ヴィルの焦燥
――おかしい。
はっきりと言葉にできるほどの確証はない。
けれど、胸の奥に引っかかる違和感だけが、日に日に大きくなっていた。
アイナが、変わった。
それは外見の話じゃない。
髪型でも、服装でも、声色でもない。
視線だ。
ほんの一瞬の、気づけば逸れている目線。
誰かの気配に反応する、その間の取り方。
俺を見ているはずの時に、ふと遠くを見るような仕草。
その先にいるのが、誰なのか――考えるまでもなかった。
(……エルンスト)
名前を思い浮かべただけで、胸の奥がざらつく。
食堂での出来事が、何度も頭の中で再生される。
あの時、声を掛けられたのは俺じゃなかった。
アイナだ。
エルンストは、俺にではなく、
俺の隣に座っていたアイナに、自然に声を掛けた。
それが、当たり前みたいに。
まるで、そこにいるのが“彼女”で当然だとでも言うように。
――気に食わない。
胸の奥で、はっきりとした感情が形になる。
俺の、アイナに。
その言葉が浮かんだ瞬間、思わず奥歯を噛みしめた。
(……違う)
違うだろ。
アイナは、俺の所有物じゃない。
わかってる。そんなこと、百も承知だ。
幼馴染だ。
小さい頃から一緒で、喧嘩もして、笑って、
同じ景色を見てきただけだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
――はずなのに。
エルンストを見る、あの顔。
自分では気づいていないだろう、
少しだけ緩んだ表情。
視線が合う前の、期待するような間。
(……そんな顔)
俺には、向けたことがない。
胸が、ひりつく。
どうしたらいい。
どうしたら、エルンストを遠ざけられる?
剣で勝つ?
騎士としての立場?
それとも、もっと別の――
考えが、そこで途切れた。
(……違う)
自分で自分を止める。
俺は、何を考えている?
これは、独占欲なんかじゃない。
そうじゃない。
大切な幼馴染が、
得体の知れない何かに巻き込まれるんじゃないか――
その心配だ。
エルンストは危険な男じゃない。
それは、わかっている。
騎士として優秀で、礼儀正しく、
学園内での評価も高い。
それでも。
あいつは、ダメだ。
……俺の知らない場所で
もし、想定外の何かが起きたら?
もし、アイナが傷つくことになったら?
胸の奥に、別の感情が顔を出す。
焦り。
苛立ち。
そして――恐怖。
失うかもしれない、という感覚。
(……嫌だ)
そんな未来、考えたくもない。
だったら。
俺が、もっと傍にいればいい。
今まで通り、隣を歩いて。
何でもない顔で、手を引いて。
危ない時は、前に出て。
幼馴染として。
守る側として。
それだけで、十分なはずだ。
……十分で、あってほしい。
夕暮れの回廊を歩きながら、拳を握る。
視線の先で、アイナが誰かと話している。
楽しそうに、少し弾んだ声で。
その横顔を見て、胸がざわつく。
(……俺が)
俺が、守る。
それだけだ。
それ以上のことなんて、考えるな。
そう言い聞かせながら、
ヴィルは歩幅をわずかに早めた。
アイナとの距離を、これ以上――
誰にも、縮めさせないために。




