君のそばへ
あの時の光景が、何度も脳裏に蘇る。
合同訓練の最中だった。
吹き飛ばされ、治癒を受けた騎士科の男子が、惚けた顔で彼女に手を伸ばそうとした瞬間。
――許せなかった。
理由を言語化するより先に、身体が動いていた。
「治癒を頼めるか?」
そう口にして、気づけば彼女のすぐ傍に立っていた。
彼女を守るためなのか、割り込むためなのか。
その境界は、正直、自分でも曖昧だった。
治癒が始まった瞬間、空気が変わった。
白い光。
胸の奥に直接触れてくるような、澄んだ魔力。
そして――
確かに、聞こえた。
「……好き」
「……あなたが」
「……好き……」
声ではない。
音でもない。
魂に直接、触れられるような感覚。
心臓が、強く脈打った。
その一瞬で、すべてが決定的になった気がした。
互いに、はっとして現実に引き戻される。
彼女は慌てたように、手を構えた。
「ビ、ビンタいきます!」
ペチン。
……軽い。
驚くほど、軽かった。
叩かれたというより、触れられたに等しい。
(……可愛すぎる)
思わず、そんな感情が胸に満ちた。
ふにっとした柔らかい感触。
猫の威嚇のような、あまりに控えめな一撃。
反則だ。
あれは、反則だった。
それ以来、彼女が視界に入る頻度が増えた。
いや、正確には――無意識に、探している。
食堂で見かけた彼女は、幼馴染のヴィルと並んでいた。
気安く笑い合い、当たり前の距離で。
胸の奥に、ざらりとした感情が落ちる。
――俺が、そこに座りたい。
自覚した瞬間、驚くほど、素直だった。
夏季休暇が近づいていた。
学園を離れれば、しばらく彼女には会えない。
もし、万が一。
彼女に何かあったら?
考えただけで、胸が冷える。
辺境伯領。
実戦経験を積むための、辺境訓練。
参加者を募っていたことを、思い出した。
彼女の家は、辺境伯家だ。
――行ける。
理由は、いくらでも作れる。
騎士としての経験。
己を鍛えるため。
王家に仕える身としての責務。
だが、本音はひとつだけだった。
(君の傍へ)
それだけで、十分だった。
手紙を出せばいい。
正式な手続きを踏めば、拒まれる理由はない。
静かに、決意が固まる。
彼女の声が、魂に落ちた日から。
俺はもう、戻れない場所まで来ていた。




