愛しい宝物。
出産から三日目。
正直に言おう。
私は――可愛さで死にかけている。
腕の中。
小さくて、温かくて、ふにゃふにゃで。
規則正しい寝息を立てる、その存在。
「……」
じっと見つめて、息を吸って、吐いて。
また見つめる。
「……ミニチュアのエルンだ」
ぽつりと零れた言葉は、偽りなく真実だった。
淡い青に見える瞳。
柔らかい色合いの髪。
鼻筋も、眉の形も、顔立ちの方向性も――完全にエルンスト。
(強い……遺伝子が強すぎる……)
私は震える手で、そっとガッツポーズを決めた。
「よし……!」
寝台の上で小さく、しかし確実に。
「攻略対象たちの、あのキラキラ感……」
「よかった……!!」
「モブの私に似てなくて!!」
安堵が爆発する。
「やったどー!!」
「人生勝ち組の美形きたー!!」
勢い余って声が大きくなり、赤ちゃんが「ふえ」と小さく声を上げた。
「ごめん!!」
「ごめんね!?今のは勝利宣言だから!!」
慌てて揺らすと、すぐにまた眠りにつく。
……尊い。
その様子を、少し離れた場所で見ている人物がひとり。
エルンスト。
椅子に座り、背筋を伸ばしたまま、こちらを見ている。
いや、正確には――赤ちゃんを。
表情は、静かだ。
だが、どこか様子がおかしい。
「……」
三日前。
無事に産声が上がり、我が子を初めて腕に抱いた瞬間。
エルンストは、泣いた。
声を上げるでもなく、取り乱すでもなく。
ただ、静かに。
ぽろり、と。
あの人が。
戦場で、どんな修羅場でも表情を崩さなかった人が。
それを思い出して、胸がじんとする。
「……ねぇ、エルン」
声をかけると、はっと我に返ったようにこちらを見る。
「名前」
「……考えてくれた?」
一瞬の沈黙。
「……ああ」
「アレイアスだ」
低く、少し掠れた声。
「意味は?」
赤ちゃんの寝顔を見つめながら、エルンストはゆっくりと言った。
「生きること」
「強く、優しく、迷わず」
「……そして、帰る場所を持つこと」
短い言葉。
Ar:始まり・息吹
Eia:大地に根を下ろす者/帰る場所
As:意思・意志・選び取る力
アレイアス(Areius)
でも、そこに込められた想いは、重く、温かい。
「……すごく素敵」
私は微笑んで、赤ちゃんの額にそっと口付けを落とした。
「初めてのプレゼントは、名前ですよ~」
「幸多からんことを」
エルンストが、立ち上がる。
静かに近づいてきて、
私と、赤ちゃんを、
包み込むように腕を回した。
三人分の体温が、ひとつになる。
「……宝物だ」
低く、確かな声。
「俺の」
「俺たちの」
その言葉に、胸がいっぱいになる。
(こんな日が来るなんて)
出会った頃。
必死に生きていた頃。
自分が「選ばれる」なんて、思いもしなかった。
それなのに今は――
どやどや。
扉の向こうが、急に騒がしくなる。
「「名前が決まったのね!?」」
両親だ。
当然のように扉が開き、ネルケ辺境伯夫妻が勢いよく入ってくる。
「どんな名前!?」
「由来は!?」
「抱っこはまだ!?」
「静かに!!」
「今寝てるの!!」
すでに収拾がつかない。
侍女たちが慌てて制止し、
それでも覗き込もうとする大人たち。
城は今日も、賑やかだ。
でも、その中心には――
腕の中の、小さな命。
愛しい宝物。
ネルケ辺境伯城は、
今日も、愛で溢れていた。




