スイーツパラダイス
街路樹の影が歩道にまだら模様を落としていた。
昼下がりの光はやわらかく、甘い香りが風に乗って漂ってくる。
店先に並ぶ色とりどりの菓子見本に、胸の奥が自然と弾んだ。
「今日はヴィルが誘ってくれたんだ」
そう思うだけで、足取りが少し軽くなる。
店の扉を開けた瞬間、
砂糖とバターの匂いがふわっと包み込んだ。
「すぅーいーつぅー」
思わず両手を広げて深呼吸すると、
背後から即座に低い声が飛んでくる。
「恥ずかしいから早く入れ」
「えー、だって幸せの匂いがするんだもん」
窓際の席に案内され、メニューを開く。
ページをめくるたび、宝石箱みたいな写真が視界に飛び込んでくる。
「これと、これ」
ヴィルは迷いなく指を走らせた。
「お前は?」
「なんということでしょう! 好きなスイーツばかりだ!」
ヴィルが、ほんの一瞬だけ目を細めた。
その表情は、からかう時の笑顔とも違う、
柔らかくて、どこか確かめるような視線だった。
紅茶が運ばれ、カップから立ち上る湯気に顔を近づける。
口に運ぶたび、甘さと香りが舌にほどけていく。
「おいしい……」
「だろ」
ヴィルは自分の皿を半分ほど空にしながら、こちらの反応をちらりと確認している。
気づけば、私の好きなものばかりがテーブルに並んでいた。
「また気に入りそうな店、探しとく」
「ご馳走になります!」
「奢られる前提か?」
「だって今も奢ってるじゃん?」
軽口を叩き合いながら、時間はゆっくり流れていく。
その時だった。
「……ついてるぞ」
ふっと伸びてきた指が、私の口元の端を掬った。
そのまま、何の躊躇もなく
――ヴィルの舌が、クリームを舐め取る。
「――っ」
一瞬、音が遠のいた。
「私の貴重なクリームが!!」
叫ぶと、ヴィルは吹き出した。
「ぷはっ、なんだよそれ」
「マカロンのお持ち帰りを要求する! さぁ! 行け! 手に入れてくるのだ!」
「はいはい」
席を立つ背中を見送りながら、胸の奥にひやりとしたものが落ちる。
(……今の、いつもの冗談……だよね?)
頭を軽く振って、その感覚を追い払う。
戻ってきたヴィルは、紙袋を掲げて得意げに笑った。
「ほら」
「さすが!」
店を出ると、街の喧騒が耳に戻ってくる。
学園へ向かう道すがら、いつもの距離、いつもの歩調。
寮の扉の前で立ち止まる。
「じゃあ、また明日」
「うん! 今日はありがとう!」
扉をくぐる直前、なぜか胸がざわついた。
廊下の窓から、さりげなく外を覗く。
――ヴィルが、まだそこにいた。
寮の前。動かず、こちらを見ているわけでもない。
ただ、帰らずに立っている。
(……気のせい)
そう思おうとした。
しばらくすれば、きっと自分の寮へ戻る。
いつものことだ。
いつもの、幼馴染。
カーテンをそっと引き、視線を切る。
けれど、胸の奥に残った感覚は、甘さの後味とは違っていた。
砂糖が焦げる直前の、あの匂い。
私は気づかないふりを続ける。
そうすれば、きっと元に戻る――はずだから。




