ヒロインが綺麗すぎる。
正門をくぐった先に広がる光景は、想像を軽く飛び越えてきた。
白い石畳。
空気に溶ける淡い魔力の粒子。
遠くで術式が発動するたび、光が花のように弾ける。
――これ、ゲームじゃなくて、現実なんだ。
アイナは思わず足を止めた。
(うわぁ……これは……圧巻)
空を仰げば、学園の塔が陽光を受けて輝いている。
魔術科の上級生が詠唱の練習をしているらしく、風が一瞬だけ渦を巻いた。
そのすべてが「世界観が強い」としか言いようがない。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
(ここで勉強して、治癒魔術を身につけて……辺境を守ってるお父様たちや騎士団、領民の役に立つんだ)
決意を新たにした、その直後だった。
――視界の端で、ふわりと揺れる桃色。
(……あ)
反射的にそちらを見る。
そこにいたのは、ヒロイン。
カレン・ベルガモット。
柔らかく波打つ桃色の髪。
陶磁器のように滑らかな肌に、ほんのりと差す朱色。
笑えば周囲の空気まで明るくなるような、完成された美しさ。
(……無理……)
語彙力が、仕事を放棄した。
(ヒロイン、綺麗すぎない!? こんなの反則でしょ!?)
画面越しに見ていた時も可愛かった。
でも、現実として存在すると、破壊力が段違いだった。
(うわぁ……これ、絶対攻略対象が放っておかないやつ……)
アイナは思わず一歩引く。
(私はモブ。モブ令嬢。安全圏。観客席)
そう、これは大事な自己暗示だ。
――私は、モブ、空気。
――私は、絡まない。
――私は、眺める側。
(でもさ……)
チラリ、と再びカレンを見る。
(誰を選ぶんだろう……)
王子様との華やかなやり取り。
壁ドンイベント。
夕暮れの裏庭、ベンチでの初キッス――。
(ポップコーン片手に見たい……)
脳内で、完全に観戦モードに入った瞬間。
「お前、よだれ拭けよ」
隣から、現実に引き戻す声。
「……腹減ってるのか?」
ヴィルだった。
「違うし!」
「精神的に配給過多なだけだしぃ!」
「……は?」
ヴィルは一瞬、言葉を失ったあと、露骨に距離を取った。
「……お前、入学初日からヤバくね?」
「失礼だな! 正常だよ! むしろ感動してるだけ!」
「感動でそんな顔になるか?」
胡乱な目で見られる。
(あっ、これドン引きしてる顔だ)
アイナは咳払いをして姿勢を正した。
「い、いいの! 私はモブ令嬢として生きるって決めたの!」
「……また変なこと言い出したぞ」
ヴィルは頭を掻きながら、苦笑する。
彼とアイナはただの幼馴染。
ゲーム? 攻略?
そんな概念は、私たちの世界には存在しない。
(ヴィルはモブ仲間。攻略対象外。イベント発生なし)
それは、モブの認識だった。
――乙女ゲームにおいて、モブは恋に参加しない。
――イベントは起きない。
――安全。
だからこそ、安心して過ごせる。
「ほら、そろそろ行くぞ。俺、騎士科だから」
「あ、うん。私は治癒魔術科」
それぞれの進路へ向かう途中。
背後で、きらりと輝く気配がした。
攻略対象たちだ。
自然と人の流れがそちらへ吸い寄せられていく。
存在感が、まるで違う。
(あー……眩し……)
アイナは半目になる。
(無理無理無理。あのキラキラ圏内に入るの、HP足りない)
やっぱり、私は眺める側が一番だ。
そう結論づけながら、教室へ向かう足取りは、不思議と軽かった。
(モブで結構。モブ最高)




