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モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで  作者: ChaCha


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我が家

バーン!と勢いよく扉を開けた瞬間、懐かしい匂いが一気に押し寄せてきた。

木と土、薬草と乾いた風。学園の石造りの空気とはまるで違う、胸の奥まで染み込む匂い。


「たっだいまーーー!」


声が弾んで、思ったよりも大きく響いた。


一拍遅れて、ばたばたと足音。

母がエプロンのまま廊下に飛び出してきて、父はその後ろで苦笑している。使用人たちも、次々と顔を覗かせた。


「まあ、アイナ!」

「無事に帰ってきたか」

「お嬢様、お帰りなさいませ」


次の瞬間、母にぎゅっと抱きしめられる。

あ、これ。これだ。


学園では気丈に立っていたはずなのに、腕の中に収まった途端、全身の力がふっと抜けた。


「帰ってきた感じする……」


思わずこぼれた言葉に、母が小さく笑う。

父は咳払いをしてから、私の頭に手を置いた。


「顔つきが変わったな。よく頑張った」


その一言で、胸の奥がじんと熱くなる。

野外訓練の雨。

泥だらけの靴。

重りの食い込む足。

必死に叫んだ治癒の詠唱。


全部、ちゃんとここへ帰ってくるための時間だった。


荷物を下ろすと、広間にはすでに夕餉の支度が整っていた。

湯気の立つスープ、焼きたてのパン、香草の匂い。

「学園の食事も悪くないけどね」と言いながら、椅子に腰掛けると、身体が覚えている距離感にほっとする。


「いっぱい食べなさい。痩せたでしょう?」

「痩せたっていうか、削れたというか……」


笑いが起きた。


窓の外では、辺境の空がゆっくりと茜に染まっていく。

遠くで騎士団の号令が聞こえ、いつもの日常が確かに息づいている。


(……戻ってきた)


学園での出来事が、少し遠く感じられる。

それでも、胸の奥に残るものがあった。


青い瞳。

低い声。

ふとした仕草。


名前を呼ばれただけで、心臓が跳ねた感覚。


「どうした?」と父が覗き込む。

私は慌てて首を振った。


「なんでもない!」


笑顔を作る。

ここは、私の家。

安心できる場所。


けれど――

この夏は、きっと静かでは終わらない。


そんな予感だけが、夕焼けの向こうで、確かに揺れていた。

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