地獄絵図
ひと言。
ひと言だけ、いいたい。
アホかぁああああああ!!
――盛大に、心の中で叫んだ。
目の前に広がっている光景を、どう表現すればいいのか。
いや、もう表現は決まっている。
焼け野原である。
焼け野原である。
焼け野原で……何回言わせる気だ!!
さっきまで紅葉が始まりかけていた森は、どこへ行った。
赤や橙の葉が舞う、秋の風情はどこへ消えた。
あるのは――
黒く焦げた地面。
炭化した木。
まだくすぶる煙。
そして、その中心で。
「火炎魔術、第二波いきまーす!!」
元気よく声を張り上げる魔術科。
……やめろ。
ちょっと待て。
今ので十分だろう!?
ゴォォォォォォ――ッ!!
空気が、燃えた。
熱波が一気に押し寄せ、ローブの内側まで熱が入り込む。
思わず顔を覆いながら、足を踏ん張る。
(焼き過ぎだって言ってるだろぉおおお!!)
心の叫びは、爆音にかき消された。
だが、ここからが本番だった。
「鎮火します! 氷壁、展開!」
「続いて水魔術、全力で!」
わかる。
理屈はわかる。
森を焼いたら、鎮火は必要だ。
延焼を防ぐのは大事だ。
――でも。
でもだ!!
ぶっぱなす質量、考えよう!?
ドォンッ!!
氷壁が地面から突き上がり、砕け散る。
同時に、水魔術が豪雨のように叩きつけられた。
結果。
もう、おわかりだろう。
視界、ゼロ。
一瞬で、白い霧が立ちこめた。
「え!? 前見えないんだけど!?」
「誰か! 誰かそこにいる!?」
「うわっ、足滑った!!」
わぁわぁわぁわぁわぁー!!
混乱。
混沌。
阿鼻叫喚。
しかも。
ドンッ!
ドゴォンッ!
遅れてやってくる衝撃波。
爆音が耳を打ち、鼓膜がじんじんする。
何が起きているのか、音だけでは判断できない。
(やばいやばいやばい……!!)
反射的に身構えた、その瞬間。
ズシッ。
足元に、どっしりとした感覚。
――重り。
そう。
今日は、重りが2倍だった。
さっきまで呪っていた、その存在が。
(……なんという安心感!!!!)
衝撃波に煽られても、身体が持っていかれない。
地面に吸い付くように踏ん張れる。
身をもって理解した。
ごめん先生!!
鬼畜なんて言って!!
本当にごめんなさい!!
これは必要だった。
これは、命を守る重さだった。
「治癒魔術師! 展開を急げ!!」
よく通る、張り上げた指示の声が霧の向こうから響く。
「はいっ!!」
返事をして、即座に意識を切り替える。
ぼやぼやしてる場合じゃない。
今、前線は地獄だ。
霧の中から、断続的に声が聞こえてくる。
「きゃぁー!!」
「たす……け……っ」
心臓が、ぎゅっと掴まれた。
(来た……!)
走る。
重い。
足が、腕が、悲鳴を上げる。
でも止まれない。
視界は最悪だが、声の方向へ必死に向かう。
足元はぬかるみ、焼けた地面が滑る。
(誰だ!!)
(魔術科を!!)
(このタイミングで!!)
(入れるって許可したやつはぁあああ!!)
内心でキレ散らかしながら、手を伸ばす。
倒れていたのは、他班の治癒魔術師だった。
爆風に煽られ、転倒したらしい。
「大丈夫! 今治す!!」
声をかけると、彼女は震えながら頷いた。
魔力を巡らせ、治癒を展開する。
耳鳴りがまだ残っている。
集中しろ。
雑音を切れ。
「……っ、治れ!!」
白い光が、霧の中で淡く瞬いた。
同時に、また爆音。
ドォォン!!
「ひぃっ!」
思わず身体を低くする。
(もう!!)
(魔術科ぁあああ!!)
でも、怒鳴る暇はない。
次だ。
次の声。
「こっち! 騎士が吹っ飛ばされた!」
走る。
重い。
それでも、走る。
途中、霧の向こうに一瞬だけ見えた影。
青い髪。
迷いのない立ち位置。
――エルンスト。
彼は霧の中でも状況を把握し、前線を支えていた。
一瞬、こちらを確認するように視線が向く。
それだけで、心が落ち着く。
(大丈夫……)
(あの人がいる……)
また走る。
治癒。
回復。
立たせる。
送り出す。
気合い。
本当に、気合いだ。
「アイナ! 後ろ!!」
ヴィルの声が飛ぶ。
振り返るより先に、衝撃波。
ドンッ!!
身体が大きく揺れたが、倒れない。
(重りぃいい!!)
(ありがとう!!)
もう、心の中では重りを崇め始めていた。
混乱の中でも、少しずつ連携は取れていく。
魔術科も、ようやく火力を調整し始めたらしい。
霧が、少しずつ晴れていく。
見え始めた戦場。
焼け野原。
氷の破片。
水たまり。
転がる魔物の死骸。
――ひどい。
でも。
生きてる。
皆、生きてる。
(……地獄だけど)
(生きてるなら、ヨシ!!)
そう思った瞬間、また声が飛んだ。
「治癒、足りてない!」
「次、来るぞ!!」
アイナは深く息を吸った。
(わぁわぁわぁわぁわぁー!!)
心の中で叫びながら。
それでも、走った。
これが、戦闘開始。
魔術科の暴力的火力。
重り2倍地獄。
そして――
治癒魔術師の、真価が問われる戦場だった。




