けします」
「……確認ですが、迷いはありませんか」
「迷いはあります。しかし、これが俺——私がこの世界に来た理由だと思うからです」
セレスティアは、少し驚いたような顔をした。
「あなたは、本当に世界を救うつもりなのですね」
「やれることをやるだけです。世界が救えるかどうかは、分かりません」
「謙虚ですね」
「現実的なだけです。俺は、魔法も剣術も使えません。できるのは、計画を立て、人を束ね、ものを作ること。それだけです。その範囲内で、できる限りのことをします」
セレスティアは、しばらく誠司を見つめていた。
そして、微笑んだ。
「あなたを選んでよかった」
「選んだ……ですか」
「宰相から報告を受けた時、私はあなたに興味を持ちました。この国の常識を知らない異国の人間が、たった三ヶ月で混乱した現場を立て直した。どんな人物か、会ってみたいと思いました」
「そうでしたか」
「会ってみて、確信しました。あなたは、信頼に値する人間です」
セレスティアは立ち上がり、誠司に手を差し出した。
「よろしくお願いします。鷹野殿」
誠司も立ち上がり、その手を握った。
「こちらこそ。よろしくお願いします。殿下」
異世界での、新たな戦いが始まろうとしていた。
(第一部 完)




