焦燥に駆られる日々
あの日から、もう一週間が過ぎた。
――来ない。
無意識に足が向かってしまう場所がある。
訓練を終え、夕暮れに沈みかける空の色を横目に、気づけばそこに立っている。
いつもなら、聞こえるはずだった。
息を切らした足音。
こちらを見つけた瞬間、一瞬だけ戸惑って、それから小さく笑う君の顔。
だが――いない。
今日こそは、と思った。
明日なら、きっと。
そうやって理由を作り、希望を繋ぎ、待ち続けた。
それでも。
君は、来なかった。
どうしてだ。
俺から……逃げたのか?
その考えが浮かんだ瞬間、胸の奥がぎり、と嫌な音を立てた。
否定したい。
だが、否定できるだけの確証が、どこにもない。
学園の日常は、変わらず回っている。
座学も、訓練も、食堂の喧騒も、すべていつも通りだ。
――ただ、君がいない。
それだけで、世界はこんなにも歪むのかと、初めて知った。
ヴィル。
あの幼馴染の存在が、日に日に重く、鬱陶しくなっていく。
露骨な妨害はしない。
声を荒げることも、正面から割り込むこともない。
だが、あまりにも自然だ。
俺とアイナの視線が交わりそうになる、その刹那で立ち位置を変える。
わざとらしくない笑顔で、彼女の肩や髪に触れる。
「幼馴染だから」という言葉を盾に、常に彼女の隣を確保する。
……なるほど。
これは偶然じゃない。
「来なかったのは、意思じゃない。環境のせいだ」
気づけば、そう口にしていた。
アイナは、来たくても来られない。
俺の元へ戻りたくても、戻れない場所に置かれている。
幼馴染という立場。
それは、俺が思っていた以上に分厚く、高く、そして厄介な壁だった。
昼食の席で、すぐそばにいるのに。
声も、温度も、気配も、手を伸ばせば届く距離にあるのに。
――触れられない。
指先ひとつの距離が、これほど遠いとは。
その度に、胸の奥が削られていく。
焦燥が積もり、苛立ちが沈殿し、静かに毒のように広がっていく。
週明けの今日。
俺の心は、もう限界に近かった。
アイナ。
俺の、愛しい人。
座学の日。
彼女は必ず、窓辺に座る。
それはもう、習慣だ。
だから、半ば無意識に視線を上げた。
――いた。
だが、その表情を見た瞬間、息が止まった。
笑っていない。
遠くを見ているようで、けれど何かを必死に耐えている。
指先が机を掴み、胸の奥の痛みを押し殺しているような――
なんて顔をする。
胸の奥が、焼けるように熱くなる。
気づけば、理性より先に身体が動いていた。
指が上がる。
軍で叩き込まれた、簡潔で確実な手信号。
「後ほど」
「はやく」
「来い」
命令じゃない。
だが、懇願でもない。
――選択肢だ。
君自身が、選ぶための。
アイナがこちらを見た。
一瞬、驚いたように目を見開き、それから――理解した。
返ってきた合図。
了解。
目標。
その反応に、背筋を駆け上がるものがあった。
ゾクッ、と。
喜び。
確信。
そして、ヴィルを出し抜けたという、甘美な感覚。
ああ、そうか。
君は、俺を選んだ。
始業のベルが鳴る。
だが、俺の意識はもう、その先にある。
ベルトに触れ、地面を指し、指で円を描く。
――ここだ。
俺が守る場所。
俺が囲う場所。
誰も踏み込ませない、安全圏。
扉が開く音がした。
振り返る。
そこに立っていたのは――
間違いなく、アイナだった。
胸の奥が満たされていく。
同時に、危ういほどの独占欲が脈打つ。
さあ。
自分の意思で、円の中へ入ってくれ。
俺の元へ……




