え?家って森の中ですけど
「……肉に、飽きてきました」
焚き火の前で、ぼそっと零した私の呟きに、先輩が鍋をかき混ぜながら肩を揺らした。
「贅沢言うな〜。今日は干し肉、昨日は燻製、その前は焼き肉だぞ?」
「三食連続はさすがに……」
「じゃあキノコ炒めあるよ?」
「魚料理が好きなんです」
「よし、次は水棲魔物がいる船上訓練に参加だ!」
……話が飛躍しすぎている。
「家……帰りたいな」
「ここが我が家だよ♡」
にっこり笑う先輩の背後には、無限に広がる魔の森。
テント、焚き火、干し肉、魔物の血の匂い。
――うん。
どう考えても実家じゃない。
「右!回避!」
反射的に身体が動く。
ドンッ、と地面を蹴り、横へ飛ぶ。
「わっしょーい!」
……飛び慣れてしまった自分が、少し悲しい。
そう、私はアイナ。
治癒魔術科一年生。
現在、魔の森生活一ヶ月超え。
気付けば、ここでの生活にも妙に順応していた。
朝は魔物の咆哮で目覚め、
昼は討伐と治癒の繰り返し、
夜は焚き火を囲んで簡素な食事。
「もう一ヶ月以上、ここだよね……」
「そうだな。慣れたろ?」
「慣れたけど、慣れちゃダメな気がします」
学園の石畳。
回廊。
食堂の匂い。
寮のベッド。
――恋しい。
「夏季休暇も、残り一週間切りました……」
「現実見えてきたな」
「学園生活、正直、めちゃくちゃ恋しいです!」
そう言いながらも、私の手は止まらない。
「治癒魔術、展開!」
「はいっ!」
声が重なり、魔力が広がる。
赤く染まった地面の上で、
倒れた仲間の命を繋ぐ。
ここが戦場で、
これが日常で、
逃げられない現実だと、もう理解している。
それでも。
学園に戻ったら、
きっと私はまた「普通」に戻る。
……戻れる、はずだ。
エルンストの姿が視界に入る。
遠くで剣を振るいながら、こちらを一瞬だけ確認して、安堵したように息を吐く。
(……あ)
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
ヴィルは少し離れた位置で戦っている。
幼馴染の距離感。
安心できる、でも――どこか、違和感の残る距離。
私は、治癒魔術を展開しながら思った。
森の中の生活。
血と汗と魔力にまみれた日常。
その中で、私は確実に変わってしまった。
もう、何もなかった頃の私には戻れない。
それでも――
「学園に、帰りたいな」
小さく呟いて、
次の負傷者へと駆け出した。




