表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで  作者: ChaCha


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

82/208

図書室で魔術科対策

図書室は、戦場とは別世界だった。


厚い扉を閉めた瞬間、耳鳴りも爆音も、霧の向こうに置いてきたかのように消える。

漂うのは、紙と革表紙とインクの匂い。

静寂が、重く、しかし優しく降り積もっていた。


「……生き返る……」


思わず本音が零れる。


「わかる」

「ここ、天国じゃない?」

「さっきまで地獄だったのに」


治癒魔術科B班は、自然と長机を囲んで腰を下ろした。

誰も「静かにしろ」と言わない。

ここでは、声を落とすことが当たり前なのだ。


アイナは深呼吸をひとつして、机に手をつく。


「さて……魔術科対策会議、始めます」


「はい拍手」

「パチパチ」

「議題:生存」


その軽口の裏で、全員の目は真剣だった。


午前の訓練――

あれは、事故ではない。

実戦を想定した“意図的な地獄”だった。


「まず前提確認」

アイナはノートを開き、ペンを走らせる。


「魔術科の火力は、単体でも広範囲でも“致死”」

「しかも制圧後、鎮火名目で氷と水を重ねる」

「結果、視界ゼロ・音過多・地形変化」


「はい、詰み」

「治癒する前に死ねるやつ」

「先生たち、慣れすぎ」


それでも、ただの愚痴で終わらせないのがB班だ。


「でもさ」

別の生徒が顎に手を当てる。

「完全に無策ってわけじゃなかったよね」


「重り2倍」

「衝撃波に耐えられた」

「踏ん張れた」


「つまり」

アイナは顔を上げた。

「物理的耐性と、立ち位置の問題」


視線が集まる。


「魔術科は“撃てば終わる”前提で動く」

「だから、治癒魔術師は後方・固定位置になりがち」

「でも、それが一番危ない」


「視界遮断で孤立」

「吹き飛び要員」

「守られる前提の弱点」


誰かが小さく唸った。


「じゃあ、どうする?」


アイナは一瞬考え、言葉を選ぶ。


「……“逃げる治癒”を前提にする」


「逃げる?」

「それって臆病じゃなくて?」


「違う」

きっぱり言った。


「生き残るための機動」

「治癒魔術師は“その場に留まる存在”じゃない」


ペン先が紙を叩く。


「視界が遮られたら、陣を捨てる」

「個別治癒に切り替える」

「騎士科と魔術科の“間”を取る」


「間……?」

「挟まれない位置か」


「そう」

アイナは頷いた。

「火力の中心にも、逃げ場の端にもならない場所」


静かに、納得が広がる。


「あと」

少し声を落とす。

「魔術科の詠唱タイミング、癖がある」


「え、わかるの?」

「観察してたの?」


「……推しを見るついでに」


「そこ!?」

「動機が不純!」


笑いが起きるが、アイナは真面目だった。


「詠唱前、必ず一拍ある」

「大規模展開ほど、視線が上に行く」

「その瞬間が、回避と移動の合図」


「なるほど……」

「音より、視線か」


ページをめくる音が続く。


古い戦記。

魔術戦闘の失敗例。

治癒魔術師が生き残った事例。


図書室は、静かな戦場になっていた。


「……ねぇ」

誰かがぽつりと呟く。

「アイナ、なんでそこまで考えられるの?」


一瞬、空気が止まる。


アイナは、少しだけ目を伏せた。


「……生きたいから」

「それと」


顔を上げる。


「大切な人がいるから」


それ以上は言わない。

でも、誰も聞き返さなかった。


守る理由がある者の声だと、わかったから。


「よし」

誰かが本を閉じた。

「まとめよう」


「魔術科火力前提の配置変更」

「視界ゼロ時の個別行動ルール」

「治癒魔術師の“逃げる勇気”」


「次の訓練、試そう」

「先生に怒られそうだけど」

「生き残ったら勝ちだよね」


アイナはノートを閉じ、息を吐いた。


図書室の窓から差し込む午後の光が、紙の上を照らす。


(……エルンスト)


今頃、彼はどこで何をしているだろう。

戦場で、騎士として、前に立っているのだろう。


その背中に、追いつくために。


「……帰ろうか」


知略は、揃った。


次に燃えるのは、森じゃない。

生き残るための、私たちの意思だ。


図書室を出る足取りは、来た時よりもずっと軽かった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ