ネルケ辺境伯夫妻の本音
午後の陽が、執務室の大きな窓から差し込んでいた。
書類に目を通していたネルケ辺境伯ドワイトは、机の端に置かれた一通の封書に気づいて眉をひそめる。
「……手紙?」
差し出したのは、長年仕えている執事だった。
その表情が、いつもよりわずかに強張っている。
「はい。印章が……」
ドワイトは何気なく封蝋に目をやり、次の瞬間、ぴたりと動きを止めた。
「……侯爵家?」
声が低くなる。
辺境伯家に、侯爵家から直々に書状が届く理由など、そう多くはない。
事故か。
不祥事か。
それとも、政治的な案件か。
一瞬で最悪の想定まで頭を巡らせながら、ドワイトはゆっくりと封を切った。
紙を広げ、視線を落とす。
――数行、読み進め。
その手が、わずかに震えた。
「……ドワイト?」
向かいのソファでお茶を飲んでいた夫人メリアが、不安そうに声をかける。
普段は泰然としている夫の様子が、明らかにおかしい。
「どうしたの? 何か問題が……」
次の瞬間。
「婿が来る!!」
「!?」
メリアは盛大にむせた。
「……え?」
聞き返す間もなく、ドワイトは立ち上がっていた。
いや、ほとんど跳ねたと言っていい。
「侯爵家の次男だ! 優秀な騎士! しかも――」
手紙を掲げ、声が一段と上ずる。
「アイナの命の恩人であり!
アイナが命を救った相手だ!!」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、メリアが立ち上がった。
「……それは」
二人の視線が、ゆっくりと交わる。
そして――
「神様ありがとう!!!」
「神様!!
本当にありがとうございます!!」
辺境伯夫妻は、揃って天を仰いだ。
小躍り、という表現では生ぬるい。
万歳三唱に近い勢いである。
正直なところ、二人とも思っていたのだ。
――アイナは可愛い。優秀だ。努力家だ。
だが。
あまりにもガサツ。
あまりにも筋肉寄り。
あまりにも治癒魔術に全振り。
(ちゃんと嫁に行けるのだろうか……)
そんな不安が、これまで幾度となく脳裏をよぎっていた。
それがどうだ。
侯爵家次男。
王家に仕える騎士の名門。
しかも命の恩人という、断れない立場。
「……学園で、あの子、何をやったのかしら」
メリアは感動で目元を押さえながら呟く。
「わからん。だが――」
ドワイトは拳を握った。
「これは逃してはいけない」
「ええ」
二人の声が、ぴたりと重なる。
「「逃したらダメ」」
その瞬間、すでに決定していた。
城内の整備。
客室の準備。
食堂の献立。
使用人たちへの通達。
すべてが、前倒しで、過剰なほどに動き出す。
――優秀な婿が来る。
それだけで、城の空気は一変した。
なお、当のアイナはというと。
この時点では、まだ何も知らない。
そしてネルケ辺境伯ドワイトは、内心で確信していた。
(これはもう……正式な申込みだ)
大正解である。
彼は、心の底から――
(婿が欲しい。優秀な婿が!)
そう思っていた。




