終わらない夏(訓練)
熱い。
――いや、暑い。
「いったん放置します。無理です。キャパオーバーです」
思わず口をついて出た本音に、隣の治癒魔術師の先輩が苦笑した。
「行き詰まった時は、命優先で逃げましょう。判断できるだけ、もう十分だよ」
「はい……」
頷きながら、肺いっぱいに空気を吸う。
熱と血と土の匂いが混ざった空気は、喉の奥に張り付くようで、正直あまり吸いたくない。
それでも、目の前では戦いが続いている。
赤い。
魔物の赤と、人の赤。
どちらも区別がつかないほど入り混じって、地面を染めていた。
「先輩に飼われたら幸せになれそう」
限界気味の頭で、つい冗談を言うと、
「餌は自分で取ってこいよ♡」
即座に返される。
「急に冷たい!」
「あはははは!」
笑い声が一瞬、戦場の緊張を和らげる。
けれどそれは、本当に一瞬だけだった。
――まだ、訓練中。
普通なら、ここで日常に戻る。
休暇があって、気持ちを切り替えて、笑って終わる。
でも、ここは違う。
「……なんてこった」
誰に聞かせるでもなく呟いたその瞬間、
「来ます!」
鋭い声が飛ぶ。
「はい!治癒展開します!」
反射で身体が動く。
もう迷いはない。
考えるより先に、手が、声が、魔力が出る。
あの日と打って変わって、ヴィルは“幼馴染”だった。
変な言い方だけれど、私の知っているヴィル。
安心できる距離感。
並んで戦える背中。
……ただ。
たまに、ほんの一瞬だけ。
彼の瞳が濁る。
わかる。
でも、知らないふりをしている。
ズルいと思う。
逃げているとも思う。
それでも、幼馴染のヴィルは、大切だから。
視線を前に戻す。
そして――気づく。
(あ……また……)
エルンストが、こちらを確認した。
それだけで、空気がふっと揺れる。
安心したように、彼の気配が少しだけ柔らぐのが、わかる。
……伝わってる。
言葉じゃなくても。
手信号じゃなくても。
視線だけで。
私は、彼を癒す。
治癒魔術に、好き過ぎる想いを――つい、のせてしまう。
他の治癒魔術師に触れさせたくない。
彼を治すのは、私でありたい。
そんな独占欲が、胸の奥で熱を持つ。
(……だめだよ)
わかってる。
わかっているのに。
それでも、エルンストが癒えて、再び前に立つ姿を見ると、
胸が満たされてしまう。
終わらない夏。
終わらない訓練。
そして――
もう戻れないほど、深くなってしまった感情だけが、確かにそこにあった。




