午後は自習、という罠。
三科合同訓練は、想像以上に――いや、想像の遥か上を行く形で終わった。
火力。
暴力。
理不尽。
その三点セットにより、午前の訓練はあっという間に「終了」の号令が下された。
なお、終了したのは訓練であって、疲労や耳鳴りや心の叫びではない。
「……午後は、自習とする」
教官のその一言に、広がったのは安堵と困惑が入り混じった空気だった。
自習。
聞こえはいい。
訓練所で身体を動かしてもいい。
座学棟で勉強してもいい。
図書室に籠ってもいい。
ただし。
「下校時刻までに、何をしたかを簡潔にまとめたレポートを提出すること」
はい出ました。
(……罠の匂いがする)
アイナは、心の中で即座にそう判断した。
この学園において、「簡潔でいい」という言葉ほど信用ならないものはない。
雑に書けば見抜かれるし、手を抜けば容赦なく指摘される。
(これは……適当にやっちゃダメなやつだ)
自習時間が告げられ、各自が思い思いに動き出す中。
治癒魔術科B班は、自然と一箇所に集まっていた。
「どうする?」
「もう訓練所は無理」
「筋肉が拒否してる」
口々に出るのは、悲鳴に近い意見ばかりだ。
「まだ耳、痛いんだけど……」
「わかる。爆音が脳内で反響してる」
「重り2倍、今日に限っては神装備だったよね」
その言葉に、全員が深く頷いた。
「ほんとそれ」
「なかったら、今ここにいない」
「先生、未来視してた説ある」
アイナも腕をさすりながら、しみじみと呟く。
「魔術科……怖すぎる……」
午前の光景が、嫌でも脳裏に蘇る。
焼き払われた森。
形を変えた地形。
爆風と霧と、何も見えなくなる視界。
あれを「よく出来ました!!」で済ませられる魔術科の先生のメンタルも、相当である。
「……で、どうする?」
「レポート、どうまとめる?」
一瞬の沈黙。
そして、誰かがぽつりと呟いた。
「……魔術科対策、やらない?」
その一言で、空気が変わった。
「……あ」
「それだ」
「やろう」
治癒魔術科B班の目に、静かな闘志が宿る。
そう。
これは単なる自習ではない。
鬱憤晴らしであり、
生存戦略であり、
そして何より――
「次に同じことが起きた時、黙って焼かれるのは嫌だよね」
その言葉に、誰も反論しなかった。
「魔術科をどう“封じる”か」
「暴走した火力の中で、どう治癒を通すか」
「視界が遮られた時の連携」
話題は、自然と具体的になっていく。
「図書室、行こう」
「行こう」
「今すぐ行こう」
こうして、治癒魔術科B班は揃って図書室へ向かった。
午後の陽が差し込む回廊を歩きながら、アイナはふと周囲を見渡す。
訓練を終えた騎士科が、どこかで模擬戦を始めている気配。
魔術科は……多分、どこかで反省文を書かされている。そうであってほしい。
その中で。
少し離れた場所に、見慣れた青い髪の姿があった。
エルンスト。
彼は騎士科の仲間と何か話していたが、ふと視線を感じ取ったように顔を上げる。
一瞬、目が合う。
それだけ。
それだけなのに、胸の奥がふわりと温かくなる。
(……午後は、別行動だね)
寂しさが、ほんの少しだけ胸をかすめる。
けれど同時に、今やるべきこともはっきりしていた。
守るために。
生き残るために。
そして――彼の隣に、胸を張って立つために。
アイナは小さく息を吸い、前を向く。
「よし。治癒魔術科による、魔術科対策会議――始めよう」
仲間たちが、にやりと笑った。
午後の自習は、静かで、しかし確実に火花を散らしながら始まった。




