野外訓練二日目。
夜明け前、雨音が弱まり、森の匂いが一段と濃くなった。
湿った土と草の香りが混じり、息を吸うたび肺の奥まで冷える。
重りのついた腕と足が鈍く主張して、立ち上がるだけで小さく呻きが漏れた。
「……おはようございます」
誰かの声に続いて、B班がもぞもぞと起き出す。
寝不足と疲労が顔に滲んでいるのに、どこか楽しげな空気もあった。
焚き火の残り火を起こし、簡単な朝の準備に取りかかる。
「食料、何持ってきた?」
「乾パン」
「ビスケット」
「私はフリーズドライ系です」
一瞬の間。次の瞬間、声が重なった。
「軽い!」
「うまい!」
「天才!」
思わず笑いが広がる。肩の力が抜けると、体の重さも少しだけ軽く感じた。
「俺……干し肉しかない」
「……それはそれで強い」
騎士科の一人が肩をすくめる。
「魔物も動物も食べられる。狩ってくるか?」
「ワイルドー!」
冗談交じりのやり取りに、張りつめていた緊張が溶けていく。
昨日の土砂降りを越えたからか、今日は妙に余裕があった。
「闇鍋しようよ」
「貴重な食料だから!」
笑い声が森に溶ける。
こうしていると、野外訓練というより合宿のようだ。
――その空気が、一瞬で変わった。
「静かに……斜め右」
低く、落ち着いた声。エルンストだ。
視線が一斉にそちらへ向く。
笑いは止まり、背筋が伸びた。
「来る」
枝が折れる音。
土を踏みしめる重たい足音。
湿った空気が、ぴんと張り詰める。
「……ワイルドボア!」
前方でA班が即座に動いた。
迷いのない陣形。
盾が前に、剣が左右に展開する。
その速さに、思わず息を呑む。
指示が短く、的確に飛ぶ。
治癒魔術科は一歩後ろで構え、魔力を整える。
「支援、準備」
「了解」
心臓が早鐘を打つ。
重りの存在を忘れるほど、意識が集中した。
突進。衝突。
火花のように剣が閃く。
連携が噛み合い、あっという間に間合いが詰められた。
「今だ!」
倒れた巨体が地に伏す。
土埃が落ち着いた時、森は再び静けさを取り戻した。
「……終わり?」
信じられないほど、早かった。
誰かが息を吐き、誰かが笑った。
夜。
焚き火が大きくなり、鍋から立ち上る湯気が星空へ溶けていく。
雨は完全に上がり、葉の間から覗く月が白い。
「猪鍋……」
「生きててよかった」
湯気に顔を近づけると、身体の芯まで温かさが染み込んだ。
「あっ……生き返る」
思わず本音が漏れる。
周囲から同意の声が上がり、笑いが起きた。
「騎士科、かっこよすぎない?」
「めちゃくちゃわかる」
その言葉に、頷きながら箸を動かす。
ふと視線を上げた瞬間、
向かいでこちらを見ていたエルンストと目が合った。
一拍。
彼は何も言わず、ほんの少し口角を上げた。
胸の奥が、じわりと熱くなる。
焚き火のせいか、それとも――。
慌てて視線を鍋に落とす。
頬が熱いのが、自分でもわかる。
(……集中、集中)
星は瞬き、焚き火は静かに爆ぜる。
過酷な訓練の中で、確かに守られている感覚があった。
野外訓練二日目は、温かい鍋と、少し早い鼓動を残して、ゆっくりと更けていった。




