学園というフィールド
学園の正門が見えた瞬間、胸の奥がふっと軽くなった。
高い石造りの門。
左右に広がる回廊。
整えられた庭木と、どこか懐かしい魔力の流れ。
ここだ。
私の、日常。
馬車が止まり、扉が開く。
その瞬間、体が勝手に前へ出ていた。
「戻ったどー!」
思わず叫んでしまってから、はっとする。
けれど、止められなかった。
学園の空気は、やっぱり違う。
魔の森の張り詰めた緊張とは真逆で、少し浮ついていて、少し騒がしくて。
人の気配が、ちゃんと「生きている」音を立てている。
「ふはっ」
隣から、聞き慣れた笑い声。
ヴィルが、肩を揺らして笑っていた。
呆れたようで、でも安心したような顔。
「……お前、本当に変わらねぇな」
「え? 何が?」
「全部だよ」
そう言って、ヴィルはいつもの距離で立つ。
近すぎず、離れすぎず。
幼馴染として完成された間合い。
それを見ていたエルンストが、静かに息を吐いた。
「元気だね」
柔らかい声音。
責めるでもなく、驚くでもなく、ただ受け止めるような一言。
その視線が、少しだけ優しい。
(……あ)
気づく。
エルンストは、私のこの姿を初めて見るんだ。
訓練中の必死な顔でもなく。
治癒を展開する張り詰めた表情でもなく。
極限で震える私でもない。
ただ、学園に戻ってきて、思わず叫んでしまう私。
「うるさくて、ごめんなさい」
「いや。悪くない」
エルンストは、そう言って小さく笑った。
ほんの一瞬だけ、肩の力が抜けたように見えた。
ヴィルが、その様子を横目で見ている。
笑っているけれど、視線の奥は静かだ。
(……フィールド、変わったな)
魔の森では、命のやり取りがすべてだった。
ここでは、視線と距離と、言葉の選び方が戦場になる。
学園というフィールド。
私は、ここに戻ってきた。
そして――
ヴィルもいる。
エルンストもいる。
同じ場所に。
同じ日常に。
何も始まっていないはずなのに。
何も終わっていないはずなのに。
胸の奥で、何かが確かに動き始めていた。
(……がんばろ)
何を、とは言わない。
でも、このフィールドでは、もう逃げられない。
私は一歩、正門の内側へ踏み出した。




