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モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで  作者: ChaCha


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野外訓練初日。

「わぁ! すごい天気!」


そう口にした自分を、あとで全力で殴りたい。

視界を叩きつけるような雨。容赦なく落ちる水の塊が、地面をえぐる勢いで跳ね返っている。


……どう見ても、土砂降りだ。


「病欠したい」

思わず呟いた声は、雨音にかき消されなかった。


「俺も……」

「私、念のために……遺書、残してきた」


横で同じB班の仲間たちが、真顔で頷き合う。


「「生きて帰ろう!?」」


誰かが言い出し、全員で確認し合うように声を重ねた。

生存確認、大事。


そんな私たちを前に、先生は満面の笑みだった。


「良い天気ですね! 訓練日和です!」


どこが!?

誰一人として口に出せないのが悔しい。


「では班ごとに、役割分担、食料の調達、調理、魔物の奇襲に備えての警戒――順に進めていきましょう」


さらさらと告げられる内容は、完全に“野営”だ。

いや、もうこれは軍事演習では?


「……私も遺書、残してきたらよかったかも」

ぽつりと呟くと、


「「生きて帰ろう!?」」


また全員で確認した。

生存、大事。


雨に濡れながら整列すると、次の指示が飛ぶ。


「騎士科と治癒魔術科でグループを組みます!」


空気が一瞬、張り詰めた。


「騎士科A班、治癒魔術科A班」

「騎士科B班、治癒魔術科B班」

「――」


名前が呼ばれるたび、緊張が高まっていく。

治癒魔術科としては、組む騎士によって生存率が変わる。

これは、冗談ではなく、現実的な問題だ。


そして。


「……騎士科B班」


雨の向こうから、一人の青年が手を挙げた。

濡れた前髪を気にも留めず、こちらへ歩いてくる。


……え?

まさか。


胸の奥が、どくんと鳴った。


「騎士科B班のエルンストだ」


静かな声。

それだけで、場の空気が変わった。


「やった!! 死なずにすむ!」

「ありがとう神様!!!」


B班全員から、素直すぎる歓声が上がる。

わかる。わかりすぎる。


私も、内心で小さく合掌した。


「よろしくお願いします」


精一杯、平静を装って頭を下げる。


「大丈夫だ」


雨音の中でも、はっきりと届く声。


「俺が必ず、君を守る」


……心臓に悪い。


その一言で、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。

それは安心と同時に、責任を感じさせる言葉でもあった。


野外訓練初日は、こうして始まった。


しばらく歩いて、仮設の野営地に到着する。

当然のように、地面はぬかるみ、足を取られる。


ローブは雨を吸って、ずしりと重い。

腕と足につけられた重りが、じわじわと体力を削ってくる。


(……心臓が、破裂しそう)


息を整えながら、それでも必死に前へ進く。

治癒魔術科は後方支援。

でも、動けなければ意味がない。


「無理はするな」


横を歩きながら、エルンストが小さく声をかけてくる。


「は、はい」


返事をするだけで、肺が悲鳴を上げた。

情けない。


周囲では、騎士科が手際よく陣を組み、警戒に入っている。

雨の中でも迷いのない動き。

これが、実戦を想定した訓練なのだと、嫌でも思い知らされる。


(……すごい)


尊敬と同時に、悔しさも込み上げる。

私は、守られる側だ。

でも、ただ守られるだけで終わりたくはない。


治癒魔術科として、できることをする。

誰かが倒れたら、即座に治す。

意識を戻し、立たせ、前線へ戻す。


そのために、私はここにいる。


雨に打たれながら、拳を握る。

重りがずしりと主張する腕。

でも、不思議と、心は折れていなかった。


(……生きて帰る)


最初は冗談半分だったその言葉が、今ははっきりとした決意になっている。


土砂降りの中。

重りをつけた体で。

魔物が潜む森の中で。


野外訓練初日。


それは、恐ろしくて、過酷で――

そして、確かに、私を前へ進ませる一日だった。




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