表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで  作者: ChaCha


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/208

緊急事態

天気は快晴だった。

空は高く、雲は少なく、朝の時点では「今日は無事に終わる」と、誰もが思っていた。


──思っていた、はずだった。


私たちは、今、走っている。

全力で。

息が切れ、肺が悲鳴を上げ、腕と足の重りが骨に食い込む感覚を無視して。


「はぁ……っ、はぁ……!」


背後から伝わってくる地鳴り。

重い、重い、命そのものの振動。


「きゃあ!!」


悲鳴が上がった。


振り返ると、他班の女子生徒が足を取られ、地面に膝をついていた。

泥と落ち葉にまみれ、身体が強ばっている。


考えるより先に、身体が動いた。


「大丈夫!?」


手を伸ばす。

掴む。

引き上げる。


次の瞬間、騎士科の男子がその子を背負い、再び走り出した。


「行け!」


叫ぶ声。

先生方は後方で魔力を放ち、迫るジャイアントベアの群れを分断するように誘導している。


「退路を維持しろ!」

「隊列を崩すな!」


必死な指示が飛び交う。


その時だった。


後方への意識に引っ張られた一瞬。

横──死角。


地面を割るように現れた影。


「──ッ!」


咄嗟に叫ぶ暇もなかった。


A班とB班、その進行ラインに、別個体のジャイアントベアが飛び出してきた。


混乱。

衝突。


その中心に──


「エルンスト!」


ガキン、と重い金属音。

剣が、爪を受け止める。


衝撃を受け流した、その次の瞬間。


世界が、ゆっくりになった。


エルンストの身体が揺れる。

右脇腹。


布が裂け、赤が舞った。


「……っ」


声にならない息。


「エルンスト!!」


叫びながら、私は駆け寄っていた。


指示が飛ぶ。

緊急事態の合図。

各所で治癒陣が展開され、吹き飛ばされた仲間に回復が施されていく。


でも。


私の視界には、彼しか映っていなかった。


「エルンスト……エルンスト!!」


膝をつき、震える手で魔力を流し込む。


治れ。

治れ。

お願いだから。


「治れ!! 気合いだぁーーーー!!!!!」


今まで、限界を越えないように、どこかで抑えていた魔力。

そのすべてを、考えなしに注ぎ込んだ。


世界が白くなる。


「……ぐっ……はぁ……」


エルンストの呼吸が、戻る。


「……ふぅ……」


瞳が、開いた。


私と、目が合う。


一瞬、惚けたような表情。


「……アイナ……」


伸びてきた手が、私の頬に触れた。


その感触で、張り詰めていたものが切れた。


「……っ」


安堵の涙が、ぽとりと彼の頬に落ちる。


「噂には聞いてはいたが……」

苦笑するように、かすれた声。

「……これは……ヤバいな……」


背後で、重い音。


ジャイアントベアが倒れる音だった。


各班の連携、先生方の全力の対応。

怒号と魔力が交錯し、ようやく、場が制圧される。


──死者は、出なかった。


私は、その場にへたり込んだまま、立ち上がれなかった。


腕も、足も、感覚がない。


(……これ、訓練……?)


もう、それどころじゃない。


胸の奥で、ようやく、別のことに気づいた。


(……あ)


忘れていた。


本当に、すっかり。


いちばん大切な、治癒魔術科の心得を。


そう。


──ビンタを。


その事実に気づいた瞬間、

遅れて、頬が熱くなった。


緊急事態は、まだ終わっていなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ