第十一章 竣工
工事が再開されてから三ヶ月。
魔法学院増築工事は、ついに完成の日を迎えた。
本館の増築部分、新しい教室棟、実験棟、寄宿舎——すべてが予定通りに仕上がった。いや、予定よりも早く、予算よりも安く完成した。
「信じられん」
宰相ヴァルトスは、完成した建物を見上げながら呟いた。
「二年遅れていた工事を、三ヶ月で完成させた。予算超過も、最終的には元の計画内に収まった。どうやったんだ」
「特別なことはしていません」誠司は答えた。「やるべきことを、やるべき順序でやっただけです」
「謙遜するな」ヴァルトスは言った。「お前の功績だ。王宮でも、お前の名前は知られ始めている」
「……光栄です」
本心を言えば、誠司は複雑な気持ちだった。
名声は、この世界で影響力を持つために必要だ。しかし、注目されることは、面倒事を招く可能性もある。
「竣工式は、明後日だ」ヴァルトスは言った。「王女殿下もご臨席される。お前も出席しろ」
「王女殿下……」
「セレスティア殿下だ。第二王女で、王国軍の参謀を務めておられる。軍事面での発言力は、王族の中でも随一だ」
軍の参謀。
それは、誠司にとって重要な情報だった。
世界を救うためには、いずれ魔王軍と戦わなければならない。その時、軍を動かせる人物との繋がりは、必ず必要になる。
「分かりました。出席します」
*
竣工式の日。
魔法学院の大講堂には、多くの来賓が集まっていた。
王族、貴族、軍の高官、学院の教授陣——この国の有力者が一堂に会している。
誠司は、来賓席の端に座っていた。
正直、場違いな気分だった。周囲は煌びやかな衣装をまとった貴族ばかり。自分だけが、作業着から着替えただけの質素な服を着ている。
「鷹野殿」
声をかけられて振り返ると、エリアスが立っていた。
「エリアス。お前も来ていたのか」
「魔道具の設計責任者だからな。来ざるを得ない」
エリアスは、誠司の隣に座った。
「どう思う。この式典」
「華やかだな」誠司は答えた。「俺には、ちょっと眩しすぎる」
「同感だ」エリアスは肩をすくめた。「私たちのような現場の人間には、こういう場は慣れない」
「お前もか」
「エルフは長命だが、権力者との付き合いは苦手だ。特に人間の貴族は、面倒が多い」
誠司は、少し笑った。
「意外だな。エルフというのは、もっと高貴な存在かと思っていた」
「高貴?」エリアスは首を傾げた。「何を見てそう思った」
「プライドが高いだろう」
「ああ。それは否定しない。だが、プライドと高貴は別だ。私たちのプライドは、自分の技術に対するものだ。権力や血筋に対するものではない」
「なるほど」
「お前も同じだろう」エリアスは言った。「お前のプライドは、自分の仕事に対するものだ。だから私は、お前を認めた」
誠司は、何も言えなかった。
思いがけない言葉だった。
「静かに」エリアスが囁いた。「王女殿下だ」
講堂の扉が開き、一人の女性が入ってきた。
若い。二十代半ばくらいに見える。銀色の髪を高く結い上げ、深い青の瞳をしている。軍服を着ているが、どこか優雅な雰囲気がある。
「あれが、セレスティア殿下か」
「そうだ。王国軍の参謀にして、王国で最も優秀な戦略家と言われている」
セレスティアは、来賓席の前を通り過ぎ、壇上に上がった。
その時、彼女の視線が、一瞬だけ誠司に向けられた。
目が合った。
ほんの一瞬のことだったが、誠司はその視線に射抜かれたような感覚を覚えた。
「今日、この増築工事が完成を見たことを、心より喜ばしく思います」
セレスティアの声が、講堂に響いた。
「二年以上の遅延を経て、わずか三ヶ月で工事を完成させた。その功績は、現場監督である鷹野誠司殿に帰するところが大きいと聞いております」
来賓たちの視線が、誠司に集まった。
誠司は、居心地の悪さを感じながら、軽く頭を下げた。
「鷹野殿には、後日、改めてお会いしたいと思っております。今後の王国の建設事業について、ご意見を伺いたい」
誠司の心臓が、少し速く鳴った。
王女からの直接の面会依頼。
これは、大きな機会だ。
*
式典の後、誠司は現場事務所に戻った。
まだ片付けが残っていた。竣工に伴い、仮設の事務所は撤去しなければならない。書類も整理して、次の管理者に引き継ぐ必要がある。
作業をしていると、ドアがノックされた。
「入れ」
入ってきたのは、ミハエルだった。
「監督!」
「ミハエル! 歩けるようになったのか!」
ミハエルは、杖をついていたが、自分の足で立っていた。
「はい! 治療師の魔法と、リハビリのおかげで……まだ完全じゃないですけど、歩けるようになりました!」
「よかった……」
誠司は、心からそう思った。
「それで、監督に報告があります」
「何だ」
「俺、現場に復帰します。まだ高所作業は無理ですけど、地上の作業なら——」
「待て」誠司は遮った。「焦るな。完全に回復してからでいい」
「でも——」
「お前の人生は長い。数ヶ月の遅れなど、大したことはない。体を完全に治してから、戻ってこい」
ミハエルは、悔しそうな顔をした。
「……分かりました」
「それから」誠司は付け加えた。「お前が戻ってきたら、安全管理の仕事を手伝ってほしい」
「安全管理……ですか」
「ああ。お前は、事故の怖さを身をもって知っている。その経験を、他の職人たちに伝えてほしい。『足場は毎日点検しろ』『急いでも手を抜くな』——言葉で言うより、経験者が語る方が、説得力がある」
ミハエルは、少し考えてから、頷いた。
「……分かりました。やります」
「頼むぞ」
ミハエルが去った後、誠司は窓の外を見た。
完成した魔法学院の建物が、夕日に照らされている。
自分が管理した現場から、また一つ建物が立ち上がった。
地図に残る仕事。
その言葉の意味を、誠司は改めて噛みしめていた。




