3人で昼食
昼の鐘が鳴ると同時に、学園の食堂は一気にざわめいた。
金属の食器が触れ合う音、笑い声、椅子を引く音。新学期の初日特有の、少し浮き足立った空気が満ちている。
その中央で、私はナイフとフォークを握ったまま、完全に動きを止めていた。
「……治癒魔術の有難みを、今日ほど再認識した日はない」
ぽつりと零した私の言葉に、向かいのヴィルが肩をすくめる。
「よく避けれてたよ。あれ」
「容赦無さすぎるんだけど!? 完全に狩りだったんだけど!?」
思い出すだけで背中がぞわっとする。
追われる側の恐怖。地面に転がされる感覚。視界いっぱいに迫る騎士科の気迫。
学園に戻ってきた実感が、嫌というほど叩き込まれた。
「楽しかったな」
さらりと、隣から落ちてきた声。
エルンストだった。
一瞬、え? と顔を向けてしまう。
彼は穏やかな表情でスープを口に運び、まるで本当にそう思っているかのように微笑んでいた。
「どこが!?」
「実戦に近い。判断も早かった」
評価が真面目すぎる。
でも、その声音は柔らかくて、押しつけがましさがない。
ああ、合わせてくれているんだな、と気づく。
訓練場での張り詰めた空気とは違う。
今のエルンストは、ただ同じテーブルを囲む「一緒に昼食を取る人」だった。
(……親近感、すごい)
距離を測っていたはずなのに、気づけば自然に同じ空気に馴染んでいる。
「いいなー」
ヴィルがわざとらしく頬杖をついた。
「俺もB班だったらよかったのに。アイナを全力で狩れた」
「待って? それは秒で死ねる」
「治癒魔術科、逃げ足だけは一流だからな」
エルンストがくすりと笑う。
「俺は追い詰めなかっただろう?」
「君は我がB班を全滅に追いやっていた!」
即座に返すと、エルンストは一瞬きょとんとしてから、声を立てずに笑った。
その横顔を見て、胸の奥が少しだけ温かくなる。
以前なら、こんな風に三人で笑う空気は想像できなかった。
ぎこちなさ。探り合い。見えない緊張。
それが、今はない。
鬼ごっこ、恐ろしい子。
食堂のざわめきの向こうで、聞き慣れた気配が動いた。
「アイナ。いつもの、来たぞ」
ヴィルの声に、反射的に顔を上げる。
桃色の髪。
隣には、銀髪の青年。
「なんということでしょう!」
思わず立ち上がりかけた私に、エルンストがびくっと肩を揺らした。
「……なにがだ」
「取り分けている!」
「それで?」
「共有しだしてる! あまーい!!」
ヴィルは淡々と肉を切りながら一言。
「あ、それ酸っぱいぞ」
「すっぱーーーい!!」
口いっぱいに広がる酸味に顔をしかめると、二人分の笑気が同時に零れた。
エルンストが、声を立てて笑っている。
その事実に、少しだけ驚いた。
張りつめた戦場でも、決して崩れなかった表情。
あの人が、こんな風に笑うんだ。
胸の奥が、また小さく跳ねる。
(……この時間、好きだな)
三人でいる。
それだけで、空気が柔らぐ。
誰かを牽制する必要も、距離を詰める駆け引きもない。
今はただ、同じテーブルで同じ時間を過ごしているだけ。
午後の授業を思い出して、少しだけ憂鬱になる。
でも、不思議と心は軽かった。
食堂の窓から差し込む光が、テーブルを明るく照らす。
この関係が、どこへ向かうのか。
まだ、わからない。
それでも。
(……午後も、頑張れる気がする)
そんなことを思いながら、私はもう一度フォークを握り直した。




