囲われていく距離
翌朝。
いつもと同じ、寮から教室へ向かう道。
朝の空気は少し冷たくて、でも陽射しはやわらかい。季節が確実に進んでいることを、肌で感じる。
「週末さ、お前が好きなスイーツの店いくぞ」
唐突に、けれどいつも通りの調子でヴィルが言った。
隣を歩くその横顔は、昨日の違和感などなかったかのように穏やかだ。
「やったー!どこの店かな?ご馳走になります!」
「奢ってもらう気満々か!」
「だって幼馴染の特権でしょ?」
あはは、と声を揃えて笑う。
この空気。この距離。このテンポ。
知っている。慣れている。安全だ。
――安全、のはずだった。
ふっと、ヴィルが足を止める。
そして、私の前に立った。
「アイナ。髪、はねてるぞ?」
そう言って、指先が伸びてくる。
そっと、じゃない。
わしゃわしゃ、と遠慮なく。
「ひどい!もうもう!寝癖がふっとぶ!」
「ははっ、直してやってるんだろ」
楽しそうに笑うヴィル。
その笑顔につられて、私も笑ってしまう。
(……あれ?)
違和感は、笑いに紛れて消えていく。
いや、消えたふりをしただけかもしれない。
ベルが鳴る。
いつも通り、ヴィルがひょいっと教室まで迎えに来て、一緒に移動する。
「アイナ?」
「ん?どうしたの?」
振り返ると、ヴィルは一瞬だけ言葉を探すような顔をして――
「いや、忘れた」
「耄碌した???」
「まだ俺は若い!」
また、笑い合う。
その一瞬の間が、なぜか胸に残った。
昼食。
食堂では、ヴィルが当たり前のように席を確保してくれる。
ヒロインたちがよく見える位置。観察しやすい角度。
(優しいなぁ……)
そう思って、何も疑わなかった。
少し遅れて、エルンストが合流する。
他愛のない会話。笑い声。
昨日のことを思い出し、胸がきゅっとなる。
(今日、会えたら……昨日はごめんって言わなきゃ)
放課後。
寮へ向かう分かれ道。
「寮の前まで送るわ」
「え?」
思わず立ち止まる。
「送る」
即答だった。
今までなら、ここで別れる。
騎士科と治癒魔術科の、それぞれの道。
なのに今日は、自然な流れでそのまま歩き続けるヴィル。
「えっと……いつもの別れ道までで、いいよ?」
「俺が送りたいから。気にしなくていい」
声は穏やかで、理由も自然で。
拒む理由が、見当たらない。
寮の扉の前に着く。
ヴィルは立ち止まり、私を見る。
「これからは、お前を寮の扉まで送る。今までごめんな」
「……なにが?」
問い返しても、答えは返ってこない。
「じゃ、また明日」
そう言って、私が扉を越えるのを確認してから、踵を返した。
廊下に入って、ふと窓際に寄る。
外を見ると――
ヴィルは、まだ寮の前に立っていた。
動かない。
帰る気配がない。
(……どうして?)
胸の奥が、ひやりとする。
理由のない不安が、静かに広がる。
今日も……
いつもの場所へは、行けそうにない。
それは偶然なのか。
それとも――




