週末のお出掛け
この五日間は――
ブートキャンプだった。
いや、正確には“新兵訓練”という言葉の方がしっくりくる。
朝から晩まで、スクワット、プッシュアップ、ラン。
魔力を放出したまま維持、回復魔術の連続展開、
集中力が切れたらやり直し。
死ぬ。
本気で死ぬ。
学園に来て、死ぬとは思ってなかった。
いや、違う。
治癒魔術科は「生かす」ための学科だ。
生き返れ、ということだ。
――ごめんなさい。
今まで、ファンタジー作品で「治癒担当」とか軽く見てました。
前線で汗と血と泥にまみれながら、判断ミスひとつで命を左右する人たち。
尊敬しかない。
これからは全力で拝みます。
そんな五日間を乗り切り、ようやく訪れた週末。
寮の自室で、ベッドにうつ伏せになったまま、私は魂を放出していた。
「……筋肉……欲しい……」
腕も脚も、全部が重い。
それでも、不思議と気分は悪くなかった。
やり切った、という感覚が、じんわりと残っている。
コンコン、とノック。
「おい、アイナ。生きてるか?」
聞き慣れた声に、顔だけ横に向ける。
「……生きてる判定でいいなら……」
「雑魚か」
「うるさい……」
ドアを開けて入ってきたヴィルは、相変わらず余裕の顔だった。
騎士科の訓練は厳しいはずなのに、こいつは本当に元気だ。
「で? どうすんの。今日」
「……今日?」
「週末だぞ。寝て終わるか?」
その一言で、脳内に電流が走った。
そうだ。
記憶が戻ってから、初めての“自由時間”。
初めての、異世界散策。
(……行きたい)
筋肉は悲鳴を上げている。
でも、好奇心が勝った。
「……行く」
「即答かよ」
「街、行きたい。市場見たい。屋台見たい。異世界補給したい」
「長いわ」
ベッドから起き上がり、羽織を掴む。
鏡に映った自分は、少しだけ顔色が良くなっていた。
「お小遣い寄越せ」
「お前の方が金持ちだろ!」
「気分の問題!」
そんなやり取りをしながら、二人で寮を出る。
学園の門を抜けると、空気が変わる。
石畳。
露店の呼び声。
魔導具の光。
香辛料と焼き菓子の匂い。
「……すご……」
思わず声が漏れた。
ゲーム画面じゃない。
立体で、音があって、人がいて、温度がある。
私は、本当にこの世界にいる。
「顔、緩みすぎ」
「いいじゃん……」
露店を覗き、変な形の果物に驚き、魔導具の説明を聞いて首を傾げる。
全部が新鮮で、全部が楽しい。
――までは、よかった。
裏通りに入った時だった。
「なあ」
背後から、粘ついた声。
振り向くと、男が二人。
距離が近い。視線が遠慮なく身体をなぞる。
「一人?」
「……いえ、連れが」
「へぇ? 見えねぇな」
一歩、距離を詰められる。
ぞわり、と背筋が冷えた。
(あ、これ……)
治癒魔術科で叩き込まれた危機察知が、全力で警鐘を鳴らす。
「や、やめてください」
声が、少し震えた。
「いい身体してるじゃねぇか」
「学生? 可愛いな」
逃げ道を塞がれる。
人通りは少ない。
呼べば聞こえる距離なのに、声が喉に引っかかる。
(落ち着け。落ち着け……)
魔力はある。
でも、攻撃魔術は使えない。
治癒魔術科だ。
殴るより先に回復が浮かぶ頭が恨めしい。
その時。
「――何やってる」
低く、通る声。
男たちの動きが、一瞬止まった。
「……あ?」
振り向いた先。
そこに立っていたのは――
騎士科の制服。
背筋の伸びた姿勢。
凪いだように見えて、奥に鋭さを宿す視線。
青い髪が、光を受けて揺れた。
――この人……。
私がそう思った瞬間、空気が変わった。
男たちは、直感的に理解した顔をしている。
「……チッ」
「行くぞ」
舌打ちを残し、二人は足早に去っていった。
取り残された私は、しばらく動けなかった。
「……大丈夫か」
近づいてきたその人が、そう言った。
落ち着いた声。
でも、視線はしっかりとこちらを確認している。
「あ、あの……」
胸の鼓動が、まだ速い。
――週末のお出掛け。
楽しいだけで終わるはずだった。




